軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

精霊のいない森 前編

精霊王達との会合を終えて屋敷に戻った時には、すでに日が落ちて星が出ていた。

屋敷内はもう大騒ぎですよ。

お父様もお母様も私とお兄様達を抱きしめて泣いていたもん。

話をするとは聞いていたけど、突然連れ去られるとは思わないよね。

急いで宮殿に手紙が届けられて、異例の速さで返事が届き、それから何度もやり取りが行われたらしい。

さすがに私に内容までは教えてくれないから、詳しい事は知らない。

でも精霊王の住む場所を領地に持つ辺境伯との会合に、皇帝と将軍と補佐官、そして宰相が参加すると言い出して、皇宮に来てくれと言われたのをうちがごねて、学園で会うことになったっていうのは聞いた。

よかった。皇宮にはいきたくない。

皇宮って 魑魅魍魎(ちみもうりょう) がいる気がする。

きっと置いてある花瓶ひとつも高価で、壊したりしたら物理的に首が飛ぶんだ。

ティーカップひとつで平民家族が何日も生活出来ちゃうんでしょう? って、クリスお兄様に言ったら、ディアの使っているカップもそうだよと笑顔で言われた。

「全部、私の使う食器は木製にしてください!」

「冗談だよ。そんなに高くないよ」

「あ、店で自分で買ってきます。ちょっと出かけてきます」

「悪かったって。急に出かけようとしないで。ブラッド!!」

瀬戸物屋に出かけるだけで、なんでそんな大騒ぎなんだろうね。

城の外に出たことがないから、そろそろお出かけしてもいいお年頃だと思うんだ。

自分の住む街がどんな場所か知りたいよ。

城から見下ろすだけじゃわからない。

「父上、ディアが外に興味を持ち始めました」

「なに! 門兵に伝えておかないと」

「いえ、あの子なら壁をよじ登るかもしれません」

待てい! 三階分くらいはある壁を、どうやってよじ登るんだよ!

クリスお兄様は、私をどんな奴だと思ってるの?

内緒で抜け出したりしたら、周りの人達に迷惑がかかるでしょ。

中身はれっきとした大人なんだから、執事や侍女がクビになるようなことはしません。

そして会合当日。

お父様に連れられて初めて転送陣の間に入り、魔法陣の上に立つ。

学園周辺は冬以外閉鎖されていて、本来は十歳に満たない者は立ち入り禁止なので、お兄様達も訪れるのは初めてだ。

「転送します」

精霊王に連れられて行った時のように光に包まれることもなく、転送は一瞬で、瞬きしているうちに風景が変わっていた。

転送の間を出たところは二階まで吹き抜けの広いホールで、ソファーセットが何組かおかれている様子は、大企業ビルの受付前のロビーのようだ。

今年の冬からここに通うクリスお兄様のために、一階の奥に食堂があり二階から上が居室だとお父様が説明していた。

教室のある建物にも食堂があるのに、ここにもあるらしい。あまりお金のない家の子供も食事が出来るように、それぞれの食堂は無料なんだって。

色ガラスのはまった大きな扉を護衛が開けて、先に何人か外に出て行く。

それぞれの執事とお父様の補佐官がひとり、そこまではわかるんだけど、私達家族四人になんでこんなに護衛がついているの?

ぐるりと囲まれて、周りの景色が見えないくらいよ。

私なんて小さいから上を向かないと、みんなの腰しか見えないわよ。

「父上は過保護ですね」

「ディアに変な虫でも付いたらどうする。 攫(さら) われたらどうするんだ」

「精霊王がその相手を消してくれるんじゃないですか?」

「彼は、無断でディアの部屋に入って連れて行った前科があるだろう!!」

瑠璃、ちゃんと謝っておかないとまずいよ。

お父様を悲しませたくないから、このままだともう二度と遊びに行けなくなっちゃうよ。

学園を会合の場所にしたのは、森の現状を確認しておきたいという理由もあった。

扉の外は大きな公園で、その周りをいくつもの建物がぐるりと取り囲むように建っている。建物は全て学生寮で、領地ごとに分かれているらしい。

「ようこそいらっしゃいました。管理人のルドルフです。ご案内させていただきます」

深々と頭を下げたのは、執事服を着た初老の男性だった。

公園を横切り、綺麗に手入れのされた花壇が両脇に続く小径を進む。

今日の会合は森でおこないたいとお父様がお願いして、テーブルや椅子を用意してもらったのだ。

森は静かだった。

日本にいた頃、友人と行った旅行先や家の近所の林も確かこんな感じだったと思う。

そうか。今まで気付かなかった。

城内の湖の周りの森は、もっとずっと賑やかなんだ。

精霊は見えなくてもあそこにはたくさんいて、彼らが葉を揺らしたり、煌めいたり、水に波紋を作ったり。慣れないとホラー映画の舞台になりそうなほど、怪奇現象がたくさん起きていた。

