軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16 もう一人のユミエラ・ドルクネス

エリクサーを手に入れ、私の剣が私の心にぶっ刺さりだったことが分かった翌日。

並行世界の私対策でやることは特に無くなってしまった。彼女がこの世界に来るのは明日かもしれないし、一年後かもしれない。

諸々の書類を整理したり、拡張工事の進んでいる村を見に行ったりと、平常通りに過ごすつもりだ。

でも今日だけはゆっくりしよう。ここ数日の間に色々あって少し疲れた。久しぶりに本でも読もうかな。

新しい本を買っても良いかもしれないなどと考えながら、屋敷の書庫を改めたり。のんびりとした時間が過ぎる平和な一日だった。

並行世界の私が攻めてくるなんて、レムンの杞憂だったのかも。そう思えるくらいには落ち着いた一日だった。

もう夕方。今日という日を、何事もなく終えることができそうだ。……と思っていたタイミングで影から声が。

「お姉さん! 次元の歪みを確認した! 今すぐ来て!」

私の影から黒髪の神様、レムンが現れる。

え、もう来たの?

◆ ◆ ◆

パトリックを呼んで屋敷を出る。

準備しておいたので、すぐにフル装備で出られた。

エレノーラはお留守番。というか、事情を説明したら付いてくると言い出しそうなので、並行世界の話は一切秘密にしている。

「場所は? どこですか?」

「すぐ近く」

「じゃあリューもお留守番で」

「どうして? あのドラゴンなら戦力になると思うけれど」

「は!? リュー君を危ない所に連れていく気ですか!?」

「ああ、うん、ごめん」

レムンの影の中からの指示に従い走る。

少し遅れてパトリックも追いついてきた。

「休む暇も無いな」

「ほんとにね」

「場所は?」

「そこまで離れてないって。どこらへんですか?」

するとレムンから、後数分で着くとの返答が来た。

ドルクネスの街からあまり離れていない場所だ。このペースだと多分、前にヒルローズ公爵が待ち伏せていた辺りのはず。

街に近いことを喜ぶべきか嘆くべきか。何とか市街地への被害は避けられそうで良かった。

その場所は見てすぐに分かった。

レムンは次元の歪みと形容したが、まさにその通り。

空間が歪んでいる。向こうの景色が捻れて見える。

「これか」

「これだね」

私たちは少し離れた場所で歩みを止めた。まだレムンは影から出てこない。

まじまじと捻れた空間を観察し……もっと近くで見たいな。触ったらどうなるんだろう。

知的好奇心を刺激された私が走り出そうとすると、パトリックに肩を掴まれる。

「おい、今何をしようとした?」

「ちょっとだけ、触ってみようかなって」

「あれは見るからに危ないだろ」

「知識への飽くなき探究が人間をここまで進化させたの。ちょっと触るくらい良くない?」

彼は私の肩に篭める力を強めた。

別に、触った瞬間に殺人光線が放出されるわけでもあるまいに。デーモン・コアより安心安全な次元の歪みくらい触ってもいいと思うけれど。

「分かりましたー。じゃあ石を投げるのはいいでしょ?」

「まあ、それくらいなら……どうなんだ?」

パトリックは私の足元に声を投げかける。

すると、返ってきたのは投げやりな言葉だった。

「いいんじゃない?」

よし、レムンの許可も下りたので石を投げてみよう。

繋がっているであろう並行世界へと消えていくのか、捻れた空間に従って軌道を変えるのか、それとも何の影響も無いのか。気になって仕方がない。

