軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アンドリュー皇太子

実は私、自分が今どれほど注目を浴びて、どれほど話題になっているかよくわかっていなかった。

家族も領地の人達も私を大事にしてくれて、いつも周囲は以前と変わらない静かな毎日だったから。

でも宮廷では私の様々な噂が駆け巡っていた。

宮廷の人間の目撃者は、全て皇族の側近や護衛騎士だけなので外部に情報を漏らさないから、私が精霊について説明するために会った人からの情報しかない。

おかげで私、UMA(未確認生物)扱いよ。

クリスお兄様やアランお兄様の妹なのだから、きっと普通の子供より大人びているだろう。

あの両親の子供で精霊王に愛されるくらいだ。絶世の美幼女に違いない。

ちょっとでも気に入らないことがあると、皇帝陛下にも詰め寄るわがままな娘らしい。

他にも、飛ぶらしいとか、馬より速く走るらしいとか、人間じゃないだろすでにそれは。

話題に困ったら、お天気の話題かベリサリオのUMAの話題って言われるくらい、時の人になっているらしい。

これが皇帝一家とその周辺の人達になると、もっと深刻になってくる。

将軍と陛下には二度遭遇しているじゃない。私、子供らしく話せる気がしないから必要事項以外ほとんど話さなかったのよ。

でも子供を現在進行形でふたり育てている将軍や陛下と、毎日皇子やその側近達に接している護衛達は、あの子は立ち居振る舞いが子供らしくないとすぐに気づいたらしいの。

話し方は気にしていたけれど、表情や歩き方は気にしていなかった。

身体を鍛えているのも原因だと思う。

他の幼女は護衛と一緒に、訓練場を何周も走ったりはしないだろう。

階段の上り下りだって、いつも駆け足だからね。

必要なこと以外喋らず、営業スマイルを顔に張り付けて、きびきびと動く幼女。

……こわい。

可愛いドレスを着て、滑るように歩くフランス人形を想像して自分でもこわくなった。

なんで私、すぐにホラーになるんだろう。

その幼女が、あざといあどけない顔で言ったわけですよ。

「本当に魔力をあげるの忘れてたんですか?」って。

そりゃ陛下もびびるわ。

目の前で琥珀ママンと親し気にしたあとの質問だから、余計にこわいわ。

首筋に刃物を突き付けながら、「わざとやったんなら潰すぞ」って言われたようなもんだわ。

そのあと私はお誘いに一切応じず、ようやくお父様が宮廷に詰めるようになったと思ったら、ベリサリオの紋章のついた馬のない馬車が街道を疾走していた、という報告が何件も上がってきたものだから、もうあの子なんなのーーーー!!ってわけですよ。

それでも、お母様と陛下は今でもお友達だし、お父様は大臣に就任したし、クリスお兄様はアンドリュー皇子の御学友と、皇帝一家とベリサリオは仲良しですよアピールが出来ているから、まだ中央も植林さえ進めて、あと一年我慢すれば地方と同じように状況が好転するはずだと不満が爆発していない。今のところは。

国全体としてはここ二年、近隣諸国の中でダントツに黒字経営の国なんだから。

だからここでラスボスと対話したいと、勇者アンドリューが立ち上がったわけだ。

ただなぜか家族の誰にも言わず、ひとりだけで会いに来るらしい。

はい、ここ注目。

会いに来るんですよ。

皇太子自ら、ひとりで、我が家まで、お忍びで。

「なんで内緒なんですか?」

「会合が成功してきみと仲良くなったのが皇太子だけだと知られたら、皇帝の信頼度がもっと下がる。会合に失敗した場合、皇帝一家に迷惑が掛からない」

「皇太子に得になる話が見えません」

「きみに会えて、話を出来るだけで得だろう」

私、御利益ないよ?

