軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

08 吟遊詩人と中二病

エドウィン王子とエレノーラが屋敷に来た翌日、私は王都を当て所もなく彷徨っていた。

エレノーラが今日も屋敷に押しかけてくるであろうことが容易に想像できたからだ。あと屋敷にいるとリタもいるし。

まあ、目的地を決めない散歩は嫌いではない。変な物を売っている怪しい店を探すのは私の趣味だ。あー、レベル上限が開放できるアイテムとか落ちてないかな。

「パトリックも連れてくれば良かったな」

無意識に口から言葉が漏れてしまった。

彼は王都のアッシュバトン邸に顔を出すと言って一人で出かけてしまっていた。私もそちらに付いていけば良かったと後悔する。帰りにどこかに寄ったりしたらデートっぽいし。いや、デートなのか? デートってダンジョンでするものじゃないのか?

ぼうとしながら裏路地を歩いていると、気がついたときには見覚えのある大通りに出ていた。

今日通ったのはハズレの裏路地だったな、特に何も無かった。

別に大通りが苦手というわけではないので、左右に軒を連ねる店舗を眺めながら歩く。今日は帽子を被っていないので、私は非常に目立っていた。

パンの焼けるいい匂いがして思わず立ち止まる。そういえば、そろそろ昼食時だ。

今日はパトリックも屋敷に不在ということで、昼食はいらないとリタに伝えて出てきたのだった。そこまでお腹も空いてないし、パンを少し食べればいいかな。

私は匂いを辿って、大通りに面した小洒落たパン屋にたどり着く。

その店の扉を開くとカランコロンと小気味よい鈴の音が響いた。

店番をしていたのは私より二、三歳年下に見える少女だった。ここの娘さんだろうか。

「いらっしゃ……いらっしゃいませ!」

条件反射で挨拶をした彼女は私を見て絶句したが、すぐに明るく言い直した。

はい、いつものやつですね。怖がられているのですね。

さっさと買い物を済ませて撤退しよう。私は紙に包まれたサンドイッチを一つ手に取り、空いている手で銅貨を数枚カウンターの上に置く。

「これで足りますよね? では、私はこれで」

「あ、あの待ってください!」

既に扉に手をかけていた私は、少女に引き止められて振り返る。あれ? もしかしてお金が足りなかった? 少し多めに出したつもりだったけれど。

少女は私の顔をじっと見つめながら口を開く。

「あの、ユミエラ・ドルクネス様ですよね? 魔王を倒していただいて、ありがとうございます!」

「あ、いえ、どういたしまして?」

いきなりのことに面食らってしまう。まさかこんな所でお礼を言われるとは思わなかった。

少女は私ににじり寄って手を差し出す。え? 何? やっぱりお金足りないの?

「握手していただいていいでしょうか! ……あ、いえ、伯爵様にとんだ無礼を。今のは忘れてください」

「握手くらいだったらいいですけれど……」

私が魔王討伐に携わったということは王国中の人が知っていることだ。ただ、市民に人気なのはエドウィン王子だしで、私の存在感は薄い。それは私が望んだことでもある。

だから彼女がこんなにも私のファンっぽいのは謎だ。

何だか小恥ずかしいが片手を差し出す。彼女は両手で私の手を握り、上下にブンブンと動かす。

「私、ユミエラ様に憧れているんです。ドラゴンを従えているのも魅力的ですし、闇属性の魔法を使うのも素敵です。あの……たまに闇の力に呑まれそうになったりしますか? あと、封印されている真の力があったりとか――」

あ、この人色々とこじらせてるだけだ。中二病人気はいらないです。

「いえ、そういった類の物は持ち合わせていません」

私がきっぱりと否定すると、彼女はあからさまにガッカリとした顔をする。そこまで落ち込まないでよ。

「……変なこと聞いてすみません」

「いえ、私の方もなんかすみません」

私は何を謝っているのだろうか? そう思っているとパン屋の少女はまだ何か言いたげだ。今度は何?

「どうしましたか?」

「えっと、お代が足りないです。あと銅貨一枚頂けますか?」

「……すみませんでした。また来ますね」

私は銅貨を彼女に手渡し店を後にする。

……高くない? 相場の倍くらいするぞ? また来ると言ったが二度と行くもんか、これだからお洒落な店は嫌いなんだ。商品ではなくお洒落な内装に金を払わされる、そんなのは絶対におかしい! ……私は一体何と戦っているのだろうか。

ふと我に返った私は歩きながらサンドイッチを食べる場所を探す。別に歩きながら食べても良いのだけれど、これでも一応お貴族様だから。

昼食を片手に少し歩いていると丁度よい場所を見つけた。王都の大通りの交差点は広場のようになっている。そこの片隅にあるベンチに私は腰を下ろした。

広場の中央に陣取っている吟遊詩人の歌に耳を傾けながら、サンドイッチを一口。

「何これ、すごい美味しい」

思わず呟きが口から漏れてしまった。一見すると普通のミックスサンドなのだがすごい美味しい。例えるなら、えっと、口からビームが出るくらい。まあ出さないけど。間違えた、出せないけど。

ボッタクリだと思ってごめんなさい、中二病の女の子。

すぐに昼食を食べ終えた私は、パン屋の場所をしっかりと頭に刻みつけながら吟遊詩人の歌を聞く。魔王に立ち向かう王子の話だ。

一応、脇役として黒髪のドラゴン使いも……出てこないまま歌が終わってしまった。あれ?

