作品タイトル不明
ディアの不安
その後は予定通りにカフェで食事をした。
私達がのんびりとメニューの確認をしている時、それぞれの執事達は各方面に連絡をしたり、警護の人数を増やしたり、忙しく働いてくれたみたいだ。
屋敷に戻ってから、ちゃんと昼ご飯を食べる時間があったのならいいんだけど。
ニコデムス信者を手引きした女性は、両親が子爵の屋敷で働く身元のしっかりした人だった。カフェで働きたいという彼女のために、主である子爵が紹介状を書いたんだって。
すぐに子爵が血相を変えて謝罪に来ていたわよ。
彼を責めるのは気の毒だと思うわ。生まれた時から知っている子が、いつの間にか家族にも内緒でニコデムス教になっていたなんて、たぶんわからないよ。
家族とも仲のいい働き者の女の子だと思ったのにと、紹介した貴族も家族も衝撃を受けているそうだ。
ベリサリオくらい高位の貴族だと、城中の従業員や兵士の行動をチェックしたりしてるけど、子爵家でそこまでやっている家は少ないでしょ。特におおらかなルフタネンでは。
それでも身元を保証して紹介状を書いたのだから、責任問題にはなるわけよ。
昼間の予定を終わらせて夜会まで時間があったから、私を心配してベリサリオ辺境伯家御一同様がルフタネンに来ちゃってね。
子爵はベリサリオ辺境伯夫妻とイースディル公爵に囲まれて、今にも倒れそうな様子で何度も謝罪していたわ。
クリスお兄様とスザンナまで来たのよ。
お父様はすぐにベリサリオに引き返して、ベリサリオの警備体制をチェックしたり、皇太子に報告に行ったり、夜会どころではなくなってしまった。
クリスお兄様とアランお兄様は、カフェのオープンに向けてサロモンと打ち合わせをしている。屋台を出すなら、予定外に用意しなくてはいけなくなるものが大量に出てくるから、フェアリー商会やイースディル商会の人も来て、別室で緊急会議よ。
お母様とスザンナは、私が今日は無理だと放置していた部屋の内装を、いとも簡単にどんどん決定してくれている。センスって大事ね。
「あなたは自分の部屋を片付けなさい。広いテラスや居間がせっかくあるんですもの。あなたが居心地よく過ごせる部屋にしないとね」
カフェの仕事も屋敷の内装を決めるのもいっさい役に立たず、お母様に追い払われた私が天才と言われている妖精姫です。
確かにね、役に立たないのよね。
どういう人材が何人必要かとか、給金の話とか、屋台を出す場所の確保とか、そういう実務的なことは今までもノータッチだったからなあ。
遣ろうと思えばやれるわよ? だけど、二年後にはカミルと婚約して、結婚に向けて勉強するために週の半分はルフタネンで過ごす私に、そんな実務をやらせるなんて無意味でしょ。むしろマイナスでしょ。
「テラスか……ゴザでも敷こうかな」
冗談よ。本当にそんなことしないわよ。
いくら私が物好きでも、もっとクッション性のある敷物がいいわ。
「あ、いいことを思いついちゃった」
我ながら面白いことを思いついたとウキウキしながら扉を開けると、私より先にジンとリヴァが部屋の中に入っていった。
『安全確認出来たよ』
ジンの声を聞いてから部屋に入り、魔道具の照明を端からつけながら部屋を奥に進んでいく。
まだ何も家具の置かれていない部屋は、普段は開け放たれたままの可動式の壁が、今はしっかりと閉じられているために暗く感じる。
「海は見えないのよね」
きっと私が襲撃されたから、慌てて扉を閉めたのね。
外はもうすぐ夕焼けの時間帯で、夕焼けに染まった景色が見られるはずなのに……。
扉を開けようと手を伸ばそうとした時、
『カミルが来る』
イフリーが教えてくれて、それからすぐに扉を開けてカミルが部屋に入ってきた。
「よかった。ここにいたか」
『だからそう言っただろ』
『ディアは魔力が派手だからわかりやすい』
派手ってどういうことかしらね。
「打合せは終わったの?」
「いや、あれだけ人数がいれば大丈夫だと言われた」
カミルは、シャツの腕を肘まで捲ってリボンタイも外してしまっていた。
男の子はいいなあ。私も楽な服に着替えたい。
「開けたいのか?」
「うん。中庭が見えるのよね」
「そうだな」
ベリサリオのように丘の上にあるわけじゃないから、海が見えないのは仕方ない。
がちゃりと鍵を外してカミルが横に扉を移動させると、眩しい日差しが室内に差し込んできた。
「みんな、心配していたぞ。ディアは自分のせいで迷惑をかけたと落ち込んでいるんじゃないかって」
「……それでカミルを寄越したのね」
「邪魔だったか?」
「そんなことないわ」
「それならいいんだけどな、前回も今回も、会ってすぐは警戒した猫みたいな顔になるだろう?」
うっ……。緊張していたのがばれてる。
「それは……会うのが久し振りだと、どんなふうに話していたか忘れるというか、こう……その……意識しちゃうというか」
「ああ、それは俺も同じだ」
「そうなの?」
「前回は声変わりしたばかりだったからな。そんな声は嫌だと言われたらどうしようかと思った」
なんだそりゃ。
素敵な声になってくれてラッキーだけど、意思の疎通が出来れば声なんてなんでもいいわよ。
でもその声はそのままがいいけどね。せっかくだし。
「ちょうどディアに話があったんだ」
「何?」
開けた扉に寄りかかって振り返ったカミルが手を伸ばしたので、その手に自分の手を重ねながら隣に並んだ。
もうね、手を繋ぐくらいは平気よ。ドレスで手を擦ってから繋ごうかと思っちゃったけど。
「シロを瑠璃様に返そうかと思ってさ」
「なんで? まだ危険でしょ?」
ついさっき、ニコデムスの信者が現れたばかりなのよ。
なんでこのタイミングでそんなことを言い出すの?
