軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

風評被害?

実は私はサロモン・マンテスターの名前だけは知っていた。

カミルが 賓客(ひんきゃく) としてベリサリオに滞在すると聞いたら、彼の周囲にどんな人がいるかチェックするでしょう。

たぶんうちの家族全員が調べているはず。でも私には教えてはくれないのよね。

まあそれはいい。客が来る何週間も前から詳しい情報を十歳の娘に逐一知らせる親はいないし、泉でカミルに会ったことをアランお兄様がこれほど気にしているということは、お父様とクリスお兄様はもっと気にしているだろう。私にカミルの話をするとは思えない。

だから、アランお兄様の前では、何も知らない様子で紹介されたままを素直に信じた態度で微笑むしかない。ウィキくんは内緒だから。

それにサロモンが跡継ぎを弟に譲ったとか、男爵になったとかは、全く知らなかったわ。

おかしいな。なんでウィキくんに書いてなかったんだろう。

もしかして家族はまだ、サロモンに侯爵家を継がせる気でいるんじゃないの?

一度はそういう話になったとはいえ、カミルが王宮に転移魔法で戻った時から、政治や貴族のやり取りに 疎(うと) い彼をずっと支えて来たのがサロモンだ。

西島のせいでくそ忙しくなっていた王宮の仕事を手伝いながら、カミルに仕事のやり方を教え、東島の貴族達の信頼を勝ち取った功績者だよ。今後も北島の中心人物になるだろうし、子爵ぐらいにはしてもいいはず。

それをしていないってことは、親が王家に頼んでいるんじゃない?

