軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6-04左 絵のような現実、現実のような絵

◆6-04左 絵のような現実、現実のような絵

猫耳さんから日影に来るよう再び言われ、集落の中に戻る。

どこに向かっているのか分からないまま勇者について歩いているところだが、早々に否定された夢の国説が現実味を帯びてきた。

相当パンチの効いた第一村人だと思っていた猫耳さんは、ここでは相対的に普通の存在だ。

歩きつつ辺りを見渡してみれば、おじさんに耳が生えている以上の異形で溢れている。耳だけでなく姿すら犬のような人、腕が何十本も生えている人、身長が5メートル以上ある人、顔の大半が埋まるほど目が大きい人。

現実世界にはいないはずの存在が平然と集まっている。やっぱり夢の国だよ。

夢じゃないとすれば異世界だろうか。

世界は無数に存在するらしいから、こういう世界があっても不思議じゃない。

しかし勇者はバルシャイン王国の存在を知っていたし、同じ世界と考えるのが普通だし……。うーん、分からない。

私をどこかへ案内しようとしている勇者は、振り返らずに声をかけてきた。

「どうだい? 薄明の国は」

「変わった方が多いですね」

「そうだとも。どんな見た目に成り果てようとも、薄明の国は全てを受け入れる。もちろん君も」

人外博覧会に比べれば、私の黒髪なんて誰も気にしないだろう。

勇者が言う通り、この集落はのんびりとした平和な空気が流れている。人工物は極端に少ないが、おんぼろな椅子のような物はよく見かける。それが無くとも、手頃な岩に腰掛けて歓談している人が多い。

そして、現実世界と変わらず野良猫もいるようだ。

「ねこちゃん!」

私がねこちゃんに呼びかけると、何と返事が返ってきた……猫耳おじさんから。

「呼んだかニャン」

低い声で「黙れ」と言って猫耳おじさんを吹っ飛ばしたいところだが、低音も乱暴な動きも猫ちゃんは嫌がる。

我慢だ。美しくかわいい本物のため、偽物は我慢しよう。

猫だ。本物の猫がいた。白黒茶の配分が完璧な三毛猫だ。尻尾をピンと立てて、モデルのような歩き方でこちらに近づいてくる。

あ~かわいいんじゃ~。

もう少し接近して私の存在に気がついた瞬間、あの三毛猫も逃げ出してしまうだろう。ユミエラ・ドルクネスになって以来、動物から果ては昆虫までもが私の存在を過剰に怖がる。

私はちょっとお触りできればいいだけなのに、どうしてみんな逃げちゃうんだろう。触って減るもんじゃないんだからいいじゃん。

でもいいの。無理強いはできない。遠くから眺めているだけで私は幸せなんだ。

薄明の国を我が物顔で歩く高貴な猫様は、ついに私の存在を認識する。

興味無さげにチラリと私の顔を見た猫は、すぐに視線をそらし、私の左の足元まで歩いてきて、ゴロンと地面に体を投げ出した。

「……え?」

「撫でてほしいみたいだニャン」

本来であれば言われなくても分かる現実を、猫耳おじさんの説明を聞いてようやく認識できた。

この三毛猫は撫でられたがっている。しかも私に。怖がる様子は一切なく、むしろゴロゴロと喉を鳴らしてリラックスしている。

猫チャンのこと触っていいのカナ? 痛くしないから、優しくするから安心してネ。相性良さそうなら私の家で飼っちゃおうカナ? ……ナンチャッテ(笑)

三毛猫はまだ逃げないで、毛づくろいを始めてしまった。

たぶん私のほうが緊張している。だってユミエラになってから猫撫でたことないんだもん。キモい妄想だけは一流だけど、現実の経験値が追いついていない。

……よし触るぞ。やるぞ。ついに触っちゃうぞネコチャン。思わず幸せの笑いが漏れ出てしまう。

「ウェヒヒヒッヒヒヒヒ」

「笑い方が気持ち悪いニャン」

「じゃあお手々でさわさわするねえ」

「喋り方もねっとりしてるニャン」

意を決した私が左手を伸ばすと、それを避けるようにスルリと三毛猫は立ち上がり歩き出す。

「えっ!?」

「猫は気まぐれなんだニャン。少し待っても撫でられる気配が無いから飽きたんだニャン」

え……嘘でしょ。レベルとか闇属性の魔力とかの要素じゃなく、私の決断が遅いから猫を撫でられる機会をみすみす逃したの?

