軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

同人魂

シュタルク王国の精霊王とアゼリア帝国の精霊王達が話してくれたのは、真面目で優しかったからこそ自分を追い込んでしまった女の子の話だった。

シュタルクは帝国周辺ではダントツに歴史の古い王国だ。

王族も貴族も由緒正しい国だというプライドが高く、選民意識も強い。

古くから続く伝統としきたりをきっちり守れなくては、貴族としては生きていけない国なんだそうだ。

シュタルクの話題の女の子は、片田舎の伯爵家に生まれたんだそうだ。

田舎の小さな伯爵家では貴族と平民の垣根が低かったから、友達と外で遊んだりも出来たらしいんだけど、ひとりだけ魔力が多くて肩に精霊を連れている彼女は、浮きまくっていたらしい。領主の娘じゃなかったらいじめられただろう。

精霊獣が顕現して、精霊王と面会してすぐ、王宮から迎えが来た。

伯爵家が王家に逆らえるはずがない。

彼女の気持ちは無視して、攫われるように王宮に連れていかれたそうだ。

そこからは次期王妃になるための教育の毎日よ。

会社の研修合宿が何年も続くのを想像してよ。

家族とは会えないし、妬みの対象にされて友人も出来ない。嫌がらせもあったようだ。

せめて婚約者とうまくいっていれば救われたんだろうけど、王太子も突然田舎からやってきた少女が婚約者になるのは不満で、ほとんど交流がなかったそうだ。

ファンタジーの世界に転生してみたいと思っている人がいたら、ちょっと考えてみてほしい。

ゲームもTVもスマホも漫画もない世界で、余暇に何が出来るかを。

男の子はまだいいけど、貴族の御令嬢の生活がどれほど窮屈で退屈かわかる?

午前中は勉強や礼儀作法、ダンスに乗馬のレッスンを受ける。

先生と一対一で厳しく教えられるから、さぼるなんて出来ないのよ。

そして午後。

自由な時間にやれることは、読書をするか、刺繍をするか、お友達を招待してお話するか。

ショッピングに街にふらりと行くのは駄目。欲しい物があったら、店の人に来てもらうの。

それか、誰かにたのんで買ってきてもらう。

どうしても街に行きたかったらあらかじめ予定を組んで、店に予約を入れて、警備体制を作ってもらわなくちゃいけない。

平民のやっている店に、突然高位貴族の令嬢が顔を出したら大騒ぎよ。

怒らせたりしたら店を続けられなくなる可能性もあるんだから、相手にしてみたら何日か前からしっかり準備をしたいと思うものなのよ。

警備体制を作っても、家から店へ馬車か精霊車で乗り付けて、買い物をしてそのまま帰るだけよ。

独身の若い御令嬢が街中を歩きたかったら、婚約者か父親か成人した兄にエスコートしてもらうしかないの。

どこどこの御令嬢が、街で平民の男と親しくしていた。エスコートもなしに街を歩いていたと噂されたら、あっという間に尾ひれをつけて広まって、嫁ぎ先がなくなってしまうから。

普通の令嬢でもこれだけ不便なんだから、お妃候補として王宮に連れていかれた少女なんて悲惨よ。

王宮に閉じ込められた伯爵令嬢は、講義や実技を受けていない時間は、ほとんど自分の部屋に閉じこもっていたんだって。食事だって自室でひとりで食べていたの。

TVもゲームもスマホも漫画もなく、何冊かの本が手元にあるだけ。

精霊獣が話し相手になってくれたのかもしれないけど、それじゃ精神的に病むわよ

『王宮に会いに行ったことはあるのよ。一緒においでと誘ったの。でも自分が逃げ出したら家族に迷惑がかかるからって、我慢するって言ってたの』

厳しい教育で体調を崩し心に余裕がなくなった彼女は、たぶん前世で言う鬱病に近い状況になってしまったようで、魔力が調節出来なくなってしまい、精霊獣に魔力をあげられなくなり、対話さえしなくなってしまった。

人形のように無表情で、怒られないように動く。

自分の部屋に戻ると、ずっと寝ていたそうだ。

魔力を分けてもらえなくなったら精霊獣も飢餓状態になって、顕現出来なくなってしまって、いずれ消えてしまう。

もう精霊の状態しか取れず、彼女の言葉に返事を返せなくなった精霊獣に申し訳ないという思いもあって、余計に自分を追い込んでしまって、自ら死を選んでしまったんだって。

『私達にも会いたくないと言われて、顔を出すのはやめてしまったんだ。精霊獣を弱らせてしまった自分は、もう精霊王に会う資格はないと頑なに言い張ってひどく泣いてな。余計に追い詰めてしまうと思った。……だがあの時、何を言われても無理矢理にでも連れ出せばよかったのかもしれない』

