軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4-13 またまたライナス

◆4-13 またまたライナス

来客だというのに、ギルバートさんは動かない。

すると鍵を開ける音も聞こえた。鍵を所持しているから、この家の人かな? ではなぜノックを? 誰が来たのか、ギルバートさんは知っていそうだけれども……。

色々と考えている間に、来客は家に入り、こちらへと歩いてくる。

「客が来たようだ。僕と彼で話をする。すまないが君は外してくれるかな」

「分かりました」

このままだと私とお客さんが鉢合わせてしまうけれど、隠れろと言われない、会っても大丈夫な人なのかな。

まあ、どうせお互いに知らない顔だろうしね。

そして、来客が姿を現す。彼は、この食事の前に存在しないと断言した人物、私とギルバート氏の共通の知人であった。

「お疲れさまです、ギルバート様いらっしゃいます……か」

私と彼は、顔を見合わせて固まる。

「どうして貴女がここに!?」

「ライナスさん……で合ってますよね」

彼の名はライナス、レムレスト王国の諜報員だ。

ライナスさんと会うのはこれで三度目になる。

かつての彼はレムレスト王国の諜報員だった。私が学園に通っていた頃、こちらに寝返るようにと言ってきた人だ。寝返れば望みの物は何でも用意すると提案されたが、そんな甘言に乗っかる私ではない。彼も本国の上司にせっつかれただけで、私が誘いに乗るとは思っていなかったみたいだけれど。

次に会ったのはアッシュバトン辺境伯領に行ったときだ。どうやら彼は国軍関連の諜報員だったようで、そのときは現場指揮官をやらされていた。

私とリューが睨み合う両軍の真ん中に着陸し、レムレスト軍は一瞬で崩壊。総指揮官のレムレスト第二王子や将校たちが逃げてしまったので、ライナスが辺境伯と停戦交渉に臨んでいた。

それで、今が三回目。

私の顔を知っているどころか、会話したことのある人はレムレストで彼だけだろう。よりによって、その一人と出くわしてしまうなんて。

ここに存在してはいけないのは私の方だ。彼は驚いて、私の名前を呼ぼうとする。

「なぜ、ド――」

「エレノーラですわ!」

「へ?」

「お久しぶりです。私の名前はエレノーラです」

ドルクネス伯爵と言ったらただじゃ済まさないぞ……と圧をかける。

するとライナスは黙って何度も頷いた。もう偽名ってバレてるだろうし、ユミエラ・ドルクネスの名前が出なければ良い。

ライナスさんは続いてギルバートさんに視線を向けて、様子を窺うように言う。

「貴方のことは何とお呼びすれば……?」

「いつも通りギルバートで構わない。しかし、君がエレノーラの知り合いだとは思わなかった」

「はあ、ではギルバート様と。……なぜ片方だけ偽名なのですか?」

あっ、偽名だってバラしちゃった。ギルバートさんはエレノーラが偽名だと既に分かっているから良いのだけれど、それをライナスは知らないはずなのに……。そういうポカはやらない人だと思っていた。