「それにアンドリューだけとしか会わせないというのが、こちらの条件だ。妙なことを言い出したら途中で追い返す。ある程度、ディアの考えは説明してあるから大丈夫だよ」

皇太子がひとりでくるのは、クリスお兄様のせいだった。

なのに、こちらからはアランお兄様も同席するんですって。

実際に会うことになったのは一か月後。学園が始まってからだ。

スマホないと不便だね。

人間の方が精霊王よりのんびりだったよ。

「お嬢様、支度が終わりました。いかがですか?」

メイドには、商会の事で至急打ち合わせしないといけないことがあるから、クリスお兄様が早朝に少しだけ城に戻ってくると説明してある。両親は皇都に行っていて留守だ。

鏡の中の私は、横の髪を何本か細い三つ編みにして後ろで髪飾りで止めている。

飾り気の少ないグレープ色のドレスは、袖口と首から胸までが白くて首元に大きなリボンが揺れていた。

生まれて五年経つのに、いまだに自分の顔とは思えない可愛さだ。

ハリウッドで子役スターになれそう。

でもこの世界ではUMAですよ。

メイドを従えて廊下を進み、私の居住スペースの境界線でメイドからブラッドにバトンタッチ。

彼は何が行われているかを知っているので、少々表情が険しい。

「おはよう」

転送陣の間に続く廊下の前でアランお兄様が待っていてくれた。

ブラッドとアランお兄様の執事はここで待機。ここからはふたりだけで行くみたい。

スパイ映画みたいじゃない?

ちょっと楽しくなってきた。

転送陣の間の近くには、応接室や客間がいくつも用意されている。

その中でも一番豪華な部屋の前に、レックスくらいの年齢の制服を着た男の子が立っていた。

不機嫌な顔でこちらを向いた彼は、私の姿を見つけて目を見開き、そのままガン見ですよ。

瞳孔開いちゃってない? 大丈夫?

「おはようございます」

アランお兄様が挨拶をしたら、はっとした顔で慌てて挨拶していた。

皇太子の側近だろ。年上だろ。がんばれ。

「おはようございます」

「おはようございますっ!」

私もにこやかに返事をしたら、両手をピシッと身体の横につけて返事をしてくれた。

軍隊か。そんなに私はこわいか。

「兄上、アランです。よろしいですか」

ノックをしてアランお兄様が声をかけると、中からクリスお兄様の返事が聞こえた。

開けた扉をアランお兄様が押さえてくれて、さあどうぞと促してくれる。

さすが完璧なエスコート。格好いいなと思いながら足を踏み出し、私は部屋の入り口で固まった。

早朝の冷たく澄んだ空気の中、ソファーに腰をおろしたアンドリュー皇太子は背凭れに寄り掛かり、緊張した面持ちでこちらを見ている。相変わらずの見事な赤毛と意志の強さを秘めた眼差しなのに、温厚な印象を与えるのは表情のせいなのかな。

クリスお兄様は皇太子の座るソファーの背凭れに寄り掛かり、優しい笑顔をこちらに向けていた。こちらは相変わらずの超美形で、天然フォーカス付きで輝いている。

他には誰もいない早朝の室内で、仲良さげな距離で話す美少年。

しかも同じ濃紺の制服姿ですよ。尊い。

拝んでしまいそうになるのを、拳を握り締めて耐えたね。

この部屋に私が入るの?

