軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

■2.捕らえた聖女の目が死んでた

聖女を捕らえている地下牢に向かいながら、「果たしてどんな生意気な人間だろうか」とヴァルディは想像してみた。

聞いた話では、まだ十七歳の少女だという。生意気なことである。先月に十八歳を迎えたヴァルディより一歳も年下だ。そんな小娘が神殿の頂点とは、さぞかし周りにちやほやされて生きてきたのだろう。

きっとヴァルディが姿を見せれば、神聖な地を汚す魔族だの、野蛮な種族だの、捻じれた角が捻じれた心根を表しているだの、おうち帰れ悪魔だの、居丈高に罵って来るに違いない。これまでヴァルディが対峙してきた、多くの人間たちと同じように。

想像しただけで腹が立つ。絶対泣かす。ギャン泣きさせてやる。

そして「生意気を言ってすみませんでした。もう魔族の皆様に逆らいません。この生ゴミめを許してください」と、土下座させてやるのだ。

ヴァルディは意気揚々と扉を開けた。

「おい聖女様、どうだ地下牢の居心地は……」

鉄格子の中には、三角座りの姿勢でころんと横になったまま起き上がろうともせず覇気のない顔でこぢんまりしている聖女がいた。

目が死んでいる。

ものすごく目が死んでいる。

辛うじて白目は剥いていないがむしろ白目を剥いていて欲しかったと思うくらいに濁り切った瞳で虚空を見つめている。

だいぶ想像と違っていた聖女の様子に、ヴァルディは入室時の勢いを失った。

ボロ雑巾にしてやるつもりだった相手が、すでに「大丈夫ですか。人生に疲れましたか。温かいものでも飲みますか」と声を掛けたくなるような様子で床に転がっているのだから無理もない。

人違いかなと一瞬思ったが、フロギア王国に要求した人間は聖女一名である。それに目の死んだ彼女が身に付けている、修道女感のある水色の衣服とベールは、いかにも聖女らしい装いだ。

ゆえに、この銀髪碧眼の少女こそが、件の「聖女様」で間違いないはずなのだが。

「あ……? えー……ああ、牢屋の見張りの方ですか……?」

聖女は鉄格子の前で棒立ちのヴァルディに気付いたようで、のろのろと視線を上げた。しかし、こぢんまり三角座り横転スタイルを崩す様子はない。

「すみませんうるさかったですよね……牢屋で歌って申し訳ありませんでした……神殿の連中の悪口に置き換えた聖歌を熱唱してすみませんでした滅びろクソ神官どもぉ……」

さっきまで熱唱していたという証言通り、確かに彼女の声は少し掠れている。

ヴァルディは困惑した。地下牢で替え歌(しかも聖歌)を熱唱するに至った心境が気になる。あと替え歌の内容も気になる。語尾のように滑らかに接続していた「クソ神官ども」という発言も気になる。

気になることが多すぎて、ヴァルディは棒立ち状態から動けない。

「すみません見張りさん、もう静かにしますね……お騒がせして申し訳ございませんでした……捕虜の分際で無駄に空気を消費してごめんなさ……こほっ、けほ」

替え歌で喉を嗄らした聖女が咳込む。その弱々しい声に、ヴァルディは我に返った。

そして、先程まで聖女を罵倒する気満々だった口から、ようやく出た言葉は。

「なんか温かいもの飲むか……?」

ヴァルディは熱々の紅茶を二人前載せたお盆を持ち、地下牢に戻ってきた。

鉄格子の鍵を開けようとし、お盆で両手が塞がっているので面倒くさくなり、尻尾を振り下ろして錠前を容易く破壊し、牢内に入る。

初期位置(床)から微動だにしていなかった聖女は、この殺伐とした空間にそぐわない優雅なティーセットを持ち込んできたヴァルディを、きょとんとした顔で見上げた。汚泥よりも濁っていた彼女の瞳に、微かな光が射す。

「ほら、紅茶淹れたから。とりあえず飲め」

「えっあなた神……?」

聖女はようやく三角座り横転スタイルを解除し、よろよろと起き上がった。

ヴァルディはお盆を持ったまま牢の中を見渡し、テーブルがないことに気が付く。テーブルどころか椅子もない。まさか捕虜にした聖女と牢屋で茶をしばくことになるとは思っていなかったから無理もない。

仕方がないので、ヴァルディは地下牢で唯一の家具であるベッドに腰掛け、聖女にも座るよう勧め、ふたりの間にお盆を置いた。幸い床並みに固いベッドなので安定はいい。

カップに紅茶をなみなみ注ぎ、隣にちょんと腰かけた聖女に手渡す。

「わ、わー……紅茶だあ……式典の時しか飲めないやつだあ……わああ、高級品の蜂蜜まで……えっあなた神……?」

聖女は青白かった頬を喜びに染めて、いそいそとカップを受け取った。感動の面持ちでヴァルディを見つめてくる。

「ありがとうございます……あったかい……いい香り……美味しい……まさか、あなたは紅茶の神……?」

魔界を攻めてきた兵士たち同様、きっと「聖女様」からも悪魔呼ばわりされるだろうと思いきや、この短時間で三度も神扱い。さらに「穢らわしい魔族」が淹れた紅茶に、なんの躊躇いもなく口を付ける姿。

ヴァルディは心配になった。こいつは本当に、王国の鼻持ちならない「聖女様」なのだろうかと。