私は足元から手頃な小石を拾い、次元の歪みに向かって軽く投げた。

手から石が離れたとほぼ同時、捻れた空間がゆらゆらと揺れる。揺れは段々と大きくなり、空間の歪みから現れたのは……私だ。

あれが並行世界のユミエラ。彼女の顔面に石が直撃する。

「あっ」

「……手荒い歓迎ね」

ごめんなさい、わざとじゃないんです。怒らないでください。

流石ユミエラなだけあって、痛がる素振りは見せない。

もう一人の私は、当たり前だが私そっくりだった。違う点は髪の長さだろうか。伸び切った黒髪で右目が完全に隠れてしまっている。

あとは服装が違う。真っ黒なゴスロリ風ドレスは、ゲームでも裏ボスユミエラが着ていた記憶がある。どこから持ってきたんだあれ。

彼女は私とパトリックを順番に見てから呟く。

「ふーん、そういうこと。なるほどね。本当に気に入らないわね」

「すみません、ええっと……なんて呼べばいい?」

ある程度の間合いを確保したまま声をかける。

会話すら出来ない可能性を考慮していたが、彼女は素直に返答する。

「アンタが私の名前を知らないはずないでしょ。ユミエラ・ドルクネスよ。好きに呼んで」

「私もユミエラだから色々と不便じゃない?」

「そうね。じゃあアンタがアホに改名したら? アホっぽい顔してるし」

「顔は……私もあなたも一緒じゃない?」

彼女はしまったという表情をする。もしかしてこの子こそがアホなのでは?

真面目に呼び分けの方法を考えよう。ユミエラ・オルタ、ブラックユミエラ、アナザーユミエラ……うーん、どちらかと言えば私の方がオルタでブラックでアナザーだしなあ。

オリジナルに近いのは向こうなので、改名すべきは私か? でも変えたら二番手みたいな扱いを受けそうで嫌だなあ。

では、シンプルにナンバリングでいくか。

「じゃあ1号と2号で。私が1号、あなたが2号」

「は? どうして私が2なのよ?」

「分かった。それじゃあ、あなたが1号、私がV3」

「どうして2を飛ばすのよ!? あとVはどこから来たの!?」

ええー。わがままだなあ。

力の1号、パワーの2号は不服だと言うから代替案としてV3を出したのに。でも確かに数字が飛ぶのは気になる。私がもう一人出てくる伏線になっても困るし。

じゃあ彼女は1号のままで。連番にして……。

「数字飛ばしが嫌なら0と1にしよっか。あなたが1号、私がゼロノス」

「だから! 何で余計なのが付くのよ!?」

「ゼロノス? 何それ? 記憶にないのに何故か悲しく……」

「アンタが言ったんでしょうが!」

少しふざけつつ探って確信した。彼女は間違いなく私ではない。日本の記憶は一切無い、完全に別の人格だ。

もし、彼女が前世の記憶持ちの私だったら、今頃はゼロノスの取り合いで取っ組み合いになっているだろう。

「お互いに好きなライダーの名前を名乗ることにしよう。アマゾンでもキックホッパーでも好きなのを選んじゃっていいよ」

「……もう私は2号でいいわよ。アンタは1号ね」

「えっ、それでいいならいいけど……」

少し残念。でも分かりやすさ重視なら1号と2号がいいのかな?

右手を腰に、左手を斜め上にピンと伸ばして叫ぶ。

「変身!」

「……何してんのよ?」

ユミエラ2号に白けた目で見られる。

居たたまれなくなりパトリックに助けを求めるが、彼も冷めた目をしていた。

いや、やらなきゃ駄目じゃん? 私はユミエラ1号なんだよ?