ダメでしょ。清浄な空気が汚れるでしょ。

この世界の全女性に申し訳ないでしょ。

「早く入って」

ちょっと押さないでよ。

アランお兄様はもう、ベリサリオ最後の良心じゃないよ。ただの突っ込み要員だよ。

「こんな朝早くに時間を取ってくれてありがとう」

立ち上がると皇太子は、以前会った時より少し身長が伸びていた。

もう何年かで、みんなすっかり大きくなっちゃうんだろうな。

「おはようございます。皇太子殿下」

「おはようございます」

アランお兄様と一緒に、しっかりとご挨拶。

「時間があまりなくて慌ただしくてすまない。座ってくれ」

アランお兄様と私が並んで皇太子と向かい合う席に座る。

クリスお兄様は私の背後に移動した。

見るからに、三対一の構図ですよ。

「今日は、きみが我ら皇族をどう思っているのか。なにがきみの望みなのかを確認するために来た」

前回会った時は挨拶しただけであまり近くに行かなかったから、改めてこうして正面に座ると、すっごい緊張する。

一国の皇太子だよ。超VIPじゃん。その真正面に座っているんだよ。

もう外交とか公式行事に参加しているから、神童と言われるクリスお兄様に負けない大人びた表情と、上に立つ者特有の嫌味にならない尊大さがある。

こんな大人びた子供を見ているのに、よく私が不自然だと気づくやつがいるな。

弟の方の側近見習いと比較されたかな。

「遠慮はいらない。言葉遣いもどうでもいい。本心を聞きたい」

「……はい」

「きみは陛下の茶会への誘いを断っているそうだね」

「誰からでも断っています」

「なぜかな」

「お茶会が嫌いだからです」

「じゃあ何が好きなんだい?」

「訓練場で運動することと、商会で馬車に乗ることと、お菓子を作ることです」

私に会わせてくれと、両親もクリスお兄様もいろんな人から言われていた。

それを断れたのは、六歳までは茶会に出さないとお父様が明言していたからだ。

でももう領地に引き籠っていられる時期は終わる。

来年になれば茶会に出なくてはならないから、その前に私の味方になってくれそうな皇族を作っておきたいというのが、クリスお兄様の考えだ。

クリスお兄様の考えも理解出来るし、ベリサリオと皇族が仲違いするわけにはいかないのもわかる。

だからこの場の最年長者として、落としどころを考えているのよ。無い知恵を絞って。

ただ大問題がある。

私は前世、いわゆるオタクだった。

死因でもわかる通り、出かけるよりもパソコンの前にいることが多かった。

友達はいたよ。毎回コミケで店番をお願いしていた子もいたし、飲みながら萌えを語り明かした夜もある。

ただそれは、共通の趣味という話題があったからだ。

ロイヤルなVIPと、失礼にならないように子供らしくなくて不自然と思われずに話すのは、どうやればいいの?

難易度高くない?

「そうか。陛下が嫌いなわけじゃないんだね?」

そんなことを聞かれて、嫌いですと言えるやつがいるわけないだろうが。

嫌いじゃないけど、今はまだ精霊の事で不信感が 拭(ぬぐ) えなくて好きとは言えない。

だから、驚いた顔で首を傾げた。

「きみは私達と仲良くなれると思うかい?」

「お母様と陛下は仲良しですよね?」

「そうだね。私ときみも仲良しになれるかな」

「どうでしょう?」

「ディア、どうしたんだい? あまり時間がないんだ」

クリスお兄様がソファーの横に移動して、肘掛けに手をついて顔を覗き込んできた。

味方にすると言っても、どうやって話を持っていけばいいのかわからないんだよ。

クリスお兄様が、商会の打ち合わせのようにさくさく進めてくれればいいんだけど、皇太子がいるのにそれは出来ないし、皇太子は最大限に気を使わなくてはいけない年下の女の子と会話したことなんてないだろうから、どう話せばいいか困ってしまっている。

ええい、もう相手に投げる!

「では、どうすればいいんでしょう。はっきりとおっしゃってください」

私の返事に皇太子は何回か目を瞬き、前髪を乱暴にかきあげながらため息をついた。

「私と結婚する気はないかな」

「アンドリュー?!」

「なにっ?!」

私が答えるより早く、お兄様達が身構えた。

いやあ、一気に話が核心をついたね。

お姉さん、そういうの嫌いじゃないわ。

「無理強いしようなんて思っていないよ。聞いているだけ」

「五歳児に?」

「クリスに初めて会ったのも五歳だったよ」

その話、くわしく!