それが当たり前で誰も驚かない。またいたずらしているなって思ってた。

ここにはそういうのは一切ない。

鳥の声さえ聞こえない。

「これは……」

「瑠璃様は人間に近付けないとは言っていたけど、精霊がいないとは言っていませんでしたよね」

「でもいないよね」

風が吹けば枝葉が揺れて、ザザザと音がする。

木漏れ日が揺れて煌めいて、穏やかな日差しは暖かい。

でもこの森は映画のセットのようだ。

精霊がいないだけで、こんなにも違和感があるとは思わなかった。

「おや。もうおいでになっていましたか」

「おひさしぶりです。ベリサリオ辺境伯」

森の中の広場に置かれた大きな木製のテーブルには、刺繍の入った綺麗なテーブルクロスがかけられ、お茶と軽食が用意されていた。

すでに席についていた中年のふたりの男性が立ち上がり、わざわざこちらまで来て出迎えてくれた。

恰幅のいい少し薄毛の四十代半ばの男性が、風の精霊王が住む北の高原地域を領地に持つコルケット辺境伯だ。

精霊が増えれば豊作になるばかりでなく、家畜が健康になり牛乳や肉の味がよくなると聞いて、非常に乗り気になっている。肩の上にいる土の精霊が結構大きくなっているから、頑張って 魔力(えさ) をあげているんだろう。

もうひとりが火の精霊王のいるノーランドを治める辺境伯だ。

蘇芳も精霊獣がいないと自分がいる場所には来られないぞと言っていたとおり、ノーランドは雄大な自然と大草原と魔獣が有名な地域だ。

ノーランド辺境伯は自ら魔獣と戦う事もあるという美丈夫で、五十を超えていると聞いていたけど年齢よりずっと若く見える。

彼は風の精霊と土の剣精を持っている。こちらもちゃんと 魔力(えさ) をあげているみたいだ。

軽い挨拶を交わした後、ふたりは意味ありげな顔で私達に何歩か近付き、

「お感じになりますか?」

「この森、変ですよね」

他に誰もいないはずなのに声を落として言った。

「我々も、今ちょうどその話をしていたところです」

「ほう」

「やはり気のせいではありませんでしたか」

彼らの目は、クリスお兄様の頭上でふわふわ揺れている四色の精霊に向けられたのち、私の肩の上の精霊に向けられ、最後にアランお兄様に向けられた。

「本当に全属性持っているんですな。それに皆さんの精霊は大きい」

「きみは剣精を持っているんだろう。私も土の剣精がいるんだ。よければあとで話を聞かせてくれないか」

「はい」

挨拶が終わり揃ってテーブルに移動しながら、なぜかまたふたりの視線が私に向けられる。

「噂では聞いていましたが、いやあ、かわいらしいお嬢さんですな」

「姿を見た人が少ないので、妖精なのではないかと言われているらしいですよ」

私が?!

もうオジサマ方、お上手なんだから。

フラミンゴピンク色のドレスなんて着せられても、我慢していたのが報われたわ。

ピンクに白いレースがひらひらって、日本じゃ絶対に着なかったもん。

まあ似合っているんですよ、この子は。

紫色の瞳なんてエリザベス・テイラーかっつーの。

いまだに朝起きて自分の顔を鏡で見て、うおって言いながらのけぞるわよ。

そのたびにダナやシンシアに残念な顔をされるのが、もう日課よ。

「皇帝陛下がお見えになりました」

席につく前に知らせが来て、私達は全員、テーブルの前に並んで頭を下げた。

男性は胸に右手を当てて頭を垂れ、私は右手を胸に当てて左手でスカートを摘まむ。

私的な集いや夜会や舞踏会、茶会では両手でスカートを摘まむ挨拶。謁見の間や公式の集い、要はお仕事の席では片手でスカートがこの国のルール。

「ああ、そんなかしこまらなくてかまわんぞ。今日、この場では身分は気にせずに遠慮なく発言してくれ。子供達もだ。その言葉で罪に問われることはないと断言しよう」

来た早々にこの発言。私達が何か言うんじゃないかと思っているのかな。

エーフェニア陛下とマクシミリアン将軍が先に並んで席につき、それぞれの補佐官がふたりずつ後ろに立って並ぶ。将軍の横に宰相が皇帝の横に魔道士長が腰をおろし、彼らの後ろにも補佐官と副魔道士長が立った。他にもふたりの魔道士がいるし、私達も執事や補佐官を連れているし、いつのまにか人口密度がすごい事になっている。

