軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4-07 ギルバート? 知らない人ですね。

◆4-07 ギルバート? 知らない人ですね。

どうしよう。思いもしない切っ掛けで、正体がバレそうになっている。

最初に黒髪がスルーされた時点で、余程の下手を打たなければ勘付かれないと思っていた。まさか弁償代わりの魔道具から正体が露見するとは。

既に彼は、私がユミエラだと確信しているだろう。

どう対処しようかと悩みつつ、無意味に水晶を手で転がす。

「あー、そのですね……」

「……13?」

何の数字だろうかと一瞬だけ悩んだが、すぐに分かった。

触っていた魔道具がいつの間にか起動し、私のレベル下二桁を表示していたのだ。それを見られてしまった。ならば、ユミエラだと気づかれないためにすることは一つ。

「ああ、これですか。こうやってレベルが浮かび上がってくるんですよ。13って高くないですか?」

「その歳の女性が13は大したものだと思うが……そうか、違うか」

ユミエラであるならレベル99を超えているのだと、声高らかに主張する場面。しかし、ここは我慢だ。普段の私を知っている人が聞いたら、偽物を疑うようなことを平然と言ってしまった。

ここで彼が「レベル13ってよわすぎ(笑)」みたいな反応だったら、私は理性を失っていただろうけれど、そうはならなかった。

灰色の髪をした彼は、違うかと呟きつつも腑に落ちない表情だ。念には念を入れて、更にユミエラじゃないと印象づけておこう。

「お兄さんは、私がドルクネス伯爵だと思ったのですよね。大丈夫です、慣れてますから。この髪ですもんね」

「すまない。あんなのと一緒にされては酷く不愉快だっただろう」

「……そこまででもないですけどね。あんなに凄い人と間違われて申し訳ないというか」

「凄い人? 危険人物の間違いじゃないかな? 僕の聞く限りでは、ユミエラ・ドルクネスはまともな人間じゃない。ダンジョンで生まれ育った、戦闘のことしか考えていない、凶悪なドラゴンを飼い慣らしている……話を聞けば聞くほど、まともじゃない」

顔が引きつっていないか心配だ。え? 私ってそこまで酷い人間なの? 隣国ではどう伝わっているの?

ダンジョンで育った部分は事実だし、戦闘について考えることが多いのも本当だ。ただ、リューは凶悪さなどゼロで可愛らしさ全振りなので、それだけ間違っている。

しかし全体的に、いささかオーバーに伝わっているようだ。

「で、でも! 領主を務めているみたいですし、噂ほど酷い人でもないのかなと思います」

「周囲の人間が優秀だっただけだ。アレは何もしていないだろう。僕も根拠の無い噂話を鵜呑みにするほど愚かではない。ユミエラが二人に増えるだとか、別な世界から来ただとか、そんな与太話すら出回っているからな」

2号の一件で二人に増えたのも本当ですし、別な世界から来たのもホントです。領主の仕事は周囲に助けられているというのも本当だ。とても信じられない噂話ですら真実だと思うと、何も言えなくなる。謂れのない悪評の方がまだマシだったほどである。

一緒にされたら酷く不愉快になっちゃう危険人物である私が押し黙っていると、彼は付け加えるように言う。

「それと、お兄さんと呼ぶのは止めてくれないか。僕は君の兄ではない」

「すみません。では何とお呼びすれば?」

「……ギルバートで構わない」

ギルバートさんは兄とか弟とかにやたらとこだわる人のようだ。……あれ? ギルバート? どこかで聞いたような?

