軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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慌てて振り返ると、母は十歳くらいの少女相手に詰め寄っていた。

王立小学校の紺色の制服に、学校指定のフード付きローブを羽織り、制服と同じ紺色で作られた上品で小さなヘッドドレスをつけている。

ただ通りかかっただけと思われるその少女は、ケーキを載せた皿を持ったまま、訳も分からず、母の剣幕に怯え切っていた。

「なんで、あなたがこれをつけているの?」

もう一度、さらに強い声で、母は問い詰めた。

私でも、こんな母は見たことがない。

何も答えられない少女を睨み、逃がさないと言わんばかりに、母は少女の肩をぐっとつかんだ。

「おやめください! お母様!」

制止の声は私だけでなく、ベルナール夫人をはじめ、周りにいた夫人たちからも上がった。

しかし、そんな声は母には届いていないようだった。

「そのヘッドドレスの……! そのボタンはどこで手に入れたの?」

騒ぎを聞きつけた衛兵たちが、こちらに向かって来るのが遠くに見えた。

「答えなさい! 花芯に使っているボタンはどこから手に入れたの?」

掴まれた肩を揺すられて、少女はついに恐怖から泣き出した。

「こ、これは……ユウナ・ベルナール伯爵令嬢から、いただいたものです。あなたの第一希望の高等学校の制服のボタンだよって……」

ユウナの名前を聞いて、母は疑いが確信に変わったのだろう。

きつく唇を噛むと、紺色のヘッドドレスをもぎ取ろうとするかのように、乱暴に少女の頭へ手を伸ばした。

「いけません!」

無駄だと思いつつ、母を止めようと、腕を伸ばす。

――間に合わない……!

「失礼。何をなさっています?」

母が紺色のヘッドドレスへ伸ばした手は、後ろから来た衛兵に握り止められた。

ギリッと睨みつける母に、衛兵はとても穏やかに提案した。

「部屋を用意します。落ち着いてお話を聞きましょう」

衛兵は当初、母からだけ話を聞くつもりだったようだが、母があまりにも強く希望したため、少女とその母親――アンナ嬢とクライン夫人――、それからユウナとベルナール夫人が同席することになった。

ベルナール夫人の手前、声こそ抑え気味ではあったが、「ユウナ・ベルナール伯爵令嬢を絶対に連れてきてください」と衛兵に頼む母からは、底知れない怒りがにじんでいた。

用意された部屋は、外の喧騒がほとんど届かない、王宮の奥まった場所にある一室だった。

部屋に入ると、そこにはすでに上役ぽい衛兵と、女性の装飾品にまつわるトラブルということで呼ばれた、王宮付きのメイドが一人、待機していた。

「アークライト伯爵家は壁側の席へ、ベルナール伯爵家は窓側の席へ、クライン男爵家は入り口側の席へおかけください。

ご不快かもしれませんが、装飾品にまつわるトラブルと伺っています。今、お召しの物はそのままでお願いします。

ユウナ・ベルナール伯爵令嬢は今探しております。見つかり次第、こちらへご案内いたします」

私たちを連れて来た衛兵は、感情を感じさせない声でそう告げると、自分は入り口付近に控えた。

全員無言の時間が続く。

ベルナール夫人は青白くなった顔を、能面のように無表情にして気品を保っていた。

アンナ嬢は泣き止んでいたけれど、部屋の雰囲気に圧されたのだろう。不安そうにクライン夫人の腰に抱きつき、せわしなくあちこちに視線を動かしている。

クライン夫人はそんな娘を自分の身体で守るかのように抱きかかえ、顔だけは穏やかさを保っていたが、時々組み替える脚に不安が出ていた。

母を見れば、うっすら赤くなった頬に、底冷えするような微笑を浮かべていた。

部屋の真ん中に限界ギリギリまで膨らんだ風船が置かれているようだ。いつ割れるかも分からないし、誰かが耐えられずに風船を割に行くかもしれない。

永遠に続くと思われた胃がキリキリするような待ち時間は、力強いノックの音で破られた。

少し慌てた様子の衛兵が入室すると、上役の耳元に口を近づけ、何かを告げる。

上役の太い眉が、わずかに上がった。

すぐに、開いたままのドアから、衛兵二人に挟まれたユウナが現れた。

入口に立ったユウナは部屋を見回し、左手を口元に添えると、軽く怯えた表情を浮かべた。

長いまつ毛が、ふるふると揺れる。

胸に当てた右手は、何かに耐えるように強く握られていた。

理不尽に立ち向かう健気で可憐な令嬢というのに相応しいしぐさだった。

「ユウナ嬢。ベルナール夫人の隣へおかけください」

ユウナは、上役へ軽くうなずいて見せたあと、不安げに自分を見上げたアンナ嬢に、「大丈夫よ」とでも言うような笑顔を向け、右手で背中をぽんっと叩いてから、指定された窓側の席へ向かった。

