作品タイトル不明
エピローグ 2
「お嬢、お客様です」
ノックの音がしてレックスが案内してきた相手を見て、私は笑顔で駆け寄った。
「カーラ!」
「ディア、すごく綺麗だわ」
「あなたこそ素敵!」
カーラも今夜がデビュタントだ。
ベリサリオが後ろ盾になっているので、今夜は一緒に舞踏会に参加することになっている。
裁判が終わっても、カーラとハミルトンは何度もシュタルクを訪れ、怪我人の手当てをしたり精霊育成を手伝った。
功績も重要だけど他の人にはない強みがあったほうがいいって、クリスお兄様がハミルトンに助言したのもあるし、自分の目で大変な様子を見てしまったらほっとけないって、出来ることをしたいって気持ちが強かったらしいの。
今ではハミルトンはシュタルクとベジャイアの高位貴族のほとんどと知り合いで、まだ十三歳なのに外交官より顔が広いのよ。
「ギヨームは?」
「外でカミルと話しているわ」
そうして何回もシュタルクに行くうちに、カーラはギヨームと親しくなって婚約したの。
無口だしこわそうだし、本当に彼でいいのかって確認したんだけど、他の人の前では無口なのにカーラとふたりだけの時はいろいろ話すんですって。
シュタルクは地方によって、精霊を育てる人の数に大きな差がある。
早くから精霊を育て始めていた場所はすっかり緑豊かになっているけど、領主がニコデムス信徒だった場所は、ようやく作物が実るようになったばかりで、人々は生きていくのに必死な状態だ。
だから帝国の未来の皇后の従妹で妖精姫の親友のカーラとギヨームの婚約は、あちらでは大歓迎されているのよ。
私も今ではふたりの婚約を祝福しているわよ。
ギヨームは無口だけど、カーラと話している時だけ顔つきが優しくなって、惚れているのが丸わかりなんだもん。
目つき悪いカミルが私と話す時だけ眼差しが優しくなるのと似た感じだから、恋愛経験が少ない私でもすぐにわかった。
それになにより、今では彼の肩の上には三属性の精霊が飛んでいる。
精霊を多く育てていることで有名な風の民の住む地域と隣接している領地の嫡男なのに、初めて帝国に来た時から裁判の時まで、彼は一属性の精霊しか育てていなかった。
これだけ精霊を増やす話題になっているのに、率先して育てようともしないなんてどうなんだって話したら、彼は自分は魔力量が少ないからこれ以上は無理なんだって答えたのよ。
「少なかったら増やしなさい。貴族が率先して精霊を育てなくてどうすんの。だいたいどうして少ないと思うのよ」
「体格がよくて腕力が強い男は魔力が少ないんだろう?」
「はあ?! なによそれ。どこの迷信よ。初めて聞いたわ。筋肉と魔力は関係ないわよ。すぐに精霊を育てなさい!」
って私が文句を言ったので、魔力を増やすにはどうしたらいいかカーラに相談したんだって。
それでふたりで森に行って精霊を探したり、精霊の育て方や魔力を増やす方法をカーラが教えているうちに、恋愛関係になったらしいのよ。
私ってばキューピッドじゃない?
「ドレスもアクセサリーもとっても似合っているわ。そのエメラルド、風の民からのお祝いなんですってね」
「そうなの。シュタルクのデザインでは古臭いからって、帝国で作ってくれたんですって。大変な時期なのに辺境伯家の人はとても良くしてくれるの」
ギヨームはシュタルクの貴族の若手の中では、ニコデムス排除に一番活躍した人で、国内での信頼も厚い。
このまま会議制で政治を行うとしても間違いなく重要な地位に就くだろうし、将来的に新しく国王を決めるとしたら最有力候補のひとりよ。
モニカが皇后になった時に、カーラがシュタルク王妃になるって未来もあるかもしれないわ。
そうなるとハミルトンの重要性は更に高くなるでしょ?
だから彼は、タスカーという大きな街のある元バントック派の領地を治めるハミルトン・タスカー子爵になったの。
子爵よ? 子爵。
男爵を吹っ飛ばして大抜擢よ。
「ディア、そろそろいいか?」
私とカーラがふたりだけで話せるように、カミルとギヨームは廊下で待っていてくれたのね。
ルフタネンの新年のお祝いは民族衣装で行ったので、カミルがデビュタントのドレス姿を見るのはこれが初めてだ。
カミルはいつもの民族衣装だけど、髪をセットして、すっかり大人っぽい雰囲気になっている。
もう十七歳だもんな。
クリスお兄様なんて二十歳よ。
「……」
「どう? 似合う?」
あれ? くるりとターンしてみせたのに反応がない。
驚いた顔で固まっている。
「え? どこかおかしい?」
「違うわよ。カミルはディアがあまりに綺麗だから見惚れているのよ」
「おい」
ギヨームに肩を叩かれてはっとして、カミルはもう一度私を見てから慌てて目を逸らした。
うそ。耳や目元が赤くなってる。
「俺達は先に行こう。お邪魔みたいだ」
「はーい。そろそろ時間だから、あまりのんびりしてちゃ駄目よ」
カーラが来るまで開けたドアに寄りかかって待っていたギヨームは、彼女が傍らに来ると腕を差し出しながら微笑んだ。
うわ。あの男の笑顔を初めて見たわ。
蕩けそうな顔をしていたわよ。
そして、バタンと扉が閉まったというのに、まだ突っ立ったままでぼけっとしている男がいるんですけど。
視線が合うと、すぐに目を逸らすのやめてよ。
「もうなんなの!」
腰に手を当てていつものように睨んだら、ようやくカミルが歩み寄ってきた。
「あんまり綺麗で……驚いた」
ぐわーーー!
