軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

醜い美女

リィナと二人、庭園の奥に進むと予想通りの展開になっていた。

令嬢や付添人たちを引き連れているのは、クラリス・ゲイルード公爵令嬢。今日も縦ロールの巻き具合は見事だ。そんな彼女の足元に倒れ伏すのは、あまり見え覚えのない令嬢。ドレスには泥の染みがあり、クラリスに蹴られたことが察せられた。

やられる側の令嬢の側には付添人も騎士もいない。もしかすると、護衛たちを全て撒かれた状態でクラリスたちに呼びだされたのかもしれない。

「ちょっと、何をなさってますの!」

たまらずテレーゼは大声を上げる。リィナの時もそうだったが、こうやって多勢に無勢状態で喧嘩に持ち込む人間は大嫌いだ。

クラリスは最初ぎょっとしたように目を見開いたが、むすっとして仁王立ちになるテレーゼと、その隣で静かに睨みを利かせるリィナを見ると、小鼻をひくっと引きつらせた。

「……んまぁ……どこの誰かと思いきや、引きこもり侯爵令嬢と泥臭い女狐じゃないの。何かご用?」

「華やかな庭園に似つかわしくない罵声が上がったので、確認しに来た次第です」

テレーゼは腰に手を当て、悠然と笑ってやる。ここで怖じ気づいたら負けだ。自ら厄介事に首を突っ込んだのだから、途中で尻尾を巻いて逃走したくない。

「そちらの令嬢はどうなさいましたの? 見たところ、大公妃候補のお一人のようですけど……」

「このドブネズミのことでして?」

クラリスが取り巻きから受け取った扇の先で、倒れ伏す令嬢を指し示す。呼び方もさながら、まるでモノでも取り扱うかのようなその態度にテレーゼは顔を歪める。

「伯爵家程度の身でありながらわたくしに敬意を払うどころか、レオン大公と直々に話をしたということですから追求しただけですわ。公爵令嬢であるわたくしはレオン大公のお眼鏡に適おうと必死になっていますのに、このドブネズミは努力もせず、大公の寵愛を得ようとした。だからちょっと、お仕置きをしただけですわ?」

「そんな……誤解です!」

クラリスに蹴られたらしき令嬢が顔を上げ、涙ぐみながら訴える。まだ年若い、十代半ばとおぼしき少女だ。

「わたくしはただ、廊下で大公とすれ違った際にご挨拶を戴いただけで……」

「それが生意気と言っているのよ! 不細工のくせに!」

裏返った声で怒声を上げるクラリス。そうよそうよ、と感情のない人形のようにクラリスに迎合する取り巻きの令嬢。不気味なほど何も言わず、その場に突っ立ったままの付添人たち。

(……本気で言ってるの、この人?)

テレーゼは一歩、前に出る。何か言いたげなリィナを手で制し、真っ直ぐ正面からクラリスと向き直る。

「お言葉ですが。レオン大公の寵を得ようとお思いならば、クラリス様のその態度はいただけないと思われます」

「……何?」

怒りの矛先をこちらに向けてくるクラリス。顔立ちは華やかで愛らしいのに、怒りに歪んだ顔は醜い。

「レオン大公は、身分の貴賤問わず優秀な人材を取り入れるお方だと存じております。となれば、公爵令嬢だから伯爵令嬢を貶していい、という理論は通用しません。クラリス様ならば、そのこともよくご存じのはずです」

クラリスの目が見開かれる。だが、テレーゼの言葉に胸を打たれたというよりは思いがけない反撃に戸惑っているだけなのだろう。

何か言われる前にと、テレーゼはすかさず続ける。

「このような人目も多い場所で伯爵令嬢を貶すという行為を、レオン大公がお聞きになって喜ばれると思いますか? どうか、落ち着いてくださいませ」

「……このっ……貧乏者の分際で……!」

クラリスの唇がひん曲がり、顔に小皺が浮かび上がる。どうやらクラリスはそれほど若いわけでもないようだ。白粉で隠しきれなかった皺が、彼女の怒りを受けてビシビシと浮き上がってくる。

とてもとても、美しいとは言えない怒りに狂った女の形相。

すかさず、テレーゼの前にリィナが立ちふさがる。リィナの方が背が高いので、テレーゼの視界はリィナの後頭部で埋め尽くされてしまう。

クラリスはリィナのことを覚えていたようだ。扇の先をリィナの胸に突き付けて吠える。

「お退き! 身の程知らずの平民のくせに!」

「退けません。私を殴りたいのならば、どうぞお好きに。ただ、私も好きで殴られるわけではないので受け流すつもりですが」

「この……!」

リィナの挑発に乗ったクラリスが、扇を振りかざす。それと同時に、リィナが左腕を持ち上げた。

パン! と乾いた音を立てて扇がリィナの左二の腕に命中する。もともと令嬢が持つ扇は人を殴るためにあるのではない。繊細な孔雀羽根製の扇はぱらぱらと空中で分解し、羽根の破片が辺りを舞う。

「リィナ!」

「大丈夫です。痣にもなっていませんよ」

テレーゼがリィナの上着を掴むと、リィナは振り返って微笑む。華奢な扇と深窓の令嬢の腕力程度では、リィナの健康的な腕を傷つけることすらできなかったようだ。

ぽっきりと折れた扇を手に、クラリスが顔を真っ赤にして立ちつくす。取り巻きたちもまさかリィナが扇を腕で受け止めるとは思っていなかったのか、怖じ気づいたように後退する。そこへ。

「……そこで何をしている!」

荒々しい声が響き、庭園に近衛兵たちがなだれ込んでくる。ジェイドが呼んだのだろう。

クラリスは己の劣勢を悟ったのか、チッと舌打ちして扇をテレーゼに向かって投げ捨て、背を向けた。扇は空中でリィナが払い落とし、取り巻きの令嬢たちも逃げようとわたわたしているが、一度に何人もが入り口に殺到したからか、ぎゅっとアーチの所でつっかえてしまった。ドレスに大量のタフタとクリノリンを仕込んでいたのも敗因だったかもしれない。

「ちょっ……退きなさい! 邪魔よ!」

もみくちゃになる向こうで、クラリスが叫んでいる。取り巻きたちもろとも入り口でドレスがつっかえてしまって、出られなくなったようだ。

(なんというか……すごい、間抜け……)

口にすると後が怖いので何も言わないが、狭いアーチに挟まる令嬢たちの後ろ姿は、なんというか、哀愁が漂う。

当然近衛兵の方が到着が早く、アーチの所でもつれた挙げ句、その場にどさどさと倒れ込んでしまったクラリス御一行を見て何とも言えない表情になっていた。

そうして、テレーゼは駆けつけてきた近衛兵たちに事情を説明することになった。近衛たちからも聞いたところ、クラリスたちは邪魔な護衛騎士を撒き、レオン大公と挨拶をしたという伯爵令嬢を半ば強引に連れ出したのだという。

ジェイドが近衛を呼んだのももちろんだが、クラリスたち付きの護衛騎士がクラリスたちを探しており、伯爵令嬢の付添人と護衛騎士も令嬢が連れ出されたことで城内を探していたため、すぐさまここまで飛んできてくれたのだ。

庭園での悶着は護衛騎士たちを撒いたクラリスたちの有責となり、クラリスたちはさすがに護衛騎士からかなり厳しい叱責を受けた。伯爵令嬢は休養のために実家に戻り、体を張ったテレーゼの行動は騎士たちの間で噂になり、「勇敢で優しい侯爵令嬢ご一行」と影で呼ばれているとか、呼ばれていないとか。