軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

令嬢、充実した日々を送る

翌日、午前中の講義を終えて昼食休憩を取った後の女官見習たちに、招集が掛かった。

「そういえば、今日中に招集を掛けるって言われていたわね」

食後、うがいをしたり化粧を直したりするために、テレーゼたち女官見習は化粧室に集まっていた。

女官は才能を必要とされるだけでなく、仕事中の所作や言葉遣い、身だしなみもかなり厳しく見られる。これまでは基本すっぴん、化粧する際も侍女に丸投げだったテレーゼだが、最近では自分でも化粧ができるよう練習していた。最初の頃はチークを付ける量やアイシャドウの量が調節できず、侍女のメイベルに「派手を通り越して不気味なくらいです」と言われたものだ。

鏡を見ながらアイシャドウを塗り直していたテレーゼの呟きに、小麦色の髪に緑色の目を持つ見習仲間が頷き返してくれた。

「きっととても大切なお話をなさるのよ。……ねえ、テレーゼ。私の髪型、崩れていない?」

「今日もきれいなお団子になっているから大丈夫よ、リズベス」

友人の後頭部のお団子がきれいな形になっていることを確認してそう言うと、彼女は安心したように微笑んだ。

彼女――リズベス・ヘアウッドはテレーゼの同期で、同い年で部屋も隣同士だったこともありすぐに仲良くなった。彼女はヘアウッド子爵の姪、テレーゼは侯爵令嬢ということで最初は遠慮されたのだが、今ではこうして気楽に話す仲になっている。

リズベスは見た目は大人しそうだが物言いはハキハキしており、頭の回転が速い。座学でもいつも隣に座るので、テレーゼとリズベスはお互い教えあいっこをしていた。

(……よし、メイク完了!)

化粧を一通り直し、少し鏡から距離を取って自分の姿を確認する。

お仕着せのある侍女や官僚、騎士団服のある騎士などと違い、女官に制服はない。その代わり、華美でない程度のドレスの上に女官共通のエプロンを身につけ、手には同じく支給品のグローブ、首にはチョーカーを巻くことになっていた。このチョーカーは階級ごとに色分けされており、テレーゼたち見習は白色だった。

髪が長い場合は邪魔にならないように結うのが規則なので、テレーゼはおさげにしてリボンで括り、テレーゼよりさらに長いリズベスは後頭部で大きめのお団子に結っていた。「首飾りや指輪以外の装飾品は可」とのことなので、テレーゼはリトハルト家の家紋入りブローチを胸に留めている。

髪の結い方やドレスのセンス、細かな装飾品などを女官長や先輩女官が厳しくチェックしてくるので、気を抜くことはできない。

仲間同士でお互いの服装を確認し合った後、化粧室を出る。指定された時間の十分前集合は当たり前だ。女官は貴人――特に貴族女性の補佐的役割を担うので、主人の急な予定変更などに対応できるよう、時間に余裕を持って行動できなければならない。

「お入りなさい」

女官長の部屋の前で待っていると声が掛かったため、テレーゼたちは一列になってどきどきしつつ入室する。

三十代半ばとおぼしき女官長はデスクに向かって書き物をしていたようだが、テレーゼたちが全員入室してドアを閉めると顔を上げた。

女官長は、城中の女官と侍女をまとめ上げる責任者だ。「長」の名が付くのは騎士団長、官僚長、彼女を入れて三人だが、三人の中で一番若く、そして一番発言力があると言われている。あの屈強で勇猛果敢な騎士団長でさえ、女官長の前では飼い慣らされた大型犬のように従順になる……らしい。

「皆、集まりましたか。エイミー、点呼を」

「はい。第一期女官見習八名、全員揃いました」

テレーゼたちを代表し、名指しされたエイミーが少し震えた声で答える。「第一期」というのは、今年になって一回目の女官登用試験に合格したグループ、を意味する。たいていはこのグループ単位で講義を受けているのだ。

エイミーの言葉を受けて鷹揚に頷いた女官長はデスクに肘をつき、重ねた手の甲の上にあごを載せた姿勢でテレーゼたちを見つめてきた。

「早速本題に入ります。本日まで皆には座学による基礎教養の定着に努めてもらいましたが、今後は実地訓練を開始いたします」

実地訓練、の言葉にテレーゼはまつげを震わせる。

(それって……実際に女官としてのお仕事をさせてもらえるってことよね!?)

