軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

令嬢、なんかとんでもない言葉を聞く

テレーゼはその後、配送手続きを終えたメイベルと一緒に貸本屋を出た。

「……テレーゼ様、何か気がかりな点でも?」

「えっ?」

気が付くと、半歩後ろを歩いていたはずのメイベルがテレーゼの顔を覗き込んでいた。中年侍女は「最近かすむようになって……」と語っていた目を細め、テレーゼを見つめてきている。

「もしかして、何か借り忘れた本でもございましたか? まだ時間はありますが……」

「……いえ、そういうわけじゃないの。ちょっと考え事をしていて」

「最近の流行についてですか?」

「……。……うん、そうなの! 縞模様とフリルのデザインを組み合わせたら、男女問わず手に取ってもらえるようなグッズが作れそうだなぁ、って思って。考えるだけでわくわくするわ!」

「まあ、それはよろしゅうございます」

思わず縞フリルを言い訳にしてしまったが、嘘ではない。

(メイベルには……コーデリア様のことを言っても、心配させるだけよね)

先ほど貸本屋で耳にした、子爵家のあれこれについて。

彼らの話だけでは不透明な点もあるが、コーデリアは幼い頃に子爵家に引き取られた婚外子で、あまりよい待遇を受けなかったという。

(そういえば……私には見えなかったけれど、コーデリア様はお父様と話をしているときも怯えた様子だったったみたいね)

コーデリアが父親に対して抱いているのは、かなり複雑な感情なのかもしれない。もしかすると、テレーゼにやたらきつく当たってくるのにも理由があるのではないか。そうでないと、父親に仕事ぶりを報告しているときに怯えた表情をする必要はないだろう。

(なかなか複雑そうね……でも、私があれこれ詮索するのもよくないわね)

「……テレーゼ・リトハルト様」

うんうん、と一人頷いていると、背後から名を呼ばれた。

「はい?……うわっ」

「あ、すみません」

誰に呼ばれたのだろうかと思って振り返ったとたん、立派な馬の顔が間近まで迫っていたため、ついついひっくり返った声を上げてしまった。

「馬がしゃべった!?」

「そんなわけないでしょう。……しゃべっているのはこっちです」

ぶるるん、といななく馬の向こう側から呆れたような声がした。

首を伸ばしてそちらを見やると、眩しい秋の陽光を浴びて馬車を操る、眠そうな目の少年の姿があった。

「どうもです、テレーゼ様。四日ぶりですね」

「あっ、ライナス! ごきげんよう、お仕事中かしら?」

「仕事中じゃなけりゃ、騎士団の制服を着て馬車を操縦したりしませんよ」

「そのとおりだわ!」

近衛騎士団の制服姿のライナスは、ぽんと手を打つテレーゼをやれやれと言わんばかりの眼差しで見下ろしてきている。御者台に座る今日の彼は赤い髪をコーデリアのように高い位置で結っているため、長い髪の房が秋の爽やかな風を受けてふわふわと左右に揺れていた。

「本日、あなたは侍女を連れて城下町に降りていると伺ったので、捜しておりました」

「私を? 何か急用でもあったの?」

「何が何でも今すぐに、というほどではないそうですが、書類関係で早めに確認してもらいたい事項があるそうです。ちょうど僕が市街地視察の時間だったので、ついでにあなたを捜すよう女官長様に言われたんです」

「まあ、そうなのね。どうもありがとう」

「これも仕事なので。……というわけで、後ろに乗ってください。面倒なことはさっさと済ませた方がいいでしょうし、送っていきます」

そう言った後、ライナスはテレーゼの隣で困った顔をしていたメイベルを見てちょこっと頭を下げた。

「あなたはリトハルト家の侍女ですね。僕はマーレイ伯爵家長男のライナスです。申し訳ないのですが見てのとおりこの馬車は小さいので、あなたも乗せることはできません。お嬢様は僕が責任を持って城までお送りしますので、別途お戻りいただいてもよろしいでしょうか」