そんなに彼女が弱っているのを、お付きのメイドや教育係が気付かないはずがない。

結局シュタルク王宮の者達は、面倒な存在になった彼女が邪魔だったんだね。

彼女が亡くなったことで精霊王達は怒り、王都周辺の精霊を連れて姿を消した。

そのため草さえ生えず地面がひび割れているのに、もともと都会だったシュタルクの王都は地面が石畳になっているから、誰も変化に気づかなかったんだそうだ。

『でも、あの国の農作物の生産高はどんどん減っているのよ。ベジャイアも内乱のせいで食糧が不足しているから、帝国からの輸入に頼ることになるんじゃないかしら』

『少女が死んだ話は一部の貴族達しか知らされていないの。他の人間は、なぜ精霊王が自分の国に現れないのか不思議でしょうね』

『最近は帝国の影響で、地方では精霊を育てる者も増えて来たけど、精霊獣を育てるのは農業をしている者だけでいいと思っているみたいね。でも魔力の少ない農民に、精霊獣を育てられる人間はそうはいないわよ』

申し訳ないけど、頭ががちがちに凝り固まっている人達に、何を言っても無駄だと思うのよ。今までこうやってきたんだから、今回も同じようにやればいいんだっていう、一番楽な方法を延々と続ける気なんでしょう。

でも他国は確実に変化していて、帝国やルフタネンの話がシュタルクの人々にも届けば、平民だけでなく貴族の中にも精霊を育てる人は出てくるわ。

その時の王宮の態度によっては、王族が倒されるなんてことだってあり得なくはないと思うわよ。

でもそれは、よそ様の話。

私は聖女でも救世主でもないの。自分の手の届く範囲のことで手一杯。

私が気になるのはね、次に記憶を持ったまま転生してきた人が、この世界に馴染めなくて自殺してしまう危険性よ。

余暇にやれることが少ないのは本当につらい。

思わず精霊に気絶するまで魔力をあげちゃうくらいに暇なのよ。

私は訓練場に行ったり、外を走り回るのを許されていたけど、お友達の御令嬢に毎朝ラジオ体操している人はいないからね。

その分、みんな刺繍の達人よ。

明るいうちはどうにか時間を潰せても、日が沈んだら、部屋で過ごさなくちゃいけない。

お兄様達と会うにも執事を通さないと駄目な状況だし、そうそういつも妹の遊び相手になってもらうわけにはいかない。

で、私が何をしたか?

決まっているじゃない。同人女だったのよ。

漫画を描いてたわよ。

プロットに毛の生えた、台詞とト書きの台本みたいな小説も書いたわ。

絵も文章も続けていないと上達しないのよ?

私の部屋の鍵のかかる引き出しには、書き終えた秘密のお話がいくつもあるんだから。

絵を描いていたら時間なんていくらあっても足りないから、漫画を描くようになってからは時間を持て余すことなんてなくなったわ。

この世界には萌えがないんだから、自分で作り出すしかないのだ。

きっと私と同じように考えているお嬢さんは、この世界にだっているはず。

自分で考えた小説を書く楽しみと読む楽しみを、多くの人に手軽に感じてもらいたい。

薄い本でいいのよ。

いやむしろ、薄い本がいいの!

この世界にだって恋愛小説はあるよ?

でも文学的すぎるというか、仰々しすぎるというか。

そういう本が読みたいときもある。夢中になって読んだ本も実際あるからね。

だがしかし、もっと手軽に萌えを補給したい時もあるだろう。

まずは挿絵として漫画を描いて、反応を見てみたいわ。

この世界では、実物を正確に写し取ったような絵画が主流だけど、風刺画っぽい絵も見かけたことあるから、漫画だって全く無理ってことはないはず。

転生してこの世界にきて漫画があったら、日本人がいたなって思うでしょ?