ちらりと広場の中央に目を向けると、歌を聞いている人はまばらだった。歌が終わったのにおひねりもほぼ無い。

私はスッと立ち上がり、吟遊詩人の男の前まで歩く。私に気がついた周囲の人々は慌てて彼から離れる。

男は落ち込んで下を向き、僅かなおひねりをぼうっと見つめていた。彼の視界に入るように金貨を投げ入れる。

彼は驚いて金貨を食いつくように凝視する。

「え!? 金貨!?」

「はい、今の歌を私の家で披露していただければと思いまして」

吟遊詩人を家に呼ぶ貴族令嬢だとでも思ったのだろう彼は、顔を輝かせて私を見上げて言う。

「ああ、お貴族様でしたか。ぜひ……」

彼は私の顔を見て絶句してしまった。顔を引きつらせた彼に優しく話し掛ける。

「王子様と聖女様とお仲間二人と……四人の歌でしたよね? 私はその話は聞いたことがありませんので詳しく聞きたいなあ、と思いまして」

「ひ、ひい」

男は顔を真っ青にして歯をガチガチと鳴らす。怖がり過ぎじゃない? ちょっとだけビックリさせようとしただけじゃん。

「いや、何もしませんって。本当にちょっと話を聞きたいだけでして」

「本物……ですよね?」

本物って、何の?

吟遊詩人の男が落ち着くまでにはしばらくの時間を要した。閑散になっていた広場にも人が戻りつつある。

「あなたの言う本物というのが何かはわかりませんが、私はユミエラ・ドルクネスで間違いありませんよ。本物です」

「そうですよね、申し訳ありませんでした」

「いや、謝って欲しいわけではなくてですね……あなたの歌に私が登場しない理由を聞きたかったのです」

私は魔王討伐の功績を喧伝する気は無い。だが、一年前の戦いに私が居なかったことにされるのは少々困り物だ。

達成できるかも分からない目標の一つ、黒髪が嫌われる風潮を少しでも無くすことのために、黒髪の私が魔王と戦ったというのは出来るだけ多くの人に知って貰いたかった。

魔王に立ち向かったユミエラさん、というのが大事なのであって、魔王より強いユミエラさんでは余計に怖がられる気もする。そこら辺の塩梅が難しい。

男は言いづらそうにおどおどと口を開いた。

「えっとですね……伯爵様をどう登場させていいのかが分からなくてですね。同業者も似た感じでして……」

「私が出しづらい? どういうことですか?」

「伯爵様は外見や属性が、その……」

男は言い淀むが、彼の言いたいことはおおよそ分かった。私がどうにも悪役っぽいのだ。

この世界、特にこの国の創作物は悪役として黒髪の人物が頻出する。その悪魔やら魔女やらは得てして闇魔法を使い、主人公に立ちはだかる。

私を味方サイドとして扱うのは、桃太郎の家来に鬼がいるような違和感があるのだろう。

私自身、愛想が良いわけではないのでそうなってしまうのも仕方ないかもしれない。だが私の隣にいるだろう、マスコット的存在が、愛嬌たっぷりで可愛らしい存在が。

「私が物語に出しづらい理由は分かりました。私はリュー……じゃなかったドラゴンのおまけ、という風にしてはどうですか?」

「あの、ドラゴンもどちらかと言えば敵の役でして。黒いドラゴンは私も見たことがありますが、あれはまさに……」

ああん? まさに何だ? あんなに愛くるしいドラゴンは味方に決まっているだろう。

一先ずリューのことは置いておいて、闇属性やらの悪者イメージを払拭する方法を考えなければいけない。

別に、闇属性って危なくも何ともないんだけどなあ。火属性のように燃え広がることも、水属性のように辺りがずぶ濡れになることもない。

対象だけを問答無用で拘束したり溶かしたり串刺しにしたり消滅させたりと、周囲への悪影響が少ない。

それをいくら語ったところで意味は無いだろう。今まで生きてきて闇属性がカッコいいと言った人なんて一人も……一人だけいた。さっき会ったばかりだった。中二病っぽいパン屋の少女だ。

でもなあ、闇属性が中二っぽく思われるのは嫌だなあ。

駄目で元々、吟遊詩人の男に提案だけでもしてみよう。

「あー、話半分でいいのですけれど……黒髪や闇属性が逆にカッコいい、という感じに考えるのはどうでしょうか?」

「逆に?」

「闇の力に呑まれかける展開ですとか、宿敵を倒すために忌み嫌われる力に手を出したという設定ですとか……」

自分で言ってて恥ずかしくなってきた。忘れてください、と言おうとするも男は目を爛々と輝かせて口を開く。

「いいです! すごくいい! 魔王を前にしたドラゴン使いが、自分の力に呑まれそうになる。それを救ったのは仲間の力! 魔王すら飲み込む闇の魔法を……面白いですね!」

事実との乖離が激しすぎませんか? ドン引きしている私を無視して、彼は話を続ける。

「腕に悪しき力が封印されていて、仲間を危機から救うため封印を解いてしまう……熱い展開です! 一から話を作らねば!」

「……それは良かったです」

中二病って「病」と言うだけあって感染するのだな。彼の歌を聞いた皆様の、免疫力が高いことをお祈りしています。