軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

令嬢、実地訓練に行く

翌日、早速テレーゼたちにとって初の実地訓練が始まった。

「今回は、当日に仕事内容と先輩とのペアが発表されるのよね」

普段講義で使っている講堂へ向かう途中、リズベスが不安そうな声を上げた。

「まあ、最初のうちは先輩の補助で、専ら見学するだけだって言われているし……多分大丈夫じゃない?」

「テレーゼは気楽そうね……緊張とかしていないの?」

訝しげに顔を覗き込まれ、テレーゼは微笑んだ。

(緊張していないわけじゃないわ。でも……)

「ここが見習卒業のための第一歩だと思うと、気合いを入れていかなきゃ、って思うの。だから緊張とか不安より、そっちの気持ちの方が強いかなぁ」

「……テレーゼって強いのね」

「いえ、ひょっとしたら鈍感なのかもしれないわ」

「長生きできそうなタイプよね」

「本当!? 長生きしたいと思っていたのよ、ありがとう!」

仲間たちと軽口を叩きあっていると、皆の表情も少しだけ和らいだようだ。

(先輩たちはよく、「そんな辛気くさい表情で貴婦人の前に立つつもりですの?」と言ってくるわ。だったら、少しでも明るい表情である方がいいわよね!)

講堂に入るとさすがに皆表情を引き締め、既に部屋で待っていた女官長や先輩女官たちに向かってお辞儀をする。先輩女官の人数は八人――テレーゼたちと同数で、その中には先日テレーゼに忠告してきたブルネットの髪の女官の姿もあった。彼女はちらっとテレーゼを見ると――なぜか、あからさまに表情をしかめてきた。

(……やっぱり何か、あの人の気に障ることをしてしまったかしら?)

仲間たちには「やっかんでいる」と言われたものの、やはり気になる。だがあいにくテレーゼはその女官の顔は分かっても、まだ名前を即答できる自信はなかった。

――だが、女官長が実地訓練のペアを発表することで、あの女官が不機嫌な理由が分かった。

「テレーゼ・リトハルト。あなたはコーデリア・フィリットの補助に回ること。……コーデリア、頼みましたよ」

「かしこまりました」

上品な仕草でお辞儀をしたのは、まさにそのブルネットを結い上げた女官。

(……ああー、さては、私の担当になるのが嫌で不機嫌そうにされていたのね)

なるほど、とテレーゼは内心大きく頷く。どうやらコーデリアはもともとテレーゼによい思いを抱いていないようだから、担当になるのも嫌だったのだろう。

(えーっと……確か、フィリットというのは子爵家の家名ね。ということは、コーデリア様は子爵令嬢である可能性が高いわね)

リズベスのように、爵位保持者の親戚という可能性もある。貴族家系にはいろいろ煩雑な事情があることが多いので、「フィリット子爵令嬢」のようにいきなり呼ばない方が安全である、と教わっていた。

通常だといくら実家が貧乏とはいえ、侯爵令嬢のテレーゼと子爵家のコーデリアでは明確な身分の差が生じる。だが今のテレーゼは女官見習。身分とはまた別の階級制度が存在するため、テレーゼは相手が誰だろうと先輩であれば敬意を示さなければならないし、先輩であればテレーゼを叱ったりこき使ったり命令したりしてもおかしくない。

全てのペアが発表され、見習たちは先輩の指示でそれぞれ移動を始める。ざっと周りを見たところ、二ペアほどは先輩女官の方から気さくに話しかけてもらっているが、他は軒並み関係がよろしいようには見えず、リズベスもさっさと歩き出した先輩のあとを慌てて追いかけていっていた。

「何をぼさっとしていますの。すぐに出発するから、来なさい」

コーデリアのぶすっとしたような声で、テレーゼは急ぎ姿勢と気持ちを正す。

(……うん。誰がペアだろうと、やるべきことをするのみよ!)