礼儀作法をたたき込まれたテレーゼたちの中には、厳格な女官長の前であからさまに動揺を見せる者はいない。だが、誰もがその顔に緊張を走らせていた。

女官長はわずかに目を細めた後、続けた。

「皆も知ってのとおり、もうじきリィナ様の婚約記念式典が執り行われます。見習であるあなたたちにもある程度の仕事が任される可能性もありますし、これを機に実地訓練を受け、即戦力となるべき力を身につけてもらいたいと思っております」

リィナの婚約記念式典、にテレーゼはごくっと唾を呑み込んだ。

今はリトハルト家の次女――つまりテレーゼの妹となったリィナ。大公レオンの若干重い寵愛を一身に受けている彼女が「お友だちから」ということで大公の求婚に応えて、約三ヶ月。これまで公城で大公妃教育を受けていた妹は此度の式典を皮切りに、国内のみならず他国の要人たちとも渡り合うことになるのだ。

そしてテレーゼたちも、これから実地訓練を受けられるようになる。勉強したことを生かし、女官としての職務を遂行するのだ。

(リィナも毎日頑張っているんだ。私だって……!)

腹部で軽く重ねている手にほんのわずか力を込め、テレーゼは決意を新たにした。

女官長の部屋での話を終え、見習たちは一礼して部屋を出て行く。

そうして無言のまましばし歩き、誰もいない廊下に差し掛かったところで一斉に大きなため息をついた。

「はあ……緊張した」

「そうね。でもこれからは実地訓練を受けられるんだし、腕が鳴るわね!」

そう言って振り返ったテレーゼだが、なぜかリズベスたちの表情は優れない。

(……女官長オーラにあてられたからかしら?)

「女官長オーラ」とはテレーゼの中で勝手に名付けた必殺技で、これを浴びると著しく体力が減少し、体が重くなるのだ。ちなみにこの必殺技は時を選ばずいつでも発動されるので、回避する方法はない。テレーゼたちにできるのは、「オーラを食らった後になるべく早く回復できるよう務めること」だけだった。

リズベスは顔を上げ、驚いたような眼差しでテレーゼを見てくる。

「……むしろ、テレーゼは怖くないの?」

「私が怖いのは預金がゼロになることとクビになることくらいだわ」

「あ、うん。テレーゼに聞いたのが間違いだったわ」

「私たちが心配なのは……先輩たちよ。ほら、最近嫌がらせして来るじゃない」

「そうそう。それも、テレーゼにだけしつこいし悪質だし……嫌よねぇ」

辺りをはばかるような小声で見習仲間に言われ、テレーゼは首を傾げる。

「……嫌がらせ?」

「そうよ! ほら、この前テレーゼだけ、昼食の時にカトラリーセットを渡してもらえなかったし」

「自分で取りに行ったわよ?」

「その前は、テレーゼが洗濯したものだけ生乾きだったじゃない? あれ、乾いていたのを水に沈められたそうなのよ」

「私の干した場所がハズレなのだと思っていたわ」

「昨日だって、町に行くテレーゼをからかっていたじゃない!」

「えっ、『せいぜい気を付けることね』って言われたの、あれってお見送りしてくださったんじゃなかったの!?」

自分では「そういうこともあるか」程度に捉えていたものだが、どうやら見習仲間からすれば先輩による立派な嫌がらせだったらしい。

(うーん……でもどうして、私に嫌がらせをするの?)

