軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16. 家族

智輝を駅まで送ってから秋人が帰ってくると、薫がビールを片手にぼんやりとしていた。

智輝との会話の後半部分は秋人が静音魔法をかけたので、おそらく薫の耳には届いていなかったのだろう。今もおそらく薫の脳裏には、秋人が負ったかもしれない被害への心配で埋め尽くされている筈だ。そう思うと申し訳ないのと同時に、妙な独占欲のようなものを湧いてきて秋人を戸惑わせた。

薫はいつも泰然自若として、焦ったり迷ったりする姿を見せない。ただ、秋人の人生や人格に関わる問題が発生する時、彼の纏っている冷静さの鎧が剥がれて、むき出しの温かく強い素の感情が溢れ出す。

それは、今のところ秋人に対してだけの特権だった。そのことを嬉しく思ってしまう自分を、秋人は初めて自覚した。

「薫」

声をかけるとびくっと薫が飛びあがった。

「びっくりした!帰ってきてたんだ」

「ただいまって言ったよ」

「そっか、ごめん。考え事してた」

薫が無理に笑う。

例えば、もしも自分が薫が想像している最悪の目に合っていたとしても、それは薫の所為ではない。赤城と坂田の所為だし、もっと言えば自分の無知が招いたことだと思う。薫が苦しむ必要はないことなのだ。

それでは逆に、もしも薫がそんな目にあったとしたら、自分はどう感じるだろう。

秋人はおそらく、相手を草の根分けても見つけ出して、ぎたぎたにするに違いない。ばらばらに切り刻んで、新宿第三ダンジョンの56階層スライムの餌にでもしてやるだろう。

だから今薫がどんな気持ちか、秋人は痛いほど想像がついた。

「薫の心配しているようなことは、何もなかったよ」

そう告げると薫は弾かれたように秋人を見た。

「嘘じゃないよ。 審判の日(ジャッジメント) にかかってもいいよ」

「それは、でも…」

薫は言い淀む。

「大丈夫。分かってる。ちゃんと『知ってる』。今日智輝が色々ぺらぺらと教えてくれたから」

「そうか…」

明らかにほっとした顔の薫に、秋人はにこりと笑いかけた。

「心配かけてごめんね」

「いや、俺の方こそ。聞けばよかったんだけど…色々と考えてしまって。弁護士失格だな」

ふうっと薫が大きくため息を付く。

秋人は薫が自分の職業にどれほどプライドと自負を持っているか知っている。その彼をここまで追い詰めてしまったことに申し訳ない気持ちが沸き起こったが、おそらくそこで謝っても薫の気持ちに答えたことにはならないだろう。

「違うよ。薫は僕の家族だから、聞けなかったんだよ。僕が何も関係ない事件のただの被害者で、単なる弁護士として出会ったなら、薫は僕に色々と質問してたと思うよ。裁判官だって身内の裁判はしないくらいだからさ」

「そうだな」

薫がふっと肩の力を抜いた。

「なあ、秋人…」

「ん?」

二人並んでバルコニーに座って月を見る。

「眼鏡巨乳先輩とは付き合ってるの?」

「なんで薫までっ」

秋人の怒った顔に薫が爆笑する。

「ごめん、ごめん」

「もう、本人には絶対に言わないでよ!」

「言わない、言わない」

息も絶え絶えに二人で笑った後、ポツリと秋人が呟く。

「僕、工藤先輩のこと、好きみたい」

「うん」

「僕でも、誰かを好きになったりできるんだね」

「当たりまえだろ」

秋人の髪を薫の手が優しく撫でる。

薫の言葉は優しい。けれども、自分が彼女に相応しいとはどうしても思えなかった。

優しく美しい秋人の先輩、きっと普通の幸せを得て生きていけるだろう。自分なんかと関わってもおそらくろくなことにならない。

秋人には薫がいる。それで充分だ。

「言う気ない。今のままでも十分幸せ」

「まあ、そう急いで結論出すこともないさ」

薫の言葉に、しかし秋人は切なく笑うだけだった。

薫はふと思い出した。

「俺が佐代子を好きになったのは、笑顔が他の女の子たちと違ったからだった」

秋人は黙って聞いている。

「いつも俺の目を見て話してくれて、俺が話す内容をちゃんと考えて答えてくれた。俺のダメなところを指摘して、叱ってくれて、困った人ねって言ってくれた」

美しい薫の瞳に涙が浮かぶ。

「もっとちゃんと伝えればよかった。伝わっていると思ってた。愛している、家族になってほしいともっと頻繁に言えばよかった。君は俺をどう思っているってちゃんと聞けばよかった」

薫の目に次から次へと涙が浮かぶ。白い頬にそれが伝わって落ちるのを秋人がじっと見ていた。

彼女の刑が確定した。計画殺人で情状酌量の余地もない。懲役20年。おそらく、今後二度と会うことはないだろう。

何度も何度も思った。なぜ不満を言ってくれなかったのだろう?自分の何がいけなかったのだろうと。

「俺は彼女に自分の想いばかりを押し付けて、彼女の気持ちを考えてなかったんじゃないかって、そんな後悔ばかりしてる」

秋人はいつも薫がしてくれるように、そっと薫の頭を抱きしめた。

あの女性は薫にこんなに愛されていたのに、それが惜しくはなかったのだろうかと不思議に思う。自分なら、きっと薫さえいれば他には何も要らなかっただろう。

「薫の家族には僕がなるよ」

「うん」

「薫は彼女にはもったいないよ。きっともっといい人に会えると思う」

「そうかな」

「そうだよ」

秋人の言葉に、薫は小さく笑った。

「今度、智輝に聞いてみる。なんかそういうの分かるって言ってたから」

「えー、すごい特技だな」

「だよね、僕もびっくりした」

二人でやさしい時間を過ごす。

それはささやかな幸せの時間だった。