さらにその外側と森の中に護衛がいるから、学園関係者が緊張して倒れそうになってるよ。

「さて、話を始めようか。子供達が水の精霊王の居城に招かれたそうだな」

陛下の目は、他の誰でもなく真っ直ぐに私に向けられた。

「陛下、恐れながらその話題の前にお話したいことがあります」

同じ辺境伯でも一番力を持つお父様が口を開く。

「なんだ?」

「皇宮の皆さんは、この森に違和感をお感じにはなりませんか?」

彼らは眉を顰め、周囲を見回し、首を傾げた。

わからないんだ。普段森になんて行かないから。

地方と中央の差かあ。

これは仕方ないよなあ。

「何かおかしいのか?」

「はっきり申すがいい」

宰相の不機嫌な言葉に、お父様が目を眇める。

先代の皇帝陛下の代から宰相をしている五十代後半のダリモア伯爵は元は侯爵家の三男で、先代に気に入られて子爵位を得て、のちに伯爵になった人だ。

身分ではお父様が上。でも宰相だから皇宮での権力はダリモア伯爵の方が上。

こういう微妙な力関係が、私にはてんでわからない。

しかもこういうのって時価だから。

その時その時で変わるから。

情報網を張り巡らせておかないと、いらんところで怒りを買う。

「でははっきり申し上げます。この森には精霊がおりません」

「なに?!」

「どういうことだ?」

だからどうして私を見るのよ。

私、精霊代表じゃないからね。

「ディア、何かわかるかい?」

お父様にまで聞かれた。

なら、言っていいのかな。いいんだよね。

「どう話せばいいのか。……罪にはならない?」

私は四歳児。

最近、お兄様達とも普通に会話しているから忘れがちだけど、難しい言葉は駄目だ。

「大丈夫ですよね?」

「問題ない。思ったことを話してくれ」

皇帝陛下と将軍を見て、その周りの人達を見て、こてっと首を傾げる。

「陛下とこの間お会いして、十日くらい経ちました」

「正確には八日だな」

「その前から精霊のお話は出てました」

「ふむ。それが?」

「なのになぜ皇宮の人は精霊を育てないのですか? 魔力をあげないのですか? 陛下の精霊も小さいままだし、そっちの人の精霊は消えそうです」

宰相の肩にいる土の精霊なんて、半分消えかかっている。

皇都に住むのは土の精霊王だぞ。喧嘩売ってんのか。

「ご飯あげないで無視する人に、精霊をくれるわけないです」

「そ……れは、忙しくてな」

「そうだ。おまえ達地方の貴族と違って、我々は忙しいんだ」

「その仕事は精霊より重要ですか? ご飯をあげる時間もないんですか?」

「国の仕事だぞ。重要に決まっているだろう」

「子供はこれだから」

目を大きく見開いて黙り込んでしまった皇帝と、腕を組んで難しい顔をしている将軍。

彼らはまずいと思っているみたい。

でも精霊王に会ったこともなく、精霊獣を持っているのは魔道士長と副魔道士長だけの皇宮と、毎日精霊獣を見かけるうちの城に住む人達とでは、認識に埋められない壁がある。

ああ……まだぜんぜん私のクエストは完了していなかった。

精霊と人間の共存の道は遠い。

「なら、どうして精霊が必要なんでしょう?」

クリスお兄様が天使のような屈託のない様子で聞いた。

なんですか、あの顔。これから喧嘩しますよって顔に見えるんですけど。

ここは私も、参戦した方がいいのかな?

「貴族の証明ですか? 飾りですか?」

「ベリサリオ辺境伯のお子様たちは、ずいぶんと精霊に肩入れしているみたいですな」

「辺境で生きていくには必要でしょうが、我々には魔道具があるので魔法を使う機会がないですからな」

「じゃあ精霊はいらないんですね? 精霊王にそう言っておきます」

私の言葉で場が凍った。

見よ! 瞬間冷凍!!