脳内の人名フォルダから、近しい人物やバルシャイン王国内の人物を除外して検索する。レムレストの王族ではないし、貴族の名前はほとんど知らない、一般の人なんてもっと分からないし……気のせいか。

彼が名乗ったのだから私も名乗らなければ。馬鹿正直にユミエラと言うのは駄目だから偽名を考えなきゃ。とっさに出てきたのは、身近にいる人物の名前だった。

「分かりました。ではギルバートさんと。私は……エレノーラです」

「君の名前は聞いていない」

この人、言動の節々が刺々しい。

私が何か気に障ることでもしたか? はい、家を壊しました。怒鳴られてないのが不思議なくらいでした。

エレノーラと呼びかけられても反応できるか怪しいので、君と呼ばれるのは嬉しいまである。

「家を滅茶苦茶にしたのは申し訳ありませんでした。話の続きです。この水晶を修繕費に充ててください」

「屋根の弁償は不要だと言っている。出ていって、その後はうちに寄り付かないでくれ」

ギルバートさんは頑なに固辞する。どうにかして受け取って貰いたい。ここを出るとき、無理矢理にでも水晶を置いていこうかな。

「ついてこい」

彼はそれだけ言って私に背を向けた。

黙ってついていくと、部屋を出て廊下を歩き、隣の部屋の前で立ち止まる。

「普段は使っていない……客室のようなものだ。掃除はしてあるから自由に使え」

「ありがとうございます」

準備もなしに部屋を用意できるなんて、お客さんが良く来るのだろうか。この家自体もどこか普通じゃない怪しい雰囲気がする。

彼は扉を開けて、私に入室するよう促した。

私が言われるままに部屋に入ると、すぐさまドアが閉められた。

「明日になったら出ていけよ」

私が返事をする前に、ギルバートさんの足音が離れていく。優しいのか厳しいのか、良く分からない人だ。

通された部屋を見回す。整えられたベッド、テーブルと椅子が一脚、厚いカーテン。それ以外に、物は不自然なほど少ない。ビジネスホテルよりも生活感が感じられない部屋だった。

普通の人の家に、こんな家って無いよね? ただ寝て起きることだけを想定されており、普段はどんな人がここを使うのか謎が深まる。

あまり深入りするのも怖そうなので、休むことにしよう。

ベッドに腰掛けて一息つく。この家の謎、明日の国境越えの経路、考えることが多すぎてとても眠れそうにない。

睡眠はしなくても、体を横にして休めたほうが良いだろう。私はゴロンと横になって――

「んん……朝?」

朝だった。すごい眠れた。関係性のよろしくない外国にある、初対面の怪しい人の家で、爆睡だった。

カーテンを閉めていなかったので、朝日が直撃して眩しい。体を起こして伸びをする。

さて、もうじき出発だ。早くドルクネス領に帰って、月には行けなかったと言って、何やかんやで結婚式は実行することになって……。

嫌だな、帰りたくないな。なし崩し的に結婚式をやるのは良いけれど、月に行くと宣言しておいて行けなかったのは恥ずかしい。

冷戦も月に行けなかった方が負けたわけだし、月面旅行を断念したのは敗北を認めるのと同義だ。

夜に出かけて、翌日の昼に帰ってきて、月に行ったと言っても誰も信じない。最低でも三日ほど経過してから帰りたい。

題して、石作皇子作戦。竹取物語に登場する石作皇子は、かぐや姫に仏の御石の鉢を要求される。彼は鉢がある天竺に渡ることはなく、田舎の方で三年間潜伏し、適当な鉢を差し出したのだ。

結局は偽物だと見破られてしまうのだが、三年待ったところに着目してみた。天竺に行っていたと思わせるために三年も潜伏した石作皇子に倣い、月に行ったと思わせるために三日ほど時間を潰したい。

