軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2. 勧誘

「如月、お前も高校球児にならないか?」

腰に手を当てて尊大な口調で同級生の木下智輝が、秋人に言い放った。

びっくりして固まってしまっている秋人の態度を感激と勘違いして、智輝はニコリと笑う。

「一緒に甲子園を目指そう!」

「あ、ごめん。無理」

何とか秋人が言葉をひねり出す。あまりにも突然のことでフリーズしかけていたところを、必死に再起動した。

秋人は運動部系の部活に入る気はなかった。轟学園は部活動に所属するのは必須なので、文科系のクラブに入るつもりである。

「や、待って。即答とか冷たくない?」

智輝はなおも言い募った。

「僕、その球技はあまり…やったことなくて」

「野球はそんな難しくないって。お前ほどの肩があれば、外野からホームまでノーバンで返球できるじゃん。レーザービーム返球とか言ってテレビで騒がれっかもよ」

智輝の話す内容を聞いて秋人は青くなった。

智輝が言っている強肩の話は、スポーツテストに関する秋人の大失敗が原因だった。

秋人は制御リングを片腕2つずつ、足にも1つずつ、計6本身に着けているが、正直あまり効果がない。

それでも通常の人がどれくらいの速さで走るかは、だいたい把握していた。50メートル走や400メートル走などは普通のタイムに調整して走った。

しかし、ソフトボール投げで大失敗したのである。

秋人はキャッチボールどころか、ボールを投げたことすらなかった。そして、彼が唯一覚えていたのはアメリカ大使館で見たメージャーリーグの試合だった。

「あのくらいの速さで投げればいいのだろう」

と秋人は考えたのである。メジャーリーグがどういう物かという事を、この時の秋人はよく分かっていなかった。

そして、秋人の手から放たれたボールは、まっすぐに、まるでバットで飛ばしたホームランのように飛んで行った。

「そ、測定不能!!」

メジャーを持った係の子が茫然と叫ぶ。

秋人はやってしまったことに対して青くなった。

「わ、わあ。すごい飛んだ、びっくりしたー」

と、とりあえず偶然を装ってみたが、完全に棒読みである。まんがだったら額に縦線がたくさん引かれている筈である。

「如月、お前凄いな」

それをばっちり目撃していたのが、智輝である。

智輝は野球部の新入生だが、レギュラーが決まっていると噂されるほど腕のよいピッチャーだった。

智輝は秋人の肩をバンバンと叩いて、

「いい肩してるじゃん、野球やったことある?」

と勧誘が始まったのだった。

「運動部には入らないことにしてるんだ。ごめんね」

秋人は智輝をなんとか振り切って、教室の外に出た。

友達を作るのは案の定失敗して、クラスで話す相手がいないのは秋人だけだ。

「まあ、そうなるよね」

ふうと秋人はため息を付いた。

それでも、中学時代よりは皆やさしい雰囲気だ。

仲間外れにしたり、いじめたりということはない。何か用事がある時や、必要な時はきちんとみんな目を見て話してくれる。

中でも、野球に誘われさえしなければ、智輝は自分に話しかけてくれるし、大変ありがたい存在なのだが、 探索者(シーカー) な以上、スポーツでの真剣勝負は難しい。

「当夜に、他にどんな運動の授業があるか聞いておこう」

ため息を付いた。

放課後に部活の見学をしてもいいことになっていた。まだ入部を決めていない新入生を勧誘するために、校門までの道にずらりと2年や3年の学生が並んでいる。

それをかき分けて帰宅するのは、秋人には難易度が高かった。ただでさえ見目の良い秋人は、先輩の注目をすでに集めていた。

「どこか、見学しよう」

秋人としては、早く帰って薫の夕飯づくりを手伝いたいのだが、帰宅部はできないことになっている。

部活の一覧が載っているプリントを見て、首を傾げた。

「美術部…か」

秋人は第三棟にある美術室を目指した。

校舎の端にある美術室は、部活の喧騒から遠く、静かだった。

美術部は勧誘合戦には参加していないようだ。

そっとドアを開けると、中には数人の学生がイーゼルに向かって絵を描いているところだった。

「あれ?もしかして見学?」

中の一人、唯一の男子生徒が声をかける。秋人は黙って頷いた。

「そっか、じゃあ適当に見ていくといいよ」

先輩は適当なことを言って、己の絵の前に戻っていった。

秋人は絵を描く。

別にものすごく好んで描いていたわけではなく、最初は暇つぶしだった。一人で住んでいた時、たまに家に帰った時に何もすることがなくて、適当な紙に落書きしていたことから始まったのだ。

秋人には描きたいものがあったのだが、それは普通の鉛筆では表現できなかった。

一人の先輩が描いている席の後ろに回り、彼女の絵を覗き込む。

「それは、絵具ですか?」

秋人が話しかけるのは本当に珍しいことなのだが、そんな事を知らない先輩は振り返り、びっくりした顔で秋人を見た。

「油絵具よ、知らないの?」

「はい、すいません」

秋人は申し訳なさそうに頭を下げた。

変なにおいがする絵具だったが、先輩の筆からキャンバスに塗られた途端、それは不思議な色を広げた。鉛筆にはない、大胆な色の広がりに秋人は興味をひかれた。

「描いてみる?」

彼女は秋人に言いながら、自分の絵具を予備のパレットに少し出し、小さな、15センチ四方のキャンバスを秋人に手渡した。

「好きなもの描いていいよ」

彼女は気さくに笑った。細いフレームの眼鏡の奥の目がとても優しかった。

「ありがとうございます」

秋人は受け取って、見様見真似でイーゼルを立て、借りた筆を手に取った。

最初は戸惑った。鉛筆とはあまりにも違う感触だったので。しかし、色がいい。鉛筆よりはるかに自分が描きたかったものに近い色を出してくれた。

秋人は夢中でキャンバスに向かった。

日が暮れる頃、秋人が帰宅した。

「遅かったね」

薫が不思議そうに尋ねた。

「うん。部活の見学してて」

秋人は、さきほどまでの感触を思い返してみた。

美術部の先輩たちが「そろそろ帰るよ」と言い出すまで、ひたすら小さなキャンバスに色を重ねていた。

「わあ、綺麗な色だね」

絵具をかしてくれた先輩が、秋人の絵を見て感嘆の声を上げる。

「本物はもっと…綺麗だったんだけどなあ」

秋人は眉を寄せた。

「じゃあ、また描きにきたら?」

彼女の言葉に秋人はしばし、ためらった後、頷いた。

結局、そのまま秋人は入部することになった。

絵具一式は今度一緒に買いに行ってくれると先輩は言った。

「何部にしたの?」

「美術部」

夕飯を食べながらの会話も、もう二人とも慣れたものだった。

「あー、いいね。美術部」

薫は遠くを見る。

「薫は絵は苦手?」

「うん、まあ…そうかな。うん、絵心は母親の腹の中に忘れてきた…とかはよく言われたかな」

「・・・そっか」

薫の切ない言葉に、秋人はなんと答えていいか分からなかった。

「今度できたら見せて」

「うん。いいよ」

薫の言葉に秋人は頷く。そして、今週末に部の先輩と出かけると告げた。

この時、薫は先輩が女性だとはこれっぽっちも思っていなかった。