作品タイトル不明
6. 文化祭 土曜日 10:30
1-Bの出し物はお化け屋敷だ。暗幕と黒く塗った段ボールで教室内を迷路のように区切って、所々に仕掛けを置いてる。こんにゃくが飛んできたり、レールの上を何かが通り抜けたりする。高校の出し物としてはごく当たり前のレベルのお化け屋敷である。
薫は何となくそのまま桜子と手を繋いでいたから気が付いた。
「桜子さん?」
「いや、怖くない。怖くないぞ」
言葉と裏腹に桜子は薫の手をぎゅっと握って離さない。
「ダンジョンみたいにモンスターは出てきませんよ」
「ダンジョンは暗くないだろ」
「・・・・ああ、なるほど」
確かにダンジョン内はほの明るいが、中には暗い階層もある。
「く、暗い時は暗視スコープか康子に暗視の魔法をかけてもらうんだ」
「すいません。俺、まだその魔法使えません」
「いや、案外あれは難しいと康子から聞いてる」
常時展開型なので、それなりに繊細な魔法なのだ。
「俺の手で申し訳ないのですが握っててください」
「うん」
桜子は素直に頷いた。
通路の角々に仕掛けがある。井戸があったり、障子から明かりが漏れて居たり、壁には血の手形がついていたりする。おどろおどろしくリアルで不気味な雰囲気である。
「秋人、あいつかなり描いてるな」
素人の仕業ととうてい思えない背景画があちこちに設置されていた。薫は秋人の絵を何点か見たことがあるので、彼がかなり上手いということは把握していたが、正直ここまでだとは思っていなかった。わずか半年の間に恐ろしいレベルで腕前が上がっているようだ。
「ああああああ、秋人はほんとうに絵が上手いんだな」
小刻みに震えながら桜子が感嘆している。
「で、でもでもここまでリアルに描かなくてもいいと思うぞ」
震え声である。もしかしたら少し泣いているかもしれない。
すっと壁から白い腕が生えた。
「ぎゃああああああああ」
桜子が悲鳴を上げて飛び上がる。薫は彼女に引きずられるようにして、壁の反対側に飛ばされた。
「うわ」
つっかかって転びそうなところを慌てて桜子がキャッチする。
「ご、ごめんなさい」
「いや、俺の方こそすいません、非力で」
桜子の髪が薫の頬を掠める。息がかかるほど顔が近くにあるが、暗いのでよく見えない。薫は何故か一気に頬に血が上るのが分かった。
「行こう」
「はい」
先ほどとは逆に桜子が薫の手を引いた。
彼らより先に歩く人影が見えた。
二人は何故か少しほっとするような残念なような気持になる。もうすぐゴールなのだ。
「秋人はどこですかね?」
「もうすぐそこにいると思う」
桜子は秋人の魔力を感知しているらしい。
「あそこ…」
と桜子が指さす寸前、前を歩いていた女の子二人組が横から脅かされた勢いを使って
「きゃあああああ」
と黄色い声を上げる。そのままなぜか秋人がいる反対側の壁に向かって倒れこむ。
「大丈夫?」
優しい声に
「はい」と返す女子二人は声の主にぴたりと付いて離さない。
「はい、時間です。30秒」
とその横から無情な声がして
「ちっ」
と舌打ちが聞こえた。
「どういう出し物?」
「たぶんお化け屋敷の筈」
桜子の問いかけに薫は困惑の声をあげる。
「あ、薫!桜子さん!」
一応白い着物をきて唇の端にほんの少し血のりでメイクしている秋人がニコニコ笑って声をかける。
「あ、身内でーす」
と秋人が声をかけると、秋人の向かいにいる体格のよい男子がふうっと息を吐いた。
「えっと、秋人の役目は?」
「一応幽霊」
「どうみても抱き着かれてたよね」
「サービスポイントだそうです」
クルリと薫が秋人の横で30秒コールをしていた男子生徒を振り返った。
「有料チケットを買ってくれた人にはサービスポイントありという仕組みなんです」
「30秒だけ如月秋人に触ってOKな券」
脅かしていた方の男子生徒が追加の内容をうんざりした様子で補足する。
「秋人、午前中だけだよな。外の列の長さだとそれまでにさばけないだろ」
薫が腕時計の液晶を光らせて時間を確かめる。
「そこは事前にちゃんと購入者に間に合わない可能性があるとOKもらってるんで」
と例の男子生徒がいうが、秋人は不安そうだった。
「委員長、間に合わない場合はちゃんと返金しようよ」
「大丈夫だって」
「でも、僕は昼からは絶対に抜けるよ?」
委員長は答えない。秋人はこの手の押しを断る経験値が足りない。そこをうまく付け込まれている。
「いや、条件が変わるならお金は返しなさい」
はっきりとした薫の声に、委員長はハッとした。薫の職業を思い出したのだ。
「この事で秋人の学生生活に支障が出た場合、私は発案者と学校側に責任を求めますよ」
仕事モードで薫が告げると、委員長はバツが悪そうに俯いた。
「秋人、時間になったらクラブの方に行きなさい。そういう約束なんだろう?」
「…はい」
保護者からの鶴の一声でその場が収まった。
「それじゃあ、また昼から美術部の方に見に行くよ」
とどめを刺して薫が笑う。秋人は大きく頷いた。
外に出る手前で、桜子がじっと薫を見る。出口が近いのでその表情が分かった。薫はそっと目を反らす。
「過保護」
「承知してます」
「いつまでもあれでは、18歳になった時に秋人が困るんだぞ」
「はい」
桜子の言い分は間違ってない。が、薫は秋人にもう少しだけ人とのコミュニケーションに慣れる猶予を与えてやりたいのだ。
『如月秋人』の名前は重すぎる。
出口から出ると、なぜか先ほどまで殺気だってた列が酷く大人しい。智輝はニコニコして「完走証明」なる紙を渡してくれた。
「いやあ、助かりました。神崎さんのおかげで暴動が治まりましたよ」
「明日は整理券制にした方が良くないか?」
薫の言葉に智輝は苦く笑う。
「あー委員長がねぇ」
「それなら大丈夫」
薫の言葉に何かを察したのか智輝は無言で頷いた。
「あ、神崎さん。2年A組でky…眼鏡先輩がメイド喫茶やってるんです。秋人、抜けられないかもしれないので、呼びにきてくれるように伝言してもらっていいですか?」
智輝のアシストに薫はいい笑顔で頷いた。ニコリと大きく微笑んで見せる。
「了解」
薫はサングラスを一瞬外して、時間内に入れそうにない列の後ろの少女たちに向かって、手を振って見せた。黄色い悲鳴が廊下に響き渡った。智輝への返礼だろう。有難いことだった。
去っていく二人の後姿を見て「ふむ」と智輝は頷く。
「あの神崎さんの隣に立って存在感が引けを取らない女っているんだな」
薫の横にひっそりと佇んでいた女性は、美人で背が高くスタイルがよかった。薫ほどの飛びぬけた美貌ではなかったが、自信と実力に裏付けされたオーラが備わっていた。
どこかで見たことある顔なのだ。黒縁の眼鏡が顔の印象を代えているが、どこかで絶対に見たことある顔なのだ。いや、何となく知っているような気がするし、何なら名前を出せそうな気がするんだが、思い出そうとすると何故か印象が薄れるのだ。
しかし、あの二人かなりいい感じだったな…と智輝はその背中を見つめた。