軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5-29 エピローグ

◆5-29 エピローグ

おしゃぶりや哺乳瓶を自分で使ったことが屋敷中に知れ渡り、使用人どころかエレノーラからもドン引きされた翌日。私たちはドルクネス領へ帰ることにした。

王都に滞在したのは今日も含めれば六日。一日目は採寸をしたり香水店を覗いたり、五日目は赤ちゃんになっていたから……アーキアム家の護国卿にまつわる諸々は、たったの三日間で始まりから終わりまでを迎えたわけだ。

ドルクネス邸まで見送りに来てくれたアーキアム伯爵と娘のドロシアは清々しい表情をしている。

「ドルクネス伯爵には大変世話になった。細かい用事が片付き次第、一家全員で領地に引っ越す予定だ。ドルクネス領とそこまで距離は離れていないから、これからも交流を続けてくれると嬉しい」

「もちろんです。魔物とかが現れたら飛んでいくので……あ、魔物の対処を考えるとレベルを上げておいた方が――」

レベル上げ卿は意味不明だが、レベル上げ布教活動は頑張っていきたい。これから地方領主となるアーキアム伯爵は勧誘がしやすい相手だと目を付けたのだが、前にエレノーラが飛び出してきたことで言葉が遮られる。

彼女は嬉しそうにしながら、ドロシアに話しかける。

「これからはドロシアさんの所にもすぐ遊びに行けますわ!」

「お出迎えできる準備をしておきますね。あの、もしよろしければ、私がドルクネス領に……」

エレノーラは振り返って私の顔を見る。

変なところで律儀というか、義理を通すお嬢様だ。当然私は頷いてみせた。

「いいですよ。ドロシアさんは歓迎します」

「やった! いつ来ますの? このまま一緒に行く手もありますわ」

「ごめんなさい、引っ越しが終わって落ち着いてからお邪魔します」

雑談もそこそこに、別れの挨拶をした私たち三人は、馬車に乗り込んだ。

パトリックは馬車の扉を閉めながら言う。

「忘れ物は無いか?」

「大丈夫」

私は自信満々に返事をする。……こういうときは、何か忘れているフラグです。

でも忘れ物は無いはずだ。向こうから王都に持ってきた私物は少ないし、哺乳瓶もよだれかけも、ちゃんと持っている。

何も思い出せないまま、馬車は動き出す。手を振ってくれている伯爵親子に軽く手を振り返し、ついには見えなくなった。

窓から王都の景色を眺めていると、金髪の頭が風景に割り込んでくる。

流れる街並み、固定金髪ヘッド。誰かが馬車と並走している。私が窓から顔を出すと、エドウィン王子がいた。頑張って走っている。

「あ、どうも」

「王都を発つなら――」

喋ると同時にスピードが落ちて、馬車に引き離される。

彼は慌ててペースを上げて、追いついてきた。

「――言ってくれ」

レベルいくつだよ。一般人なら分かるけどさ、大して速くもない馬車と並走するのに苦労するのは第二王子としてどうなの?