何か先輩たちの不興を買うようなことをしていたのならば自分の行いを見つめ直す必要があるだろうが、これといって身に覚えはない。

(それに、見習としてまずいことをしていたら女官長様からお叱りが飛んでくるはずだわ。でも、特に呼び出しを受けた記憶はないし……)

首を捻るテレーゼに、見習仲間が顔をしかめて言う。

「きっと、テレーゼがリィナ様の姉君だからってやっかんでいるのよ。ほら、テレーゼはよくリィナ様に会いに行くじゃない」

「えー……姉妹なんだから、自由時間に会いに行ったって別にいいじゃない?」

「もちろんそうよ。でも、このままテレーゼだけ贔屓されて自分たちが蔑ろにされるんじゃないかって怯えているのよ、きっと」

「本当に自信があったら、そんな姑息な手は取らないんじゃないかしら?」

「自信がないからこそ、いずれ自分に仇なすかもしれない不安要素を早いうちに消しておきたいのよ――あ、まずい」

テレーゼの背後を見やった仲間がさっと青ざめた。テレーゼもそれだけでなんとなく事態を察し、ごくっと唾を呑み込んだ――直後。

「……こんなところで立ち話とは、ずいぶんお暇なのですね?」

こつん、と硬質なブーツが床を鳴らす音と、不機嫌丸出しの少女の声。

おそるおそる振り返った先には、数名の女官の姿があった。まだ顔と名前が完全に一致しているわけではないが、彼女らの喉を飾るチョーカーの色は、赤。見習を卒業した四等女官の証である。

年齢はテレーゼたちとさほど変わらないだろうが、相手は先輩、こちらは新人だ。急ぎ姿勢を正し、テレーゼたちは揃ってお辞儀をする。八人で息を揃えてお辞儀をするのにも慣れている。

ここで去ってくれればよかったのだが、先輩たちは息を詰めてお辞儀をするテレーゼたちにもよく聞こえるよう、大きなため息をついた。

「……女官長から伺いましたが、明日からあなたたちも実地訓練を始めるそうですね」

「わたくしたちは、あなたたちの担当を割り振られます。……決して、わたくしたちの邪魔だけはしないことです」

先輩たちは愛想の欠片もなく淡々と言葉を連ねる。言い方はともかく彼女らの主張もよく分かるためテレーゼは黙っていたが、ふと、ブルネットをポニーテールにしたきつそうな顔立ちの女官と視線がぶつかった。

彼女はテレーゼと視線が合うと、ヘーゼルの目を細めて軽くあごを引いた。

「……テレーゼ・リトハルト。リィナ様の姉だからといって、妹君の権力を笠に着ることだけはしないようになさいませ。我々が敬愛すべきなのはリィナ様であり、あなたではない。そのことを忘れぬように」

いきなり、たいそうな物言いである。

かつてのテレーゼだったら、むっとして言い返していただろう。

(……でも、今反論してもいいことにはなりそうにないわ)

反論の言葉はぐっと腹の中で留め、テレーゼは慇懃に一礼した。

「ご忠告ありがとうございます。肝に銘じておきます」

本当は、「いや、そんなの分かってるけど?」と突っ込みたかったが、それをすればこの廊下が戦場になるのは明らかだった。

「先輩には敵対しないこと」――それは面倒ごとを避けるための最善策であり、テレーゼたちにとって暗黙の了解なのだ。

先輩女官たちはテレーゼたちを一瞥すると、さっと脇を通り過ぎていった。

そうして彼女らの姿が完全に見えなくなってから、テレーゼたちは同時に肩を落とす。

「……本当に、頭が痛いわ」

「大丈夫?……この後は自習時間だし、その前に部屋に戻って温かいものでも飲まない?」

「そうね。……テレーゼも、顔がすごいことになってるわ。戻りましょ」

「う、うん」

なるべく平常心を保とうとしていたのだが、リズベスにはお見通しだったようだ。

リズベスと肩を並べて部屋への道を歩くテレーゼの内心は、複雑だ。

次期大公妃の姉君だからと、威張ってはならない。

(……そんなの、言われなくても分かっているのに!)

両親や侍女のメイベルにはもちろん、レオン大公からもやんわりと忠告されている。リィナの姉ということでごまを擦ろうとするもの、取り入ろうとする者、もしくは邪魔だからと蹴落とそうとする者――そういった者が公城には溢れかえっている。

今年の春、大公妃候補として城で暮らしている頃はあくまでも客人だったので、近衛騎士のジェイドを始めとした皆に守ってもらえた。だが今は、自分の力で自分を守りながら目標達成を志さなければならない。

(リィナが妹になったことを誇りに思っても、言い訳にはしたくない)

そうでなければ、自立し女官になった意味などないのだから。