それかあの性格のせいだ。

……たぶん性格のせいだな。

あのうさん臭い雰囲気も、フリーダムな行動もウィキくんには書いてなかったっけ。こんな人がいるのかって会ってびっくりよ。

さすが帝国よりずっと緩い雰囲気のルフタネンだわ。

「お嬢様、皆さんがおいでのようです。お席にお戻りくださいな」

しばらくして路地にサロモンとルーサーが戻ってくる姿にジェマが気付き、ようやく私は精霊獣団子から解放された。

冬だからいいけど、夏だったらモフモフの熱で死ぬからこれ。

「ただいま戻りました!」

元気よく一番に精霊車に乗り込んできたのはサロモンだ。

その後ろからサロモンの背を押しのけてキースが顔をのぞかせ、カミルの姿を確認してほっと息をついた。

「よかった。無事だ」

「だからそう言っただろ」

「おまえの言う事が当てになるか! 俺達を待たずに勝手に外に出るなよ」

キースもすっかり顔馴染みだ。

目元の涼やかなイケメンで、十六歳。

以前はきついまなざしだなと思ったけど、カミルの目つきの悪さを知った後では、キースはずっと貴族的な雰囲気に見えるわ。

「そこは邪魔だ」

キースとサロモンの間にぬっと割って入ったのは、カミルの護衛だと誰もが思うだろう鍛えた大きな体の男性だ。

「カミル様、私が行くまでは部屋にいてくださいと何度も申し上げたでしょう」

「すまない。サロモンが窓から公園を見て屋台に気付いて、ジェラートを食べたいと部屋を飛び出しやがった。それで追いかけるしかなかった」

「サロモン」

地を這うような低い声で名を呼ばれて、なぜかサロモンは私とアランお兄様の座るソファーの背後に逃げ込んだ。

「彼はボブ。カミル様が生まれた時からずっと護衛をしている男です」

ああ、紹介役をしようとしたのね。

「おい、そこで止まる……な」

「エドガー、どうし……うわー」

精霊車の乗り口では、ふたりの男の子が呆然とした顔でこちらを見ていた。

彼らが動かないせいで、まだ後ろに人がいるのに乗れないようだ。

ふたりとも、私を見ているよね。

うーん。私の姿はルフタネンの人達から見ると異質なのかな。

「ふたりとも、そこで立ち止まっては後ろの人が乗れないわ。ルフタネンの人にとって私は怖いみたいだけど、何もしないわよ」

「え?! こわい?」

「と、とんでもありません。こんなに可愛らしいとは……なあ?」

「は、はい。本当に妖精のようです!」

「え? あれ? だってカミルが怖がっていたから」

「俺だって可愛いと言っただろ。ただ可愛いも度が過ぎると……人外っぽい……と」

こいつは、どうしても私を人外にしたいんだな。

「きみ達、ベリサリオの御子息と御令嬢に失礼ですよ」

サロモンに言われてふたりは顔を赤くして慌てて跪いた。

うん。だから後ろが精霊車に乗れないからね?

失礼さで言えば、サロモンのほうが上だし。

跪いたふたりの脇からどうにか中に入って跪き、恭しく頭を下げたヨヘムはイースディル商会の帝国担当だ。たまにフェアリー商会に顔を出しているらしい。私は初対面だけどね。

少したれ目で唇が厚くて、色気駄々洩れの色男ですわ。

ジェマがおっという顔でヨヘムを見たから、きっと帝国でもモテる顔なんだろう。

「ヨヘムか。ひさしぶり」

アランお兄様は会ったことがあるのか。

私はなかなか商人や職人に会わせてもらえないのよ。

その場の思い付きで、妙なことを口走りそうで怖いんですって。自覚があるから文句言えないわ。

「おひさしぶりです。いつもお世話になっております」

「私達が呼んだんだ。そんなに畏まらなくていい。ルーサー、あちらに案内を」

アランお兄様の言葉を受け、ふたりの男の子は顔を上げて迷うように周囲を見て、ヨヘムが立ち上がるのを確認してから立ち上がった。

「あのふたりはエドガーとルーヌ。ふたりとも騎士爵です」

「へえ」

サロモンて、うちの執事か何かだったかしら?

なんで身をかがめて私とアランお兄様に背後から説明しているの?

あなたの御主人はカミルでしょう。

「カミル様が暗殺されかけた時に、キースとこのふたりのおかげで、カミル様は王宮を脱出し我々の元まで無事に逃げ延びて来られたのです。平民だったふたりはその功績で爵位を賜りました」

