軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 ヨハネス侯爵領  前編

私が寮に戻った時、ハミルトンと側近達はすでに食堂に生徒を集めていた。

昼は職場で研修をしている生徒も、授業が免除されている生徒も、ほぼ全員が集合している。

「出席出来る生徒は全員揃ったね」

生徒の表情は大きくふたつに分かれている。

事情をだいたい知っていて不安そうな顔をしている生徒と、なぜ集められたのかはわかっていても自分達は悪くないと思っている生徒達だ。

今でも授業を受けなくてはいけないような生徒達は後者。

誰が優秀かどうか、こんなにはっきりわかるのね。

「まずはハミルトン様から、現状説明のお話があります」

私とハミルトンだけが他の生徒と向かい合う席に座り、側近や皇宮で研修をしている生徒が私達の横に立っている。

彼らは全員、皇族の寮で皇太子殿下に話を伺った者達だ。

今まで気付かなかった。

生徒達ってすごくわかりやすい。

皇宮に就職が決まっている生徒には羨望の眼差しを向けて、私やハミルトンを見る目は、泣かしてやろうとか、意地悪してやろうという悪意が見える。

変な噂が流れる前は遠巻きに眺める子が多かったけど、最近は面と向かって嫌味を言う子も多くなっていたの。

騒ぎにしたくなくて笑って誤魔化していたせいで、私になら何を言っても平気だと思われているんだろうな。

「父上は以前、皇太子殿下や妖精姫に失礼な対応をして、嫌われているんだ。中央の社交の場に出席されることもほとんどなくて、味方になってくれる貴族もいないし、今はニコデムスが国に入ってこないように海岸線をしっかりしないといけないのに、いい加減にしていた貴族がうちは多いんだって。もう報告が殿下のとこに集まっているんだ」

こんなことをみんなに言うの?

お父様に知られたらまずいんじゃないの?

それに話し方が子供っぽいわ。

ハミルトンも私と同じように、必要な家庭教師をつけてもらえていなかったのかも。

「父上の代わりに社交界で活躍していたのは母上だ。ヨハネス領へ来る観光客は、ノーランドの貴族か母上の友人達だった。でも変な噂が流れただろう? 母上の友人は来なくなり、両親が離婚したのでノーランドからの観光客も来なくなる。そこに今回の暴言だ」

「暴言ってなんだよえらそうに!」

「黙れ。ハミルトン様は侯爵家嫡男。えらそうではなくておまえよりずっと偉いんだ!」

話を遮った子を最上級生の男子達が睨みつけた。

前に立っているのはヨハネスでも優秀だと言われている生徒ばかりだ。

その子達がハミルトンの味方になっていると知って、食堂内の空気が少し変化した。

「僕が成人したら、父上は引退して僕に跡を継がせろとお爺様がおっしゃったのは本当だよ。でもヨハネスを乗っ取るためじゃないんだ。お爺様はヨハネスを潰さない方法を考えていたんだ」

「私やハミルトンは高位貴族の方々と、お友達を通じて仲良くしていただいているの。だから早くハミルトンが跡を継げば、観光客が少しは戻るかもしれないし、侯爵家を潰さなくてもいいかと思ってもらえるかもしれないでしょ? でも、台無しになってしまったわ」

「潰れ……?」

ノーランドの子に文句を言った子はわかっている。

その時傍にいた子達は、今も彼の周りにいる。

今まで得意げな顔をしていたのよね。私を睨みつけてもいた。

「戴冠式が終わったら、大きな貴族の移動があるんだって。うちは伯爵に降格されて、地方に移動することが決まったよ」

ざわりと室内の空気が揺れた。

今の一言で、今まで馬鹿にしたような顔をしていた子達も焦ったみたい。

「ヨハネス領は三つに分けられて、隣の領地に吸収されるんだ。スコット伯爵とエドキンズ伯爵とブリス伯爵だね。ブリス伯爵は侯爵になるから、ヨハネス侯爵軍は再編成になるんだって。エドキンズ伯爵もブリス伯爵もベリサリオ系列の貴族でしょ。民族の違いについて騒ぐ人達は領地からも軍からも出て行ってもらうってエルトンが言っていたよ」

なんでエルトン? 次男だし爵位をいただいて独立するのに?

