作品タイトル不明
行動開始
妖精姫の予感なんて当たらないじゃないかって、船員に噂されるのはかまわないのよ。
でも円陣を組んでさあ行くぞって意気込みだったのに、待機状態が続いているってカッコ悪いじゃない。何回も窓の外を確認しちゃったわよ。
窓の外が暗くなってきたのに気付いたのは約一時間後。
そこからはあっという間に深い霧が出て、窓の外は白く煙って何も見えなくなった。
このままみんなでお昼ご飯を食べることになったら、間抜けすぎて恥ずかしい思いをするところだったから、ホッとしたのは私だけじゃなかったはず。
「よし。そろそろね」
「ドレスで屈伸はやめませんか」
レックスに言われたけど気にしない。
ようやく動けるのよ。
「霧がひどくて危険なので、近くの港に避難しました」
カザーレが部屋に来たのは、それから二十分くらい経ってからだ。
お腹がすいてきて、クッキーに噛り付いていたところよ。
白いシャツに茶色い革のベストとパンツ姿のカザーレは、商人というよりは船乗りに見える。
「降りていただくので、必要な荷物だけ持ってついて来てください」
もう私と会話したくないのかもしれないけど、それだけじゃちっとも説明になっていないでしょ。
出航してからの時間を考えれば海峡にさしかかっていたのは確実なんだから、この近くの港といったら、ベリサリオかシュタルクの港しかないじゃない。
ベリサリオの港に行くなら私に話さないのはおかしいし、シュタルクの港に降りろって言うのなら、余程の理由がないとおかしいのよ。帝国とシュタルクが国交断絶していることを、商人のカザーレが知らないはずないんだから。
でも私達の目的も、ニコデムスに騙されてシュタルクに連れて行かれたという形で乗り込むってことなので、ここはおとなしく上陸してあげようじゃないか。
「はーい。みんな、大事な物は忘れないでね」
「姉上、ショールを持っていった方がいいですよ」
「ありがとう」
カザーレも自分の言っていることはおかしいってわかっているのよね。
だから私達が何も言い返さないで上着だけ羽織って、さあ行くぞって部屋の出口に向かう様子を見て、気味悪そうな顔をしていた。
「行かないの?」
「あ……いえ、行きます」
「うわ、霧がすごい」
昼間なので白く曇ってはいても足元が見えないなんてことはないけど、ちょっと離れると誰だか判別出来ない状態だ。
それでも扉を挟んで左右に男がふたりずつ立っているのはわかった。
「彼らは何?」
「視界が悪いので、間違って海に落ちないように警戒してもらっているんですよ」
ふーん。腰に剣を帯びて?
もうシュタルクに到着したから、怪しまれてもかまわないと思ったのかな。
本当にずさんな計画だわ。
私もいい加減に、何も気付いていない演技をするのが面倒になってきているのよね。
「そんなに危険なら船室にいた方がいいんじゃない? 船を降りる必要はないわ」
「霧が出た夜には天候が荒れることがあります。揺れる船内より陸で休む方が安全です」
港に錨を降ろしているのに、海が多少荒れたくらいで危険な船で航海したくないんですけど。
「ディア? 行かないの?」
私がドアを出たところで足を止めたので、他の人達が部屋から出られなかったんだね。
ここでカザーレに嫌味を言うのは時間の無駄だわ。
「止まっちゃってごめんね」
笑顔でカーラに声をかけてから部屋を出て、おとなしくカザーレについて行くことにした。
「薄暗いから明かりが欲しいわね。精霊達、よろしくね」
いっせいに精霊達が強く光り始めたので、多少は周囲が確認しやすくなった。
私達の部屋に食事を運んできていた男達は、カザーレの店の店員だそうで、多分一番信用しているメンバーなんだろう。
そのうちのひとりとカザーレが前を歩いて、彼らの後ろに私がついて、私の後ろにハミルトンとカーラが身を寄せ合って歩いていく。
その後ろがジェマ、ミミ、少し間を空けてレックスとルーサー。
そして、彼らの後ろに三人の男がついて来ているようだ。
海は横だから、落ちるのを警戒するなら横に並びなさいよ。
霧が深くて、カザーレの前にいる男の背中も霞んでしまうし、後ろを振り返っても、見えるのはカーラ達の後ろにいるジェマまでだ。
ただ精霊だけはぼんやりと光って見えるので、レックスやルーサーがどのあたりにいるのかはわかる。
ミミもふたりと近い位置にいて、三人の精霊が忙しなく空中を動いている様子からして、もしかして敵は、途中で後ろの何人かに背後から襲い掛かって殺そうと計画していたのかもしれない。
でも精霊が動き回って、ちかちかと明るくなったり暗くなったりするので、なかなか隙がないんだろう。
「ここはどこの港なの?」
「妖精姫は御存知ないと思いますよ」
「だから? 私が知っているかどうかは関係ないでしょ。どこの港なの?」
「……」
無視かよ。
背中を蹴ってやろうか。
船から下りる階段は広い甲板を横切った先にある。
霧のせいで見難いけど、うっすら見える人の形と気配を合わせて、全部で二十人くらいかな。歩いている私達を見ている人間がいるでしょ。
更に階段近くにイヴァンを含む三人の男が待っていた。
「どうしました?」
階段よりだいぶ手前で私が足を止めたので、気付かずに歩いていたカザーレが慌てて戻ってきた。
あまり、みんなとの距離が空きすぎるのは危ない。
出来るだけ固まって動きたいわ。
「後ろはついて来ている?」
「全員いますよ」
ジェマに聞くと笑いを含む声が返ってきた。
なんだろう。
ミミもレックスもルーサーもちゃんといるよね。
あれ? 執事達の後ろにいたはずの三人はどうしたの?
