作品タイトル不明
なんの集まりだっけ?
皇太子の成人祝いの日、アーロンの滝に精霊王が勢揃いした時に、やたらと我が国に嫁に来いと誘ってきた精霊王がいたっけ。
そのうちのひとりがベジャイアの風の精霊王だった。
「そんな話は私達は聞いていませんよ」
「はあ?! マジか。……これはすまない。てっきりもう決定事項だと思っていた」
ベジャイアの英雄は、ただのチャラ男ではないようだ。
状況がわかるとすぐに姿勢を正し、皇太子とクリスお兄様に謝罪を口にした。
でも、私はスルーだ。
ベジャイアって男尊女卑の傾向が強いのよね。
この世界全てがどちらかというと男社会ではあるけれど、その中でもベジャイアは独特な文化を持っている。
ペンデルスとの国境紛争にニコデムスによる内乱。ルフタネンとの戦いと、もう十年以上も戦が絶えなかった国だから、戦で功績をあげた男、強い男がモテる。
そして強い子孫を残すために、強い男は複数の妻を娶れる。
英雄ともなれば、五人くらいは奥さんが持てるのかもしれない。
「ならば引っ込んでいてもらおうか。妖精姫にはシュタルクに来てもらう」
「それは無理だと断ったはずだが」
「精霊王を後ろ盾に持つ女性などという貴重な存在を、帝国は外に出したくないからといって少々勝手が過ぎるのではないか? 他国の者といっさい会わせず、公式の場にも出さず、幽閉でもしているのではと噂される状況なのだぞ」
シプリアンはテーブルにバシッと手を突いて、前のめりになって喚いているけど、私って幽閉されているように見える?
見るからに健康で元気そうに見えると思うんだけど。
それに私を幽閉したりしたら、精霊王が黙っていないでしょうに。
「どちらにしてもシュタルクには、彼女は行かない。シュタルクの精霊王に関わらないでほしいと言われているからね。そう以前から説明しているはずだ」
「そんな話を信じられるか! 彼女を外に出したくなくて言っているだけだろう!」
「いや、精霊王はそう言うだろうさ」
にやにやしながら腕を組んで、シプリアンと皇太子のやり取りをながめていたガイオが口を挟んだので、シプリアンはぎっとガイオを睨みつけた。
「黙れ。おまえの意見など聞いていない」
「国境沿いの町から、魔力が強くて精霊獣のいる娘をさらおうとする盗賊のような国が、何を偉そうにしているんだ?」
「なんだと!」
「地方の少数民族の女性もさらうそうだな。いい加減、そんなことをしても精霊王を怒らせるだけだと気付けよ」
こいつら、ここを自分達の屋敷の居間か何かと勘違いしてないか?
いや……落ち着こう、私。
今日はおとなしく、微笑みながら座っているのがお仕事のはず。
皇太子もクリスお兄様も、この失礼な奴らを野放しにしているってことは、何か理由があるんだろう。
でもさあ、いくら子供だけの茶会とは言っても、国の公式行事で各国の代表者の集いなのよ。
自分達の国のイメージを、現在進行形でどんどん下げているってわからないのかな。
「黙れ。戦争しか取り柄のない野蛮人が!」
「殿下……」
「なんだ! 俺は……」
ギヨームに肩を叩かれてむっとした顔で振り返ったシプリアンは、彼が目線で示したことで周囲を見回し、ようやく自分の状況に気付いたようだ。
「と、ともかく、私は妖精姫とお話がしたい」
またテーブルを叩きながら、今度は私のほうに身を乗り出す。
後ろでギヨームが申し訳なさそうに頭を下げた。
精霊を育てているし、常識人のようだし、辺境伯家は普通の人達なのかしら。
帝国と同じように、中央とは違う民族なのかもしれない。
そして、アルデルトは相変わらずずっと私を見つめたまま。
だんだん気持ち悪い存在に思えてきたわ。
「ディア、きみの意見が聞きたいそうだ」
「殿下、今日は何の集まりでしたかしら。私、殿下方の誕生日祝いとお聞きしたのでまいりましたの。違うのでしたら帰ってもよろしいですか?」
眉を思いっきり下げて困った顔の演技をして、少し首を傾げながら小声で話す。
他国にまで本性をさらけ出したりしないわよ。
御令嬢らしく。おしとやかに。
「そういえばそんな集いだったな。待っている人達もいるのだ、きみ達もいったん席についてはくれないか?」