暇な夜に漫画が読めたら、少しは楽しい気分になれるかもしれない。

異世界にまで漫画を広めるなんて、アホなことしたやつがいるって思ってもらえればいいのさ。死んでも同人女は治らなかったね。

ルフタネンの賢王がアロハを作ったのだって、そんな気分だったかもしれない。

ただ妖精姫が漫画を描くのは駄目だ。

作者は謎の人にしなくては。

リアル同人オタばれはしたくない。擬態し潜伏し、同好の士を集めるのよ。

「ディア、大丈夫かい?」

「え?」

ふと顔をあげると心配そうにクリスお兄様が顔を覗き込んでいた。

「考え込んでしまっていたようだから」

「他国のことまでディアが気にする必要はないよ。みんな勝手なことばかり言って。ディアの幸せを考えてないじゃないか」

「アランお兄様、私が考えていたことに他国の精霊王は何も関係ありません。もうこの方たちは帰ってもらっていいんじゃないですか?」

「じゃあ、真剣な顔でずっと何を考えていたの?」

「やっぱり娯楽は大事だなって思っていました!」

「……そっか。うん。ディアだもんね」

クリスお兄様が優しい微笑で頭を撫でてくれて、

「意味不明だけど何か思いついたんだろ? それで? 何をするの?」

アランお兄様は、期待に満ちた顔で私を見ている。

どうやら私が真剣な顔で考え事をしている時は、何か思いつく時だと思われているらしい。

いえ、何もしませんよ。表立っては。

「待て待て。この前、フライを作ったばかりだろうが。また何か始めるつもりか」

精霊王達への遠慮より、またベリサリオが何かしでかす方が大問題だったらしい。

皇太子だけではなく、みんなが私の周りに集まってきた。

フライっていうのは、木材で作った車輪を取ったセ〇ウェイみたいなものよ。

でもあれは私が作ったんじゃなくて、お兄様達が作ったの。

ベリサリオは小高い丘の上に城があるでしょ?

城の敷地内は緩やかな坂道ばかりで、城門に近づくにつれて傾斜がひどくなるのね。

そこを何往復もしないといけない人や荷物を運ぶ人達は、けっこう大変なのさ。

フェアリー商会の建物も城門近くにあるから、居城と行き来する時は時間もかかるし坂道の往復になるわけよ。

精霊は精霊車を浮かせられるのよ? 人間を浮かせるのなんて簡単でしょ。

だったら、荷物も人間も浮いて移動すればいいじゃない。

でも掴まるものが何もない状況で体を浮かせてまっすぐ立つのは、けっこう大変なのよ。怖さもあるしね。

平気で高速で浮いて移動しているのなんて、アランお兄様くらいよ。

だから四角い薄い板の端に棒を突き立てて、そこにハンドルになる棒をくっつけてみたの。

たったそれだけで、浮いて移動出来る人がぐっと増えたのよ。

足の下に何かあるっていうのも安心感アップに役立ったんだと思う。

さすがにそれでは見た目が悪いので、もう少し飾りをつけたり、女性用に座れるようにしたり、荷物を運べるようにサイドカーをつけたら、ベリサリオ城内で大流行。

「わーい。私も空が飛べる。アイキャンフライ!」

って、ピーター〇ンのシーンのようにはしゃいでいた私を見て、クリスお兄様がフライって名前にして売り出したのだ。

精霊車は他の領地でも作るようになっていたから、ベリサリオではそっちの製造はいったんやめて、フライをカスタマイズして注文出来るようにしたの。

ちゃんと皇族には献上したわよ。

皇太子はふらふらと遊びに来るから、目撃しちゃってたし。

ルフタネン一行も、城内に滞在していた時に貸してあげたら大喜びしてたわ。

「始めませんわ。でも……部屋でひとりの時に音楽が聴きたいことがあるんです。そうよ。音楽も重要よ。やっぱりうちの担任を引き抜いて、魔道具を作ってもらいましょう」

「始めてるじゃないか!」

「いえいえ、具体的には何も考えていませんわ。ただ、みんなが読みやすい小説を広めたいなと思っただけです。挿絵……物語の一場面を絵にしたものも何枚か書いてもらって本を作るんです」

「本なら売っているだろう」

クリスお兄様の指摘に、みんなが頷く。

どうやら本の話題より、先程私が思い付きで話した音楽を奏でる魔道具のほうが気になるようだ。

でも、本当に思い付きだから。具体的には何も考えてないわよ。

魔力を貯めておいて、カートリッジ形式で交換出来る魔道具が先よ。

「自由に出歩けない深窓の御令嬢が、何度も読み返したくなるようなお話じゃないとダメなんです」

「たとえばどんな?」

「……皇太子殿下の恋物語とか」

「発禁だな」

まあね。三次元を題材にする薄い本は扱いが難しいからね。

想像の国の想像の王子様の恋物語にしないとね。