軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20. 別れ

本来ならとっくに盆休みも終わり東京に帰っている筈だったが、秋人が目を覚まさなかったので、鎌倉で足止めを食らっていた。

仕事の関係上、本当は薫は帰宅せねばならなかったのだが、無理を通して秋人が目を覚ますまで、彼の体調が調うまで傍にいた。

ようやく秋人の体調もダンジョンも問題がなさそうだということで、薫たちは一端帰路に就くことにした。

薫もパソコンでのやり取りにも限界があったし、何より所長代理を務めている小林の胃がもう限界だと楠本から電話があったのだ。

「臨時ボーナス出そう」

と薫は小林に脳内で謝った。

朽木家からは恐ろしい額の謝礼を提示された。桜子がその額を見ても眉を動かさないところを見るとおそらくSランクの 探索者(シーカー) への報酬としては妥当なのだろうが、薫は契約書の額を見て真っ白になったし、秋人に至っては小数点の位置がおかしいと訴える始末だった。(ちなみにそれは小数点ではなく、桁数のカンマであると薫が説明した)

「このくらいの報酬を出さないと、他のAやらSランクの 探索者(シーカー) の報酬に支障がでる」

という一馬の説明に納得せざるをえなかった。

「振り込みは分割でお願いします」

という薫の要望には、一同しょっぱい顔をしていたが。

帰る前に一度ICUからようやく出られた巌の見舞いに行ったが、彼は不思議とすっきりした顔つきをしていた。穏やかなその顔に、彼はもう戦う人ではないのだなと、薫は納得せざるをえなかった。

薫たちが帰るとなると、朽木一族皆勢ぞろいで屋敷の玄関に集結した。彼らがどれほど自分たちのために尽くしてくれたか、知らぬ者は誰一人いない。皆心から感謝していた。

「父がよろしくお伝えくださいと申しておりました」

一馬が困ったように笑う。

巌はまだ入院加療中だ。退院して見送りにくるというのを奈美と共に必死に止めたらしい。

「元気になったらまた事務所の方にでも遊びにきてください」

薫が苦笑交じりに言うと、一馬は大きく頷いた。

「近々、私が代替わりします。父は朽木家で初の会長というポストにつくかと思います」

一馬は落ち着いた様子でそう呟いた。その顔には先日までなかった自信と、一家を担う者だけが持つ責任感が備わっていた。

「まあ、私もこれで 探索者(シーカー) としてのランクは一応Aなので、またどこかで一緒に働くこともあるかもですしね」

一馬は心の重荷がとれたように明るい笑顔でそう嘯いた。秋人と薫は大きく頷いた。

それから、一馬は自身の後ろで小さくなっている息子の背を押した。

「自分の口から言いなさい」

遊馬は小さく頷いた。

「秋人さん。本当にごめんなさい。僕、酷いことを言いました。皆さんにも沢山ご迷惑をかけました。本当にすみませんでした」

遊馬は直角に腰を曲げて頭を下げた。

「遊馬君…」

秋人が戸惑った顔をする。

「僕… 探索者(シーカー) になりたいです。秋人さんみたいに困ってる人を助けられるような人になりたいです。どんなジョブになっても、絶対に諦めません」

遊馬が顔を上げると、そこにはとても優しい顔をした秋人の笑顔があった。

「きっと君ならできるよ」

ぽんと遊馬の頭に秋人の手が乗る。遊馬はぐっと涙を堪えた。それでも、溢れて落ちそうになる涙を乱暴に拳でぬぐった。そんな遊馬の様子を微笑ましいものでも見るように秋人は見つめている。

「東京にきたら遊びにおいで」

「はい」

秋人の言葉に遊馬は大きく返事をした。そんな二人の様子に一馬も薫もほっと胸を撫でおろした。

「それじゃ、我々はこれで」

薫が二人のやりとりを見守りながら辞去の挨拶をする。

「ダンジョンの中はまた本格的に調査しますので、情報は逐一お知らせします」

一馬の言葉に薫が一つ頷いた。握手の手を一馬に差し伸べられ薫がそれを握るとそこには小さく折りたたまれたメモがあった。

何食わぬ顔をして薫にだけ情報を渡そうというのだ。これはどうして曲がったことが大嫌いで腹芸が苦手と言っていた長男らしからぬ手際だった。

朽木家をこれからダンジョンの恩恵なしに支えていかなければならないことが、彼の意識をおそらく大きく変えたのだろう。

薫は一つ大きく頷いた。

「秋人さん!!また来てね!!!」

走り去る車に向かって遊馬が叫ぶ。秋人は窓から大きく手を振った。

当夜の運転で、ワゴンは滑らかに走りだす。今回はアークエンジェルのリサも同乗しているのでにぎやかだ。

「私もカレー食べたいな!シーフードカレー、美味しかったんでしょ」

「ああ、じゃあ昼飯替わりに寄ろうか」

と薫が言うと全員が賛成!と声をあげる。

薫は助手席に座っていたので、当夜の視線だけ気を付けながら先ほど渡されたメモを見た。

『赤城誠が何者かによって殺害。腕輪の呪縛を破っての犯行』

と書かれていた。

おそらく、これについての詳細も後程くるのだろうが、薫はひとまずその事実を胸にしまった。

帰宅したらすぐに加藤の部屋を改めて家探しする必要が出てきたし、もう一度彼の死と、それから秋人の両親との経緯について調査をしなくてはならない事だろう。

それに休みを延長してしまったこともあり、かなり仕事が押している。楠本からも小林からも悲鳴のような催促メールがひっきりなしである。

「帰ったら忙しいなぁ」

薫がぼやくと、秋人がくったくなく笑った。

この笑顔をあんな風な悲しい笑顔にするわけにはいかないと薫は心に誓う。

あのダンジョンで最後に見た幻は、おそらく数年後の秋人の姿だ。そんな未来を見る力が自分にあるとも思えないし、そんな魔法も知らないが薫にはなぜか確信があった。