「それは……そうですが」

丁寧な口調で詫びを入れられたものの、メイベルは迷っているようだ。相手の身分は分かっても、テレーゼを託してもいいか判断に困っているのではないか。

「メイベル、ライナスはジェイドの同僚らしいし、信頼できるから大丈夫よ」

「いえ、むしろわたくしは、テレーゼ様がライナス様に失礼なことをなさらないかの方が心配で心配で……」

「そっち!?」

「侍女にそこまで言われるなんて、あなたって本当にぶっ飛んでるんですね」

「ライナスまで!……だ、大丈夫! 暴れたりしないから!」

「お願い申し上げますよ、テレーゼ様!……それではライナス様、テレーゼ様をどうかよろしくお願いします」

「分かりました。途中で落とさないようにはします」

「もうそれだけで十分でございます」

ライナスとメイベルがまともに話をするのはこれが初めてのはずなのに、やけに意気投合しているようでテレーゼはちょっぴり寂しかった。

メイベルが辻馬車を探しに行ったのを見送り、テレーゼはライナスの手を借り――る前に自らライナスの後ろの席に飛び乗った。この馬車は幌や天井のない超小型タイプなのでドアを開けたりせず楽に乗ることができるのだ。

「僕が言うのも何ですが、ちょっとは淑女の嗜みってものを考えた方がいいんじゃないですか」

「でもこっちの方が早いし」

「確かに。……では参ります」

ライナスがぴしっと馬にムチをくれ、馬車がゆっくり動き出した。シンプルな形状の馬車だからか車体も軽いようで、馬一頭の力でも難なく車輪が動き始める。

(本当はもうちょっと市場を歩いたり買い食いしたりしたかったけれど……呼び出しなら仕方ないわよね)

「ライナス、具体的にどんな書類確認なのかは聞いている?」

「簡単な内容確認だとしか。ああ、ただあなたの報告内容にミスがあるとかじゃないそうなので、肩肘張らなくていいですよ」

「分かったわ……あ、そうだ」

メイベルにも宣言したとおり大人しく座っていたテレーゼは少しだけ身を乗り出し、ゆらゆら左右に揺れるライナスのポニーテールに声を掛ける。

「あの、ライナス。せっかくだから、おしゃべりをしてもいい?」

「雑談なら構いませんよ。どうぞ」

「ありがとう。……あのね、ライナスはすごいなぁ、って思って」

「はい? 僕が?」

赤い尻尾が揺れ、ライナスの頭が少し傾く。どうやら視線だけこちらに向けているようだ。

「僕、まだ下っ端ですよ。半年前、妃候補に紛れていたときは正騎士になって間もなくでしたし、ジェイド様には剣術でも全然敵わないし」

「まあ、それじゃあやっぱりジェイドと親しいのね。年の差とか階級差とか、そういうのがあまり感じられなくって。それに、私より年下なのにすごくしっかりしているじゃない」

「僕が落ち着いているんじゃなくて、あなたが落ち着いていないだけですよ」

「手厳しいわ」

「事実ですから。あと、ジェイド様に関しては、親しいというか……僕が入団した頃から世話になっているんです。よく手合わせもしてくれますし、何かと気を遣ってもらっています。僕は小柄で女顔なんで騎士団でもからかわれたりするんですが、ジェイド様はそんなことしません。『自分の特性を生かせ』といつもおっしゃっているんです」

「へぇ、ジェイドが……!」

ライナスの口調は相変わらず淡々としているが、彼にしてはかなり長くしゃべっているし、なんとなく言葉にも熱が籠もっている気がする。

(つまり……)

「ライナスは、ジェイドのことが大好きなのね!」

「その言い方だと語弊を招きかねないので、撤回してください。ええ、今すぐ」

「ご、ごめんなさい。えーっと……ライナスはジェイドのことをとても尊敬しているのね!」

「そうですね。先輩騎士の中にはやかましい人や余計なことに誘ってくる人もいて鬱陶しいんですけど、ジェイド様は僕のことをほどほどに放置してくれているので。ほどほどに接してくれる点もポイントが高いですし、尊敬していると言っていいでしょう」