「はい。よろしくお願いします、コーデリア様。本日はどのような形でコーデリア様の補助をすればよろしいのでしょうか?」

「……わたくしはこれから、太后殿下主催の詩歌朗読会に出席なさるマクファーレン伯爵夫人のお世話をします。伯爵夫人は詩歌だけでなく演劇や管弦楽など芸術全般への関心が高く、とりわけ公都で毎年春と秋に開かれる劇団・フラワーベルの公演では必ず最前列を確保して参加なさっています」

歩きながらすらすら説明するコーデリア。息継ぎの間すら惜しむような早口なので、聞き取るのも一苦労だ。

(メモを取る間は……ないわね。今こそ、お母様直筆『お城で生き抜くためのメソッド集・ 極(きわみ) 』より、『記憶力が物を言う! 難しい場合には固有名詞と数詞に絞って必要事項を記憶するべし』を発揮するときのようね!)

短期記憶はあまり得意ではないが、ポイントごとに絞って記憶すればなんとかなりそうだ。

コーデリアは目をかっ開いて集中しながら覚えようとしているテレーゼの方を向くことなく、言葉を続ける。

「マクファーレン伯爵婦人の同行者は伯爵家専属の騎士が三人と、侍女が二人。茶汲みやドレスのセットなどは侍女が担当するので、わたくしたちは伯爵夫人が問題なく詩歌朗読会に向かえるよう補助いたします」

「はい」

「その後会場までお連れし、会の最中は贈り物やカードの整理、会終了後には伯爵夫人宛の贈り物や手紙をお渡しします。伯爵家から迎えに来た者へ引き継ぎするまでが全て仕事です」

なるほど、とテレーゼはしっかりと頷く。

「マクファーレン伯爵夫人が会に参加なさっている間も、わたくしたちには仕事があるのですね」

「先ほどそう言ったでしょう? 同じことを何度も言わせないでくださる?」

テレーゼとしては確認のために言ったのだが、コーデリアはじろりとテレーゼを冷たく一瞥してきた。

「一度の指示で理解しきれないような役立たずは必要ありません。……何か、わたくしに言いたいことは?」

「いえ、ありません。ご助言ありがとうございます」

(なるほど、確かに同じことを何度も尋ねられると、不快になられてしまうわよね)

同じ内容を何度も聞かれたり「……ということでいいですか?」と分かりきったことを何度も念押しされると相手もうんざりするだろうし、不快な気持ちにさせてしまうかもしれない。コーデリアが事前に釘を刺してくれたおかげで、いざ伯爵夫人の前に出たときに失態を犯さずに済んだ。

(コーデリア様、厳しいようだけれどとても頼りがいのある方なのね!)

目をきらきらさせてコーデリアのヘーゼルの瞳を見つめていると、すっと逸らされた。

心なしか、先ほどよりますますコーデリアの機嫌が悪くなった気がする。

「……無駄口は結構。さあ、行きますよ」

「はい!」

歩くたびにぴょこぴょこ左右に揺れるコーデリアのポニーテールを見つめながら、テレーゼはふーっと長い息を吐き出した。

いよいよ、テレーゼの初実地訓練開始だ。

「わたくしは四等女官のコーデリアでございます。こちらは見習女官のテレーゼ。本日はよろしくお願いいたします」

朗々とした美しい声でコーデリアが挨拶したので、彼女の半歩後ろに立っていたテレーゼも揃ってお辞儀をする。ルールに則り、家名を名乗ることはしない。

案内された部屋には、ふくよかな体躯の中年婦人がいた。年齢はおそらく四十代くらいだろうが、顔の肉付きがよいからかもう少し若く見える。

マクファーレン伯爵夫人はテレーゼたちを見て柔らかく微笑み、隣に立っていた侍女からふわふわの羽根飾りの付いた扇子を受け取って開いた。

「どうぞよろしくね。……それでは早速、カードの整理をお願いしてもよろしいかしら? 今日わたくしがソフィア様に呼ばれて城に来ると聞きつけたらしくて、方々(ほうぼう)から招待状が届いていて……うちの侍女よりあなたたちの方が得意だと聞いていたから、頼みますね」