童心に返りすぎて少々恥ずかしくなった私は、わざとらしく咳払いをして言う。

「便宜上の呼び分けも出来たところで……2号の目的は私で合ってる?」

「そうよ。私の目的はアンタ」

やはり彼女の目的は私か。私を倒してレベル上限を解放することが狙いだ。

ずっと不機嫌そうな2号は、パトリックを指差して言う。

「で? そいつは何よ?」

「俺は――」

パトリックは自己紹介をしようとしたところで、私は衝撃的な事実に気が付いた。

彼を見る2号の視線は、私に向けられたものと明らかに違う。私のときは視界に入るのすら不快といった様子だったが、今はどこか嬉しそうに見える。

これは……中身は別でも好きな異性のタイプは同じだったのだ。

まずいぞ。私と彼女の顔は完全に同じ。私の美しさに心酔しているパトリックさんは、2号にも陥落する可能性がある。

世界を滅ぼすような奴は、人の恋人に色目を使うくらい平気でやるに違いない。

ここまで僅か0.2秒。

余計なフラグを立てないためにも、会話が成立する前に割り込まなければ。

彼の腕に抱きつくべく、横に跳ぶ。

勢い余って肘が脇腹に突き刺さってしまった。パトリックから呻き声が漏れたけど、会話を中断できたので良し。

パトリックの腕にしなだれかかり、頭もグリグリと擦りつけながらラブラブアピールだ。

「彼は私の恋人だけど? あ、婚約もしてるもんね。あと数ヶ月で結婚するんだよねー」

「痛……ユミエラ、突然何だ?」

「ほら! いつもみたいに熱い愛の言葉を囁いて!」

「いつも?」

パトリックには視線で黙っているように訴えかける。こんなことしたのは初めてだと2号に悟られてはいけない。

そっと彼女を見ると、私を鋭い眼光で睨みつけていた。よし、効いてる効いてる。そうして2号は底冷えのする声で言う。

「乳繰り合ってんじゃないわよ」

「あれ? そう見えた? これくらい普通じゃない? あっ……恋人のいない2号さんには分からないか。ごめんね。あと、私の方が強い」

既に戦いは始まっているのだ。緒戦において私は優位に立っているはず。

私は知っている「どうして彼氏作らないの?」という言葉の鋭利さを。本気で不思議そうに聞かれると余計に傷つく。最終的にガチトーンで謝られると更に効く。

苦しめ2号! 同じ痛みを知る者同士でも、今は敵だ。容赦はしない。

彼女は拳を握りしめて俯いている。流石に恥ずかしくなってきたので私はパトリックから離れ、2号に近づいた。そして下から顔を覗き込む。

「もしかして泣いてる? 一人ぼっちみたいだけどあまり落ち込まないでね。あと、私の方が強い」

「……そこを見なさい」

そう言って彼女は真下を指差した。

え? 地面に何か落ちてる? 下を向いて視線を動かすが何も見つからない。

何を見せたいのか問おうとしたところで、真上から衝撃が。遅れて後頭部に痛みが走る。

頭に踵落としをされたと気が付いたのは、顔面と地面が激突したときだ。うつ伏せに倒されてしまった。

「卑怯な――」

「ほら、アンタの方が強いんでしょ? 早く起き上がりなさいよ」

文句を言おうと起き上がりかけた直後、またしても頭上から衝撃が。何度も、何度も、何度も。

後頭部を執拗に踏みつけられている。頭がどんどん土に沈み込む。

2号は踏みつけを止め、私の頭をグリグリと踏みにじり始めた。

「気を失っちゃったかしら? 口だけ達者な――」

「先に手を出したのはそっちだからね」

私は頭の後ろに手を回し、2号の足首を掴んだ。寝ていても反撃くらいできる。

彼女は拘束から逃れるべく足を引っ込めようとするが……放さないよ。

「何よ? 放しなさいよ。アンタはそのまま地面に転がってたらいいの」

「転がる? よしきた」

「きゃっ」

彼女の足首を掴んだまま地面を転がる。仰向けになったタイミングで両手を使い束縛を強め、更に転がる。

ユミエラ2号は踏ん張りが効かずバランスを崩した。私はそのまま回転、自分を軸にして2号をブン回す。

そしてメカクレでゴスロリなユミエラは、前に倒れて地面に激突した。

私は勝利の雄叫びを上げる。

「おらっしゃあ!」

ここからが本番だ。素早く立ち上がり、また彼女の足首を片方掴んだ。

そうして、持ち上げて振り下ろしを繰り返す。ハンマーを地面に叩きつけるように、ユミエラ2号を振り回す。何度も何度も何度も。

もちろん顔から土に突っ込むように角度を微調整する。目には目を、歯には歯を、顔に土には顔に土だ。

そこでパトリックからストップがかかる。

「そこまでだ」

彼は本当に悲しそうな顔をしていた。

私は地面に2号を叩きつける手を止めて、彼女を見る。全身の力が抜けてだらりと横たわる少女は、何度見ても私にそっくりな顔をしていて……。

ハッとしてパトリックを見返す。

「ユミエラ同士の殴り合いを見るのは、想像よりも辛いものがあるな……」

「パトリック……」

彼の気持ちも分かるような?

