軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

令嬢、公国の平和を実感する

「……お姉様は今日いらっしゃったのは、本日の発表についてでしょうか」

やはり、何も言わずともリィナも察していたようだ。

テレーゼはポットを置いて微笑み、膝の上に手を重ねて深くお辞儀をした。

「リィナ――様。本日は、ありがとうございました」

「お姉様……」

「わたくしを専属に据えなかったこと――心より感謝いたします」

そう告げた声ははっきりと通り、サンルームに響いた。

……今朝、女官長から発表された分担。

リィナの臨時専属女官に選ばれたのは、紫チョーカーの女官が二人、青と黄色が一人ずつ、そして――赤チョーカーのコーデリアだった。

女官の列の中でもテレーゼにほど近い場所にいたコーデリアの顔は、よく見えた。自分の名前が呼ばれた瞬間、コーデリアの横顔がぱあっと晴れ渡ったのも。

女官長は選ばれた五人に関して、「それぞれの階級でもっとも献身的で、仕事能力が高く、今後が期待できそうな者だから」と述べた。先輩女官たちの表情を見るに、人選は誰もが納得いくものだったのだろう。

臨時専属に、選ばれなかった。

それが分かったとたん――心臓が口から飛び出そうなほど緊張していたテレーゼの体は一気に落ち着きを取り戻し、視界がすうっとクリアになったように感じられたのを思い出す。

一番に思ったのは――「よかった」だった。

(選ばれなくて、よかった。リィナも女官長も、公正に選んでくださって……本当によかった)

テレーゼの感謝の言葉に、リィナは赤茶色の目を細めてカップを置いた。

「……それは、身内だからと贔屓しなかったからですか?」

「はい。……実は見習仲間からは、『テレーゼはリィナ様の姉君だから、選ばれるかもしれない』と言われていたのです」

「……しかしお姉様は、選ばれなくて安堵したのですよね?」

「そうです。もし、わたくしが選ばれるようなことがあれば……リィナ様が、わたくしを姉だからと贔屓していれば――」

その後は言うのがはばかられ、テレーゼは言葉と共に唾を呑み込んだ。

だがリィナはテレーゼの言わんとすることを察したようで、ふわっと微笑んで紅茶を一口飲んだ。

「……なるほど。もしわたくしが公正な目を持たずお姉様を身内贔屓するようであれば……お姉様はわたくしを見損なわれていたでしょうね」

「リィナ様、わたくしは――」

「本当はですね、お姉様がいてくださったら心強いと思ったのです。ですが、レオン様に叱られてしまいました」

リィナの衝撃発言に、テレーゼは目を見開く。

(叱られ……ええっ!? リィナが、あの大公閣下に!?)

婚約者だけにはやたら甘い顔を見せているあの大公がリィナを叱るなんて、想像も付かない。

だがリィナはくすっと笑い、そのときのことを思い返しているかのような遠い眼差しになって、手に持っているカップを揺らした。

「叱ると言いましても、注意を受けた程度ですがね。……それが本当に自分のため、そしてテレーゼ・リトハルトのためになるのかよく考えろ――レオン様はそうおっしゃいました。わたくしの甘えたな心を叱咤してくださったのですね」

「それはそうでしょうが――」

「そんな顔をなさらないでください、お姉様。レオン様はわたくしを正してくださったのです。そのことに感謝しております」

そう言うリィナの表情は落ち着いている。

(そっか……大公閣下はリィナに甘いけれど、何でもかんでも許しているわけじゃないのね)

大公のプロポーズシーンを目の当たりにしていたく興奮したテレーゼだが、押しの強い大公と引き気味のリィナがうまくやっていけるのか、少々心配はしていた。リィナがよそのお嬢さんだったら「頑張れ」の一言で済むだろうが、今のリィナはテレーゼの妹。リトハルト家の家族も皆、大公とリィナの様子を気にしているようなのだ。

だが、これなら問題なさそうだ。

「そうね。……何にしても、ありがとう。私は当日、リズベスと一緒に受付をすることになったから、そっちで頑張るわ」

受付はとにかく地味で、そのわりに仕事量は多い。赤チョーカー以上の女官の大半が会場内で接待をしたり貴族の補助をしたりするので、椅子に座って入場手続きをするだけの受付業務は人気もなさそうだった。

だが女官長は発表の後でテレーゼたちを呼び、「見習の中ではあなたたちには期待が持てます」と告げたのだった。

受付業務はただ決められた動作を繰り返せばいいわけではない。客人の名前を覚え、相手の顔色を見て、臨機応変に動かなければならない。同期の中ではテレーゼとリズベスの仕事ぶりが高めに評価されていたということだろう。

「まあ……受付もたいへんだと聞きます」

「そうなの。しかも真面目なリズベスと違って私は女官長様に呼び出しを食らったこともあるし、罰則を受けたこともあるわ。それなのにどうしてだろうって思ったの」

そのモヤモヤをずっと抱えたまま仕事をするよりさっさと払拭したいということで、テレーゼは思いきって女官長に尋ねてみた。

すると女官長曰く、「普段の素行は奇妙だけれど、能力は高いし臨機応変に最善の策を取ろうとする姿が好印象」とのことだった。

他の見習だと予定表にない事態が発生すると、固まったり先輩の指示を仰ごうと右往左往してしまったりと、かえって業務に支障を来してしまっていた。

だがテレーゼの場合、何度も先輩に叱られたし対立もしたりしたが、お世話をしている対象の貴族の不興を買ったことは一度もないどころか、「よく動いてくれた」とお褒めの言葉をいただいていたという。

女官長が見せてくれた貴族からの「評価表」には以前、チャリティー観劇でお仕えしたバノン子爵夫妻のものもあった。子爵夫人はあの後気を取り直し、夫婦揃って様々な活動に顔を出しているそうだ。

(褒められて評価されたのはもちろん嬉しいけれど、知り合えた人のその後を聞くこともできて、そういう意味でもよかったなぁ)

厳しい女官長から「まあ、期待しています」とお言葉をもらえたときのことを思い出してにんまり笑っていると、リィナも微笑んだ。

「そうなのですね。……わたくしも、お姉様ならきっとどんな業務でもおできになると思っております」

「ありがとう。……リィナも無理せず、頑張ってね」

「……。……ええ、もちろんです」

そう答えたときのリィナの頬は、ほんの少し引きつっていた。

「……そういえばリィナって、大公閣下と喧嘩とかはしないの?」

「うーん……喧嘩、というほどのことはしないですね。……あの、ですが一つだけ悩みがありまして」

「んんっ?」

「……時々、レオン様に対してどう反応すればいいか分からず、困ることがあるのです」

「うーん……私でよければ相談には乗るわよ?」

「ありがとうございます! 実はですね、レオン様はたまに手を出してきたりいきなり距離を詰めてきたりするのです。そのとき、手をちょっと叩いたり胸を押したりすると……何というかこう、とろっとした感じの嬉しそうな顔になるのです。……近衛騎士の方曰く、『もっと叩いて罵倒されたいのでは』とのことでして」

「……」

「わたくし、どうすればいいと思います?」

「叩けばいいと思います」

公国は、今日も平和だ。

実によろしいことである。