軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

令嬢、作戦を実行する

大公とリィナの婚約記念式典まで、いよいよあと半月。

「テレーゼ! リボンの形は!?」

「ばっちりです、お母様!」

「テレーゼ! 髪型は崩れていない!?」

「とってもきれいにぐるんぐるん巻いています、お母様!」

「テレーゼ! ドレスの形はきれいに出ている!?」

「なんかこう、全体的にすとんとしてスルッとした見目で、シュンッと背筋が伸びて見えます、お母様!」

「完璧ね」

「完璧ですね」

巨大な姿見の前で、ドレス姿の母娘が大騒ぎしている。母親は四人の子を産んだとは思えないほど若々しいし、娘ももうすぐ十九歳でありながら、十代半ばくらいから時が止まっているかのようにみずみずしい肌と美貌を持っている。

ただ、言動はどちらとも少々残念だった。

侍女たちがぽかんとして、母娘のやり取りを眺めている。彼女らはリトハルト家の侍女ではなく城仕えなので、貴族の親子がほぼ自分たちで仕度をしているのが物珍しいのだ。

今夜、リトハルト侯爵夫人と娘のテレーゼはリィナの婚約記念式典の事前打ち合わせのため、着飾って城に参上していた。城仕えの女官見習であり普段の生活圏が公城であるテレーゼはともかく、結婚してからこれまでで数えるほどしか公城に来たことのない母は、どことなく緊張の面持ちをしている。

「お母様、今日の打ち合わせは私たちとリィナだけの簡素なものですし、肩肘張らなくても大丈夫ですからね」

「気遣いありがとう、テレーゼ。でも、わたくしとて二十ウン年前は社交界の華として名を馳せました。これしきのことで倒れたりはしません!」

むん、と拳を固めて気合いを入れる侯爵夫人。彼女が二十ウン年前、「麗しき赤薔薇の君」という異名で未婚男性の視線を釘付けにしていたというのはわりと有名な話なのだが、ではどうしてそんな母がわざわざ貧乏侯爵家の長男だった父に嫁ぐことになったのかは、永遠の謎である。

「それに……お話をするのももちろんですが、もうひとつするべきことがありますものね?」

母に視線を向けられたテレーゼはにいっと笑うと、大きく頷いた。

「ええ! わたくしたちの『作戦』……成功すればいいのですが」

「成功します、ええ、きっと!」

「そうですね、お母様!」

母娘はそれぞれ右の拳を固めると、こつんとぶつけ合った。それを眺める侍女たちは、「ここは衣装部屋ではなく、どこかの戦場だろうか」とうつろな目で思うのだが、たいへん優秀な侍女である彼女らは一切口を挟まなかった。

仕度を終えると、テレーゼは母を伴って衣装部屋を出た。そこにいたのは、騎士団服姿のジェイド。

「お久しぶりでございます、リトハルト侯爵夫人。打ち合わせ会場までの案内ならびに護衛を、私ジェイド・コリックが担当いたします」

「あら……あなたは確か半年前、娘の護衛になってくださったのですよね」

母もジェイドの姿を覚えていたようで、着替え中とは打って変わってしっとりと落ち着いた声音で言うと、ジェイドは微笑んで頷いた。

「はい。現在も同じ城仕えの者として、テレーゼ様とは懇意にさせていただいております」

「そうなのですね。無茶ばかりするぶっ飛んだ娘ですが、いつもお世話になっております」

「いえ、とてもお優しくて素敵なお嬢様ですよ」

母が心底申し訳なさそうに頭を下げて言うと、ジェイドは穏やかな表情のまま答えてテレーゼを見、ちょこっとウインクをしてきた。

挨拶を終えたところで、ジェイドについて大公の部屋に向かう。

「リィナ様は現在、大公閣下と歓談中でございます」

「そうですか。……ちなみに、例のカートの準備は?」

母が問うと、ジェイドは笑顔で頷いた。

「はい、既に隣室に待機させております。大公閣下には事情を説明しましたが、『せっかくならサプライズといこうじゃないか』とのことでしたので。合図がありましたら、私がカートを部屋までお運びします」