私だって、パトリックとパトリックの顔をした人が泥臭く殴り合う場面を目撃したら……ん? 私ならパトリックの方に加勢するな。だって相手は同じ顔でも別人だし。

「え? パトリックは2号の味方をするってこと? 同じ顔なら誰でもいいの?」

「いや、見るに堪えないというだけで……」

「ふーん、2号の肩を持つんだ。先に手を出したのは向こうだよ」

「ユミエラも悪かった。無駄に煽りすぎだ」

私は煽ってない。私は、相手より精神的に優位に立とうとしただけだ。煽りではなくマウント。どちらが悪質かは判断が分かれるところである。

……まあ、私も悪かったよ。喧嘩を売りに行ったのは私の方かもしれない。謝らないけど。

不貞腐れるようにパトリックから顔を逸らすと、2号が起き上がるところだった。

彼女は乱れた服装を軽く整えつつ、私を睨む。

「アンタ、恋人がいることが特別なことだと思ってない?」

「え?」

「世の中の普通の人ってのはね、普通に友達がいて普通に恋人がいるのよ。そして普通に結婚して普通に子供を産むのよ」

「え……うん……はい」

「その普通のことを盾にして優位に立とうなんて哀れだと思わない? 一人で買い物に行けることを誇る子供みたい。それは子供だから許されるのであって、大の大人が誰でも出来ることを自慢し始めたら終わりよね」

「……仰るとおりです」

……泣きそう。自分と同じ顔をした人に言われるのが余計に辛い。多分、私自身も心のどこかで同じことを考えていたのだと思う。

煽るだけ煽って、パトリックに止められても不貞腐れて、私の性格が悪すぎる。本当に泣きそうになっていると、ユミエラ2号は口の端を釣り上げて続けた。

「あとね、本当に幸せな人は、自分は幸せですってアピールしないのよ。アンタが自慢の恋人さんとわざとらしくイチャついたのを見て思ったのよ。ああ、男女関係が上手くいってないんだなあ……って」

「……順風満帆だよ。結婚式の日取りも決まったし」

「へー、結婚して……それで? 結婚したら自動的に関係性が進展して、物事が良い方向に進むと思ってない? 結婚は魔法の儀式でも、人生のゴールでもないのよ?」

結婚したことないやつが結婚を批判するなよ。彼氏いないくせに……駄目だ、恋人の有無による優位性は既に失われている。ぐう……何も言い返せない。

それを良いことに、2号は更に畳み掛けてくる。

「そもそもおかしいと思ったのよ。別人とはいえ、私よ? ユミエラ・ドルクネスよ? まっとうに恋愛なんかできるわけないじゃない。アンタ、辺境伯家のソイツに騙されてるのよ」

私はつい、パトリックの顔を見そうになった。騙されていないことを確認しようとした。

駄目だ。そんなことしたら、彼を信用していないみたいじゃないか。

同じ顔でも、今はパトリックよりユミエラ2号。同じ顔でも、今は見るより殴る。

「パトリックのことは悪く言わないで!」

ユミエラ2号に飛びかかり、顔面をグーパンする。そのまま押し倒して馬乗りになり、両手で殴打を続けた。

彼女も私の顔を殴る。しかし下から上へのパンチは力が入っておらず、全く効かない。無駄無駄無駄。

「やめろユミエラ! ユミエラが可哀相だろ!」

今回のストップも早かった。パトリックに肩を捕まれて後ろに引っ張られる。

パトリックを悪く言わないで、と言ったのは彼を足止めする意図も含まれていた。しかし、あまり意味がなかったようだ。舌戦で勝てないから殴り合いに持ち込んだ私の考えを読まれたのかもしれない。

完全に2号から引き剥がされてしまった。彼女は寝たまま、私はパトリックに肩を押さえられて、互いに睨み合う。

私が力を抜いたのを確認して、パトリックは大きくため息をつく。

「どうしてお前たちは、執拗に顔を狙い合うんだ」

「「顔が気に入らないから」」