いつもは挨拶みたいにかわいいって言ってるくせに、急に照れくさそうに掠れた声で言わないで。
やばい。心臓がバクバクしてる。
「大人っぽくって別人みたいだと思ったが、やっぱりいつものディアだな」
「当たり前でしょうが」
「背中があき過ぎじゃないか? そんなに見せなくていいだろう」
「これが普通なの」
「帝国のドレスは、もう少しどうにかするべきだ」
この男、うちの男性陣みたいな台詞を言い出したわよ。
お兄様達も背中は見せないデザインがいいとか、肩や胸元もレースくらいはあっていいんじゃないかとかうるさかったのよ。
最後には、いい加減妹離れしろとお母様に部屋から追い出されていたわ。
「もう行けるのか? それ、食べていないじゃないか」
「あ、いけない。お腹に何か入れておかないと」
さっき、クッキーをひとつ食べただけだった。
舞踏会の最中にお腹が鳴ったらやばいわ。
「カミルは? 何か食べたの?」
「食べたけど、少しもらおうかな」
ふたりとも立ったままで、しばらく無言で食べ物を口に押し込んだ。
デビュタントの記念すべき夜だって、現実はこんなものよ。
舞踏会の会場で淑女らしくしていればいいのよ。
「せっかく綺麗なのにそんなに大口開けて食べるのか?」
「口紅が取れないように食べてるの」
「女性は大変だな」
すっかりいつもの雰囲気に戻ったわね。
さっきのドキドキが嘘みたいよ。
飾らないでいられる相手の方が長続きするんだから、私達はこれでいいんじゃないかな。
「ディア、あの話はどうなったんだ?」
「どの話?」
「両親に転生したことを話したのか」
「あー、話すのやめたの」
「そうか」
え? それだけ?
「さんざん悩んで決めたんだろうから、俺がどうこう言うことじゃないだろ」
「そうだけど、なんでやめることにしたのか聞かないのかなとは思うじゃない」
「話す気があるなら知りたい」
「そうでしょうそうでしょう」
「なんでそこでどや顔なんだよ」
「もう転生する前の記憶はだいぶ朧気なの。両親の顔も自分の名前も、思い出すのに時間がかかるくらい。それに一度死んでいるのに転生する前のことをいつまでも引きずってもね。もう十五年もこの世界で暮らしているんだし」
私の家族はベリサリオにいる家族で、両親は今のお父様とお母様なのよ。
転生前の両親ももちろん大事な存在だったけど、その気持ちは心の奥底にいつまでも残しておけばいいんだって、自分の中で決着がついたの。
「私はもうすっきりしているのに、今更両親に話してもやもやさせたくないじゃない。両親にとって私は、転生者でも妖精姫でもなく普通の大事な娘なのよ」
「普通と思っているかは別にして、それでいいと思う。こういうことは人によって正解が違うだろう」
「別にしないでよ。普通の婚約者でしょ?」
「普通ではないな。でも普通じゃない今のディアに惚れたからそれでいいんだ」
なんでそういう台詞は照れないのに、さっきは赤くなったんだろう。
「よし。じゃあ行きましょうか。みんな、行くわよ」
声をかけながら部屋を見回したら、いつの間にか精霊獣達は扉の近くに並んで待機していた。
邪魔をしないように気を遣ってくれたのかもしれないけど、視線が生温かい気がするのは気のせいかな。
「舞踏会の会場では精霊形に戻ってね」
「待て待て。エスコートさせろよ」
「あ」
何歩か歩き出してしまっていたので急いで隣に戻ると、すぐにカミルが手を差し出してきた。
指の長い大きな手を取り、顔を見合わせて笑い合う。
ドアを開ければ、きっと家族が私達を笑顔で待っていてくれる。
今日は祖父母も来ているし、スザンナとパティも今日はベリサリオの一員として出席するはずだ。
ベリサリオ一族がどんどん増えていて素敵じゃない?
「……そういえば」
扉の前に着いて、開こうとした手をそのままにカミルが神妙な顔で振り返った。
「精霊王がきてた」
「え? どこの?」
「……」
「どこの?!」
「いろんなところの」
またか。
なんでそう群れるんだろ。
「祝福をしたいって……」
趣味なのか?
祝福マニアなのか?
私とカミルをそんなに人外にしたいのかー!
「もしかしてわざと……」
「その可能性が高い」
これ以上、寿命を延ばされてたまるか。
これは真剣に話し合わなければ、いつの間にか精霊王の一員にされそうで怖いわ。