軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幸福な二人

色とりどりの薔薇で作られた、大きな花輪。

とても美しく、華やかな香りが素晴らしい。薔薇は大好きだ。高貴で優雅な見た目なのに勝気な美しさを持っているところが、特に。

「奥さま、馬車の用意ができました」

「えぇ、ありがとう。アムアレクは?」

「よくお眠りでいらっしゃいます。あのご様子ですと、三時間はお目覚めにならないかと」

「そう、良かったわ。では出発しましょうか」

まぁ、三時間も屋敷を留守にするつもりはないけれど。

今日は、お墓参りの日。

亡くなった直後は、私の体調が悪く出席することができなかった。その後も色々とあり、このたびようやく落ち着いて行けることになった。

──夫であり息子のアムアレクの父である、セドアレト・テアのお墓に。

王太子殿下が開催した慰労会から三か月経ったころ。

再び魔獣が発生し、聖騎士第三部隊を率いる夫が討伐に向かうことになった。

なぜ夫が? と一瞬考えたけど、前回の討伐のときに夫はとても活躍したらしい。その実力を買われて抜擢されたのだと聞いた。

『また留守にするけどごめんね、メル』

『いいえ。伯爵家の妻として、お留守の間はしっかりお家を守りますわ』

出発の朝。

見送りをしながら、私は喜びで顔が緩みそうになるのを太腿をつねることで耐えていた。

今度こそ、帰って来ないで旦那さま。

いえ、最悪帰って来てもかまわないけど、戦場でイヴシェネアさまと一夜を過ごしてから戻っていただけると助かるわ。離縁の話を進めやすいもの。

『ありがとう、メル。キミのために戦ってくるから、待っていて』

『旦那さま、どうかご無事で。このたびは優秀な治癒魔法の使い手があらたに加わったと聞いておりますから、安心ですわ』

『……あぁ、そうだね』

このとき、ちょっとだけ驚いた。夫が、イヴシェネアさまが同行することを隠したから。

もしかしたらそこまで知っていると思ったからあえて言わなかったのかもしれないけど、公爵夫人が戦場に行くなんて機密情報に決まっている。

私がなぜ知っていたかというと、レム公爵に教えていただいたから。

もちろん、二人で密会し話を聞いたわけじゃない。本当に驚くべき偶然で、我が家が先日新しく雇い入れたメイドがレム家の執事と姉弟であることが判明したのだ。

このメイドと執事を通して手紙で接触を図るようになり、ちょっとした情報交換をするようになった。

私たちの間に恋愛感情はないけれど、かといって友情も感じていない。交わす手紙の温度感から見て、レム公爵も同じ気持ちだという確信があった。私たちはもう、“誠実”という劇薬に感情を蝕まれていたのだと思う。

『旦那さま。この子と二人で、お帰りを楽しみに待っております』

微笑みながら、お腹をそっと撫でる。

結婚して二年。

離縁の夢を諦めきれなかった私は、夫に内緒で子ができないような薬をこっそり服用していた。けれど、夫のあまりの誠実さを目の当たりにし続けることで心が折れ、薬の服用を止めた。

とたんに妊娠したのは驚いたし、そのタイミングでこの討伐命令が下ったのも驚いた。あと少し我慢していれば身軽な状態で夫と別れることができたかもしれない、と思わなくもないけど、いざお腹に子が宿ると愛しさがこみ上げてくる。

この子のおかげで、完全に消え去ろうとしていた温かい心を胸の内に残すことができたのは、不幸中の幸い、と言ってもいいかもしれない。

『行って来る。愛してるよ、メル』

『ご武運を、旦那さま』

ここで初めて“不誠実の片鱗”を見せてきた夫に希望を抱きつつ、私は夫を戦場に送り出した。

墓地に到着すると、私は付き添いのメイドと護衛を馬車の側に残し、一人で夫の墓石へ向かった。

『セドアレト・テア ここに眠る』

「……」

周囲を見渡し、誰もいないことを確認してから墓石の上に花輪をぽいっと放った。

「旦那さま。本当にありがとう。私に 息子(アムアレク) を授けてくださって。それから、未亡人にしてくださったことには感謝してもしきれないわ」

──夫が戦死した、という報告を受けたのは、討伐に向かって半月ほど経ったころ。

ちょうど我が家に訪れていた義父母と「そろそろ半月経ちますね」と話をしていたときだった。

『奥さま! 今、王宮から報告が──』

王宮からの報告書を持ったメイドが飛び込んできた。内容を読み上げさせていると義母が倒れてくれたので、喜びの表情をなんとかごまかすことができた。今思えば、よく我慢できたと思う。あれは本当に危なかった。

