軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4-25 新たな誤解

◆4-25 新たな誤解

「いやいやいや、そこまでじゃない……とも言い難いよね」

ふと気がついたら、なんかすごいことになっていた。

とてもうるさい「ユミエラ最強」の大合唱は止まらないどころか、なおボルテージが上がる始末だ。少し前までは必死な声色だったと思ったが、嬉しくて叫んでいる雰囲気がある。

「「「ユミエラ最強! ユミエラ最強!」」」

いやいやいや。私が強靭無敵最強なのは事実だけれど、こうして大勢に言われると恥ずかしいじゃないか。

これを第三者が見たら、私が言うことを強制してると思うかもしれないし、はたまた破壊神を賛美する儀式をやっているとも取られかねない。

そして、私の前にはパトリックが立っている。

流石に謎の儀式に参加していない。彼の声も聞こえた気がするのは気のせいだろう。パトリックは「ユミエラ最強!」とか言わない。

パトリックは無言で、私をじっと見つめている。

家出の言い訳は後からじっくり考えるつもりだったので、何を話せば良いのか分からない。第一声は……ひとまず流れで。

「えーっとね……月には行けなかったみたい」

第一声は絶対に間違った。他に言うことあっただろ。

パトリックは怒ってるよね。しかし、ゆっくりと近付いてきた彼に、私は力強く抱きしめられる。

「良かった……本当に良かった……」

え、何これ。どういう状況?

棒立ちで抱きしめられたまま、私は大混乱だった。

もしかして、私がいなくなってすごい寂しかったのかな? たったの数日で、ここまで感極まるなんて、パトリックさん私に依存し過ぎでは? まあ、いいけどね。依存って言葉に良いイメージを持っていなかったけれど、恋人に依存されるとそれはそれで……。

「良かった。世界がもう、終わってしまうかと思った」

これ、依存とかじゃないですね。世界が終わるって何だろう? 私の知らないところで大事件が起きていたみたいだ。

冷静になってみれば、ここは敵陣のど真ん中だった。映画じゃないんだから、敵はご丁寧に待ってくれない。好機とばかりに襲いかかってくるだろう。

名残惜しいが、パトリックを押しのけて抱擁から脱出し、周囲の様子を窺う。

まず目に入ったのはレムレストの第一王子だ。彼は滝のように涙を流しながら、私たちを見ている。

「うぅ……生きているとは、かくも素晴らしいことなのか。こんなに感動したのは生まれてはじめてだ」

生きる喜びを実感している。なんだこれ。

状況は飲み込めないが、私は目的を忘れたりはしない。負けた演技をしなきゃいけないのだ。本懐を遂げるべく、苦しそうに胸を抑えて言う。

「うぅ、封印の影響が……ここは一旦引くしか……」

「「「ユミエラ最強! ユミエラ最強!」」」

誰も聞いてねえや。ホントに何なのソレ? 流行ってるの?

流行語大賞が「ユミエラ最強!」になったら嫌だなあ。SNSとかで「ユミエラ最強!」がトレンド入りしたりするんでしょ? もう恥ずかしくて表を歩けなくなる。絶対に誰も呟かないで欲しい。

どうすれば良いか分からなくなって、私はパトリックに助けを求める。

「どうしよう? 私、負けなきゃいけないんだけど。あ、パトリックのお兄さんに言われてね。勝ちすぎても恨まれるだけだから――」

「兄上の課題なら知っている」

あ、ここに来たってことはギルバートさんの手紙を受け取ったのか。ならば話は早い。

パトリックのアドバイスがあれば万事うまく行くはずだ。少しズルいかもしれないけれど、元々の予定ではドルクネス領に手紙が来てから私が動く手筈だった。彼に助言を貰う機会がなかった今の状況はイレギュラー、ここからパトリックの協力があってもギルバート氏もケチはつけまい。

