軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3. チョコレート狂騒曲

「まずいことになった…」

桜子が青い顔でアークエンジェルの事務所でぽつんと呟いた。いつにないエースの様子にアークのメンバーは困惑中だ。

「何か秋人くん関連でトラブルでもあったの?」

康子の言葉に桜子は大きく首を振る。

「実は、薫さんがチョコレートをめちゃくちゃ楽しみにしてる」

「それは婚約者冥利に尽きるわねえ」

康子が熱い熱いと手で顔を仰ぐ振りをしたが、桜子は全然笑わない。それどころか、低く呻いて頭を抱える始末だ。

桜子がポツリと漏らす。

「薫さん、今まで一個も本命チョコ受け取ったことがないらしいんだ」

「はあ?」

桜子の言葉にアークの全員が奇声をあげた。

「あの顔で、そりゃあないわ」

とヨナが爆笑するし、リサと久美も苦笑を零すが、康子は調査したので知っている。彼が女難の人生を歩んできたことを。

康子だけは「さもありなん」と遠くを見つめた。

「今までは集団の女の子に邪魔されたり、変な連中に追いかけ回されたり、捨てられたり、受け取った子が怖いからやっぱり返してって言ってきたりしたみたい」

件のエピソードを告げると全員がげんなりとした顔になった。

「あのルックスだとそこまでいくのね」

とリサがため息を漏らす。薫は普通の女性にももてるが、普通じゃない人間もおおいに惹きつける厄介な体質の持ち主だ。

「ま、まあいいじゃん。人生初の本命チョコが桜子のあげたのになるわけだろ。人生の最初から最後までわ、た、しとか乙女の好きなシチュエーションじゃん」

というヨナの発言に桜子は机に突っ伏す。

「何をあげたらいいか皆目見当が付かない!薫さんの人生初めての本命チョコなんだよ!そんじょそこらのgodevaとかリンツェとかピエール・マルコとかじゃ釣り合わないじゃん。かといって、私の拙い手作りチョコなんてゴミみたいなもんじゃないか」

「いや、流石にごみってことはないかと…」

久美の言葉に康子もうんうんと頷く。

確かに男は興味ない女からの手作り菓子はゴミのように扱うが、好きな女からのものなら宝物のように大事にするものだ。というより、むしろ手作りじゃないとがっかりするまである。

彼女たちのパートナーは大人なのでそんなわがままを言ったりせず、市販品でも普通に喜んでくれるし、なんなら忙しい彼女たちが用意しただけでも感動してくれるような男ばかりだし、おそらく薫もそうだろう。

「先生ならたぶん桜子からのチョコならどんなでも、きっとものすごく喜んでくれるでしょ」

康子の慰めも役に立たないようで桜子は混乱している。

「そんなのじゃやだ!指輪のお礼になるくらいびっくりしてすごくって感動してくれるようなのじゃないと嫌だよう」

幼女のように駄々をこねるエースにパーティーメンバーが呆れてため息をついた。

美香は自室で鬱々としていた。悲しそうな困惑しきった秋人の表情を思い返してさっきから、「うわあああ」と声を上げてベッドの上を転げまわりたい衝動に駆られている。

あんな顔をさせたかったわけではなかったのだ。ちゃんといつも通り話を聞いて、悩みを解決して、それからちょっと美味しいケーキを食べて(あの店のガトーショコラが絶品だったので、いつか秋人を連れて行ってあげようと考えてた)、それから伝えようと思っていたのだ。

「もう、私は必要ないんじゃない?」と。

冬休みの最後に飛び込んできた禍々しいニュースに美香は本当に仰天した。

秋人からデステニーワールドにクラスみんなと行くと聞いていたまさにその日、そこにダンジョンが現れたからだ。

ニュース映像は乱れていてよく分からなかったが、スタンピードが起こっており、多数の死傷者が出たと聞いた。カメラに映し出される映像はショッキングなものばかりで、人が紙のように切り裂かれ、デステニーワールドが廃墟のように破壊されているものだった。

美香は、秋人のことが心配で胸が張り裂けそうだった。

その日の夜遅くに秋人から、心配する美香のコメントに返信される形でRINEが届いた。ギルドの病院に入院していると聞いて次の日慌てて駆け付けたが、本人はいたって元気だった。美香は安堵のあまり泣き崩れた。

「ごめんなさい、先輩。そんなに心配されてると思わなかった」

と彼は言った。

そりゃあ秋人が強いのは分かってる。何しろ彼は3S 探索者(シーカー) の如月秋人なのだから。

でも、美香の知ってる彼は、押しに弱くて優しいいつも穏やかな普通の少年だ。あんな恐ろしい地獄で戦っているなんて想像もしていなかった。

いつも秋人が話してくれるダンジョンは美しく幻想的で、只人の行けない理想郷のような風景ばかりだった。そこには死の匂いが充満し、常に命をかけて神経をすり減らす戦闘が繰り広げられていることを、美香はすっかり忘れていたのだ。

秋人は怪我はたいしたことないのだが、身バレ防止のカモフラージュでちょっとだけ入院してるだけだと美香に説明した。

それから、彼のクラスメートが自分にしてくれたこと、沢山の人が秋人を大切に思ってくれたことを嬉しそうに語った。

秋人が『如月秋人』だと知った後のクラス全員の行動、友人の言葉、それがどれほど秋人は嬉しかったかを、彼は美香にいつになく饒舌に話した。

「先輩に聞いてほしかったんです」

と嬉しそうに笑う彼に、美香は小さく頷くしかできなかった。

美香の役割は終わった。彼はもう一人ではない。同じ年の沢山の友人たちが彼を支えるだろう。単なる部活の先輩の出番などもうこれ以上必要ない。

それが、身を切られるように辛い。

美香はとうとう自覚するしかなかった。

「私、如月くんがこんなに好きだったんだ」

ぽつりとこぼした言葉が辛くて美香は泣くしかできなかった。