驚いたのは、続く報告の内容。

気まずそうな顔をしながら、メイドが読み上げを続ける。

『魔獣が、テア伯爵がお休みになっている天幕を急襲したそうです。その、レム公爵夫人も、ご一緒だったとのことで……』

そのときの、義父の驚愕した顔は今でも忘れられない。その驚愕が純粋な怒りに変わったところで、私は勝利を確信した。

「王都から遠く離れた場所にいるから、油断をなさったの? 最初から素直に愛を選んでいれば死ななくて済んだのに。ねぇ、わかっている? あなたが失ったのは命だけじゃないのよ?」

──誠実だった二人が、同じ天幕で眠っているときに襲われ命を落とした。

天幕の中でなにがあったのか、火を見るよりも明らかだ。二人はほとんど衣服を身に着けていなかったらしいけど、それは魔獣の爪に引き裂かれたからではないだろう。

噂は、恐るべき速さで王都を駆け巡った。

その結果、誠実の象徴だった二人は“不実な裏切り者”となり果て、私とレム公爵は逆に“裏切っていた配偶者を健気に想っていた誠実な二人”になった。

「なにが誠実よ。あなたがたは恋も祝福も家族も立場もなにもかも手に入れようとした。単に欲深かっただけじゃないの」

セドアレトとイヴシェネア。

二人がなにを考え、なにをしたかったのか私にはわからない。わからないし、知りたくもない。仮に本人の口から説明されたとしても、私には理解できなかっただろうから。

「それにしても、ここは寂しいところね」

──敷き詰めてある石畳の間には苔が生え、落ち葉も取り除かれていない。枯れ木がうっそうと生い茂り、まだ昼前だというのにあたりは薄暗い。

それもそのはず。

ここは貴族墓地の中心地ではなく、墓守が暮らす小屋の裏手。

彼らは“ 著(いちじる) しく品位を欠いた”として、戦場で命を落としたにもかかわらずこんな場所に葬られた。愛人を持っている貴族は他にもいるというのに、なぜ彼らだけがこんな目にあっているのか。

それは彼らが“美しくなくなってしまった”からなのだろう。

配偶者以外の異性を愛しながらも清廉さを持っていた、いえ、持っていると思われていた二人が、よりにもよって戦場で生々しい行為に耽りおまけに命まで失った。

“観客”からしてみれば、裏切られた気分だったに違いない。

「いっそのこと罪人墓地だったら、もっと賑やかだったかもしれないのにね」

私はくるりと、真後ろに振り返った。イヴシェネアのお墓はセドアレトのお墓の真向かいにある。

「良かったわね。これからもずっと見つめ合っていられるわよ?」

さぁ、もう義務は果たしたしそろそろ帰りましょうか。

「そうだわ、言い忘れてた。イヴシェネアさま。レム公爵は貴女がいなくなってから本当に幸せそう。あ、もちろん表向きは悲しそうにしていらっしゃるから安心なさってね?」

どうかしら、聞こえた?

「私のこと、ひどい女って思います? そうね、ひどいかもしれない。最後以外……いいえ、最後のアレですら“悪事”というほどでもなかった」

だって、あなたたちの身体はほとんど食べられてしまっていたもの。“一つになったあと”だったのか、その前だったのか、誰にもわからない以上あなたたちは“悪”なのよ。

「……お二人にはわからないでしょうね。私やレム公爵が こ(・) う(・) な(・) っ(・) て(・) し(・) ま(・) っ(・) た(・) のは、愛していたからだって」

──たとえ政略でも、優しく麗しいあなたに私は一瞬で恋をした。

だからあなたの愛を得ることが叶わないと知ったとき、私は即座に自分を偽った。

諦めたふり。興味のないふり。愛していないふり。死を願うふり。

でも本当は。

一緒に生きていきたかった。愛していた。あなたのことを知りたかった。縋りついていたかった。

「さようなら」

誰にも、それこそレム公爵にすら隠していた本音は、ここにすべて置いていく。

大丈夫。

今度こそ、私は自分の心のままに生きることができる。