焦らせるために、わざと言ったのかな。

でもブリス伯爵なら、間違いなくそう言うわね。皇族よりベリサリオが大事だって言っちゃう人だから。

すごいな。そんな人を侯爵にしちゃうんだ。軍も持たせちゃうの?

あ、エルダも侯爵令嬢になるのね。

いろんな意味で、大騒ぎになりそう。

「ハミルトン、いいかしら」

「なんです? 姉上」

「私、皆さんに聞いてみたかったの。どうして今回だけ真実の愛なんだろうって」

もういいや。

お父様には悪者になってもらおう。

大嫌いだし、本当のことだし。

「お父様は昔から若い芸術家や貴族を集めて、サロンで遊んでいたでしょ? 浮気なんていつもしていたのよ。日によって違う女の人がうちに来ていたわ。だからお母様は皇都のタウンハウスから帰って来なくなったんですもの。お母様をさんざん泣かせておいて、また浮気をしたのに真実の愛なの?」

ディアがたまにやるみたいに、目を大きく開いて頬に手を添えて首を傾げる。

私、よくわかんなーいって顔だって言っていたから、ここで使うんであっているはず。

「え? だって……」

「イーデン子爵夫人は気の毒な方で」

「はいっ! 発言させてください!」

中程の席に、三人固まって座っていた女生徒のひとりが手をあげた。

いつもはおとなしくて目立たないけど、優秀な人だったはず。

「どうぞ?」

「あの噂は嘘ばっかりです。イーデン子爵家の人はフランセル様を虐めてなんていません! 現在のイーデン子爵夫人は私の姉です。イーデン子爵のお母様は病弱だけどとてもやさしい方だったのに、先代は彼女が亡くなったらすぐに若い後妻と再婚したんです。そして、邪魔だと息子夫婦と孫を小さな別館に追いやったんですよ。姉はフランセル様とは挨拶どころか、先代が亡くなるまで顔を見たこともなかったそうです」

やっぱり嘘だったのね。

ディアはフランセルを敵にするなと言っていたけど、これはしょうがないよね。

嘘をつけばバレるわよ。

「そ、それが嘘かも」

「だったら通いの店の者達や近所の人に聞いてみてよ。あなた達、自分で確かめてないでしょ? 平民の噂をそのまま信じているだけでしょ? それになんでみんなフランセル様のことを子爵夫人ていうの? あの人は先代が亡くなってから離婚してるのよ。イーデン子爵家とは縁を切っているの」

ひそひそと隣の子と話しながら顔を見合わす生徒達は、もう何が本当かわからなくなっているみたい。

どうせ彼らは、親がお茶会で話していた内容を真似して、自分達も話していただけ。

それが本当か嘘かなんて気にしないし、そのせいで自分が不味い立場になるかもしれないなんて考えない。

だって、親が話していたんだもん。

「イーデン子爵家の方に皇都に来ませんかと話してくださらない?」

「皇都ですか?」

「平民の噂はなかなか消えないでしょうし、これからヨハネス侯爵領は大変ですもの。私達姉弟は皇都のタウンハウスで暮らしながら、いろんなことを学ぶことになっているの。よければそこで働いてほしいわ。他にも職はあるだろうしお爺様にも相談してみます」

「ありがとうございます! きっと喜びます」

「あなたとその両隣の方も、あとで名前とどのあたりの領地に住んでいるか教えてくださいな。エドキンズ伯爵家もブリス伯爵家も仲良くさせていただいているから、そちらに吸収される場所なら、よろしくお願いしますとたのんでおけるの」

「あ、ありがとうございます!」

私って馬鹿みたい。

年上だからと怖がったり、私じゃ言い返せないと黙り込んだりしなくていいんだわ。

友人ばかりすごくて自分には何もないなんて思うより、こうやって使えばよかったんだ。

ディアだって精霊王の名前を使っているし、モニカも皇太子殿下のおかげで強くいられるんだから。

こんなに簡単に立場って変わるのね。

今まで私やハミルトンを馬鹿にしていた子供達が、すっかり小さくなっている。

もっと早くこうしていればよかった。

そうしたら……ううん。私はヨハネス侯爵家が潰れたってかまわないわ。むしろすっきりした。

私を人形みたいに言いなりにしようとしたお父様なんて、どうなっても関係ない。