あ、思い出した。彼にお礼を言うのを忘れていたんだった。

「御前会議ではありがとうございました」

「気にするな。せめてもの出来ることだ。……エレノーラ嬢を呼んでくれ」

馬車の中、エレノーラに視線を移す。

彼女は窓から見られないよう床にしゃがみ、口を押さえて首を横に振った。オッケー。

「エレノーラ様はいないです。橋の下に捨ててきました。では、さよなら」

私は小窓をパタリと閉める。

よしよし。忘れていたお礼は出来たし、これで憂いなく王都を出られるぞ。

エレノーラは未だに隠れる姿勢だった。エドウィン王子に思わず嫌いと言ってしまったエレノーラちゃん、このまま本当に嫌いになっても私は問題ないからね。

パトリックが馬車の外に漏れぬように小声で言う。

「いいのか?」

「いいのいいの」

エドウィン王子がエレノーラに伝えたい内容は重大なものかもしれない。しかし、走り去る馬車に邪魔されるなら、その程度だったというだけだ。

一応は、バルシャイン王国有数の実力者、馬車を止める方法も追い付く方法も、いくらでもある。

あ、音が変わった。王都を囲む城壁を出て街道に入ったかな? 私は目を瞑り、車輪の騒音と、心地よい蹄の音に耳を澄ませる。

第二王子は、それらの音を突き破ってきた。

「エレノーラ嬢! 私は、王族であろうと無かろうと、出来るだけのことをやる! 思い出させてくれて、ありがとう!」

大声だし、声量に反比例するような薄い内容だし……王子は王子だな。

聞き心地が良いとは言い難い声に思わず目を開けると、エレノーラが馬車の小窓に飛びついているところだった。

窓を開け、彼女も叫ぶ。

「わたくし! エドウィン様のこと、やっぱり嫌いじゃありませんでしたわ!」

遠くの大声が一回、近くの大声で二回。

三回目の大声が聞こえることはなかった。街道の石畳と車輪が擦れる音だけが響く。

そして今度は近くで小さな声がした。

「わたくしの声は、エドウィン様に届いたかしら?」

聞こえなかったのではないかと意地悪な回答を思いついたが、口に出すのは留まった。ちょこっとだけできたエドウィン王子への借り、ここで一括返済してしまおう。

「王子は出来るだけのことはやるそうですから」

「……え?」

「出来るだけのこと……返事があるまで馬車を追いかけるってことです。追ってこないのは返事を受け取ったからでしょう」

こう言い換えると、粘着質なストーカーみたいで気持ち悪いな。

背筋が冷えた私とは対照に、エレノーラは温かそうに呟いた。

「そうでしたの、そうですわよね」

エドウィンとエレノーラが結ばれる未来は想像できないというか望み薄だけど、どうするの? 私はパトリックに視線で尋ねた。彼も困ったように肩をすくめるだけだった。

しかし未来は分からない。

今回王都に来たことで、エレノーラが数多の可能性を抱えていることが分かった。

香水プロデュースに本腰を入れれば大成功するだろう。それは彼女の能力で掴み取れるはずだし、人柄ゆえ周囲も全力でサポートする。

教会だってエレノーラを迎え入れる準備はある。むしろ向こうからオファーがあるかもしれない。

様々な可能性を秘めた彼女だからこそ、もしかしたらエドウィン王子と結ばれるかもしれないし、別な人と運命の出会いをするかもしれないし、私と結婚するかもしれない。

あらゆる道に進める彼女は、ドルクネス領に向かうこの馬車の中で言った。

「帰ったらプッタラの特訓をしないといけませんわ」

あ、メンコ大会王者へ進むルートにいる。メンコで食っていくのは厳しいぞ。

想い人との別れから超高速で帰宅後の計画を立て始めたエレノーラは、とても楽しそうだった。

「焼き芋大会もありますし、忙しくなりますわね」

「あー、そういうのもありましたね」

まあ、楽しそうだし、エレノーラちゃんはこれでいいんじゃないかな。

私も帰ってからのことを考えよう。不在時にトラブルが無かったか確認して、溜まっているはずの決裁書類に目を通して、王都での出来事の中でドルクネス領に関わる情報共有して……えっと、アーキアム家と付き合いが出来たことは言っておいた方が良いか。他に何かあったかなと、この数日間の記憶を振り返る。

「あ! これ、リューが使うかな?」

思い出して私が取り出したのはおしゃぶりだ。リュー君はもう三歳だし、流石にいらないか。

パトリックはおしゃぶりにビクリと肩を跳ね上げて言う。

「捨てろ! 持って帰るな」

「もったいないじゃん」

「まさか他のも持っているのか?」

「荷物に入れてるよ。よだれかけも、哺乳瓶も……あ、あとガラガラも」

「知らないアイテムがまだあった」

ガラガラは結局使わなかったけれど、とても良い買い物をした。あんな美しい音色を響かせるとは、思ってもみなかった。リューへのお土産だ。私よりも芸術が分かるドラゴンなので、気に入ると思う。

「リューがいらなかったら、エレノーラ様に差し上げます」

「いりませんわ」

「美麗な音を奏で――」

「いりませんわ」

そうか、いらないか。

パトリックに顔を向けると、私が口を開く前に制される。

「いらないからな」

「……そう」

ドルクネス領に戻れば、綺麗なガラガラ音を一人寂しく聞く以外は、忙しくも平和で楽しい毎日が待っている。暇があればパトリックと取り留めのないやり取りをできるし、エレノーラのメンコ大会を観戦に行ってもいいかもしれない。

一週間足らずの王都出張だったが、我が家が恋しい。

馬車の車輪が奏でる、騒々しいガラガラ音を聞きながら、ドルクネス領に到着するのをまだかまだかと待ちわびる。