軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ニコデムス大神官と接近遭遇

本当にこの港を精霊王に返す気があったのかは知らないけど、建物の窓にはひとつも明かりが見えないところを見ると、関係者以外誰もいないみたいね。

霧が垂れこめているせいで夕刻のように暗い中、船の階段を降りたあたりを中心に左右に等間隔にぼんやりと灯りが見える。まるで夜の滑走路だ。

示された道の通りに進んでいけば、私を拉致するためにやってきたニコデムスの神官が待っているんでしょ。

ここで私が転移魔法で帰っちゃうかもしれないって考えた人は、ひとりもいなかったのかな。

今のニコデムスの神官達は、精霊獣や魔法については無知なんだと今回よくわかったけど、妖精姫が精霊王に守られているって話を、どの程度のことなのか誤解してそう。

帝国でも精霊王に会ったことがある人はごく一部だから、たとえ妖精姫のためでも、そう簡単に人間に干渉しないとでも思っているのかな。

「あまり遅くなると疑われるから、船を降りましょう。あなた達はそれに座って」

マジックバッグから三人用のソファーを出してカザーレ達の前に置いた。

船室で使っていたソファーは置いて来ちゃったから、それは新品よ。

「この霧の中で階段を降りるのは危険だし、面倒だから飛び降りるわよ」

「えええええ?!」

「カザーレとあなたとあなた。三人だとさすがに少ないかな。じゃあ、あなたも。椅子に座って」

いつも食事を運んできたふたりと、お弁当の差し入れをした時に顔を出した男を指さした。

「飛び降りるって、この高さをですか?」

「し、死にます」

大人の男が四人で座るには窮屈だろうけどどうせ一瞬だというのに、互いに顔色を窺ってなかなか座ろうとしない。

両手を胸の前で握りしめて腰が引けた男の団体って、情けないからやめなさいよ。

「さっさと座る! 案内してもらわないといけないのに殺すわけないでしょう。それとも……」

「す、座ります!」

「押すな」

「くそう。カザーレ、もっと詰めろ!」

戦意喪失して逃げる気力もなくなっているのはいいんだけど、私のことを怖がり過ぎじゃない?

「それじゃ行きましょう」

私はイフリーに寄りかかって、ハミルトンとレックスは自分のフライに乗って、他のメンバーも精霊に助けられて空中に浮かび上がる。

「悲鳴をあげたら……」

「わ、わかってます!」

ソファーが浮かび上がって気絶しそうになっている男達は、背凭れや肘掛けに縋りついてきつく目を閉じていた。

なんてことはないのにね。

甲板の柵を超えて、ふわりと港に着地するだけよ。

カーラだって楽しそうにしているのに、カザーレまで泣きそうな顔になっているって情けなくない?

あー、そうか。

遊園地の乗り物が苦手な人っているよね。

男の人は玉ヒュンするって聞いたことあった。

それでかー。

「もう着いたわよ」

「ぶ、無事だ」

「気持ち悪い……」

しょうがないなあ。よろよろしないでよ。

ソファーをマジックバッグに片付けて、精霊獣は精霊形に戻した。

照明に照らされていた甲板と違って、明かりの少ない地上は更に暗い。

足元を見たら、敷き詰められたタイルがひび割れていた。

「いい。変な動きをしたら、すぐに石になるわよ」

「……あの、ベリサリオの精霊王がいらしているんですか?」

「十人以上いるわ」

「…………」

カザーレとその仲間達の顔は、心霊スポットで幽霊に囲まれていますよって言われた人の顔みたいだ。

今にもパニックになりそうな様子で、先程からしきりに額の汗を拭っている。

「ふたりは明かりを持って前を歩いて。カザーレとあなたは私の両側よ」

これで私を逃がさないようにしているように見えるだろう。

でももう上陸しちゃったしなあ。

私が騙されている振りを続ける必要はないかな。

「こっちです」

明かりを持った男達の後ろにカザーレ達に挟まれた私が続いて、私の後ろにレックス、ハミルトン、カーラ、ジェマが横に並んで四人で歩いている。しんがりはルーサーとミミだ。

精霊の光のせいで、潜んでいるやつらには私達のいる場所がはっきりとわかっているんだろう。

私からは、なんとなく誰かいる気がするな……くらいしかわからない。

「カザーレ、あなたはここに何人くらいいるか知っているの?」

「いいえ」

「誰が迎えに来るかは知っているの?」

「いいえ」

「それ、最初に切り捨てられるポジションよ」

「……」

あまり虐めるのはやめよう。

前を歩いている男がガチガチになっているせいで、明かりを持つ手がぶるぶる震えている。

囲まれている気配はするからこわいよね。

「誰か来るわね」

港は広いからかなり歩かなくてはいけないと思っていたけど、歩き出してすぐ、ふたつの光がこちらに近付いてきた。

「止まれ! おまえ達は何者だ!」

五人の男達はシュタルク兵の制服を着ていたが、どう見てもならず者だ。

制服のボタンをいくつも外して着崩して、髪もぼさぼさで、嫌らしい笑みを浮かべている。

「私はベジャイアの商人です。霧のために航行が出来ないので避難させてください」

「商人だあ?」

打ち合わせ通りにカザーレが話しているんだろうに、相手は馬鹿にしたような口調で言い、明かりを私達に向けた。

「女がいる……うお。すごい美人だぞ」

「まじか。こんな綺麗な人間がいるのか」

ありがたいことに初対面の人はたいていそういう反応をしてくれるのよね。

儚すぎるとか綺麗すぎるとか、中には妙な威圧感があるとか言って、嫌らしい目で私を見る人は割と少ない。

色気がないって?

