軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

騎士、薔薇を贈る

その後、「今戻ればライナスと鉢合わせしそうなので」というジェイドの提案により、テレーゼたちはしばし散歩をしてから部屋に戻ることにした。

夕食の時間は大幅に過ぎてしまいそうなので、メイベルが食堂に行って先に夕食を調達し、部屋に運んでおくことにした。そのため、今廊下を歩いているのはジェイドとテレーゼの二人だけ。

二人が向かったのは、風通しのいい開放廊下だった。

城の棟と棟を繋ぐこの廊下は地上四階に相当し、昼間だと眼下の庭園の様を一望でき、晴れて空気が澄んでいる日だと王都の彼方まで見渡すことができるのだ。

夜だからか、見張りの騎士の数は少ない。だが誰もがテレーゼとジェイドを見ると、何も言わず会釈をして通してくれた。

この廊下には人気がないので、テレーゼは大きく息を吸い込んで手すりに身を乗り出す。

「風が気持ちいい!」

「寒くありませんか?」

「ちょっと火照ってたくらいだから、これくらいがちょうどいいわ!」

それに、今日は晴れているので星がよく見える。

リトハルト侯爵領で見るほどの数ではないのが相変わらず残念だが、紺色の空にちりばめられた星たちは、見ていて飽きない。夜空にあまねく星たちはまるで、ペイル金貨のよう。

ジェイドは隣に立ってテレーゼの横顔を見ていたようだが、やおら「星が……」と呟いた。

「ん、何?」

「いえ、あなたの瞳に星が映っていて……とても美しいと思いました」

そう言うジェイドは唇の端に穏やかな笑みを浮かべて、テレーゼを見つめてきている。

テレーゼも笑みを返し、大きく頷いた。

「そうよね! 星ってずっと見ていても飽きないくらいきれいよね!」

「そうじゃない、と言ったらどうします?」

「……どういうこと?」

「いえ、何でもありません。それより、こちらを」

ジェイドは自分の上着のボタンを上から二つ分外し、下に着ていた制服の胸ポケットから何かを抜き取った。

廊下の壁に掛けられたランタンに照らされている、それは――

「薔薇?」

「そうです。……本当は廊下で会うのではなくて、あなたの部屋に伺ってメイベル殿に届けてもらう予定でしたが――やはり直接の方がいいですね」

そう言うとジェイドは、リボンで束ねた薔薇の花束をそっとテレーゼに差し出してきた。

「こちらを、あなたに」

「ほ?」

思わず変な声が出てしまった。

テレーゼは口を半開きにしたまま、視線を落とす。

ジェイドが差し出している薔薇は品種改良品なのか、普通の薔薇よりかなり小さく、合計五輪の薔薇が束ねられてようやく大きめの薔薇一つ分ほどのサイズになっていた。なるほど、これくらいのサイズだと上着の中にそっと入れていれば潰れることもなさそうだ。

それはいいとして。

テレーゼは視線を上げ、笑みを浮かべるジェイドを見つめた。

薄暗がりの中なので判別しにくいが、おそらく薔薇の色は赤。

束ねられた五輪の薔薇は、みずみずしく花開いている。

「……ジェイド」

「はい」

「ジェイドって花言葉、詳しい?」

「え?……あいにく私は、食べられない植物に関する知識には疎く。こちらの薔薇は、あなたへの見舞いに差し上げようと思って購入したものです」

「……あっ、そ、そうなのね!」

なーんだ、とテレーゼはほっとし、いつの間にかばくばく高鳴っていた胸にそっと左の手のひらをあてがった。

(もう、私の馬鹿。ジェイドはお見舞いの気持ちで薔薇をくれたというのに、勘違いして!)

以前ライナスに対して、「薔薇の花を持って愛の言葉を囁く」のが男性から女性への好意の表れだと力説したときのことが思い出され、早とちりしてしまった。

(そうよね。ジェイドは私のことを特別扱いしているわけじゃないし……)

「ありがとう、ジェイド。いただくわ」

「どうぞ」

受け取った薔薇は見た目通り軽く、しかしふんわりと控えめな甘い香りがした。花より食用の雑草に堪能なテレーゼは花の強烈な匂いがあまり好きではないのだが、この花ならベッドサイドにでも飾って、いつまでもその香りを嗅いでいたくなる。

「いい匂い……この匂い、ジェイドみたい」

「私は人間ですが……」

「そうじゃないの。優しくて、いつでも側にいてほしくなるというか、夜寝る前にぴったりというか――」

「……。……そうですか。それは光栄です」

ほんの数秒ジェイドは硬直したようだが、すぐにいつもの笑みを浮かべて小粋な仕草で会釈をした。

「あなたに気に入っていただけたようで何よりです。……それでは、そろそろ部屋に戻りましょうか。リズベス嬢とも話をなさるべきでしょうし、夕食もまだですよね?」

「あ、そうね!」

テレーゼはふわっと笑い、ミニチュアローズのブーケを大切に両手で包み込んだ。

「これ、ベッドサイドに飾るわ。とてもきれいだもの、これを見て匂いを嗅いでから寝たら、とても幸せな気持ちで眠れそうだわ」

「そうですか。しかしそれでは、夢に私が出てしまうのでは?」

「ジェイドならいいわよ? あっ、もしかして出演料を取るの!? そ、それならちょっと……」

「……。……もし私が夢に出てきたとしても、出演料なんて取りませんのでご安心ください。さあ、お手をどうぞ」

片手を胸元にあてがい、もう片方の手をテレーゼに向かって差し伸べるジェイド。

テレーゼはくすっと笑い、彼の手に片手を載せた。

(……温かい手。ジェイドのこの手があるから、私は頑張れるわ)

ジェイドだけではない。

大切な家族と、リィナ。大公やメイベル、リズベスたち女官仲間。ライナスやクラリスに、

その他、これまで出会ったたくさんの人たちに支えられて、テレーゼは頑張っていける。

(よし、今日はリズベスとしっかり話をして、ご飯を食べて、花を生けて……帳簿を確認したら、しっかり眠ろう)

明日からも、テレーゼは皆と一緒に走って行く。

テレーゼを送ったジェイドは、誰もいない廊下で足を止めた。

「……俺は、『知識には疎い』とは言いましたが、『花言葉を知らない』とは申していませんよ」

アクラウド公国の紋章は、「薔薇と指輪」。

ジェイドは男性だが、薔薇の品種改良も盛んなこの国の貴族である彼が、基本的な花言葉を知らないはずがない。

五輪の真紅の薔薇の花束を大切そうに持つテレーゼの姿を思い出したジェイドはふっと微笑み、歩き出した。