「これからどうすればいい? パトリックなら上手い対処法を思いつくでしょ?」

彼なら最善手を教えてくれる。私は心の底から恋人を信用していた。

パトリックは苦笑いして、しょうがないなという表情で口を開く。

「無理だな。諦めろ」

爽やかに断言された。

無理か……パトリックが無理って言うなら、無理なんだろうな。

「ああ、そう」

「帰ろう。みんな待っている」

そうして、私たちは帰途についた。

レムレスト軍の中を素通りして、アッシュバトン方面へと歩く。

敵陣から出て、日が傾き始めた草原を二人で歩く。

「……ごめんね」

「いいんだ」

「良くないよ。この反省を活かして、今度は必ず、月まで行くから」

「お前、反省してないだろ」

ああ、良かった。先程からパトリックが優しすぎて、逆に不安だったのだ。怒られる行いをしたのに、全く言及されないのも居心地が悪い。

久しぶりな彼のツッコミが入ったところで、私は改めて謝る。

「家出してごめん。結婚式をやりたくないっていうのは、わがまますぎたよね」

「俺の方こそ悪かった。ユミエラはそういう催しが苦手と分かっていたのに、規模が大きくなるのを止めなかった」

「上手く負けられなくてごめん。ギルバートさんが結婚を認めてくれるチャンスだったのに」

「いいんだ。兄上は俺が説得するさ」

やっぱりパトリックがいつにも増して優しい。

横を歩く彼の横顔を見つめた。穏やかな表情だ。

「どうして今日は、そんなに優しいの?」

「さっきのアレを見て、ユミエラが帰ってこないかもしれないと思ったんだ。こうして無事に戻ってきてくれただけで、俺は嬉しいから」

「さっきのアレ……ああ、封印ね。私があんなのに閉じ込められるわけないって、パトリックも分かってたでしょ?」

「いや、その後の……」

「えーっと、何があったっけ? 少しぼーっとしてたみたいで、あまり覚えてないのよね」

「覚えてないなら、それでいい」

パトリックは酷く疲れた顔をしてそう言った。

封印された後は、レムレストの王子と会話して……あ、レベルを測ったんだっけ? その後の記憶が曖昧だ。

私たちは小高い丘をゆっくりと登る。

記憶が欠落しているときに何があったのか。パトリックは知っているようだし、聞いてみよう。

私は質問しようとしたが、丘の上で待ち構えていた人物を見て、開きかけた口を閉ざしてしまった。

そこにいたのはパトリックの兄、ギルバートさんだ。

私は失敗した。彼の考案した計画を台無しにしてしまった。ネチネチと嫌味を言ってくるのだろうか、やはり結婚は認められないと薄ら笑いながら言うのだろうか。

しかし、彼は神妙な顔をして私たちを出迎える。

そして頭を深々と下げる。

「申し訳ない! 僕は勘違いしていた!」

「兄上!?」

私も驚いたが、パトリックも驚いていた。

ギルバート氏にどのような心変わりがあったのだろうか。

「僕はずっと、パトリックが趣味の悪い女に引っかかったと思っていた。でも違うんだな、パトリックお前は立派だよ」

「……兄上?」

お兄さんの誤った認識が解けたようで良かった。趣味の悪い女呼ばわりされてカチンと来たけど、それは過去の話。彼は違うと言った、趣味が悪い女ではないという意味だ。それはつまるところ、私が才色兼備な淑女であると認めたってことだ。

「アレを見て理解した。パトリックは変な女と結婚したがっているのではないのだな」

「はい、ユミエラは変なところもありますが――」

「僕が不甲斐ないばかりに、気がつけなくてすまない。パトリックは世界を守っていたんだな」

「世界を……え?」

「今までずっと、アレから世界を守っていたんだな。お前が犠牲になる必要なんてないのに……だが、僕にしてやれることはない。パトリックが結婚することで、世界に平穏が訪れるなら……いや、間違っている。一人を犠牲にして成り立つ世界は間違っている!」

ギルバートさんは今にも泣きそうな顔でパトリックを見る。

すぐさまガラリと表情を変えて、憤怒の顔を私に向けた。

「ユミエラ・ドルクネス! 僕は諦めない。蛇のように機会を窺い、いつの日か、パトリックを解放してみせよう!」

「はあ、そうですか」

「あのですね、兄上、俺は本当にユミエラが好きで――」

「分かっている。僕はパトリックの兄なんだから、弟が心の底でどう思っているかなんて、全てお見通しだ。少し辛抱してくれ。にー様が、何とかするから。僕は長男だから」

かくして、パトリックの兄ギルバート氏との邂逅は、新たな誤解を生み出して終わった。