バルシャイン王国に戻っては、私の存在がパトリックに伝わる危険性もある。だからと言って、このレムレストにある宿に行くのも危ない。

私の存在を外部に隠してくれて、とりあえず寝床だけでも貸ししてくれる優しい人はいないかな。

私が良からぬ企みをしていると、部屋の外から足音が聞こえた。きっと、私に隠れ家を提供してくれる優しい人だ。

ノックと同時に扉を開けると、想像通りにギルバート氏がいた。今日も朝から疲れた顔をしている。

「起きろ。早く――」

「おはようございます」

「起きていたか。ではさっさと消えてくれ」

「少しご相談なのですが、三日ほど私を置いていただけませんか? ただ部屋を貸していただければ、後は何も要りません」

「何を言っている?」

「本当のことを言いますと、私は家出中でして、あまりすぐに帰るのも格好がつかないので」

「なぜ僕が君の家出に付き合わねばならない。僕は、君を衛兵に突き出してもいいんだぞ」

「治安維持をしている人間がこの家にやって来て……困るのはどちらでしょうね?」

場の空気感が変わったのを感じた。

まあ、レムレスト王国の人間を呼ばれては、私の方もすごい困るんだけど。彼の方も訳ありだったようだ。

弁償を断り、すぐに出ていけと言い、隣人から匿ってくれた理由。

ずっと私由来のモノだと考えていたが、ギルバートさんの方に事情があると考えれば納得がいく。彼には何かしら目立ちたくない理由があるのだ。

目立ちたくないので、私という存在には消えてほしいし、隣人の前では好青年を演じるし、夜に女が出入りするのも避けたがる。

的中率は精々二割くらいだと考えていた想像だが、大当たりだった。

ギルバートさんは鋭く私を睨み。さり気なく身構える。

武器などは持っていないが、すぐに拘束術を使える構えだ。そういう武術系には疎いが、パトリックと似た感じの構えなので私でもすぐに分かった。

彼が警戒を解くことなく、感情の消えた声で言う。

「何を知っている?」

「何も知りません。あまり目立ちたくないのだけ分かったくらいです」

「君は家出と言ったかな? 真実だとしても、君の家は普通の家じゃないだろう。人が来て困るのは君だぞ。素直に出ていけ」

「正直なところ、人を呼ばれるのは私も困ります。でも、それはギルバートさんもですよね? こうやって説得しようとするのが証拠です」

私が訳あり人間であることは素直に話す。

ここで重要なのは彼を脅すことではなく、お互いに目立ちたくない事情があると明確にすることだ。

相手を排除しようとすれば自分も困る関係が、相互的に築ければ良い。

ギルバートさんは右手を無造作に動かして、左肩をかく。

そのまま裏拳を放てる体勢だ。体術についてパトリックに聞いたときに教えてくれたやつ。

戦闘関連の知識があると思われたくないので、私は気づかぬふりをする。

「君の、要求は何だ?」

「先程も言った通りです。三日ほど置いてください。他には何も」

「僕も、人には言えぬ事情があることは認めよう。君には黙っていてほしいし、すぐにでも消えてほしい。そうだな……君が物言わぬ骸になれば、どちらの目的も達成できる」

殺害予告までされちゃった。私の想像以上に彼の事情は重いようだ。

でもなあ……。本当に殺す気なら、言う前に実行するはずだ。特に彼は、そういうところがシビアな印象を受ける。

ギルバートさんが口に出して脅したということは、行動に移す気はさらさら無いと考えて良さそうだ。

あまりに怖がらないのもおかしいので、私は迫真の演技で怖がる。

「きゃー、こわーい」

「……馬鹿にしているのか」

盛大に舌打ちされた。でも、私が無反応でも苛ついたよね?

もうひと押しで、宿が確保できそう。もう少し彼にメリットがあれば良いのだが、一番は私が黙って出ていくことと考えているだろうから……。私が出ていくデメリットを挙げてみよう。

