軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

カーラの受難   1

ベジャイア問題が片付いて、私はまた平穏な毎日を過ごしていた。

忙しいけどね。

戴冠式が近付くにつれて忙しさがどんどん蓄積されていくよ。

そこにパオロとミーアの結婚式に、年末のアランお兄様の成人から独立の準備までのコンボが続いて、ベリサリオ中がばたばたしている。

それに今回成人するメンバーには、カミルも含まれているのよ。

殿下やお父様、ルフタネン国王も加わって協議の結果、アランお兄様のお祝いが終わり次第、私はルフタネンに行って、カミルのお祝いの席に出席することが決定しました。

そりゃあ参加出来るのは嬉しいさ。

カミルも喜んでいるみたいよ。

でも、私はまだ未成年で仮婚約だから、行けるとは思っていなくて何も準備していなかったのよ。

王宮で行われる祝典に婚約者として参加して、四つの島全部を訪問して島の代表と会う予定を、突然ぶち込んで来られても困るでしょう。

そういう話はもっと早く決めようよ。

ルフタネン王宮より先に、ベジャイア王宮に精霊王と一緒に行ったせい?

そうか。自業自得か!

そんなところで張り合わなくてもさあ。

カミルも一緒だったのに。

祝典や島の代表者と会う時に着るドレスまで揃えなくちゃいけなくて、待ち針を刺されるんじゃないかっていう恐怖を、最近毎日のように味わっているわよ。

それ以外の大きな変化といえば、ルフタネンからリュイとミミが派遣されてきたことね。

カミルの行動力はすごいよ。

ふたりとも私が十八になるまでベリサリオ暮らしになるっていうのに、ベジャイアから戻った翌日に鞄ひとつでやってきたよ。

年頃の女の子だっていうのに、荷物が少なすぎるでしょう。

メイド服を着るから問題ないと言っていたけど、ネリーにふたりを連れて買い出しに行ってもらったわよ。

ブラッドが精霊の森の屋敷に移動になったから、ふたりが来てくれたのは実はありがたかったりもする。

執事兼護衛として何年も傍にいてくれた人の代わりって、なかなか見つけられないだろうし、出来れば女性の方が気が楽だもん。

ジェマもルーサーと結婚して、アランお兄様の屋敷に移動になってしまうので大助かりよ。

そして、赤ん坊の頃からお世話になっていたシンシアとダナも移動になりました。

彼女達は家族みんなで精霊の森の屋敷に定住してもらっているの。

大きな屋敷だから維持するだけでも大変だし、訪ねてくる人は高位貴族や外国の王族ばかりで、たまに精霊王も遊びに来ちゃうから人手がいるけど、私の傍に新しく雇った人は置きたくないと家族の意見が一致して、ベリサリオ城から人を選んで移動してもらったのよ。

エルダに貸してあげると話していた屋敷は、今では働いてくれている人達の寮になっている。

「家族全員で、ここではなくて精霊の森の屋敷に住む?」

「そうです。年明けまでベリサリオと皇都を行ったり来たりする生活になるじゃないですか。三カ所に分かれては警備が大変ですし、ここより精霊の森の方が安全です」

「確かに、あそこは琥珀様に守られているから使用人達の身も守れる。父上に話してさっそく準備をしよう」

私が今いるのは皇都のタウンハウスだ。

貴族の屋敷が並ぶ一画にあるので便利だけど、警備という面では心もとない。

だったら家族全員で精霊の森の屋敷を使った方がいいじゃない。

あそこは悪意のある人は私の屋敷に近付けなくなっているって、琥珀が言っていたし、城のほうは要塞でもあるし、シロが城全体を警備してくれているから大丈夫なのだ。

さすが瑠璃の精霊獣よ。うるさいだけじゃないんだよ?