三人はその時に敵の兵士と戦ったのだそうだ。

王子の命を救って、北島まで送り届けた英雄達だよ。

その時はまだキースとエドガーは十一歳。ルーヌなんて九歳だって。すごいな。

ボブはそのときは休みで傍にいなくて、北島に移動する時に合流したそうだ。

彼は何もしていないからと固辞したけど、赤ん坊の時からずっと、他に頼る相手のいなかったカミルを守ってきたんだから、彼もまた騎士爵をもらうのも当然だろう。

このへんはウィキくんに書かれていた通りだ。

ふんふんと頷いているけど、アランお兄様もたぶん知っていた情報ばかりなんだろう。

そしてサロモンが優秀なら、私達が知っていることも予想しているうえで説明しているんだろうな。反応を見ているのかも。

「ともかく今回のことは、全部、サロモンが悪かったのね」

「そうだ」

「本当に申し訳ない」

「それは確かに申し訳なかったですが」

話がひと段落したようなので、場の雰囲気を変えようと思って言ったら、ルフタネン関係者がいっせいに詫びる中、サロモンだけは不満そうな顔つきになった。

「彼らは前にも帝国に来たことがあるんですよ。私だけ、今回初めて国外に来たというのに、観光一切なし! 食事をゆっくりする時間もなしというのはひどいですよね!」

だからなんで私に訴えかけるのよ。

「子供じゃないんだから、いい年してそういうのは恥ずかしいと思います」

「うぐっ」

オーバーだな。なにも胸を押さえてうめかなくても。

「ディア、サロモンていくつくらいだと思っている?」

意外な質問だわ。興味なかったから、年齢までは確認していないよ。

ついでに結婚しているかとか、婚約者がいるかとかも見てないや。

ルフタネン人の見た目はカメハメハ系だから、東洋人のように若く見えるわけではないと思うのよ。でもサロモンの顔は東洋人に近いから、見た感じより年上なのかしら。

「二十六歳くらい?」

「……え?」

「うわ」

一斉にみんなが驚き爆笑した。

「そ、そんな、いくらなんでも……」

「え? もっと上?」

「下です! 私はまだ二十歳です!」

あ、自分が元日本人だったことを忘れていた。

私が感じた年齢より、無理して上に見る必要はなかったんだ。

「で、でもえーと、ヨヘムって二十五くらいじゃない?」

「正解です」

「ほら、同じくらいの年に見えたんですもの」

「ひどい……ひどい……」

私にとっては十歳年上も十五歳年上も、ずっと年上という同じくくりだからたいした違いはないわよ。

「おじ様って呼ばなかっただけ褒めていただきたいわ」

「ぐほっ」

あ、とうとう胸を押さえたまましゃがみ込んでしまった。

「ディア、やめてあげなさい」

「はい、お兄様」

「お、おそるべし……妖精姫……」

サロモンてなんなの?

カミル専属お笑い要員?

そう思っていた時が私にもありました。

すごいよ、この男の貴族モード。

店について精霊車を降りて、両手で襟を持ってぴしっとただした途端、顔つきが変わったよ。

雰囲気も所作まで違う。どこからどう見ても生粋の貴族だよ。

でもだったら最初からそうしろよと思うのは私だけ?

私やアランお兄様には本性を見せても平気だって、どうして思ったんだろう。

むしろ一番いい印象を与えないといけない相手じゃないのかな。

カミルやキースは、どんな説明をしたんだ?

精霊車を乗り付けたのは、いつもの建物横のVIP用の入口だ。

店の正面は馬車や精霊車がずらりと並び、整理券を配っているのに、そこにも列が出来ている。

それも見慣れた光景で、従業員も客も慣れたものだ。

横の入り口には制服を着たスタッフが待機していた。

私とアランお兄様のふたりだけが行く予定が、突然大勢で押し寄せたのに誰も驚いていないみたいだ。

「辺境伯様と奥様がお待ちです」

はやっ!

ヒューが連絡したんだとしても、この早さはなんなの?

これはお母様の転移魔法で飛んで来なくちゃ無理な早さだ。

でも待って。

隣国の元王子で王太子の弟で公爵が自領に来たんだから、お父様が出迎えるのは当たり前なのか。

出会いが特殊だったから、どうもカミルの地位がピンと来ない。

カミルもその愉快な仲間達も、わざわざ辺境伯夫妻が顔を出すとは思っていなかったのか、みんなびっくりしているよ。

「やあ、カミル。久し振りだね。元気そうで何よりだ」

案内された二階の特別室で待っていた両親は、カミルが姿を現すと笑顔で立ち上がり歩み寄った。

「予定より早く押しかけてしまいました。ご迷惑おかけしてすみません」

「いやいや。商会の拠点が出来ていないことを考えれば、急ぎたくもなるだろう」

私もアランお兄様と一緒にお母様のすぐ横に移動した。

両親がいるのに、私が仕切るのはおかしいからね。

おかしいと思っているよ? つい、思ったことを言っちゃうときもあるけど。

「キースとヨヘムも一緒か。ここにいる彼らは皆、イースディル公爵家の人達かな?」

「はい。彼はサロモン・マンテスター。私の政治の補佐を……」

カミルとお父様が話している間、部屋の入り口近くに控えていたサロモンが、不意に片膝をついて跪き、それに合わせて他の五人も同じように跪いた。

「お初にお目にかかります。サロモン・マンテスターと申します。ベリサリオの方々にはぜひ、感謝をお伝えしたいと思っておりました。我が主人の窮地を救ってくださり、精霊王を目覚めさせてくださったおかげで、我が国は内乱にならず、西島も順調に復興の道を歩んでおります。この御恩を我々は生涯忘れません」