「きみは皇族を避けているだろう? 皇子と結婚する気はないと明言しているのはクリスから聞いているよ。精霊王もきみの意に添わないことをした者は排除すると言っていた。だから誰も無理強いは出来ない。きみに選んでもらうしかない。来年から茶会に出るそうだね。きみに惚れさせようと競争になるよ」

「婚約は十五歳からなのに?」

「それでもだよ。私が気にしているのはね、残念ながら私はきみが学園に入学する年には、初等教育課程を卒業してしまっている事だ。でも、弟はきみとひとつしか変わらない」

「私がエルドレッド殿下を選ぶと思っているんですか?」

「好きになるかもしれないだろう? そしたらまた政権争いが間違いなく起こるんだ」

そんな未来はないと自信をもって言おう。

転生してからの年齢も加えたら、もう三十過ぎよ?

今更、恋愛のために他を犠牲になんて出来るような、そんな一途さは持ち合わせていない。

「私は、お妃教育なんてしたくないです。貴族らしい抽象的な話し方も苦手です。そしてなにより皇妃になりたくありません」

「普通は、女の子は皇妃になりたいんじゃないの?」

「そんな責任重大で胃に穴が空きそうな仕事は嫌です」

「じゃあ、好きになった相手が皇位に就くことになったら?」

「別れます」

なんでお兄様達まで驚いているのよ。

女の子は好きになった人につくす者、好きな人のために生きる者と思っているのなら考えを改めて。

現代人の私にそれは無理だ。

結婚生活は互いに尊重し合い協力し合える人としたい。

いわば人生の相棒よ。バディよ。

「というより、その可能性のある人とは付き合いません」

「すごいな。そこまできっぱりと言い切るんだね」

ええ。お妃教育なんてさせられてたまるものですか。

他にやりたいことがたくさんあるのよ。

「でもきっと、弟はきみに近付こうとするよ」

「そうでしょうか」

「そうさ。きみは自分が可愛いってことをもっと自覚した方がいい」

おおう。ロイヤルスマイルとちょっといつもより低めの声で、口説き文句のようなことを言われたぜ。こわいぜ、皇太子。

「ディアはどの国だろうと妃になる気がない。それでも、ディアの力を借りなくては国を安定させられないというなら、皇太子の地位は弟に譲った方がいいぞ」

「相変わらず、はっきりと言うやつだな」

うわあ。クリスお兄様も皇太子も目がマジだ。

いつもこんなやり取りしてるの?

「じゃあ私は、どういう立場できみに接すれば嫌われないで済むのかな。今は陛下とベリサリオ夫人が仲がいいからいいけれど、僕の代でもベリサリオとは仲良くしたいんだ」

「クリスお兄様と仲良しなんじゃないんですか?」

「彼は私よりきみを優先させるからダメだな」

ぶれないな、クリスお兄様。

「じゃあ、皇太子殿下もお兄様になってください」

「は?」

「妹に変な虫がつかないように、殿下も守ってください」

「ははは。これはいい」

皇太子は背凭れに沈んで楽しそうに笑い出した。

「なら、兄らしい助言をしようか。五歳のきみにまだ言っても仕方ないかもしれないけど、好きになる相手の立場を考えてあげた方がいい」

「え?」

「きみは、皇帝さえ動かせる力を持ちながら、商会を通して個人の財力も持ち始めている。それなりの立場と力を持つ男を選ばないと、相手の男が潰されるよ」

ああ……相手がどうなるかは考えていなかった。

そうか。私の愛した人が妬まれる立場になるのか。

「私が兄として幸せを願える相手を選んでくれ。そうしたらその男を守るために最大限の力を貸そう。そうじゃない場合、きみの恋人が暗殺される危険もあるよ」

暗殺?

私の好きになった人が?

これは脅しも含まれているんだろうか。

急に部屋の温度が下がった気がした。