軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

聖水の力

「それで、これが安全かどうか確認するために毒見係が必要になったと」

目の前には偉そうに足を組み、腕を組むフレデリック。彼の前には先ほど作った聖水の入った水差しと壺が置いてある。

ユリアナはその向かいの席に座っていた。どこか不機嫌そうなフレデリックを不思議そうに見ながら頷く。

「そうよ。だって試すことなく陛下に飲ませられないでしょう? 本当はわたしが飲んでもよかったのだけど、アレシアが止めるから」

ややアレシアに責任転嫁をしながら、説明した。

ユリアナは毒見係を呼んだのであって、フレデリックを呼んだわけではない。それなのに部屋に来たのは険しい顔をしたフレデリックだった。

フレデリックは大人の姿になると、表情が一切見えなくなるので、何を考えているのかイマイチつかみにくい。ただ怒っているのだけはよくわかった。

「毒見係を使おうと思ったのは、申し訳なかったわ。やっぱり黙ってわたしが飲めばよかったのかも」

「黙ってこのような得体の知れないものを飲むな」

「でも、聖水は飲みものよ?」

そこまで話してユリアナはフレデリックにこの聖水が必要なことを理解してもらえていないことに気が付いた。フレデリックは疲れたようにため息を落とす。

「聖水は飲みものじゃないだろうが」

「え? 飲まずにどうやって使うの?」

ユリアナが首を傾げれば、フレデリックの眉間のしわがますます深くなる。整った美貌をしているのにそんなにも深くしわを刻んだら戻らなくなるかもしれない、とどうでもいいことが心配になった。

「飲まないでどうやって使うの? もしかして体を清めるときに使うのかしら?」

「違う。清めたい場所に撒く」

撒く、と聞いてユリアナの目が丸くなった。

「聖水は飲んだ方が効果があると思うの。特に陛下は魔法を解きたいのだから、内側から取り込んだ方がいいはずよ」

「何故そう言う結論になった」

「マクレガーに借りた資料を読んでいたら、最後死にかけた勇者を助けた聖女が聖水を飲ませていたから」

自信満々にユリアナは胸を張った。

今まで資料として渡されていた古い伝承や口伝の物語では、必ず聖なる使者は危機に陥る。それを仲間たちが力を合わせて助け合っていくのだが、最後にはどうしようもなく皆動けなくなる。その時に、出てくるのがこの「聖水」だ。強い祈りと共に聖水を与えると、あら不思議。みな、怪我もなく蘇り、悪を打ち破る力を得る。

ということで、ユリアナは「聖水」には魔を破る力があると考えた。

「……本気で言っているのか」

「ええ、これ以上にないぐらいに本気よ」

きっぱりと言い切れば、フレデリックが項垂れた。

「お前の言い分はわかった。この聖水、俺が飲めばいいんだな」

「毒見が終わってからよ」

「いや、多分大丈夫だろう」

フレデリックはそう言うと、水差しの水を陶器でできたゴブレットに移し、一気に飲み干した。

「うそ! 飲んじゃったの!?」

驚きのあまりにユリアナは目を大きく見開き、立ち上がった。フレデリックは平然とした顔でゴブレットをテーブルに置いた。全部飲み干したのか、たっぷり入っていた水はなくなっている。

「もっと不味いものかと思ったが……旨い水だな。これなら食事の度にでも飲めそうだ」

「ええ? そんなに飲むつもり?」

フレデリックの感想も驚いたが、それよりも何よりも彼の体調の方が心配だ。側によると彼の体を確認するようにあちらこちら触る。

「ねえ、気持ちが悪いとか、どこか痛くなったとか、そういうのはないの?」

「今のところないな。胃はすっきりした気がする」

「本当に大丈夫なのね?」

念を押せば、フレデリックが笑った。いつもとは違う気の抜けたような柔らかな笑みに、ユリアナは釘付けになった。先ほどまでは気にならなかった二人の距離にそわそわしてしまう。

フレデリックは彼女の腰を抱き寄せた。

「お前に心配されるのは、なかなかいいな」

「心配なんてさせないでほしいわ」

「ほら、そろそろ効果がわかる頃だ」

そう言われて外を見れば、すっかり日が落ちている。いつの間にか部屋にも灯りがともされていた。呪いの時間が近づいてくる。ドキドキしながらその時を待った。

そして。

「――やっぱり効いていないな」

フレデリックは聖水の効果なく、いつもと同じように小さくなった。こんなものかという顔のフレデリックに対して、ユリアナはがっかりとした様子で肩を落とす。

「そうよね、怪しい石に聖職者でもないわたしが祈りを込めたところで聖水なんてできるはずは……」

しかも聖水が効くかもという話も、根拠のあるものではない。沢山の英雄譚を読んだユリアナが勝手にそう思っただけだ。それでもかなり期待していたみたいで、ユリアナは自分が思っていた以上のダメージを受けていた。

泣きたくなる気持ちですっかり小さくなってしまったフレデリックを抱きしめる。せめて可愛らしくなったフレデリックでこの悲しみを癒したい。

ユリアナの気持ちを察してくれたのか、いつもは文句を言っているのにフレデリックは大人しく抱きしめられる。

「ん?」

フレデリックは上を、ユリアナは下に視線を向けた。二人の視線が絡まる。

「いつもよりも少し大きい?」

「そうか?」

フレデリックはユリアナの手を取り立ち上がった。立ち上がったユリアナにぎゅっと抱き着く。いつもなら腰のあたりに腕が回るぐらいの身長がほんの少しだけ高くなっている。

「気持ち程度だけど、気のせいかしら?」

「うーん、よくわからないな」

フレデリックは少しの間考えごとをしていたが、すぐに諦めた。

「ユリアナ」

「何でしょう」

「朝晩、聖水を作れ」

フレデリックはにかっと笑う。少年のような、どこかいたずらっ子のような笑みだ。

「え、これを毎日飲むの? 大きくなったのも気のせいかもしれないのに」

「それは続ければわかることだ。もし朝晩飲んで体が大きくなれば、呪いの力が弱まっていることの証明になる」

そんなにも飲んでいいものかと不安がよぎる。聖職者が作る聖水ならまだしも、成分不明の聖水の素を使っているのだ。

「せめて夜だけにしない?」

「心配性だな」

「確かに説明書には使用方法に制限がなかったけど……」

不安そうにフレデリックを見下ろす。フレデリックは何を気にしているのかわからないと言った顔をしていた。

「俺は毒にも慣れている。まがりなりにも聖水の素として売っているのならいくら飲んでも問題はないだろうよ。それともお前の姉は俺を毒殺しようとしているのか?」

「お姉さまがそんな恐ろしいこと、するわけないわ!」

ぎょっとして否定すれば、フレデリックは宥めるようにユリアナの腕を撫でた。

「だったら心配いらないだろう」

「わかったわ。朝晩作ります。お姉さまにもっと聖水の素を送ってもらわないと」

「ああ、こちらから代金を付けてお願いしておこう」

呪いの解除に微かな光が見えたのか、上機嫌にフレデリックは請け負った。