「お嬢、何かありましたか?」
「その男が失礼なことでも言いました?」
レックスとルーサーが、実にいい笑顔すぎてちょっと引く。
ミミもいい仕事をしたぜと言いたげに、腕まくりしていた袖を直していた。
私みたいに強い言葉を言うだけの人間なんて怖くないのよ。
本当にこわいのは、こういう無言実行の人達よ。
「……あなた方が降りないと、船員達が降りられないんですよ」
「はいはい。行くわよ」
カザーレの顔がひどくて、私も笑いそうになってしまった。
なんで執事達が残っているんだよ。あの三人はどうしたんだよって言いたいけど言えないのよね。
駆けていく足音が聞こえたから、確認に行ったのかな?
「霧のせい? 少し湿ってる」
「足元に気を付けてくださいね」
階段は狭いので、一列に並ぶしかない。
カザーレに続いて階段を降りようとして、
「きゃっ」
背後からカーラの悲鳴が聞こえた。
「どうしたの?」
足を止めて振り返り何歩か戻ろうとしたら、私とカーラの間に船員の男が立っていた。
カーラを押し退けて無理矢理割り込んだな。
「どいて」
「止まらないで進んでください」
「どいて」
「わがままを言わないでくれませんかね」
背が高くて筋肉質の男は、にやにやと笑いながら私を見下ろしている。
「みんな顕現して。イフリー、この男をどけて。逆らうようなら海に落としてもかまわないわ」
「なっ」
突然自分のすぐ横の空中に精霊獣達が姿を現し、その中でも一番大きいイフリーが前足を振り上げたので、男は転びそうになりながら慌てて横に移動した。
「妖精姫、船を降りる間くらい……」
『それ以上ディアに近付いたら死ぬよ』
背後でカザーレはジンとガイアに囲まれているようだ。
「カーラ平気?」
「ええ」
船員達は他の人達の間にも割り込んで、ひとりひとり別れさせて排除しようとしていたようだ。
私の精霊獣が明かりを灯す魔法を使って照らしてくれた時には、もう全員が精霊獣を顕現していて、その外側を男達が取り囲んでいた。
「まあ、これはいったいどういう状況かしら?」
カザーレに向き直り、笑顔で首を傾げる。
「……階段を降りるために並ぼうとしていたんですよ」
「私達の間に割り込んで? ずいぶんと失礼なことをするのね。ジン、大型化していいわよ」
ジンは大型化しても小型化している状態のイフリーくらいの大きさだけど、緑色を帯びた光に輝く漆黒の毛並みがとても綺麗なの。
それになんといっても素早い。
瞬間移動したんじゃないかと疑うような速さで移動して、離れた敵でも倒してくれるわ。
「カーラもハミルトンも必要なら大型化してね」
「ええ」
「うん」
ふたりとも落ち着いているな。
これなら大丈夫そう。
「こんな場所で精霊獣を顕現しないでください。船員達も船を降りるために集まっているだけです」
「夕べ、貴族に対する態度がどうのと言っていたくせに、あなた達の態度は無礼じゃない? カザーレ、さっきの質問にまだ答えていないわね。ここはどこの港? 答えないなら船を降りないわよ」
「……ここは」
「何を騒いでいるんだ」
カザーレを押し退け、苛立った様子でイヴァンが前に出てきた。
「早くしていただけませんかね。あなたのせいでみんなが迷惑しているんですよ。急いだ船員がちょっと割り込んだだけでしょう? その平民の女が大袈裟によろけただけだ。この状況でも気丈な態度なのは結構ですが、自分の置かれた状況を考えたらいかがです」
「平民平民って、あなたは自分がよっぽどえらいと思っているようだけど、滅亡しかけているシュタルクの子爵家の五男でしょ? なんて家だったかしら。聞いたこともない家だったから忘れてしまったわ。カーラはノーランド辺境伯の姪で、皇帝陛下の婚約者の従妹なのよ。彼女を侮辱すると皇帝陛下が黙っていないわよ」
「うるさい!」
「落ち着けイヴァン」
カザーレが止めようとしても、イヴァンは頭に血が上っているようで聞いちゃいない。
まずふたりとも、私がシュタルクの貴族と言ったことに突っ込みを入れようよ。
「もうここは帝国じゃない! おまえ達はもう帝国には帰れないんだから、何が起こったか皇帝にはわからないさ!」
あー、言っちゃった。
「イヴァン、黙れ!」
「その平民は縛って引きずっていけばいいんだ。妖精姫だって、帝国に帰れなけりゃ身分なんて関係ない。僕を馬鹿にするな!」
地団駄踏むって、こういうことを言うのよね。
駄々っ子かな?
「シュタルクは最古の歴史を持つ由緒正しい国家なんだ! 僕はその国の貴族なんだぞ!」
「カザーレ、なんでこんなの連れて来たの?」
「……いや……あの」
私達が誰ひとり驚いていないことに、カザーレの方が驚いている。
私達が騙されていると本気で思っていたの?
そっちにびっくりよ。
「早くそっちの男達を片付けろ! ルフタネン人の女もだ!」
イヴァンが怒鳴るけど、精霊獣がいつでも魔法をぶっ放せる状態で睨んでいるのに、近付けるわけがないじゃない。
「何をしてるんだ! 僕の命令が聞けないのか!」
うるさいなあ。
「シロ」
『はーい! 呼ばれた! ディアは呼ぶのが早いから好き!』
「五番目の精霊獣?!」
突然姿を現した白く輝く精霊獣を見て、カザーレが呆然と呟いた。
「あれって出来るのかな?」
『あれが何かわかんないけど、たいていのことは出来るって』
「そっか。じゃあねえ、あんなお馬鹿さんは」
びしっとイヴァンを指さした。
「石になーれ」
私の明るい声が船上に響いた。