軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8. 内閣総理大臣の訪問

本日の業務は書類仕事が大半で、依頼人との面談などがない珍しい日だった。

薫が資料を片手に書類をまとめていたところ、弁護士の小林くんが慌てて内線をいれてきた。

「所長!代議士の栗原さんがご面会を求めてます!」

「忙しいので、アポなしは帰ってもらってください」

「そう仰らず」

ドアがとんと軽い音を立てて開き、すらりとした長身の男が現れた。

栗原博、新進気鋭の代議士。与党の若手筆頭だが生え抜きだ。

現代の日本は世襲代議士と生え抜きの代議士が半々の構成になっている。

昔は世襲代議士ばかりだった時代もあるが、あの激動のダンジョン黎明期を超えて現在、真に力のある政治家とぼんくら木偶の坊が権力を賭けてしのぎを削っている状態だった。

その実力のある方の筆頭の男が、この目の前の栗原博である。

「初めまして。栗原博です。神崎先生」

にこりと笑う顔は胡散臭い。

薫はため息をつき、追ってきた小林にお茶を持ってきてくれるよう指示を出した。

「一番安いのでいいからな」

と付け加えると、栗原は声を上げて笑った。少なくても度量は中川よりはるかに広そうだなと、薫は栗原の印象を採点した。

「どうぞ」

ソファに促し、薫も対面に腰をかけた。

「なんの御用ですか?」

「そんなに嫌そうな顔をしないでください」

栗原の慇懃な態度に薫は顔を歪める。

お茶が運ばれてしばしくつろいだ後、おもむろに栗原は居住まいを正した。

「実は、今度内閣総理大臣を拝命することになりまして」

「それはそれは。おめでとうございます?」

何故だか疑問形。

しかし、栗原はそんな人を食った薫の態度など歯牙にもかけなかった。

「先生にご挨拶をと」

「なんで、私に?」

「だって、あなたに命を預けるわけですから、私でいいですかって確認をとるべきではないですか」

「いや、そんな義務はないです」

栗原が持ち出してきたのは、例の契約書の件だろう。

彼の手の中には、薫が結んだ魔法契約の控えがあった。

「先生に少しお伺いしたかったんです」

「なんでしょう」

「この…」

栗原が契約書の一行をなぞる。

「この役職というのは名ばかりの役職なのか、その権限があるものという意味かどっちでしょうか」

栗原が言わんとすることを理解して薫は眉を寄せた。

「なるほど。名ばかりの総理大臣を設置して、本来の業務は他の役職に移そうって話があがってるんですね」

栗原は何も言わずニコリと笑ってみせた。目の奥の光は欠片も笑っていなかったが。

「ふむ…」

薫は契約書を指でつまみ上げた。

「中川大臣にも言ったんですけどね。この契約は等価交換なんですよ」

「ほう、等価交換」

「そうです。契約に反したら契約破棄のペナルティーが発生するわけですが、判定は真実に基づきます」

「真実…ですか?」

「そうですよ。真実に対しての自動反射です。だから、この契約を破棄した責任者にかえります。例えば、ここに名を書いた総理大臣が契約を履行できない何かの制約を受けていた場合、その制約を与えた者が責任者です」

「なるほど」

「その者が『私の命令ではない』と叫んだとしても、聞き入れられることはありません。真実の責任者へ報復される、そういう魔法です」

栗原は大きく頷いた。

「日本の意思の最終決定を内閣総理大臣が行うから、そこに役職が表記されているだけで、さらにその上に機関を作るならそれが自動記載されるし、その時の役職についたものの名前は自動で掲載されます」

「そんな仕組みなんですか?」

「一度政府としてサインしたんだから、契約を解除するまで逃げられません。詐欺は通用しないんですよ。真実を求める審議官の魔法ですからね」

薫が控えを指で弾いて、栗原の元へ滑らせた。

「うわあ、恐ろしい」

栗原の言葉には恐怖は一切なかった。むしろ半笑いである。

「どこのどなた様がそんな詐欺を考えたんですか?」

薫の呆れ顔に栗原は苦笑する。

「実は内閣総理大臣のなり手がいなくてですね」

ちょっと前までやりたい人で溢れてたんですけどねぇと栗原は笑った。

「それで、私のところまでお鉢が回ってきたんですよ。でもこんな若造に日本を牛耳られたくないとかいう方々も多くて」

嘯く男は冷ややかに契約書を見つめた。

「それで、まあこの文面の内閣総理大臣というのがどの程度の縛りなのかを確認しにきたわけです」

「なるほどね」

薫からしたら迷惑な話だが、栗原にしたら美味しい話だったわけだ。

これで、内閣総理大臣として実権を確保する明確な根拠ができた。

たとえ、内閣総理大臣をないがしろにできる役職を作ったところで、違約のペナルティがそちらにいく可能性があるなら、あの連中は尻込みするだろうことが、栗原には分かっていた。

「日本の将来を担うのに、命をかけられないような者どもには退場していただくしかないでしょう」

男は既に一国を担う覚悟を持っている。老害には去ってもらうに限ると笑った。

「まあ、選挙権のある国民として、あんな男が総理大臣だったというのは嘆かわしいですからね」

薫の言葉に栗原は苦笑した。

例の騒動の折、薫を違法に脅した 廉(かど) で中川は起訴されている。その当時の映像が証拠として裁判で再現された時の中川のみっともなさは、同じ代議士として穴があったら入りたいレベルの恥ずかしさだった。

「ユニコーンの角は返してもらえましたか?」

栗原が笑う。

「だいぶ減ってたので、残りはギルドに売って、お金で返金してもらいましたよ」

「使用済みでしたか」

「ええ。腹立たしいことにね」

栗原が笑いを堪える。その威風堂々とした振る舞いに薫は少し意地悪したくなった。

「栗原さんは、怖くないんですか?」

「何がですか?」

「そこに署名することが」

薫が契約書を指さす。

「脅しで言ってるわけじゃありませんよ。これは魔法なので情状酌量の余地などありません。あなたが、秋人くんにダンジョンへ行けと命令したら、貴方はその場で死にます」

薫の言葉は明快だった。

「無論心得ています」

だが、栗原はブレない。

「もしも、どうしてもそれが必要な事態なら、私はそれを躊躇わない。その為にこの命がなくなるとしても、それで日本が救われるのでしたら構いません」

男はきっぱりとそう告げた。

「ですが、無暗にそれを振りかざすこともする気はありません。この契約が破られるのは、それ相応の覚悟が必要な時だけだとお心得ください、神崎先生」

にこりと栗原は笑った。薫は男の覚悟を認めて、一つ謝罪の意を込めて軽く頭を下げた。

内閣総理大臣 栗原博 の誕生はその訪問の翌日だった。

彼の元、日本は大きく発展することになるが、それはまた別のお話。