ユウナが席に着いたのを見届けた後、上役は静かに口を開いた。

「では、先ほど庭で起きたことを、順番にうかがわせていただきます。……アンナ・クライン嬢から」

アンナ嬢は、一斉に自分へ集まった視線にびくっとしたようだったが、姿勢を正し、しっかりとした口調で答えた。

「私は、ケーキをビュッフェ台から取って席へ帰ろうとしたところで、『なんで、あなたがこれをつけているの?』と呼び止められました」

思い出した恐怖を飲み込むように喉を鳴らし、それから続ける。

「その後、肩をつかまれて揺すられながら、花芯に使っているボタンはどこから手に入れたのかを聞かれました」

上役は「そうですか」とだけ軽く言い、今度は母へ顔を向けた。

「アークライト夫人。間違いありませんか?」

母は、どこか挑むような表情のまま「間違いありません」と答えた。

「それは、そのボタンは、我が家から盗まれたものです。裏面を見せてもらおうと思ったんです」

上役は裏面ねぇと口の中で呟いてからアンナ嬢に向き直った。

「アンナ嬢。そのボタンの入手先を教えてもらえますか?」

「…日曜礼拝で、ユウナ様に相談していたんです。制服でガーデンパーティーに参加するのは恥ずかしいって」

ごにょごにょと、ユウナ様はおしゃれだから、とアンナ嬢は続けた。

「そうしたらユウナ様が、制服に合うヘッドドレスを作ろうって言ってくださって。

それで、『あなたの第一希望の高等学校のボタンを見つけたから、花芯にしましょう』って……」

上役は、口を開こうとした母を手で制し、今度はユウナに問いかけた。

「ユウナ嬢。このボタンはどこで入手されました?」

「フリーマーケットでです」

「嘘をおっしゃい!」

「おばさまこそ。こんな引っかき傷だらけのボタン、フリマくらいでしか出てきませんわ」

上役は叫んだ母に「落ち着いてください」とたしなめてから、淡々と尋ねた。

「ユウナ嬢の言う通り、高等学校の制服のボタンなど、たくさんあります。

あなたから盗まれたボタンだと、証明できることはありますか?」

「もし、我が家から盗まれたボタンなら」

一呼吸おいてから告げた母の低い声には、自分の直感を確信している響きがあった。

「裏面に『A to V』と彫ってあります」

女性たちの息をのむ音と、「ほう」と上役が漏らした声が、静かな部屋に響く。

余裕の表情を浮かべていたユウナの顔は、ひびが入ったように強張った。

「ヘッドドレスを、こちらにお預かりしてもよろしいかな?」

上役の問いかけに、アンナ嬢がこくりと頷いた。

王宮のメイドが進み出て、慎重にアンナ嬢の頭からヘッドドレスを外し、そっとサイドテーブルの上に置く。

「ボタンを外します。よろしいですね?」

メイドが確認すると、クライン夫人が代わりに小さく「お願いします」と答えた。

メイドは裁縫用の小さなはさみとピンセットを手に取り、花の中央に縫い留められたボタンの糸だけを、慎重に切っていく。

やがて、皆が見つめる中、糸がぷつりと切れる音が聞こえたような気がした。

メイドは花芯から外したボタンを指先でつまみ、光にかざしてから、そっと裏返した。角度を変えながら裏面を慎重に確認する。

「……確かに、『A to V』と読める傷がございます」

メイドはそう告げると、ボタンを上役の前に差し出した。

上役は差し出されたボタンの裏側を、メイドと同じように目を細めて慎重に確認した。

「これは……素人が針の先か何かで削ったのか。一見すると細かい傷にしか見えないが、確かに『A to V』と彫ってあるな」

A to V

アルバートからヴィヴィアンへ。

父と母のイニシャルだ。

隣にいた母の頬を、一筋、ぽろりと涙が伝うのが目に入った。