「あはは……そうなんだ」

「そうです。……やれやれ。そんなジェイド様が、あなたのような思考回路のよく分からないご令嬢を気に掛けるなんて、人の心とはよく分からないものです」

「……んー、それは、やれやれ世話の焼ける妹だなぁ、みたいな意味でしょ?」

「はい? あなた、どこまで思考回路が飛んでいらっしゃるんですか。……はぁ、これではジェイド様が苦労なさるのもよく分かります」

やれやれまったく、とばかりにライナスの肩が落ちる。

馬車を少し減速させてこちらを振り返ったライナスは緑色の目を細めて、じとっとテレーゼを見つめてきた。

「これじゃあ、何のためにあのとき僕がわざわざジェイド様にあなたを送るよう進言したのか、分からなくなります。あなたを異性として意識している天然記念物レベルに奇特な人物なんですから、ちょっとは大切にして差し上げてくださいよ」

「そんなこと言われても……って――えっ?」

ライナスの歯に衣着せぬ物言いに突っ込もうとしたテレーゼだが、今、聞き捨てならぬ言葉が聞こえた気がする。

(ジェイドが私のことを、異性として意識している?)

「それって本当なの?」

「天然記念物じゃなかったら何なのですか。絶滅危惧種ですか」

「あっ、そっちじゃなくて……ジェイドが私を異性としてナントカって方」

「えっ?……あ、ああ。まあ、そうですね」

ライナスは頭を掻き、「あー、これはさすがにお節介だったかなぁ」とぼやいている。

テレーゼはゆらゆら揺れるライナスの髪を見ながら、顎に手を当てた。

ジェイドと知り合って、約半年。

彼には専属の護衛になってもらったり、無茶ぶりに付き合ってもらったり、助けに来てもらったりといろいろな場面を共にし、接点を持ってきた。

だが――はたして、彼にそんな素振りがあったのだろうか。

頼りになるお兄ちゃん。

信頼できる仕事仲間。

(……そんなジェイドが、私を異性として意識している? そうなの?)

むう、と唸った後、テレーゼはふと顔を上げた。

「あの、さ。ライナスはそのことをジェイドから直接聞いたの?」

「えっ?」

ライナスの戸惑ったような声。

やはりそうか、とテレーゼは身を乗り出し、ライナスの背後の背もたれに手を掛けた。

「ジェイドが直接ライナスに言ったわけじゃないんでしょう? だったら、ライナスの気のせいかもしれないわ!」

「……確かに、直接ジェイド様から伺ったわけではありません。ですがねぇ、誰が見ても明らかだと思いますよ」

「そんなこと言われても、ジェイドからそんな様子は見られないし思い当たる節もないんだもの。ほら、男の人が女の人を好きってときには跪いて大輪の薔薇の花を差し出して、『愛しているから結婚してください』って言うものなんでしょう?」

何といってもテレーゼは半年前に、大公がリィナに求婚している場面をこの目でしかと確認しているのだ。

(一般的な求婚のやり方とかはよく分からないけれど、大公閣下があのようになさっていたんだもの。それに、アクラウド公国のシンボルである薔薇を贈るのなら理にかなっているわ!)

「ジェイドはテレーゼを異性として意識している」の定義がハズレであることを証明しなさい。

配点二十点。

「男から女への愛情表現」とはつまり「薔薇の花を持って愛の言葉を囁く」である。

しかし、テレーゼはジェイドから薔薇の花を贈られた覚えはない。

また、愛の言葉を囁かれたこともそういった素振りが伺えたこともない。

以上のことから、定義はハズレである。

証明終了。

……ということをテレーゼは自信満々に語った。

ライナスは沈黙したまま、手だけは器用に動かして馬車を操っていた。「なにそのくっさいプロポーズ……」という声が聞こえた気がする。

「ライナス?」

「……分かりました。どうやら僕の早とちりだったようです」

「やっぱり!」

「しかし……ジェイド様を尊敬する者として一つだけお願い申し上げます。早とちりだとしても、今回僕が発言した内容だけはどうか忘れないでください。そして、ジェイド様の言動を少しでもいいので気に掛けて差し上げてください」

「二つに増えていない?」

「気のせいです。……ああ、もうすぐ着きますね」

「あら、本当。送ってくれてありがとう、ライナス」

「どういたしまして。これも仕事なので」