いいのよ、少女に色気はいらないの!

「女は俺について来い。男達はここで待機だ」

「なんでよ」

私が反論するとは思わなかったんだろうね。

男達は驚いた顔で私を見た。

「カザーレ、話が違うわ。こんな奴らの言う通りにしなくてはいけないなら、私はここで帰るわよ」

「お待ちください。彼らは下っ端でわかっていないんですよ」

「なんだと! 船を降りたっつーのに、簡単に帰れるわけねえだろう」

「痛い目に合わないうちに……」

「転移魔法で帰るわよ。精霊が見えないの?」

男達の表情の変化が、ちょっとおかしかった。

え? そうなの? って感じで顔を見合わせて、どうしたらいいのか迷って、でも私達に馬鹿にされるわけにはいかなくて、めいっぱい肩を怒らせているの。

「精霊もここに置いていけ!」

「あなた馬鹿でしょ。私がそんな要求を呑むと本気で思っているの?」

彼らを相手にしている時間がもったいない。

カザーレを押し退けて前に出ようとしたら、それよりも早く先頭を歩いていた男達が兵士達に駆け寄った。

「お願いだから、これ以上妖精姫を怒らせないでくれ」

「神官に引き渡せば、俺達の仕事は終わるんだ。たのむ。本当にたのむ」

「は? 何を言って」

「やばいんだ。助けてくれ」

半泣きで鼻水も出ていて、ガタガタ震えながら必死に話すふたりを見て、兵士達もこれはただ事ではないと思ったみたいだ。

そして次に私を見た時には、帝国でも見慣れている「こいつなんなん?」という畏れを含んだ視線になっていた。

目の前で仲間が石になって海の底に沈められて、魔法の水で溺れかけて、玉ヒュンすると、ここまでこわがっちゃうのね。

まあ、そうよね。

やりすぎたかな。

「ちょっと気の毒ね」

「半狂乱になるまで追い詰めたら駄目だよ」

カーラとハミルトンはこの状況でも落ち着き払っているのね。

修羅場に慣れ過ぎていない?

「ディアが味方だしな」

「ね」

友人達の信頼を喜んでいいのか少し迷う。

「わ、わかった。こっちだ」

「だが、精霊がそのままでは……」

「王太子が来てるんだぞ」

王太子ですって?!

「大丈夫だ。妖精姫が転移で帰ってしまうよりいい」

「いいのか? 帰ってくれた方が……」

「落ち着け。もう無理だ」

「な、なんなんだいったい」

「先に行って伝えてくる」

兵士がひとり走り出し、他の四人も渋々歩き出した。

「俺は知らないぞ」

「引き渡したら……すぐに逃げるんだ」

「…………」

こそこそと何か話しているけど、まあいいわ。

彼ら、いい働きをしてくれるじゃない。

それに王太子がここにいるなら、捕まえて取引の材料に出来る。

地下牢にいる人を解放しやすくなるわ。

「ふふ」

「…………」

計画が上手くいきそうなのが嬉しくて、ちょっと微笑んだだけじゃない。

前を歩いていた兵士達まで、ドン引きした様子で振り返らないでよ。

カザーレや船にいた男達なんて、今にも絶叫しながら走り出しそう。

「生きて王都に帰りたかったら、王太子と対面したらすぐに私の後ろに下がりなさい」

そうじゃないと敵をぶっ飛ばす時に巻き込むかもしれないわよ。

「わ、わかりました」

「はい」

え? わかるんだ。

兵士は怪訝な顔をしているけど、カザーレと仲間達は真剣な顔で頷いている。

あんなに怖がっているのに、彼らの反応はよくわからないな。

「来ました。あ」

「カザーレ?」

「王太子の横にいるのがニコデムスの大神官です」

大神官までわざわざ出迎えに来ているの?!

「だいぶ追い込まれているのね」

照明をたくさん持っていてくれるおかげで、比較的早く向かってくる一団の姿が見えた。

ニコデムスの神官達は濃灰に銀色のラインのはいっているフード姿だから、霧の中から現れると不気味なのよ。

その中で青い外套を着た王太子のアルデルトだけが、ひとりで目立っていた。

少し頬がこけたかもしれない……けど、正直あまりよく覚えてはいない。

ただ、前に会った時はこんな病んでいる眼差しはしていなかったと思う。

初対面の時からじーっと見つめられて、美形だけど薄気味悪いやつだとは思っていたけど、今回は薄暗い中でも目だけがぎらついている。

自国がこの状況じゃ、精神的に病みもするよね。

彼の隣にいる背の低い男が大神官のようだ。

彼のローブだけ細かい刺繍が施されていて、宝石のついた額冠をつけ、首に様々な石を繋げた首飾りをぶら下げている。

口元を黒い布で覆っているようで、この霧の中では顔がよくわからない。

「ディアドラ。来てくれたんだね」

カザーレに拉致させたくせに、アルデルトは何を言っているの?

「ここまで出迎えに来てくれているとは思わなかったわ」

明るい口調で言うと、彼の表情がぱあっと明るくなった。

「来るに決まっているだろう。ほら、パニアグア。ディアドラは喜んでくれたじゃないか」

「…………」

「そりゃあもちろん」

パシッと胸の前で両手を合わせて大きな音を立てた。

「これで時間稼ぎが楽になるわ。パニアグアだっけ? あなたまでのこのこやって来てくれるなんて、助かっちゃった」

今の拍手が合図になっていたので、いっせいに精霊達が精霊獣として顕現した。