軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

令嬢、絡まれる

本日は大収穫だった。

厨房を出たテレーゼは、いたくご機嫌だ。テレーゼの「意見」を聞いた責任者は予想を超えて乗り気になり、目を輝かせながら話を聞いてくれた。そうして、「お嬢ちゃんの言うことには一理ある。今度専用厨房のやつらにも相談してみる」との言葉をもらえた。

(これで、リィナも元気になればいいんだけど)

平民出身の次期大公妃。

テレーゼたちの前では弱った姿を見せたことはないし、見習に過ぎない自分が常にリィナの様子を見られるわけでもない。だが、一国の妃となる重責をその身で感じていることだろう。

(ついでに、とっておきの節約料理も教えてもらえたし! ああ、何から作ろうかなぁ……!)

肩から提げているポシェットには、料理人たちから譲ってもらったレシピを入れていた。口頭で説明された内容を急いでメモしたものなので、部屋に戻ったら読み直して清書する必要がありそうだ。

普段からまかないを作っている料理人たちの知恵と食材の活用術には、メモを取りながらテレーゼも舌を巻くばかりだった。

(野菜の皮で作ったチップスもおいしそうだし、柔らかい葉っぱを使ったサラダも簡単に作れそうだわ。ああ、そういえばマリーとルイーズはパイが好きだから、鶏肉の代わりに刻んだお豆を入れたヘルシーミートパイを作ってあげられたら――)

かわいい妹たちの喜ぶ顔が脳裏に浮かぶようで、思わず頬が緩んでしまう。

「……また、城内を徘徊しているのですか」

ふわふわ夢見心地だった頭は呆れたような声を聞いたとたん、さっと我に返った。

振り向くと、廊下の角に立つ女官の姿があった。少々夢想にふけってはいたもののちゃんと前を見ていたつもりだったが、廊下の柱の影で死角になっており気付くのが遅れてしまった。

(うっ……さっきの緩んだ顔、見られた!?)

慌てて冷静な表情に切り替え、スカートを摘んでお辞儀をする。

「お疲れ様です、コーデリア様。厨房に行っておりました」

「聞かなくても分かります。……泥と生臭い臭い。このような臭いを纏わせたまま平然と出歩けるような女官は、あなたくらいです」

コーデリアはヘーゼルの目をぎらぎらと輝かせ、テレーゼを睨んできていた。胸の前で組んだ腕は力が籠もっているのが一目瞭然で、苛立ちを示すように指先がそわそわ動いている。

いつものことながら、既にコーデリアはお怒りのご様子だ。

「申し訳ありません。厨房のお手伝い中は私服で過ごし、その後着替えたのですが」

「お待ち。あちこちちょろちょろするのみならず、使用人の仕事を手伝ったのですか!?」

もともとコーデリアの機嫌はよろしくなかったが、テレーゼの返事でますます悪化してしまったようだ。

(……でも、詰られるようなことはしていないわ)

テレーゼはきゅっと眉根を寄せ、「お言葉ですが」と一歩進み出た。

「……わたくしが他の女官の皆とは違った行動をしていることは承知しております。しかし、女官としての評判を下げることはしておりませんし、料理人の皆様や騎士様、使用人の皆からはお褒めの言葉をいただいております。もしわたくしの行動で城仕えの皆様にご迷惑をおかけするなりしていれば既に、女官長様に報告が行っているはずです。それが今の今までないのは、わたくしが咎められるような行動をしていないという証ではないでしょうか」

城外での行動はともかく、城内での行いや振る舞いは思ったより多くの人に見られている。女官の中でも、「休憩時間に恋人と逢瀬していた」「仕事中、城の備品を壊していた」「部屋に騎士を連れ込んでいた」といった失態を報告され、処罰を受けたりクビになったりした者がいると聞いたことがある。城仕えの者にとって、「誰にも見られていないから、きっと大丈夫」は案外通用しないものなのだ。

テレーゼは自分があちこちフラフラしていることを隠していないし、テレーゼの奇行は大公の耳にも届いている。もしテレーゼが女官として――ひいては次期大公妃の姉君として目に余る行動を取っていると判断されれば、もっと早い段階で女官長からお叱りを受けているはずだ。

テレーゼ自身も気を付けているし、女官長からもそういった忠告を受けた覚えはない。部下に対して一切の甘えを許さない女官長だから、テレーゼが間違ったことをしていればリィナの姉だろうと何だろうと容赦はしないだろう。

テレーゼの反論に、コーデリアの口元が引きつった。テレーゼが普段の行動に関して女官長から忠告を受けたことがないと分かっているようだ。

「……詭弁ですわ」

「わたくしは真実を申したのみです。本日わたくしをここでご覧になったことを女官長様にご報告なさるのでしたら、わたくしはお止め申し上げません」

「っ……わたくしを挑発しているのですか!? だいたい、あなたはいつも――」

コーデリアがぎりっと歯を軋ませて一歩詰め寄ってきたと同時に、廊下の奥から若い女性の話し声が聞こえてきたため、テレーゼとコーデリアははっとそちらを見やった。

夕暮れ時の日が差し込む廊下。

その先に、色とりどりのドレスを纏った令嬢たちの姿があった。

(そういえば、今日のお昼から何人かのご令嬢が集まるって言ってたっけ……)