サロモンの言葉に合わせて、全員で頭を下げる。

「わかった。気持ちはありがたく受け取った。だから顔を上げてくれ」

お父様もお母様も、まさかこの場で膝をついてまでして感謝を告げられるとは思っていなくて、困ったような、でも嬉しそうな表情になっている。

そうかー。あの時カミルはコーレイン子爵のせいで印象悪くて、こっちは子爵が来ると思っていたから、場合によっては捕らえようと思ってパオロがその場にいたんだもんな。

あのまま精霊王が目覚めなければ、今頃西島で、ニコデムス教と第三王子の軍隊と王国軍で内乱になっていたんだ。カミルも、ここにいる他の人達も、今頃戦場にいたかもしれない。

だからか。

そんな状況から、精霊王達を引きずり出してきて働かせた私達は大恩人だし、たぶん、瑠璃の泉で精霊獣達を遊ばせたことなんかも、みんなに伝えてあるんだろう。

そりゃ、私に親しみは感じるわ。

……のわりに、怖がられていない? 懐いてるのサロモンだけじゃない?

まずは必要な話だけは詰めておこうと、うちの家族と、カミル側はサロモンとキースが同じテーブルについた。

ヨヘムは商会の仕事担当なので、少し離れたテーブルのほうに座っている。

ボブ、エドガー、ルーヌも護衛や商会の仕事がメインなので、ヨヘムと同じテーブルだ。

あっちは難しい話なんて関係なく、昼食を食べていればいいだけだから気楽だと思うわ。

「しかし入国の手続きをする前に、街の中を動き回ったのはまずいな」

「申し訳ありません。手続きに向かう途中でニコデムス教の者に遭遇してしまいまして」

「待ち伏せされていた可能性は?」

アランお兄様の問いに、カミル達は顔を見合わせて首を傾げた。

「お……私は前回、皆さんと会った日から今日まで一度も帝国には来ていません。あ、一度モアナに泉に連れていかれましたが、あれはディアが呼んでいると聞いて……」

「ディア……」

「お父様。私がディアと呼んでくれと言ったんです。友達はみんなディアと呼ぶのに、カミルだけディアドラと呼ぶほうがおかしいでしょう」

「う……うむ。そうだな。しかたないな。まあ今回のことは捕らえたペンデルス人の証言と食い違いがなければ問題はないだろう」

「ペンデルス人?!」

「そうだ。外貨を稼ぐために帝国に潜り込んだ者のようだ。意外なことに積極的に証言しているらしく、新しい情報が手に入りそうだ。それもあって、皇宮でも今回のことは不問にしようという方向に話が進んでいる」

もう皇宮に話がいっているのか。

こんなに早く話がいくってことは、ヒューが直接持って行ったってことか?

てことは、アランお兄様だけじゃなくてお父様も、ヒューを商人としてだけじゃなく諜報関係のお仕事でも使っているってことじゃんね。

ふーーーーん。

「この機会に、転移魔法についての両国での扱いを決めてしまいたい」

「わかりました。ではこちらも本国に連絡して、こちらに伺う外交官の中に魔法に詳しい者も……」

「サロモンくん。来年のそちらの王太子殿下の婚礼式典に、うちの娘が行くことを忘れていないか?」

お父様が難しい顔で、少しだけ声を落として言い、

「は?」

「ディアの魔法はね、転移魔法とはちょっと違うの」

お母様が困った顔で、でも少しだけ微笑んで呟く。

「一度そちらに行ってしまえば、うちの娘もいつでもそちらに飛んで行けるようになるのだが……」

「サロモン、すぐに決めるぞ」

「カミル様?」

「気が付いたら妖精姫が、王宮の廊下を、精霊王達を引き連れて歩いていたなんてことになってもいいのか?」

「いやそれはさすがに……」

「モアナならやる!」

「承知しました!」

おい。みんなして私をなんだと思っているんだ。

いくらなんでも失礼だろ。