ギルバート氏も私と同じ感想を抱いたようだった。

「彼女の名がエレノーラではないのは分かっているが……君が暴露するのは違うんじゃないのか?」

「え……? ああ、はあ……すみません?」

ライナスは納得できないといった様子で、一応謝罪する。そして、腑に落ちない表情をしつつも、私に顔を向ける。

「エレノーラ様……で良いのですよね。どういった経緯でここに?」

「家出してきました」

「家出……ですか。なぜ、わざわざここに?」

「偶然です。ここまで来るつもりはありませんでした」

私の考え方をある程度分かっている彼からすると、ユミエラがレムレストにいることを不思議に感じるのだろう。でも仕方ないじゃん。大気圏外から落ちてきたんだから。

ライナスは未だに首を捻っている。

「しかし、エレノーラ様はこの場所を知らないはずですよね?」

この場所というのは……レムレストの王都ではなく、この家という意味だろうか。そりゃあ、隣国にある謎多き民家のことなど事前情報なしだ。

すると、ギルバートさんが口を開く。

「彼女は本当に偶然、ここに来たらしい。屋根を突き破ってな」

「あー、空から降ってきたんですか」

「空? 屋根伝いに移動していて、この家の屋根が抜けたと聞いているが?」

普通、屋根を突き破ったと聞いたなら、屋根を踏み抜いたのだと思うはずだ。すぐに上空から落下を思い浮かべるあたり、私に対するライナスさんの印象が窺える。

黒髪で、二十歳前後の女で、しかも空から降ってきたとなれば、それはもうユミエラだ。私はすぐさま否定する。

「空から人が降ってくるはずないじゃないですか。そんなことになったら大怪我じゃすみませんよ」

高所から落下したくらいで怪我しないと思ったであろうライナスは、その言葉をグッと飲み込んで曖昧に頷く。

私がいる状況に未だに慣れていないらしいライナスは、視線を彷徨わせギルバート氏に向かって言う。

「実際に、彼女に会ってみてどうでしたか? 毛嫌いしていましたが、話してみると普通のところもありますよね。まさか、家出して同じ場所で出会うとは……」

今度はギルバートさんが首を捻る番になった。私もライナスの言わんとすることが理解できない。

「それはどういう意味だ?」

「ギルバート様はユ……エレノーラ様と、これが初対面になりますよね?」

「もちろん彼女と面識は無いが……君と彼女にはどういう繋がりがあるんだ?」

「あれ? 前にお話しましたよね? ギルバート様から質問を受けて」

顔を見合わせている男性二人を見るに、実際に噛み合っていないのだろう。

しばらく黙り込み、思案した後、ギルバートさんが咳払いをして会話を切り出した。

「彼女のことはどうでもいい。約束の時間には早いようだが、火急の用でもあるのか?」

「ああっ、驚いて失念していました。どうやら――」

「待て、部外者がいることを忘れるな」

ギルバート氏の小さくも鋭い声を出す。

私は出ていけってことね。言われる前に席を外そう。椅子から立ち上がろうとするが、ライナスの気の抜けた声に引き止められる。

「えぇ? 彼女もいたほうがいいですよ?」

やだよ、巻き込まれたくない。ライナスの職業やらこの家の怪しさを考えるに、ギルバートさんはレムレスト王国のスパイ的な人で……あれ? 自国の隠れ家に潜伏する意味は無いか。

色々と分からなくなったけれど、私が完全に部外者なのは確かだ。聞かなくて良い情報は聞かないに限る。

ほら、ギルバートさんも訝しげな表情だし、聞かれたくなさそうだ。

「彼女は部外者だ」

「エレノーラ様にも関わる情報です」

「……君がそう言うなら」

ギルバートさんは納得していない顔だが、早く情報を入手することを優先したようだ。

私は立ち去るタイミングを逃してしまい、秘密の会談に巻き込まれてしまった。

「端的に報告します。軍が動き出しました」

「間違いないのか? ここにいた連中が中継基地に移動しただけでは?」

「間違いなく全軍が前進を始めました。主力部隊が詰めていたテタニアにいる部下から伝令が来ました」

何となく、話が見えてきた。

レムレストが軍を動かすらしい。多分、向かっているのはバルシャイン王国だ。ライナスが私の同席を望んだ理由にもなるし、合っているはず。

会話に参加もできないので、私は黙って推理を進める。

「早いな。すぐにでも出立できるとは聞いていたが……準備が万全とは言い難いはずだ」

「その通りです。予定を早めた理由については調査中です」

ライナスが自国の動きを伝えに来た。ギルバートさんはレムレストの王都で隠れて活動している。

その二つが示すことはつまり、ギルバート氏はバルシャインからレムレストに派遣された諜報員ということだ。

そして、ライナスはレムレストを裏切っている。自国の情報を、隣国の諜報員に流しているというわけだ。

……あれ? 今日の私、すごい冴えてる?

今なら何でも気づいてしまう気がする。ギルバートさんがバルシャイン王国の人だとこんなに早く気がついたし……うん? ギルバート……ギルバート……バルシャイン王国人のギルバート……どこかで聞いた、ような?

急に不安になってきたぞ。自慢の考察が見当外れの勘違いだったらすごい恥ずかしい。

勝手な思い込みで行動するのは駄目だ。憶測の部分を確定させておこう。ギルバートさんが頬杖をついて考え中の間に、私はライナスに尋ねた。

「あの、ライナスさんは裏切ったという認識で間違いないですか?」

言った後にしまったと思った。裏切りって言葉は人聞きが良くないよね。言い換えて……転向とか移籍とか?

