軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

快適な船旅   2

出航する時に来ると言っていたのに、カザーレが私達の部屋にやってきたのは、船が出航して半時ほど経ってからだった。

こういうところで、カーラに惚れていないってことがバレバレなのよ。

惚れていたらこんな風に放置しないだろうし、忙しくて声をかけられない場合は、あらかじめ説明しておくでしょう?

「カザーレ様がいらっしゃいました」

ノックの音が聞こえたので対応したルーサーが、愛想のない声で知らせてくれた。

入り口の周囲は目隠しのために衝立で仕切って、ドアを開けても外から室内を見られないようにしたので、ルーサーがどんな表情で彼を出迎えたのかはわからない。

それ以外も、室内は劇的に様変わりしている。

空間魔法を最大限に活用して広げた部屋は、豪華なクリスタルの照明の柔らかい光に包まれて、床にはルフタネン産のラグが敷かれている。

そこにバングルに収納してあった高級家具を配置したので、一流ホテルにも負けない豪華さよ。

私が座っているソファーセット以外にも、十人くらいは居心地よく過ごせるだけの食事用のテーブルや椅子、寝椅子も用意してラグジュアリーな空間を演出しているわ。

「こ、これは……」

衝立から顔を出したカザーレは、室内の変わりように驚いて口を開けた間抜け面で固まった。

「どうした?」

毎回誰かと一緒に顔を出す気なのかな。

また、男をふたりもつれて来ていた。

ひとりで乗り込む勇気がないのかしら?

「は? え?」

「…………嘘だろ」

男達もしばらく呆然とした後、私の方を恐る恐る見てきた。

こいつはやばいって顔に書いてあるわよ。

「こ、これは、空間魔法ですよね」

「そうよ。うちの精霊車に乗ったことあったでしょ? あれと同じ」

「この部屋にあった家具は……あの」

「収納してあるわ。船から下りる時に元に戻すから心配しないで」

「ああ……ああ……なるほど……」

目の前の光景が信じられないのかカザーレは呆然としていて、後ろのふたりは目を擦ったり何度も瞬きをしている。

それで一瞬で元の船室に戻ったら、その方が問題でしょう。脳か目に異常があるってことよ。

「扉がたくさんあるように見えるんですが」

「あなたが三部屋使っていいって言ったんじゃない」

「言いました。言いましたが……扉の数が……」

「右奥が女性の寝室。右手前が侍女や執事の控室。お茶の準備が出来るように小さな調理スペースもあるわ。左奥が男性の寝室。左手前は化粧室よ」

お風呂は我慢して浄化魔法を使えば、なかなかに快適な生活が出来そうでしょ。

「あなたのバングルにはどれだけの物が収納出来るんですか」

「それは秘密。でも重要なのは魔力量と魔力の強さよ。同じ魔道具でも持つ人によって収納出来る量が違うの」

この船くらいは収納しちゃうぞーとは言えないもんね。

実際にやってみたことがないから、本当にやれるかどうかはわからないしな。

「カーラの姿が見えませんね」

気付くのが遅くても今回は大目に見よう。

衝撃が大きかったようだから仕方ない。

「カーラは寝室で休んでいるわよ。船が動き出してすぐに気持ちが悪くなってしまって、今は横になっているの」

「船酔いですか? 部屋に入っても?」

「ジェマ、カーラが起きているか見てきてあげて」

「この船はあなたの商会の船なの?」

ふたりがけのソファーの角の部分に寄りかかり、足を組んで本を読んでいたハミルトンが、肘掛けにもたれかかったままで尋ねた。

「いや、こんな大きな船を持てるような商会ではないよ」

「それなのに出航して三十分も何をしてたんだ? 出航する時に来ると言っていたのに、姉を放置して顔も見せなかったじゃないか」

おお。不機嫌そうな演技が素晴らしい。

演技じゃなくて本気かもしれないけど、カザーレが答えに困っているのが楽しい。もっとやって。

「積んだ荷物のチェックや、船長への挨拶が……」

「出航してから荷物のチェックをしていたら遅いだろ。それにそれは部下の仕事じゃないのか? それか荷物を預かって運ぶ船員の仕事だろう。金を支払っているんだろう?」

「それでもいつも自分でチェックしているんだよ。これが俺のやり方なんだ」

私はカザーレより、彼と一緒に来た男達の様子を眺めていた。

背が高いし、筋肉もりもりで顔もいかつい。

なにより目付きが悪い。商人の目じゃないんだよね。

「どうぞ。お話出来るそうです」

「ありがとう」

ジェマの声が聞こえると、カザーレは目を細めてハミルトンを睨んでから、他のふたりに待っているように指示を出し、ひとりで奥の部屋に向かった。

寝室に入ろうとして、扉をはいったところで足を止め、一回私の方を見てから中に入っていく。

ふかふかの大きなベッドが並んでいたから驚いたのかな?