今では城内を自由に飛び回って、アイドル兼守り神よ。

瑠璃の湖も城内にあるから、城を守るのはシロにとっては当然のお仕事なんだって。

城をシロが守るって、ややこしいわね。

「来年、ルフタネンには僕がついて行きたかったのに、貴族を移動させたばかりの時期に国を離れるなと言われてしまったんだ」

「当たり前じゃないですか」

「僕がいないくらいで問題が処理出来なくなるようなら、そんな無能な皇帝なんていらないだろう」

「その台詞を殿下に言ったんじゃないでしょうね」

「僕とアンディの会話を聞くと周りの人間の胃が危うくなるらしくて、ふたりだけの時以外は言わないようにしているよ」

ふたりだけの時は言っとるんかい。

式典には両親が出るし、島の代表に会う時には外交官がついてくるんだよ。

お仕事として行くようなものだから、カミルとゆっくり話をする暇もないかもしれない。

「失礼します」

遠慮がちに入ってきたのは、クリスお兄様の執事のカヴィルだ。

「ヨハネス伯爵家御令嬢カーラ様の使いの者がきております。どうぞ」

肘を直角に曲げて片手で銀色のトレーを支え、背筋を伸ばしたザ執事という歩き方で近付いてきたカヴィルは、私の前で身を屈め、手紙の置かれたトレーを恭しく差し出した。

彼の背後に、むすっとした顔のレックスがちらりと見えたのは、私の用事だったのにカヴィルに仕事を奪われたせいだろうな。

「なんだって?」

「時間が空いているなら会いたいって。遊びに行っても大丈夫かって」

「おもしろい」

「え?」

「僕がいることは伝えずに、今すぐなら時間が空いていると伝えてくれ」

「かしこまりました」

私への手紙のはずなのに、カヴィルはクリスお兄様の返事だけ聞いて、さっさと部屋を出て行ってしまった。

「私の意向は無視ですか?」

「会う気がなかったってこと?」

紅茶のカップを片手に微笑むクリスお兄様は、もう十八歳。

ブレインの仕事をしているせいか、命じるのに慣れた人間独特の凄みというか貫禄が出てきた。

傲慢だと言われかねない態度だけど、見た目の良さと品の良さであまり悪い印象にならないのがずるい。

きつい印象の割に気配りが出来ていたり、やさしかったりする一面もあって、そのギャップにみんなやられちゃうんだろうな。意外と人たらしなのよ。

「会う気はありましたけど、お兄様がいることは内緒なのはなぜですか?」

「なぜか僕を怖がる御令嬢が多いから、嫌がられたら悲しいだろう?」

「うわ、嘘くさい」

「ディアはなぜカーラが来るのか見当はついてるのかい?」

「え? せっかく私が皇都にいる時に時間が空いたから、おしゃべりしに来るんじゃないんですか?」

「……あいかわらず情報に疎いね」

えーーーー?! また何かあったの?

ヨハネスの野郎、今度は何をしやがったのさ。

あれ? クリスお兄様がいるのが嫌だってことは、何かまずいことをしたのは、カーラってこと?

「情報も集めてますよ? エルダとかエルダとか他のお友達からも」

「じゃあ、ヨハネス伯爵が今、どこにいるか知ってる?」

「皇都郊外に屋敷を買って、新しい愛人と暮らしているんですよね」

「おお、それは知っているんだ」

ウィキくんで、あの野郎のことはたまにチェックしているからね。

噂の責任は全部フランセルに押し付けて、おまえのせいで迷惑を被ったからと別れたらしいよ。

実際に噂を流したのはフランセルでも、放置していたのは自分なのにね。

「それで何があったんですか?」

「僕も噂を聞いただけだから、カーラに直接聞いた方がいいと思うよ」

こういう時は絶対に話してくれない。

ウィキくんで確かめたいけど、カーラが話してくれるなら彼女から聞いた方がいいよな。

クリスお兄様も彼女の話を聞いてから判断するつもりのようだし。

……実はもういろいろ調べて、裏を取っているんじゃないの?

アランお兄様が私の友達の噂を放置するわけないでしょ。

「失礼します」

再びノックの音がして扉が開き、またカヴィルが部屋に入ってきた。

「ヨハネス伯爵家御令嬢カーラ様がお見えになりました」

「はやっ」

「屋敷の前に停めた精霊車でお待ちになられていたようです」

これにはカヴィルも苦笑いだ。

そんなに急ぎの用があるなら直接、今暇? って来てしまえばいいのに……駄目なんだよね。

この手間が必要なところが貴族なのだ。

「こちらのお部屋です」

「ありがとうレックス。突然お邪魔して……」

部屋に入ってきたカーラは、私の横にクリスお兄様がいることに気付いて目を見開き、口を開けたまま固まった。

「やあ、カーラ。ひさしぶりだね」

「ク、クリスもいらしたのね」

「そりゃあいるよ。僕は今この屋敷に住んでいるんだから。ディアがいることの方が珍しいんだよ?」

声は優しそうだけど表情はどうなんだろうと気になってちらっと横を見たら、クリスお兄様はお手本にしたいくらい綺麗な微笑を浮かべていた。

「僕がいたらまずかった?」

「…………いえ、クリスにも話を聞いていただきたいわ。私についても噂をご存知でしょう?」

カーラは心を決めたのか、部屋に入ってきた時のおどおどした雰囲気は消えて、しっかりと視線を合わせて答えた。

「知ってはいるけど、所詮は噂だ。カーラの話を聞かないことには、何も判断出来ないな」

「私は知らないの。でもその噂のせいであなたが困っているのなら、もちろん話を聞くわよ」

「クリス……ディア……あなた達なら、そう言ってくれると……」

「よかったですね、お嬢様」

カーラに付き添っている子は、新しい侍女かな?

