軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

名演技を披露するわよ   2

あなたは心配してくれたのに、急に体調が悪くなり精霊の様子もおかしかったので、気が動転して感情的になってしまった。ごめんなさい。

私の父はなにもかも思い通りにしたがり、幼少の頃から一方的になじられることが多く、いまだに男性に強い口調で話されると怖くなってしまう。

いつもはこんなに感情的にはならないのに、店であんな風に喚いてしまって、きっとあなたの気分を害してしまっただろう。

でも出来るならば、もう会わないとは言わないでほしい。

あなたと過ごす時間だけが私の孤独を癒してくれた。私にとって唯一の楽しい時間だったのだ。

嫌われて会えなくなるかもしれないと考えたら胸が苦しい。

というような内容の手紙を、落ち込んでいる雰囲気も伝えつつ、あなたと一緒にいる時間はとても大切なのだと便箋二枚に渡って切々と書いているものだから、試しに読ませてみた男性陣はなんとも言えない表情をしていた。

「エルダはやっぱり文才あるんだな」

「これは、もらったら期待するよな」

ただの一度も好きだともお慕いしていますとも書いていないあたりが、本物っぽい。

カーラが急にそんなことを書いたら違和感あるもんね。

「これを私が書いたことにするの? 恥ずかしくない?」

内容を読んだカーラは出来ればもっと簡潔な内容にしたかったようだけど、さすがスザンナとエルダの渾身の力作の手紙だ。カザーレの返事はすぐに届いた。

向こうからしたら、取り返しのつかない失敗をして計画が台無しになったと思っていたところに、カーラから手紙が届いたんだからそりゃあ飛びつくよ。

すぐに会いたいと書いてあったので、体調が悪いから家まで来てほしいと返事を書いた。

「警護の者達は配置についたんだな」

「ベリサリオの屋敷の方は?」

「アランが用意している」

「俺達はこの部屋で待機か」

昨日までは訪れる客もなく静かだった屋敷を、今では大勢の人が忙し気に動き回っている。

屋敷の人間だけでは対応出来ないので、ベリサリオから応援を呼んでよかったわ。

何か問題はないかと屋敷内を見て回っていたら、廊下の隅にいつの間にか瑠璃が立っていた。

「瑠璃、来てくれたの?」

『ヨハネス領は我の担当地域で、カーラは子供の頃にディアの傍によくいた子だろう?』

「そうよ。覚えていてくれたんだ」

『こちらへ』

「?」

瑠璃がすぐ横の窓から外に出たので、私も後をついていった。

皇都のタウンハウスなので領地の屋敷のような広い庭はないけど、きちんと整備された庭は季節の花に彩られている。

『これから来る男がニコデムスの信者なのだろう?』

「まだ疑いがあるって段階だけど、まず間違いないと思うわ」

『ならばカーラを危ない目に合わせることはない。その男の記憶を覗くか、自白させてやろう』

「それは駄目」

たぶん精霊王に頼めば、そのくらいのことは出来るだろうと私だってわかっていた。

でもそれは危険なのよ。

「いい? まだ精霊王と人間の関係はいい方向に進み始めたばかりなの。帝国でさえ、私が嫁いだ後どうなるのか不安に思っている人が大勢いるわ。そんな時に、精霊王が人間の記憶を覗けるとか、操って自白させたなんて話が広まったら、恐怖を感じる人もいるのよ」

『そのくらい出来ると、皆わかっているだろう』

「出来るのとするのは違うの。精霊王は人間に干渉しないって決まりの存在は大きいのよ」

『もちろん干渉しない。今回はニコデムスが相手でディアが関わっているからだ』

「それでもやめたほうがいいわ」

人間は、特に地位と権力を持っている人達は、大きな力を持つ相手には敏感に反応するはずだ。

ちょっとのことで関係が急激に悪化して主に人間側が裏切る話を、前世の映画やアニメでさんざん観たし小説でも読んだ。

精霊王の存在は神格化されている地域もあるし、崇拝の対象になっているから、悪だとか敵だとか言い出す人間はいないと思うけど、瑠璃達だって崇めたてられたり畏れられたりするのは望んでいないでしょう?

「それに瑠璃の力で解決してしまったら、カーラやハミルトンの功績にならないわ」

『そうか。それがあったか』

これからたくさん各国の精霊王に協力してもらうんだから、このくらいは自分達でやらないとね。

「これからもダークなことを、人間にわかるような形でしては駄目よ。イメージは大事だからね」

うわー、不満そうな顔をしているな。

腕を組んでそっぽを向いてる。

瑠璃の性格を知らない人からしたら、怒らせてしまったって真っ青になるところだろうけど、瑠璃は本気で怒ったら表情ではわからないって蘇芳が言ってた。虫も殺さないような雰囲気で微笑んだりしたら要注意なんだって。

私は瑠璃が本気で怒ったところは見たことがないから、どんな顔をするのはかわからない。

でも、今のこの表情は拗ねているだけだっていうのはわかるわ。

「あ、そうだ。瑠璃にお願いしたいことがあったんだ」

『ん?』

瑠璃の手を取ってぐいぐい引っ張り廊下を歩き出したら、精霊王の存在に気付いた人達が大慌てでバタバタとひれ伏したり片膝をついたり、忙しいはずなのにみんなの動きが止まってしまった。