「もし、私が言われるがまま出ていったとして、ギルバートさんの存在を余所に漏らすかもしれませんよ。情報の流出を防ぐには、私をここに留めておくのが一番です」

「詭弁だ。君はいずれ出ていくのだから、結果は変わらない」

「私の心持ちが変わります。三日だけ置いていただければ、この家を晴れやかな気分で発ちましょう」

「脅しか?」

「いえいえ、追い出されたら気分が悪くなるという当然の人間心理を述べたまでです」

「屋根を破壊しておきながら、家の主に追い出されて気分を害すると?」

「あ、いや、それはですね……弁償する気はありますし、あ、でも、お金で解決すると思っているわけでもなくて……ごめんなさい」

破壊行為の件につきまして、全面的に非があることを認めます。そうか、空から落ちてきたことを加味すると、私は押し入り強盗のようなものだ。

家屋を壊すだけでは飽き足らず、家人を脅して宿泊を押し通す。極悪非道とはまさにこのこと。

初めから、双方にメリットのある交渉なんて出来るわけがなかったんだ。交渉人気取りが恥ずかしい。

圧倒的に加害者だったことを思い出し、私は素直に出ていくことを決める。

まずはこの都から離れよう。真っ直ぐ帰るか、どこかで時間を潰すかを考えるのはそれからだ。

「本当に申し訳ありませんでした。すぐに出ていきます。ギルバートさんのことや、この家にいたことは誰にも話しませんので安心してください。今後も一切、近寄らないほうがいいですよね? できれば、私の存在も隠していただけるとありがたいです。でも、すぐ王都から出ますので、誰かに聞かれたら気にせず答えちゃって大丈夫です」

もうね。ただ謝って、彼の言う通りにするしか道は無い。

さて、太陽の位置から大体の方角が分かるだろうから、それを目安にしてバルシャイン王国に帰ろう。国境を越えてしまえば、私の正体がバレても問題は少ない。

深く頭を下げてから、ギルバートさんの横を通り抜けて部屋を出る。階段を降りてすぐの場所に玄関があったので、扉に手をかけて――

「待て、エレノーラ」

「え? エレノーラ様がいるんですか?」

背後から聞こえた声を受けて、思わず周囲を見回してしまう。

こんな場所にエレノーラがいるわけ……あ、私が名乗った偽名か。

ここから誤魔化すのはもう無理そうだ。ユミエラと呼ばれて「呼びました?」と振り返らなかっただけ、まだマシと考えよう。

既に訳ありなことは露見しているから、偽名だとバレたところで問題は少ない。もう出ていくしね。

もちろんギルバートさんは私の名前がエレノーラではないと気がついたようで、呆れた顔で言う。

「君は、頭が回って勘も鋭いのかもしれないが、腹芸にはとことん向いていないな」

「そうみたいです」

「先程も、屋根を抜いたことなど気にせずに滞在を取り付ければ良かったものを」

「そこまで悪くなれないです」

「……アレも、これくらいの良心と頭脳があれば良かったのだがな」

ギルバートさんは深く息を吐いて言う。

アレ、というのは人のことっぽい。良心が無く、頭が悪い人物を思い浮かべているようだ。アレと形容するくらいだから、相当に嫌っているのが伺える。

「行くあてはあるんだろうな?」

「えーっと……王都を出ます。東の方まで」

「東と言うと、テタニアの近くか?」

知らない地名が出てきた。多分、レムレストの地名だろう。

私の目的地はもっと東、バルシャイン王国だ。嘘を重ねると余計に怪しまれる。必要のない部分は真実を述べた方が良さそうだ。

「もっと東です。アッシュバトン領に行くか行かないかの辺りです」

「……その周辺は行かないほうがいい」

国境線付近まで行く予定だと言った途端、ギルバートさんに反応があった。別に、これから戦争が始まるわけでもあるまいに……。

アッシュバトンは平和だけど、国境を挟んだレムレスト側は治安が悪いのかな?

あまり詳細を尋ねられても、越境予定の私は答えづらい。早めに出ていこうと、再び扉に手をかける。

「待て」

そして再び引き止められた。彼は近づいてきて、私の横を通ろうとする。

私が道を譲ると、玄関に手をかけて、背を向けたまま言う。

「君の滞在を許そう。部屋は昨晩の所を、家の中にあるものは自由に使って構わない。食べ物も好きにしてくれ」

どうして急に心変わりを?

私が尋ねる前に「少しでかけてくる」と言い残し出て行ってしまった。

閉まった玄関の扉を見つめて、私はしばらく固まっていた。