軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

テレーゼとジェイドのデート大作戦! 1

「それでは、わたくしは女官長様に報告をします。あなたは報告書を書き、明日の朝食後までに女官長様に提出するように」

「かしこまりました。本日はありがとうございました」

今日一日実地訓練でお世話になった先輩女官を見送ったテレーゼは、顔を上げた。

冬場は日没が早く、昼間に体を温めてくれた太陽はとっくの昔に、地平の彼方に引っ込んでしまっている。おかげでまだ夕方になったばかりだというのに辺りはほんのり薄暗く、体も肌寒さを訴えていた。

「うう、寒い寒い」

ひとりごち、長袖に包まれた腕をさすりながらテレーゼは廊下を足早に歩いていく。荷物を置いて着替えたら夕食を食べ、体を拭いたらすぐに寝よう。

そう思いながら自室への道を急いでいる道中、見慣れた後ろ姿が目に入った。テレーゼと同じ格好の彼女は同じように肌寒さを感じているようで、両腕をさすりながら歩いている。

おっ、と思ったテレーゼは足を速め、隣に並んだ彼女の肩をぽんと叩いた。

「今日もお疲れ、リズベス!」

「あら、テレーゼだったのね。お疲れ様。今日も冷えるわね」

テレーゼの親友であるリズベスは振り向き、ほんわかと笑った。鼻の頭がほんのりと赤いのは、ついさっきまで屋外で活動していたからかもしれない。

「ほんとほんと! 今日は温かいスープをたくさん飲んで、体を温めて寝ないとね」

「そうね。……あの、テレーゼ。もし疲れているのならまた今度でもいいのだけれど……今日、寝る前にそっちにお邪魔してもいい?」

「え? 何かあったの?」

遠慮がちにリズベスに言われて、テレーゼは首を傾げる。

二人の部屋は隣同士なので、これまでも寝る前におしゃべりをしたりお菓子を食べたり勉強をしたりと、しょっちゅう互いの部屋を行き来していた。だから今さら驚くことでもないのだが、どことなくリズベスの声が緊張を孕んでいるように感じられたのだ。

リズベスはこっくり頷き、辺りに誰もいないのを確認してから、こそこそと言う。

「じ、実は、テレーゼに相談したいことがあって」

「うん、私でよければ! それで――」

いったいどんな内容なの、と問おうとしたテレーゼだが、はたと動きを止め、リズベスの様子を観察する。

リズベスは、なにやら恥ずかしそうに口ごもっている。

そして、先ほどは鼻だけだったのが今は頬まで赤くなっている。おそらく、寒さのためだけではない。

さらに、辺りを気にし、他人に聞かれないようにしている。

トントントンチーン! とテレーゼの頭の中で仮説が叩き出された。

(も、もしやこれは、恋バナの気配!?)

いつぞやは人前でリズベスに「騎士団に好きな人がいるのか」と尋ねて、「少しは遠回しに聞け」と仲間に頭を叩かれたことがある。

それを思い出したテレーゼは、本日は同じ轍を踏まないようにダイレクトに聞くことなく、にっこりと微笑みを返した。

「それじゃあ、ご飯を食べてお腹が落ち着いたら、うちにおいで! あんまり質のいいものはないけれど、お茶を準備して待っているわ!」

「ごめんなさい。ありがとう、テレーゼ」

頬をほんのりと赤らめてはにかむリズベスは本当に可愛らしいと、テレーゼはしみじみと思った。

夕食を食べて少し胃が落ち着いた頃、侍女を連れたリズベスがやってきた。この後は寝るだけなので、テレーゼと同様にリズベスもふわっとした部屋着にコートを羽織った格好で、いつもは大きめのお団子に結っている髪も今は背中に垂らしていた。

「お邪魔します」

「どうぞどうぞ! あ、侍女さんも遠慮なく!」

テレーゼは二人を招き入れ、メイベルがリズベスの侍女が持っていたお菓子入りのバスケットを受け取った。部屋に招待する側はお茶の準備をし、される側は軽食やお菓子を持っていくというのが暗黙のルールになっているのだ。

茶を淹れ終えると、メイベルたちは連れだって続き部屋に引っ込んでいった。テレーゼがリズベスとおしゃべりをするうちに、侍女たちも自然と仲良くなっていたようだ。メイベルとリズベスの侍女とではかなりの年齢差があるが、今では日中の自由時間にお茶をする仲になっているとか。メイベルにも気楽に話ができる仲の者ができたというのは、テレーゼとしても嬉しいことだ。

「何かあればお呼びください」と言うメイベルたちを見送り、まずテレーゼたちはお茶とお菓子を堪能する。

普段テレーゼやメイベルが飲んでいるのは安物の紅茶なのだが、来客用のものも準備している。それにリズベスが持ってきてくれたお菓子もおいしいだけでなく、寝る前に食べても美容と健康を損なわないような体に優しい素材で作られているそうだ。

