軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

令嬢、想像する

子爵家に到着し、ジェイドを馬車に待たせて執事に迎え入れられる。

書類入りの封筒を抱えて執事と話をするまではどきどきしていたし手汗が酷かったが、執事が「奥様は女官のテレーゼ様について、楽しく話ができたとおっしゃってました」と教えてくれてからは、一気に心が和らいだ。テレーゼの手汗のせいで大切な書類がぐしゃぐしゃにならなくてよかった。

子爵は外出中とのことで、子爵夫人のマチルダが応対してくれた。

(顔色は……よさそう。唇の血色もいい感じだし、体を壊されてはなさそうね)

まずは夫人の全身を眺めて健康状態をチェックする。講義で、「もし貴人が体調を崩したとして、いつ頃から具合が悪くなったか、最初はどうだったかが問われることがあるので、まめに確認するように」と言われているのだ。

「……ということで、劇団への罰則として向こう二年間の公都内での公演禁止、子爵家への賠償金支払いが可決しております。子爵ならびに奥様のご承認をいただけましたら決定して城に提出することになります」

「……ずいぶん賠償金額が多いのですね」

「ええ。……こちらの額は女官と官僚の相談で設定したものですので、子爵ご夫妻のご意見を伺った上で微調整することも可能です」

「分かりました。旦那様は夜に戻ってこられるので、それから夫婦で話し合います」

「よろしくお願いします」

テレーゼが差し出した書類を夫人はざっと読んだ後、執事に渡した。

(顔色、表情、所作の変化……特になし)

処分内容について話しているときは少しだけ顔をしかめていたが、今の表情は落ち着いている。

(……よかった)

その後夫人の厚意でお茶を飲むことになったが、その間も夫人の調子はよさそうなまま報告を終えることができた。

「……ふー、一安心!」

「お疲れ様です、テレーゼ様」

馬車に戻ったテレーゼがうーん、と伸びをすると、ジェイドが労いの言葉を掛けてくれた。

「子爵夫妻との話はうまくいきましたか?」

「ええ、子爵はお留守だったので、夫人とお話をしました。夫婦での検討をお願いして書類を渡したのだけれど、いい返事がいただけそうでした」

「それはよかったです。……さあ、いつまでも気を張っていては心身共に疲れてしまうでしょう。ゆっくり体を休めてくださいね」

それはつまり、一仕事終えたのだから城に着くまでの道中は肩の力を抜けばいい、ということだろう。あとは城に戻って終了報告するだけなので、テレーゼは彼の厚意に甘えて座席で思いっきり伸びることにした。

「ああ、そういえばテレーゼ様。私の方でも少々調査をしてみました」

「……調査?」

「テレーゼ様のご友人が、騎士の誰かに恋をしているという件です」

ジェイドに声を掛けられたので、肩をぐるぐる回していたテレーゼははたと動きを止め、目を丸くした。

(……ああ、そうだ! ジェイドも『リズベスの恋を応援しようの会』に参加しているんだ!)

最近いろいろありすぎて活動が休止しかけていたので、ジェイドの方から話題を持ってきてくれてありがたい。

「ありがとう! ちなみに、どんな?」

「普段懇意にしている騎士仲間を中心に、女性の好みについて尋ねてみたのです」

ジェイドはあっさりと言うが、テレーゼは少々返事に困ってしまった。

というのも、ジェイドが仲間に「おまえの好きな女性のタイプは何だ?」と問う姿が想像できないのだ。

「……そ、そうなの?」

「はい。……ああ、ちなみに私がいきなり問うても怪しまれるだけだと思ったので、姉をダシにさせていただきました」

「……そういえばお姉様がいらっしゃるそうね」

テレーゼは勝手にジェイドのことを兄認識しているが、彼は姉を持つ弟らしいのだ。

(ジェイドのお姉様って、どんな方かしら)

ふと疑問に思った。

とりあえず目の前に座っているジェイドの顔を切り取って、テレーゼの中で「淑女の鑑第一位」であるクラリスの首から下とくっつけてみたら、イメージが湧くのではないだろうか。

テレーゼは、想像した。

そして、二度とこのようなことをするまいと胸に誓った。

「やはり女性である姉の名を出すと、彼らも変に勘ぐらず教えてくれましたよ。……結論から申しますと、私が先日申し上げたことと一般論では大きな差はないかと思われます」

「つまり、よく食べてよく動く子ってこと?」

「はい。やはり皆、交際するなら健康で、自分たちのノリについてきてくれる女性がいいそうです。もちろん中には、淑やかで大人しい女性が好みという者もおりましたが、『健康』というのは共通項目と考えてもよろしいかと」

「なるほどね! だからジェイドもやっぱり、ご飯をよく食べる元気な子がタイプなのね!」

「そういうことですね」

「ちなみにジェイドは気になる子、いるの?」

「いますよ」

「へぇ!」

「テレーゼ様です」

「まさかの私!」

ここで自分の名前が出てくるとは思わなかった。

――だが。

(……あー、そういえば前、ジェイドは私のことが心配だ、って言っていたわね)

ジェイドからすれば自分は、「いつ何をしでかすか分からないので、とても気になっている子」なのだろう。となれば、先ほどの彼の返答も納得がいく。

「面目ないわ……」

「なぜですか? 俺は、あなたとこうしてしゃべることのできる時間が好きですし、もっと俺のことを頼ってほしいと思っているんですよ」

「そ、そう?」

「ええ。ですから面目ないなんておっしゃらないでください。もっともっと、俺にあなたを気にならせてくださいね」

そう言ってジェイドは微笑み、ほんの少し首を傾げた。幼い女の子のような仕草なのに、なぜかこんなに体格のいいジェイドがやっても愛嬌があるように感じられる。テレーゼが同じような真似をしても、首の筋を違えて筋肉痛になってしまいそうだ。

「分かったわ。それじゃあ、私のことをもーっと気になってちょうだい! 私も同じようにジェイドのことを気にするから!」

「……意味、分かっているんでしょうか」

「何が?」

「いえ。……もうすぐ城に着きますね」

「あ、本当だ」

テレーゼが体を捻って窓の外を見、「あっ、あの門番、この前おいしいポテトドッグの作り方を教えてくれた人だ!」とはしゃいだ声を上げている。

ジェイドはそんなテレーゼの横顔を、眩しそうに目を細めて見つめていた。