「分かりました。では、手はず通りにお願いします」

やがて、打ち合わせの場所に定めていた応接間に到着する。ジェイドがテレーゼたちの到着を告げると、内側から侍従がドアを開けた。

「お待たせいたしました。フレデリカ・リトハルトならびに娘のテレーゼ・リトハルトです」

「よくぞ来てくださった、リトハルト侯爵夫人、そしてテレーゼ」

挨拶をした母に返事をしたのは、ソファに座っていた大公だった。ぱっと見たところ、機嫌はよさそうだ。

大公は母とテレーゼの手の甲にそれぞれキスを落とした後、ソファに誘った。テレーゼと母が並んで座り、その正面に大公とラベンダー色のドレスを着たリィナが座っている。

「リィナも元気そうで何よりです」

「はい、お母様にお会いできて嬉しゅうございます」

そう言って母に笑みを返すリィナは元気そうだ。

(今日の「作戦」がうまくいけばいいんだけど……)

綿密に下準備はしたし、密かにいろいろな人にも相談した。大公も「よい作戦だな」と言ってくれたので、きっとうまくいくはず。

「それでは打ち合わせに入ろうと思う……が。そういえばリィナ、そなたは最近また食が細くなっているようだな」

「そうでしょうか? 今日の晩餐に出てきたステーキも、とてもおいしかったですよ?」

大公の言葉に首を傾げてみせたリィナだが、ほんの少し彼女の口元が引きつったのをテレーゼは見逃さなかった。同時に、隣に座っていた母がジェイドに視線を向けた。「あれを持って来て」という合図だ。

(よし! ここからは私の出番ね!)

ジェイドがいったん退室したのを見届けたテレーゼは息を吸い、正面に座るリィナに声を掛けた。

「失礼します、大公閣下、リィナ。本日はわたくしたちからリィナに贈り物がございます」

「ほう」

「贈り物……ですか?」

だいたいのことは知っているためおもしろがるように笑う大公と、不意打ちのことに目を瞬かせるリィナ。大公はどさくさに紛れてリィナの肩を抱こうとしていたが、リィナはこっちを見たまま器用に大公の手をぺしっと払いのけていた。

「それは……ありがとうございます」

「ええ。……こちらに持ってきてください」

テレーゼが呼びかけると同時にドアが開き、食事運搬用のカートを押したジェイドが入ってきた。カートには白いクロスが掛けられており、食器の形を表すようにぼこぼこと波打っている。

「こちら、わたくしテレーゼならびに厨房の責任者考案、母フレデリカ監修、専用厨房の料理人作の料理でございます。リィナはもちろん、大公閣下も是非お召し上がりください」

「……だとさ。せっかくだし、いただこうではないか」

「は、はい。なんだかとてもおいしそうな匂いがします……」

周りで侍女たちがせっせと食事の準備を進める中、リィナは銀色のドーム型の覆いの被せられた料理をしげしげと眺めている。「おいしそうな匂い」に周りの侍女たちがわずかに反応してみせたので、思わずテレーゼの頬も緩む。

食事の用意が調い、大公が侍女たちに指示を出した。そうして同時に覆いが取り外され――はっ、とリィナが息を呑んだ。

料理の品数は、四品。ひとつはパンにソース、ジャムなどを付けて食べられるようにした料理で、斜めにスライスしてこんがり焼いたパンを中心に、実に十種類近い具材の入った小さな器が円を描くように配置されている。

続いて、グリーンサラダの盛られたボウル。見た目はよくあるサラダだが、ドレッシングに一工夫している。味はごくあっさりしており、よく使われる香辛料の代わりにすり下ろしたリンゴとオレンジ、甘い酢で味付けしている。

そして、楕円形のココットにはまだ温もり残るグラタンが。宮廷でよく見られる肉とチーズたっぷりのものではなく、芋やタマネギにカボチャ、そして肉を控えめにする代わりに刻んだ豆を練り込んだものだ。

最後に、食後に摘めるような小さめのクッキー。砂糖飾りやクリームなどは極力添えず、刻んだアーモンドやクルミなどのナッツ類のみを飾っている。

大公やその婚約者が食べるには、あまりにも質素で地味すぎる品々。だが、リィナの目は先ほどから見開かれっぱなしで、美食に舌が慣れているはずの大公も「うまそうだな」と呟いている。

「……あ、あの、お姉様。これはもしかして……」

「はい。アクラウド公国の郷土料理です」

テレーゼはにっこり笑い、手で料理を示した。