「はい、お任せくださいませ」

コーデリアが進み出る。特に指示はなかったが、テレーゼも彼女のあとを追いかけた。

(まずは、伯爵夫人がどのような方か把握しないとね)

見習対象の講義の一番始めに、「可能な限り短時間で、相手の特徴や性格などを見抜く」訓練をさせられたのを思い出す。ちょうどその時テレーゼは当時同期として名前を知っているだけだったリズベスと組み、「日常会話をしながら相手の好みや性格を把握する」練習をしたものだ。

伯爵夫人はシルバーブロンドの髪を結い上げており、髪を捻った箇所にユリの花を飾っている。かなり精巧な造りだが、あれは細いワイヤーで骨組みを作り光沢のある布地を花びらにした造花だとテレーゼの目は見抜いた。

ふくよかな体型のためか、着ているミントグリーンのドレスはあまり腰を絞らずパニエでスカート部分を膨らませた造りになっているようだ。その上から羽織っているガウンの裾には、蔦の模様が刺繍されている。華美さを抑えながらも上質なドレスとガウンが見事だが、その分、彼女が纏っている黄色いストールがややくたびれた感じなのが少々気になった。

コーデリアが侍女からカードの積まれたトレイを受け取り、空いているテーブルに広げた。テレーゼは別の侍女から、見事な刺繍が目を引くカードケースを受け取る。夫人宛に送られたカードを選別し、見やすいようケースに収めるのだ。

「コーデリア様、どのような基準でカードを分ければよろしいでしょうか」

「まずは並び替えです。男女で分け、さらに階級で順に並べます。……爵位ごとの並べ方は、授業で習っておりますね?」

「はい」

もちろん授業でも教わった。だがテレーゼは同期より半年ほど早く、同じ内容を履修していた。

その時先生になってくれたのは、他ならぬリィナだ。

(女官登用試験に向けて、リィナにいろいろなことを教えてもらったのよね)

地理や歴史、数学や科学などの基礎教養はもちろん、公城における階級ごとの礼儀作法の概要や事務仕事をする上で必要な知識・技能も教えてもらった。その一環として「階級ごとに人名カードを並べる」という訓練もしたのだ。

たとえば今、コーデリアの手元にある二枚のカード。送り主が同じ「ホルコック」という伯爵家を表す名字でも、それが「当主であるホルコック伯爵にどれほど近しい存在か」という観点で順位付けがなされる。

各国によって判断基準は微妙に異なるそうだが、アクラウド公国においては――当主、先代、跡取り息子、当主の妻、先代の妻、跡取り息子の妻、跡取り以外の当主の息子、当主の兄弟、当主の娘、当主の姉妹――のように、もし同じ名字を持つ者でも当主との繋がりで順列を決めることになっている。

さらに、「伯爵当主の兄弟以下は、一つ階級が下の子爵当主より順位が低くなる」のような細かいルールも存在するため、家系図を把握していないと正確に並べ替えることができなくなるのだ。

コーデリアの「できるものならおまえがやってみろ」と言わんばかりの眼差しを受け、テレーゼはこくっと唾を呑みカードに手を伸ばした。

(ホルコック伯爵の娘と伯爵の妹なら、姪である伯爵令嬢の方が上――)

ちょうど作業用に大きめのテーブルを貸し与えられていたので、慎重な手つきでカードを並べていく。

自信を持って並べられるものはそのとおりに並べ、不安なものがあればコーデリアに尋ねることにした。

「コーデリア様。ミュラン侯爵の従妹とハウエル子爵当主だと、子爵当主の方が上でしたよね?」

「……そんなことも分からないのなら、下がりなさい」

「い、いえ!……子爵の方が上です、はい」

残念ながらコーデリアはアメとムチならぬムチとムチで後輩を育てるタイプらしく、「正解するのが当たり前、失敗すればその時点で追放」という考えであるようだ。