ヨハネス領にいた頃の侍女は皇都の屋敷には連れていかないって言っていたはず。

あそこはずっとカーラの母親のクラリッサ様が住んでいた屋敷で、離婚した時に侍女は全員ノーランドに連れて帰ったと聞いているから、全員新しく雇ったのよね。

「さあ、すわ……」

「御機嫌よーう! カーラも来ているんですって?」

せっかく少しだけいい雰囲気だったのに、レックスを押し退けて入ってきたエルダのせいで台無しよ。

家族みたいなもんだから、突然押しかけてくるなんて珍しくも何もないけどさ、あなたは少しカーラを見習いなさいよ。

「相変わらずがさつだな」

「あら? クリスがいる。仕事は? サボり?」

「僕にも休日くらいはあるんだよ」

「よかったじゃない、カーラ。クリスを味方に出来たら心強いわよ。例のくだらない噂の真相を聞きたいと思っていたところよ」

知らないのは私だけかー。

みんなどうやって噂を集めているの? 社交? 人を使って?

私が頻繁に茶会に顔を出すようになったら、いろんな騒動が勃発するのは目に見えているし、人を雇うのも勝手には出来ない。

ウィキくんっていう友人を雇いましたって言ったら駄目かな?

「さあ、みんな座って。ここなら安心して話してもらって大丈夫よ」

「彼女も同席していい? 今回の件に最初からかかわっているの」

「たぶん初対面よね?」

「ええ。彼女はジョアンナ。本物のイーデン子爵夫人の妹なの。あの噂のせいで領地では生活しづらくなってしまったでしょ? それでイーデン子爵家の人達を皇都の屋敷にお誘いしたの。その時に彼女も侍女になりたいって言ってくれたのよ」

「よろしくお願いします」

はきはきとしていて明るくて、なによりカーラと仲がよさそうで、素敵なお嬢さんだわ。

「まずは私に噂を教えてよ。知らないのは私だけでしょう?」

「僕が簡潔に説明しよう」

足を組んでゆったりとソファーに腰を降ろしたクリスお兄様の様子と、その後の発言内容のギャップがひどかった。

「伯爵に格下げになって、元の領地は三分割されて貴族達が大変な状況になっているのに、新しい若い愛人と贅沢な生活をしている父親と、侍女も連れずに男と頻繁に皇都で逢引きしている娘。ヨハネス家は最低の家だって噂が今、中央貴族に広まっているんだよ」

「…………は?」

なにそれ。くだらない。

ヨハネス領の一件で、噂を真に受けるのは危険だって話になったばかりでしょう。

「カーラは、今まで受けられなかった社交界での作法や礼儀を学ぶのに忙しいんじゃなかった? 短期集中でやっているから、頻繁に出歩くなんて出来ないでしょ」

「よかった。私の状況を知っているディアなら、そう言ってくれると思ったわ。この噂は、計画的に仕組まれた罠だと思うの」

「くわしく」

クリスお兄様も噂は信じていなかったようだけど、カーラの返答の仕方や罠だという話にがぜん興味が湧いたみたい。

前回、モニカと本音をぶちまけ合ってから、いろんな思いをひとりで抱え込んで暗くなっていたカーラは消えて、昔のしっかり者のカーラが帰ってきた。

幼少の頃は、よくカーラにそんなことをしちゃ駄目って叱られたものよ。

クリスお兄様は頑張っている子には好意的よ。

エルダが破天荒な性格になっても小説家になりたいと言い出しても、一度も否定的なことは言わなかったし、むしろ今の彼女のほうを気に入っている。

カーラのことも……いえ、それは無理よね、きっと。

私だってウィキくんを利用して、得ている情報もある。

その話も、今日はしなくてはいけないだろう。

神様はどうしてカーラにだけ厳しいんだろう。

彼女の人生だけハードモードにしないであげてよ。