「一生の後悔になりそう。死んでも死にきれない」

「一生の後悔なんて言葉は軽々しく使わない方がいい」

食い気味に、わずかに怒気を含ませそう言ったのは勇者だ。一生の後悔はオーバーな言葉選びだった自覚はあれど、ここまで反応するのには理由が……。

少々悪くなった空気が漂う中、猫耳おじさんが緊張感の無い声で喋り始める。故意か偶然かは不明だが、初めて彼にありがたいと感じた。

「あの三毛の子は、ここで唯一の猫仲間で僕のお兄ちゃんみたいな存在なんだニャン」

「そうかい? 僕は君がお兄さんで三毛猫が弟だと思うけれど」

「王様はいつもそう言うニャン。でも猫に関しては僕の直感の方が当たるんだニャン」

兄でも弟でもなく他人だと思います。

それにしてもオスの三毛猫は珍しい。遺伝子の関係で三毛猫はほとんどがメスで、オスは高値で取引されたりもするくらい貴重だ。

その三毛猫クンは本当に飽きて動き出しただけのようで、私の手から逃れた後はゆっくりと尻尾を揺らしながら歩いている。後ろから見てもかわいい。

私たちは猫の後ろ姿を追わずに見送ろうとしたが……猫耳おじさんはハッと何かに気がついて走り出した。

「いけないニャン! また画家の子のキャンパスで爪とぎをするかもニャン!」

「ね? 彼が兄だろう?」

いやだから他人です。かわいい猫と変なおじさんに血縁関係があってたまるか。

思ったことを口には出さず、私は勇者と一緒に猫一匹と人間一人を追った。

「セーフだニャン」

三毛猫はすぐに猫耳おじさんに捕まり、大人しく抱っこされたままになった。この子、抱っこもさせてくれるんだ。

さて、猫に導かれ集落の反対端まで私たちは来ている。

珍しいものだらけの場所だったが、ひときわ目立つ物を見つけた。

絵を描いている女性だ。一心不乱にキャンバスに筆を走らせる後ろ姿が見える。三毛猫が爪とぎをしようとしていたのは彼女のキャンパスだったのだろう。

特筆すべきはその絵画の出来である。なんか……すごい芸術的だった。何が描いてあるのかは分からない、ピカソ的に芸術的だった。

足を止めて思わず見とれてしまう。抽象画とか分からないけど、本物の芸術は違うと本能の部分で感じる。

人物にも見えるし、星空にも見えるし、焼き鳥の盛り合わせにも見えるし、不思議な絵だ。

芸術は頭じゃなくて心だから。考えずとも、素晴らしいことは感じられる。

吸い込まれるような絵画を観賞していると、画家の彼女が筆を止めずに喋った。

「こんな下手な絵、見ていても楽しくないでしょう?」

「いいえ、芸術的ですよ」

「そんなこと散々言われてきた! 私は写実的な絵が描きたいの!」

長い髪を振り乱して彼女は叫ぶ。

写実的? 写真みたいな絵ってことだよね?

彼女の抽象画は写真の正反対だ。写真の無い世界ゆえ、本物みたいな肖像画に人気があるのは事実だけどさ。

どう見ても訳の分からん……いや、訳が分からんではなく芸術的な絵画だ。

写実的な絵を描こうとしてこれなら、マジで才能無いと思うけど……。

彼女は振り返って続ける。

「芸術的芸術的って、理解できないからそう言ってるだけでしょ!? 現実を写し取ったような絵こそがすばらしいの!」

「…………いいえ、貴女の絵は写実的でした。現実そのままです」

私は慰めのための嘘をついたわけではない。本当に写真みたいだったから、そう言っただけだ。

絵描きの彼女の顔は、パースが狂いまくりだった。顔のパーツが平面的に配列され、言うなればピカソみたいな顔だった。パウル・ピカソさんに似てるわけではなく、彼の絵画に出てくるような顔だった。

