軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11. 大失敗

薫はあまりの突然の質問に一瞬表情を作れなかった。

「ん?先生は事故でね」

自然に聞こえるぎりぎりのラインだと薫は己の声を聴いて判断したが、秋人は大きく首を振った。

「嘘はなし。本当のことを言って」

「秋人…それは」

「薫の嘘は分かりやすいよ。」

「マジか…俺弁護士なんだけど」

薫は天を仰いだ。堅い表情の秋人を見る。

「なんで、先生のことなんて気になったんだ?」

薫が尋ねると、彼の開いた書類の証人の欄を秋人は指さした。

「この名前知ってる」

薫は大きくため息を付いた。巌と同じ失敗をしてしまったが、自分の方がもっと質が悪い。ここは絶対に秋人には明かさないつもりだったのに。秋人の記憶力の良さを忘れていた。彼は一度見たものは忘れないのだ。

「薫…僕、一つ話してないことがある」

涙を堪えるような顔で秋人はポツリと呟いた。

「薫にその事を話すから、薫の先生の話もして」

「・・・・・・・」

「お願い」

「分かった」

薫は両手を挙げて降参の意を示した。下手に今の秋人を刺激してはいけないと職業的な本能が告げていた。

「僕、この前桜子さんとの戦いでもうダメだってなった時に、思い出したんだ」

秋人はぎゅっと膝の上で両手を握った。

「お父さんとお母さんのこと」

「!」

薫は思わず目を見張る。

「たぶん、走馬灯ってやつだと思う。断片的だったけど、最後の最後の部分だけだけど」

秋人は苦しそうに呟いた。

「お父さんは僕とお母さんを逃がすために、狭い通路でモンスターを迎え撃つために残った。ううん、僕を逃がせってお母さんに言ってたから、お父さんもお母さんも自分たちは助からないって分かっていたのかもしれない」

「秋人…」

秋人はぐっと声を詰まらせた。

「でも、お母さんも最後全部の防御魔法が切れちゃって、迷宮核の攻撃が避けられなくて僕の目の前で、胸から血が流れて…それでも僕のためにダンジョンの出口を開くために、最後の魔法を使って迷宮核を眠らせたんだ」

命と引き換えの魔法だった。あの魔法のおかげで新宿第六ダンジョンには4年の猶予が生まれた。その間、秋人は死に物狂いで力をつけたのだ。

「秋人…」

そっと薫が秋人の頭を撫でる。秋人の大きな目からボロボロと涙が落ちた。

「僕はお母さんを置いて行けないって思った。でも、お母さんは 探索者(シーカー) は人のために戦わなくちゃいけないから、行きなさい。ギルドにダンジョンのことを説明しなさいって。」

あの時の母の顔を思い出すと胸が苦しい。

「でも、たぶんお母さんも辛かったんだと思う。僕に言ったんだ。『ごめんなさい。あなたに全てを負わせることになってしまった。』って」

ぽつりと秋人が呟く。

「それから、あの人たちの言葉なんか全部忘れて普通の人生を送って。誰が否定してもあなたは私たちの希望の元に生まれてきた、それだけは覚えていてって」

ぐっとのどを鳴らす。

「何もかもお父さんとお母さんが全部悪い。ごめんなさい、って」

秋人は言葉に詰まった。

「僕はずっと不思議だった。どうして僕は赤城さんの言葉をあんなに頑なに信じたんだろうって。薫や当夜と暮らすようになってから、どうして僕はあんなに盲目的に彼らの『お前の両親が罪を犯した』って言葉が正しいって思いこんでいたのか、それを償わなくちゃってなんであんなに思っていたのか不思議でたまらなかった。あの人たちが悪い人だったって聞いた後も、何故かあの時の行動はおかしくなかったって心のどこかで思ってた」