それかピンクの可愛い内装の部屋に入るのに戸惑いがあったのかも。

「さて、あなた達」

立ち上がって声をかけたら、乗船した時に会話した青年は嬉しそうに目を輝かせ、もうひとりは怯えたように一歩後ろに下がった。

私より縦にも横にも大きくて、二の腕が私の太腿より太そうなのに、びくびくするんじゃないわよ。

「もうお昼の時間でしょ。でも今日は忙しくて食事を用意出来ないって聞いたから、お弁当を持ってきたの」

「お弁当?」

「あなた達の分もあるのよ」

まずワゴンを取り出してレックスに渡す。

次に干した木の皮を編んで作った箱をひとつ取り出し、ふたを開けて中身をふたりに見せた。

「これは衣をつけて揚げた肉をパンで挟んだの。こっちはソーセージね。で、これが卵」

「おおおおお」

分厚い肉の塊と大きなソーセージを見て、男達のテンションが一気に上がった。

胃袋を掴むって、万国共通で効果があるのね。

「ハミルトン、あなたにも預けてあるでしょ」

「あ、そうか」

「私達が取り出した箱をワゴンに乗せてちょうだい」

「はい」

自分達の腹にはいる物だからか、私の指示でも素直に聞いて、男達はテキパキと動き出した。

さっきまで怯えていた彼も、美味しそうな匂いに釣られて張り切っている。

「駄目です! もう出て行ってください」

たぶん彼らはカザーレの存在を忘れていたんじゃないかな。

寝室の方からジェマの大きな声が聞こえてきたら、はっとした顔をして顔を見合わせていたもん。

「婚約者が一緒にいたいと言うのは普通のことだろう」

「カーラ様は御気分がすぐれないんですよ。また具合が悪くなった時に、あなたに気を使わなくてはいけなくなるじゃないですか。ディア様! この男がまた自分勝手なことを」

「わかったよ。出て行くよ。またあとで来るから」

ジェマはカザーレのことを嫌っているから容赦なくて頼もしい。

「騙すつもりなら、もう少し真面目に演技しろって思いませんか。あの男のどこがカーラ様に惚れているように見えるんです? まともに恋したことがないんですよきっと」

って怒っていたもんな。

でも一緒にいたいと思うのは普通なんじゃないの?

ふたりきりになりたいと言い出すのも、絶対にさせないけど、言い分としてはわからないでもないわよ。

恋人はみんなそういうものよ。

「カザーレ、何をしているんだよ」

「気分が悪いって言うから、暫く傍にいようかと思っただけだよ。でも追い出された」

「そりゃあそうよ。またいつ気持ち悪くなるかわからないのよ。もどしそうになった時に好きな人が傍にいるって嫌でしょう」

「え……ああ、なるほど。そうか……そうですね……そうなんですけど……」

「ディア、言い方……」

ハミルトンに注意されてしまった。

カザーレやお弁当をワゴンに積んでいた男達まで、残念そうな視線を向けなくてもいいじゃない。

でも大丈夫。慣れているから。

みんな、そういう顔をするのよね。

「で、これは?」

「妖精姫が俺達の分も昼食を用意してくれたんだよ」

「肉がたくさんで美味そうだった」

「すみません。気を使っていただいて」

「いいのよ。気にしないで」

三人が何度も礼を言いながら部屋を出て行き、ルーサーがドアを閉めてカギをかけるのを確認して、

「もう平気だって知らせてきて」

精霊達に頼むと、ジンとリヴァがそれぞれ奥のドアの方に飛んで行った。

今は彼らも精霊形になっている。

船の乗員を刺激しないためと、いくら空間魔法で広くしたと言っても精霊獣達を顕現するほどの広さはないから。

みんなの精霊獣を顕現させたら、身動きできなくなりそうでしょ。

「あれがカザーレか」

左手の奥の部屋から出てきたのはカミルとデリルだ。

昨晩、私にクッションをぶつけられた蘇芳は、カミルと私の貴重なふたりだけの時間を邪魔してしまったことを知って、俺のせいだから延長してくれるように頼んでくるって言い出したの。

いくらなんでも精霊王にそんなことをさせるのはどうかと思って、私は気にするなって言いかけたのよ。

でもカミルがお願いしますって深々と頭を下げて頼んじゃったから、突然蘇芳に突撃されたレックス達は大慌てよ。

勘弁してくださいって、あとから文句を言われたわ。

その延長時間に、カミルに何度もしつこく、

「すぐ呼べ。何もなくても呼べ。ひとりでしようとするな」

って言われたから、出航してすぐにシロにカミルを呼んでもらったわよ。

そしたらデリルまで連れてきたから、ふたりに空間魔法を手伝ってもらうことにしたの。

カーラやハミルトンも加わって、ああでもないこうでもないと、わいわい楽しく模様替えをすることになって、この豪華な部屋が出来上がったわけよ。

男性側の寝室は男性陣が作っていたから、まだどんな部屋になっているか知らないけど、カミルやデリルがここに泊まる気なのは間違いない。

ベッドの数がおかしいもん。

乗船する時からずっと、船員もカザーレ達もミミに向ける視線だけが露骨に冷たかった。

シュタルクの人間からしたら、聖女である妖精姫は自国の王太子と結婚するはずなので、ルフタネン人が傍にいるのは気に入らないんだろう。

でも侍女どころか、婚約者本人も乗船しているって知ったらどうすんだろ?

「カザーレに飴を持っていかれちゃったわ」

少し遅れてカーラも部屋から元気に出てきた。

本当は船酔いなんてしていない。

でもリバースしてしまったから、クスリが効いていないって思わせるのがいいかなって考えたの。

それにカザーレに自分の部屋に来ないかって誘われると困るじゃない?

「見た目じゃわからないのよね?」

「さっき比べてみたけど、ほとんど見分けがつかないわ」

「じゃあいいんじゃないか?」

本物のクスリはデリルが持っていて、帝国の船で待っている薬師に届けて成分を調べてもらう手筈になっている。

カザーレが持っていったのは、ただの飴よ。

食べないとわからないから大丈夫。