「んー、おいし! これ、ふわふわしてるわね。何が入っているのかしら?」

「私が買ってきたわけじゃないから詳しくはないけれど、大豆を潰したものが入っているそうなの。小麦粉やバターの量は少なめだから、ダイエットにもいいそうで」

「大豆入りのケーキね……今度作ってみようかしら」

かじりかけのケーキをじっくり見ながらテレーゼがつぶやくと、向かいのリズベスはふふっと笑った。

「ええ、もしおいしそうにできたら是非味見がしたいわ」

「もちろん! そのときはリズベスの部屋にお邪魔してもいいかしら?」

「ええ、楽しみにしているわ。……っと、そうだわ、テレーゼに相談したいことがあるのよ」

改まった様子でリズベスが切り出したので、テレーゼは小さなボウルに入った水で指先を洗い、リズベスの言葉を待つ。

「その……もうテレーゼは気づいているかもしれないけれど、ライナス様とのことについてなの」

やはりそうか! とテレーゼは内心にんまり笑った。

テレーゼは何の運命なのか、やたら他人の求婚シーンや告白シーンに居合わせることが多い。十日ほど前、リズベスが勇気を出して片想いの君――新人騎士のライナスに告白したときも、テレーゼはジェイドやメイベルと一緒に陰から見守っていたのである。

ライナスはいまいち感情が読みにくい少年だが、リズベスも彼のそういった面をよく理解しているようだ。「お互いのことをもっとよく知り合おう」ということで、二人は交際を始めた。親友と知人が交際するとなり、テレーゼも嬉しい限りだ。

「なるほどなるほど! 何か、進展でもあったの?」

「そ、それがね。ここ最近ちょっと忙しくてあまり会えなかったのだけれど……さっきお仕事が終わった後、廊下でばったりライナス様に会って」

「ほうほう!」

「私は一人だったけれど、向こうは同じ年頃の騎士様と一緒だから挨拶だけして、おしゃべりはできそうにないって諦めていたのだけれど……すれ違った後で、ライナス様が追いかけてきて」

「うほほほほ!」

淑女らしくない変な笑い声を上げている自覚はあるが、抑えることができない。

基本的にツンツンしており、テレーゼに対しては「あなたは馬鹿でいらっしゃるのですか」のような態度を取るライナスが、恋人のためにわざわざ来た道を戻って後を追いかけてくるとは。

(いいわねぇ、愛されてるわねぇ!)

にまにま笑うテレーゼの向かいで、リズベスは胸元で揺れる長い髪をいじりながら言葉を続ける。

「それで……ライナス様が、提案してくださったの」

「何を!?」

「こ、今度の休みに、一緒に城下町に出かけないかって……」

ライナスよくやった! と、テレーゼは心の中で親指を立てた。

「それはいいじゃない! ……で、リズベスは何って?」

「あ、あの、すごく嬉しかったけれど、そのときは驚いちゃって……考えてみる、って言って逃げてしまったの」

「なるほど」

恋人とのささやかだが幸福な時間を過ごせたはずなのに、どことなくリズベスの声に元気がない理由が分かった気がする。いくら不意打ちだったとはいえ、もっとちゃんとした返事をすればよかった、と後悔しているのではないだろうか。

「それじゃあ、お互いの予定を確認したら一緒にお出かけすればいいじゃないの! 大丈夫、きっとライナスも、リズベスは恥ずかしがっただけって分かってるはずだから!」

「あ、ありがとう。……でもね、私、不安で」

「不安?」

「ええ。……私、今まで誰ともお付き合いしたことがなくて……ライナス様が初めてだから、お出かけの作法とかも全然分からないの。頑張ろうとは思うけれど、もしはしたないところを見せてしまって幻滅されたら……と思ってしまって」

そう不安そうに言うリズベスは、困ったように眉根を寄せ、頬を赤らめてもじもじしており――正直テレーゼは、「今のリズベスを見せればライナスは陥落するのでは」と思った。

それはともかく、親友が悩んでいるのならばテレーゼにもできることをしてあげたい。

「そんなこと絶対ありえないわよ! それじゃあ、一緒にいろいろ考えてみようよ! どんな服が似合うだろうとか、どんなお店に行こうとか、私はこれでも流行や城下町のお店には詳しい方だから!」

自分の趣味がこんな形で生かせるとは思っていなかったが、「自分にもできることがある」と分かると俄然、意欲が増してきた。リズベスは少しだけ後ろ向きになっているようだから、テレーゼにできることをどんどんやっていきたい。

その後はリズベスも元気になり、「私もよく考えてみる!」と気持ちを新たにして侍女と一緒に部屋に戻っていった。

「リズベス様とはよいお話ができましたか?」

部屋を片づけているメイベルに聞かれ、テレーゼは満面の笑みで頷いた。

「ええ! リズベスは恋愛初心者だから、ここは私が――」

言いかけて、テレーゼは閉口した。

作業中のためテレーゼの言葉を聞き落としていたらしいメイベルが「テレーゼ様?」と尋ねてくる中、テレーゼは顔を青くする。

今気づいた。

リズベスに協力する、と力強いことを言ったのはいいが。

(恋愛初心者で誰ともお付き合いをしたことがないのは、私も同じじゃないの!)

侯爵令嬢、詰む。