秋人は目をつぶった。懺悔する人のような顔だった。

「たぶん、僕が無意識のうちにお母さんのこの言葉を覚えていたからだと思う」

「お母さんとお父さんは何か悪いことをしたの?謝らないといけないようなことをしたの?誰かに恨まれて否定されるようなことをしたの?あの人たちの言葉ってなに?僕は肝心なところが思い出せない!!それはお父さんとお母さんが兄妹だったってことなの?」

「秋人!!」

ぐっと薫は秋人の震える体を抱きしめた。力強く。秋人がびっくりするくらい強く抱きしめた。

「いいかい、よく聞くんだ。断言するけど、絶対に君のお父さんとお母さんは兄妹じゃない」

「なんでそんなことわかるの?」

秋人が小さく呟く。

「これを見て君はこの名前が俺の先生だって気が付いたんだろ?」

「うん」

先ほどの戸籍の登録用紙を薫は手に取った。

「ここに証人として名前を書いている先生はそりゃあとんでもない先生だった」

「?」

秋人の顔に困惑が浮かぶ。そこは『素晴らしい先生だった』とかではないのだろうかと。

「加藤哲也という人は本当に、破天荒で、喧嘩っぱやくて、抜け目なくて、ずる賢くて、だらしなくて、酒好きで、女に弱くて、人情家で、涙もろくてどうしようもない人だったけど」

一息に言ってのける。

「弁護士としての腕は超一流だった」

「!」

秋人が薫を見る。

「証人欄に名前を書いた以上、この二人がきちんと夫婦として登録してもいいかどうかは絶対に科学的に調べて結果をどこかに残しているはずだ」

薫は確信していた。そういうところに手を抜く人ではないのだ。

「だから、それは違うよ。秋人はご両親を疑ってはいけない」

「薫…僕…」

「大丈夫、俺を信じて。俺は君の代理人だ」

「はい」

秋人は素直に頷いた。

「黙っててごめんなさい」

「うん。恋愛話と猥談以外のナイショはなしだよ」

軽い話で締めくくろうとした薫を、秋人はじっと見つめる。

「ごまかされないからね」

「うっ」

薫は目を反らす。

「言わないとだめか?」

「だめ」

ふうっと薫はため息を付いた。どうせ調べようと思ったらいくらでも調べられる話だ。警察も入った事件だったし、センセーショナルにマスコミにもさんざん書き立てられた。

下手に当時の週刊誌の記事なんかにたどり着かれたら大事件になりかねないので、薫は早々に諦めた。

「先生は事務所で殺された」

「!!」

秋人が言葉に詰まる。

「僕の…」

「っとそれはなしだ。秋人!君の所為じゃない。君のご両親の所為でもない。」

「でも!」

「確かに、先生の動きはおかしい。君のご両親との関係を俺は一切見かけたことがない。顧客リストにも載ってなかった。先生は故意に隠してた。おそらく、何かのトラブルがあったことは間違いない。何故なら、先生の為人からして、君をあんな境遇に置いておくことは、絶対にあり得ないからだ」

秋人の顔が歪む。

「だけど、これだけは声を大にして言いたいのだけど、絶対に先生はどんな目に合ったってクライアントの所為だとは一切言わない人だった。味方になると決めたのなら、その所為でどんなことになってもそれは自分の選択の所為だって人だった。だから、秋人も俺の先生の矜持を歪めないでほしい」

「薫…でも」

「いつか、俺は先生を殺した犯人を見つけてぼこぼこに殴って蹴って骨を折って、再起不能にしてから、警察に届けるつもりでいる」

薫はそう決めていた。

「本当は殺してやりたい。」

弁護士である自分だって人間だ。加藤をあんな目にあわせた奴が五体満足で刑務所に入るだけで終わるなんて馬鹿げたナンセンスな話だって思うけれども。

「それでも、先生は自分のために俺が犯罪者になることは絶対に嫌がるだろうから、それはしない」

薫がふっと小さく笑った。

「俺の獲物だから、それだけは秋人にも譲らないからな」

秋人は、その笑顔をとても美しいなと思った。そして、薫の強さが胸を打った。