「俺にはルフタネンの精霊王が後ろ盾になってくれている。それに、魔力量はディアの方が数倍多くても、戦闘経験は俺の方が上だ。シロがいなくても大丈夫だよ」
「でも……」
「もし危険なようなら、モアナに相談するよ。ルフタネンの精霊王に後ろ盾になってもらっているのに、帝国の精霊王に精霊を借りているのはおかしいだろう?」
わかってる。わかってるの。カミルの言っていることは正しいわ。
でももし何かあったら?
今日だってシロが活躍していたじゃない。
「そんな顔するなって」
頬に添えようとしたカミルの手を両手で掴んだ。
「ちゃんとモアナに相談して。守ってもらってよ」
「さっきだって、すぐにモアナが来てくれただろ?」
「……そうね」
「シロは俺より、ディアの両親に預けた方がよくないか? ふたりを守ってもらった方がいい」
「ふたり? ……そうよね。狙われる可能性はあるわよね」
自分が狙われるのは怖くない。なんとでも出来る気がする。
でも大切な人が傷つくのはこわい。
怪我をしたら? 殺されてしまったら?
私はきっと、その原因になった自分を許せない。
悪いのはニコデムスだといくら理屈でわかっていても、守り切れなかった自分を許せない。
「ディア」
頬に触れる大きな手の感触にはっとしてカミルを見上げると、眉尻を下げて心配そうに私を見ていた。
「なんて顔をしてるの?」
笑いながら握りしめたままだった手を上下に揺らす。
でもカミルは笑わずにその手を私の手から引き抜いて、私の背に回した。
「俺や家族に何かあったらと心配なんだろう? でもそれは俺も同じだ。ディアに何かあったら」
「私は大丈夫よ」
「俺だって大丈夫だ。でもいくらそう言っても、きみは心配して守ろうとするんだろう? ディア、俺は守られなくても横にいられるように、精霊王に後ろ盾になってもらったんだよ?」
「わかってるの。でも心配なの」
「そんなたいした敵じゃない。今日だって妖精姫を攫うのに四人しか集められなかったんだぞ。シュタルクと国交断絶している今は、ベジャイア経由で来るやつだけ注意すればいいんだ。大丈夫」
抱き着くというより、しがみつくという感じでカミルの服を掴んで俯いて、意地になった子供みたいに唇を噛んだ。
私は平和に暮らしたいだけなのに、なんでほっといてくれないの。
いっそ乗り込んで行って、シュタルクごとぶっ潰したい。
だってこんな状況、いつまで続くの? いつになったら安心出来るの?
「私と婚約したら……」
「するよ」
「でもずっとニコデムスに付きまとわれるわ」
「そうだな。あんまりひどいようなら、ルフタネンと帝国とシュタルクの精霊王を巻き込んで、シュタルクの王宮にふたりで乗り込むか」
「……私も似たようなこと考えてた」
「ひとりで乗り込むのは禁止だぞ。俺を連れて行け」
「ふふふ……」
そうよね。いざとなったら、正々堂々と乗り込んでやればいいんだわ。
私だけだと、潰した後が大変だ。強すぎる化け物を人間は排除しようとするでしょ?
宇宙人や異形でもヒーローでいられるのは、彼らが正義の味方だと信じ切れるお話の中だけよ。
「精霊王がやっつけてくれたことにするのね」
「出来れば人間だけで倒せた方がいい。そのための三国同盟だし、今の王朝の後釜も用意しないと」
「私よりよっぽど具体的に考えているじゃない」
「当たり前だろ。目の前で婚約者を攫おうとするやつがいるんだぞ」
「……そっか」
少しだけ落ち着いた。
うん。悪いことばかり考えるのはやめよう。
みんな、ニコデムスと戦うために動いてくれているんだ。
私ひとりでどうにかしようなんて考えても、私が大人達よりうまく動けるわけがないもの。