実際に裏切りというワードはよろしくなかったようで、彼は居心地が悪そうに苦笑いしながら答える。

「裏切り……になりますかね。一応、レムレスト全体を思ってのことですが……。我々の国の跡継ぎ争いに巻き込んでしまい、申し訳ありません」

「ライナスさんは……第一王子派でしたっけ?」

「そうです。家と軍閥が、たまたまそうだっただけなのですがね」

完全にバルシャイン側に鞍替えしたのではないのか。彼は第一王子派だから……今回軍を出したのは第二王子派かな。政敵の情報を流して、足を引っ張るってことか。

でもライナスさんが心配だな。この事実が明るみに出れば、第二王子派は彼を許さないだろうし、自分の派閥からも切り捨てられかねない。

「そこまで危険を冒さなくても……」

「跡継ぎ争い……というか、それにかこつけた政治闘争には興味ないのですが、第二王子派は第一工廠を廃止すると主張しています。レムレストのためにも、それだけは避けたいのです」

「あー、未来のための研究ってやつですか」

「ご存知でしたか。驚きました」

「魔道具店の店主さんの受け売りです」

まあ、事情は理解できた。私の憶測も間違っていなかったようだ。

一応、念の為、最後の確認をしておく。

「今、兵を出しているのは第二王子の方ですね?」

「いいえ、第一王子派ですよ」

え? ライナスは第一王子の派閥で、自国の魔道具技術のために第一王子に勝ってほしくて、でも第一王子の情報を敵国に漏らしていて……。

整理したら余計に分からなくなった。もしかして、ギルバートさんがバルシャインから来ているという前提が間違っていた?

「ギルバートさんってバルシャインの方ですよね?」

「当たり前じゃないですか」

当然だとライナスは首肯した。そうだよねえ。

色々と分かったけれど、謎が一つ追加されてしまった。

普通に答えてくれそうだし、ライナスに意図を尋ねるかと思ったところで、しばらく黙考していたギルバートさんが口を開く。

「計画は変わらずだ」

「しかし――」

「もう向こうには計画が伝わっている頃だ。アレが間に合わなければ、僕はアレを一生認めない。それだけだ」

「え!? いや、間に合うも何も……」

怜悧な視線で射抜かれ、ライナスの言葉は尻すぼみになってしまう。

何故か第一王子率いるレムレスト軍が予定前倒しで出発したせいで、彼らの計画とやらが危ういらしい。

私はあまり関係ないしいいか。

それからギルバート氏は矢継ぎ早に指示を出していく。

「ライナスは軍主力部隊の監視だ。こちらからも連絡要員は出すが、予定が早まった理由が分かり次第、そちらから伝令を出してくれ。実家の方で構わない」

「分かりました。ギルバート様は?」

「僕は戦場の予定地に先回りする」

「ではドル……エレノーラ様も同行する形で良いでしょうか」

ライナスはそろそろ私の偽名に慣れてほしい。私も、エレノーラと呼ばれるたびに「え? エレノーラ様いるの?」と心の中で言ってしまうのであまり責められないけれど。

ギルバート氏がバルシャインの人間と分かった今、身分を偽る意味も薄れてきた。

というか、私は関係なくない? ここで解散でいいじゃん。アッシュバトン軍に加勢しておきたいのに。

「彼女を同行……?」

「いやいや、私がいても良いことないですよ」

私とギルバートさんは、揃って行動する必要はないと、揃って主張する。

同行案を否定されるなんて、とライナスは驚き、少し考え……ハッと何かに思い至ったようだ。

「まさかとは思いますが、計画について知らされていないのですか!?」

そう言いつつ、視線は私に向けられている。

はい、何も知らされてないです。だって無関係の部外者だから。

続いてライナスは、ギルバートさんに向き直り言う。

「まさか、彼女に計画について伝えていないのですか?」

「伝えていないが……必要あるだろうか」

答えを聞いたライナスは、焦りの様子を表に出す。

焦燥……を通り越して、怒っている雰囲気すら伝わってくる。低姿勢を崩さなかった彼が、激しい口調で言う。

「ギルバート様、まずは彼女に計画の概要を全て伝えてください! そうしなきゃ、話が始まらないでしょう!」

「しかし――」

「その後、彼女がどう動くかを相談して決めてください。いいですね?」

ギルバート氏が気圧されているうちに、ライナスは言いたいことだけを言って立ち去ってしまう。

「分かりましたか? 計画を、全て、彼女に伝えてください。私は現場に戻ります! 時間がありませんので、それでは!」

怒りつつも律儀に一礼をして、彼は私たちに背を向けて、早歩きで家を出ていく。

呆然としていた私たちが気を取り直したのは、玄関ドアが閉まる音を聞いてからだ。

「……行っちゃいましたね」

「何だったんだ? ライナスがあそこまで言うとは……」