こうなるのを忘れていたわ。

「大丈夫よ。ひれ伏さないでいいから仕事を続けて……って、私が言ってもしょうがない。瑠璃」

『気にするな。我はいないと思っていい』

思えるかー! と、この場にいる全員が思っているわよね。

駄目だ、これは。

特に初めて瑠璃を見た人や平民の人達は、何を言っても動かないだろう。

ここはさっさと移動して、瑠璃に慣れている人達しかいない部屋の中に行こう。

「ここでカザーレと会うから……」

「瑠璃様!?」

部屋にいたカーラとハミルトン、ジェマやエセルがいっせいに跪いた。

「あ……」

慣れていても、まずは跪かないといけないんだった。

うちの家族は跪かなくていいもんだから、ついその感覚になっていた。

「今は忙しいから、跪かなくていいのよね?」

『ん? あ、ああ』

「いいのよ!」

カーラ達に念を押したのに、みんなきょとんとした顔をしているからもういいや。

話を進めてしまおう。

「瑠璃、ここでカーラがカザーレに会っている間、私達は隣の部屋に待機するの」

『ふむ』

「でもこの部屋の状況が見たいのよ。だからこの壁をね、こっちからはこのまま壁のままで、向こうの部屋からはこっちが見えるようにしてほしいの。私の言っていることわかる?」

ようはマジックミラーよ。

刑事ドラマでよく見るやつよ。

『なるほど』

瑠璃が頷くのとほぼ同時に、壁の中心に淡い光が生まれ、すぐに壁全体にさーっと広がって消えた。

『したぞ』

「もう?!」

マジで? 何も変わっていないようにしか見えない。

でも、隣の部屋からこの壁を叩いていると思われるコンコンという音がいくつも聞こえた後、ドアが開く音が響き、ジュードが部屋に飛び込んできた。

「壁が急に透明に……瑠璃様?!」

あ、また跪くやつが増えた。

駆け込んできた勢いのまま跪こうとしたから、よろめいて横滑りしてたわよ。

「いったい何が……ああ、瑠璃様、いらしていたんですね。ではこれは瑠璃様がしてくださったんですか」

さすがにクリスお兄様は落ち着いているわね。

胸に手を当てて瑠璃に一礼して、すぐに壁をコンコンと叩き始めた。

「いったい何が……あ」

あとからアランお兄様と警備の兵士達もやってきて、アランお兄様以外いっせいに跪いたから、部屋の入り口が大渋滞よ。

仕方ないとはわかっているけど、ちょっとめんどうになってきたな。

『おまえ達が礼儀をきちんと弁えた者達だというのはわかった。だが今は、作業優先だ。我のことは気にしないでいい』

そう言われても、最初のひとりになって立ち上がるのは勇気がいるよね。

「こちらからは壁にしか見えないんですね。これは便利です」

『そうか。上手く出来たようだな』

アランお兄様が笑顔で瑠璃に話しかけたので、ようやく兵士達も顔を見合わせながらのろのろと立ち上がった。

瑠璃も拗ねるのはやめたようで、いつもの調子に戻っている。

自分も何かしたかっただけなのかも。

「瑠璃、ありがとう。これで隣の部屋にいても状況を把握出来るわ」

『こちらの会話は隣に聞こえるが、隣の会話はこちらには聞こえないようにしておいた』

「そうなの? すごい!」

『気配を消すのは精霊獣にさせればいいだろう』

「ありがとう!」

『たいしたことではない』

立ち上がっても、兵士達も侍女や従者も直立不動だ。

これはどうするかなと悩んでいるのは私だけで、瑠璃が全く気に留めていない様子で部屋の中央に歩き出したので、急いで後を追った。

瑠璃が向かったのは、並んで跪いていたカーラとハミルトンの前だ。

手を伸ばして、順番にふたりの頭に手を置いた。

『軽く祝福しておいた』

「え?」

驚いて顔をあげたふたりを見下ろす瑠璃の表情は優しい。

『これでしばらくはどんな毒も効かなくなる。病にもかからなくなるぞ。ただし短期間だけなので無理は禁物だ』

「短期間ってどれくらい?」

何かあってはいけないので、ここは私が確認しないとね。

『おそらく五年から八年』

「ながっ。そして五年と八年ってだいぶ違うわね」

『ふたりの魔力量によって変わる』

「なるほど」

「ありがとうございます」

額が床に付きそうなほどに頭を下げるふたりに頷き、瑠璃は私に向き直った。

『このままでは皆が動きにくいようだ。我はこれで帰るとしよう』

「いろいろありがとう」

『かまわん。あまり無茶はするなよ』

言葉が終わるより早く瑠璃の体は光に包まれ、すぐに見えなくなってしまった。

それでようやく緊張が取れたのか、あちらこちらで息をつく音が聞こえてきた。

やっぱり、普通の人にとっては精霊王は特別な存在なのよね。

「祝福していただけるなんて」

「よかったね、姉上。これで安心だ」

「薬師の人達の薬がいらなくなったわね」

彼らは精霊の森の薬草を満喫しているから大丈夫だろう。

「瑠璃はふたりが自分の担当地域のヨハネス家の子供だってことも、よく私と一緒にいたことも覚えていたみたい」

「まあ」

「すごい。認識してくれていたんだ」

いやあ、いい仕事をしてくれるわ。

この姉弟は妖精姫と親しいだけじゃなくて、精霊王にも覚えられていて身の安全を心配してもらえる立場の子なんだって、これでここにいる人達にはわかっただろう。

きっとすぐに話は広まってくれるはず。

むしろ積極的に広めていこう。

「って、コンコンコンコンうるさいわね」

隣の部屋とここを往復して、何度も壁を叩くな。

うるさいわ。

「もう準備は済んだの? そろそろお客様が到着するわよ。アランお兄様! 壁を削ったら本気で怒りますからね!」

「やだな。そんなことはしないよ」

だったら、そのナイフをしまいなさい。