ぼんやりしているテレーゼとは対照的に、コーデリアは素早く態度を切り替えるとその場でお辞儀をした。

「これは、失礼いたしました。……あなた、道をお開けなさい」

「は、はい」

「どうも……ってあなた、テレーゼ・リトハルトではなくて?」

コーデリアに倣って道を譲ろうとしたテレーゼだが、名前を呼ばれて顔を上げた。

侍女を従えて廊下に立っている令嬢たちが、五人。五人ともテレーゼと同じ年頃で、そのたたずまいには高位貴族としての威厳に満ちており、よく顔を見ると――

「……あ、ひょっとして大公妃候補時代にご一緒しました?」

「まあ、わたくしたちのことを忘れていましたの!?」

「そっ、そういうわけではありませんが……失礼いたしました」

「あら、そんなにかしこまる必要はなくてよ。わたくしたちの仲ではありませんか」

どう対応したものかと目を泳がせるテレーゼに対し、令嬢たちはくすくす笑っている――が、その笑い方は決して嫌味なものではなく、「仕方ありませんね」と言わんばかりだった。

そう、ここにいる五人は全員伯爵家以上の出身で、半年前には大公妃候補として共に登城した者たちである。

公爵令嬢クラリスを崇拝する彼女らは最初こそ我が儘放題で、テレーゼを無理矢理茶会に連れ込んだりリィナをひっぱたいたりしてくれた。だがテレーゼがバルバ王国の手先に捕まった際にはクラリス主導で結託し、バルバ王国派一網打尽とテレーゼの救出に一役買ってくれたのだ。

(あの後、お礼を言おうとしたけれど皆様は、リィナを叩いたことを水に流してほしいっておっしゃって、それっきりになっていたのよね)

かつては対立していた彼女らだが、あの事件を通していろいろ考え直したのだろう。半年ぶりに再会した彼女らからは敵対心が感じられず、テレーゼはほっと胸をなで下ろした。

「それはそうですが……今のわたくしは女官見習ですので」

「ああ、そういえばそんなことも伺いましたっけ」

「何もわざわざ下働きなんてしなくてもよろしいのでは?」

「そうそう。実家の経営が苦しいのでしたら、わたくしたちに声を掛けてくださればよろしいのに」

「リィナ様のご実家ですもの。助力は惜しみませんよ?」

そう言いながら令嬢たちはずいっと身を寄せてきた。

どことなくその目がきらきら輝いているように感じられ、テレーゼは苦笑した。

(な、なるほど。リィナの実家だから、資金援助もするってことね)

あまりにもあけすけで私欲に忠実だ。だが、裏でこそこそ企まれるより直球を打ち込まれる方がずっと気持ちがいいし、テレーゼもそんな彼女らのことをかえって信頼したくなる。

「ありがとうございます。しかし、女官見習として働く日々は充実しておりますし、何よりわたくしはお金稼ぎが好きなので」

「……ああ、そういえばあなたはそういうお方でしたね」

「あなた、もうちょっと貪欲になった方がよろしいですよ?」

「本当に、呆れたお方です」

それでも、令嬢たちは苦笑混じりに受け答えしてくれた。「こいつはこういう人間だから仕方ない」と彼女らも分かっているのだろう。

(……よかった。半年前はちょっとぎすぎすしていたけれど、皆様とも仲よくなれそうだわ)

ふと、テレーゼはやけに静かなコーデリアの方を見やったが――

「……あら?」

「どうしましたの?」

「あの、わたくしの先輩がここにいたのですが……」

いつの間にかコーデリアは姿を消していた。すると令嬢の一人が思い出したように、「ああ、あの女官なら」と声を上げる。

「ちょっと前にいなくなりました」

「えっ……」

気付かなかった。

(もしかして、私が令嬢の皆様と立ち話していることを女官長様に報告しに行かれたのかしら……!?)

さっと青ざめるテレーゼだが、その理由を聡く察したらしい令嬢の一人が扇子の先を廊下の奥に向けた。

「あなたが心配することはなくってよ」

「そうそう。わたくしたちに捕まったのだとでも言えばよろしいでしょう」

「そうそう。うるさい女に捕まったのだと泣きつけばよろしいでしょう」

「そうそう。なんならこれから一緒にお茶でもしませんこと?」

「そうそう。毎日お仕事で疲れるでしょう。たまにはゆっくりしません?」

「え?……えーっと、わたくし今は休憩時間ですが、もうじき貴婦人の晩餐会の補助に行く予定でして」

「あら、それは残念」

「ではまた今度、ゆっくりお食事しましょうね」

「リィナ様にもよろしくお伝えくださいませ」

「よろしければ今度、リィナ様も交えてお茶会でもできれば」

最後まで自分を売り込もうとする、抜け目のない女性たちだ。だがそんなところがまた強かな彼女ららしく、テレーゼは笑顔でお辞儀をして令嬢たちの行進を見送った。

(……皆様、変わられたのね)

この半年間で彼女らが何をしたのかは分からないが、テレーゼへの態度は和らいだし、テレーゼの平民根性も一応認めてくれた――ように感じられる。

以前のチャリティー公演会で活を入れてくれたクラリスにしろ、今回対等な立場で接してくれた令嬢たちにしろ、アクラウド公国は本当に強かでパワフルな女性が多いことだ。

(……うん、私だって頑張らないと!)

そのためにもまずは、テレーゼを置いて帰ってしまったコーデリアへの言い訳を考えないといけない。

だが結局その日、テレーゼはコーデリアを見つけられなかった。

それどころか、晩餐会後に女官長に報告をしに行った際に令嬢たちのことを自己申告したのだが、「そのようなことはコーデリアから聞いておりません」と怪訝そうな目で見られてしまったのだった。