異形だらけな薄明の国。まさかピカソ顔の人までいるなんて。

本当の意味でピカソみたいな彼女は、不安げに言う。

「本当? この絵こそは現実そっくり?」

「ホントです。見分けがつきません」

写真のような絵はあるけれど、観察すれば絵だと分かる。

しかし、いま私の目の前には現実と見分けのつかない肖像画があった。正確に言えば、落書きのような絵と見分けのつかない現実があった。

額縁からそのまま出てきたとしか思えない彼女は……恐らくだが私を見て言う。

「ほんとの本当? この絵は写実的?」

「絵みたいな現実……間違えました、現実みたいな絵ですよ」

「そう。長かった。やっと、やっとわたしは」

奇抜な顔が、奇抜な絵と向かい合う。

彼女は手を伸ばし、そっと絵に触れた。絵の具で汚れた細い指が、変容を始める。

手の甲に付着した赤い塗料が、爪の間に入り込んだ青い絵の具が、人間の部分を侵食していく。呆気に取られているうちに見覚えのある画風になってしまった。

「あの、手が……」

異形化を気にする様子も無い彼女に声をかけると、そこで初めて自らの手に視線を向けた。

同じタッチになってしまった自分の絵と手を見比べる。

「やっとよ、やっと私は理想の絵を描けた。大嫌いだった昔からの画風を捨てて、現実を切り取ったような写実的な絵をようやく描くことができた」

変わったのは絵じゃなくて手の方ですよ。とは言い難い、異常な雰囲気を彼女は放っていた。

何か良くないことが起こりそうな空気に私も気圧され、猫耳おじさんと腕の中の三毛猫は耳をすぼめて怖がっている。その中、王様だけが絵描きの彼女に近づいた。

「王様、わたしついに納得できる絵を描けたわ」

「何よりだ。僕は君の絵のファンだからね、嬉しいよ。次はどんな作品に挑戦するんだい?」

「もういいの。これで終わり」

「どうしてだい? 君の画家人生はこれからだよ。この国ならいくらでも描ける」

「ありがとう王様。でも大丈夫、薄明かりの国でこれだけ絵を描けたのですもの。楽しかったわ」

彼女の表情は読み取れないが、嬉しそうな様子が伝わってきた。王様の表情は読み取れた、とても悲しそうだった。

キャンバスが崩れだしたのはそのときだった。絵の具が剥がれ落ちるように消えていき、赤い砂が零れ落ちる。台の脚も崩壊して、キャンバスは倒れ、赤砂の大地と同化する。

注視していた絵画が消えてしまい、呆然と作者に目を向けて、驚いた。

絵描きの彼女にもキャンバスと同じ現象が始まっていた。体が砂になり崩れていく。

しかし本人は穏やかで、当然のように消滅を受け入れていた。

「ねえ王様、そんなに哀しそうにしないで? 苦しくない分、死ぬよりずっといいわ」

「どうして行ってしまうんだい? 薄明の国はこれから朝になる。まだまだこれからだ」

「ごめんね。わたしには夜が来たみたい。この薄明かりは夕暮れだったわ」

その言葉を最期に、彼女は完全に崩れてしまった。物言わぬ赤い砂に変わり果て、大地に還る。人ひとり分、砂の山が出来そうなものだがそれすら無かった。痕跡を一切残さず彼女は消えてしまったのだ。

王様は彼女のいた場所に膝をつき、黙祷をした。私も倣い手を合わせる。

形式的にお祈りはしているが、私の脳内を占めているのは彼女がいなくなった悲しみではなく、その原因だった。

他に消えそうな人はいないか、私も砂になってしまわないか、不安に視線をさ迷わせる。

すると猫耳おじさんが横からこそっと言った。

「この国の住民は、皆が未練を残して人生を終えています。それが解消すると今のように消えてしまうのです……」

真面目トーンのときは語尾にニャって付けないのかな。

「……ニャ」

無理してつけなくていいのに。

でもおじさんの話を聞いて確信した。

「ここは死後の国……私、死んじゃったんだ」

ここが死後の世界ではないかとは、少し前から薄々勘づいていた。

目が覚めたら全く違う場所。長距離ワープよりも死後の世界と考えた方が納得できる。姿が変わっていなかったり、バルシャイン王国を知っている人がいることから、また転生したとも考えにくい。

死後の世界ってあったんだ。死ぬの二回目だけど知らなかった。

一回目は交通事故、二回目は……なんで死んだんだ? 一般女子大生は車に跳ねられたら死ぬけど、ユミエラ・ドルクネスはどうしたら死ぬんだ?

「死因……覚えてない」

「そういうものニャ。僕も気が付いたらここにいたニャ」

「死んだ人はみんなここに来るんですか?」

「……言いにくいことですが、大事な人との再会は諦めた方が良いです」

また語尾を忘れた猫耳さんに告げられるが私は納得できなかった。だって、何十年かすればパトリックもエレノーラも寿命になって、こっちにやって来るはずだ。

「でも、ここは死後の世界なんですよね? 待ってさえいればパトリックとまた会えますよね!?」

猫耳さんは無言で首を振る。

どうして? その疑問に答えたのは、黙祷を終えた薄明の国の王であった。

「薄明の国は、死後の世界であるがあの世ではない。この世界について説明しよう」