「殿下、今日は学園に入学する者の集いでもあります。シプリアン殿下は入学年齢を過ぎていますので、他国の保護者の方達と別室にいていただいた方が……」
「私は入学すると言ったはずだ!」
皇太子が丸く収めようとしているのに、クリスお兄様が燃料を注いじゃってる。
怒ってるのかな。
でも、喚いているシプリアンを見ている皇太子も口端をあげているところをみると、わざとシュタルクの自分勝手さを各国代表に見せているのかもしれない。
彼らに比べると、他の三国はこういう場に相応しい態度を取っている。
呆れた顔をしていたり、おもしろがっている顔をしていたりという違いはあっても、本国に出来るだけ情報を持ち帰ろうと思っているのか、私達のやり取りを注視している。
「学園の講義を全て受ける気はない。精霊の育て方の講習を受けるだけだ。我が国の状況は知っているだろう。隣国として多少は協力してもいいのではないか?」
ものを頼む態度じゃないな。
「何度も説明をしていますが、精霊獣の育て方の講義は精霊のいない生徒は受けられません。精霊を得る方法については、教本をお渡ししているはずですが?」
「それでも手にはいらないから……」
「シュタルクの場合、いくら講義を受けても精霊は手にはいりませんよ」
「やってみなくてはわからないだろう」
「わかります。精霊王がそうおっしゃっていましたので」
説明しているお兄様の精霊を苦々しげに見てから、シプリアンは矛先を私に向けた。
「妖精姫が我が国に来れば状況が変わるのではないか?」
「変わりません」
「おまえには聞いていない」
「おまえねえ……いい加減、少し失礼すぎると思いませんか。皇太子の御前でその態度、こちらが穏便に済ませてあげているうちに席に戻りなさい」
あー、とうとうクリスお兄様が攻撃モードになってしまった。
「俺は王族だぞ。ベリサリオが何を……」
「やめた方がいいぜ。今のシュタルクじゃ、戦なんて出来ない」
「戦をする気なんてない」
「その態度で?!」
ガイオがポンとシプリアンの肩を叩き、反射的にシプリアンが叩き落とそうとする。その手を避けて手を引っ込めながら、ガイオは笑顔でこちらを向いた。
「妖精姫はあまり話さないんだな。聞いていたよりおとなしいというか……可愛いだけ、魔力が強いだけの女の子か?」
顎に手をやり、しみじみと私を見ながらガイオが呟いたので、怒っていたはずのシプリアンまで私に注目した。
「ふむ。婚約が決まっていないというのなら、私としても子供の相手は遠慮したい。だが、帝国とベジャイアの友好関係が強まるのは、両国にとって悪い話ではないと思うのだがどうだろう」
「ん? ああ、そうだな。異論はない」
ガイオに突然話を振られて、皇太子は笑いながら頷いた。
私への評価がおかしくて、これでも笑いを堪えているらしい。
「ここには高位貴族の女性も参加しているのだろう」
「おまちくださいガイオ様。公爵はあくまで妖精姫との縁談を」
「風の精霊王の勘違いなんだ。しかたないだろう。俺の好みは……」
おい。八百屋で野菜を選ぶんじゃないんだぞ。
その場にいる女性を見比べて選ぼうとするな。
シュタルクも失礼だけど、違った方向でこの男も失礼だわ。
だんだんムカついてきた。
後頭部を扇でぶっ叩きたくなってきた。
「おお、あそこに女神がいるぞ」
嬉しそうな声をあげて、ガイオはすたすたとテーブルのひとつに歩み寄り、
「これは美しい。しかも艶っぽい」
よりによってスザンナに声をかけた。
「妖精姫も確かに可愛いが、女性は男を喜ばせられないとな。あなたなら、顔も体つきも私好みだ」
あ、地雷を踏んだ。
小さい時から育ちがよくて、男の子達にからかわれていたスザンナにとって、体付きについて言われるのは誉め言葉にならない。
でも、扇で口元を隠して冷ややかな目で見上げるスザンナは、ますますガイオの好みだったらしい。
「気の強そうな様子もいい。どうだ? 俺の嫁に……」
「私の婚約者に触るな」
ガイオの差し出した手を、先程よりも強くクリスお兄様が叩き落とした。
あまりに勢いがあったので、手がテーブルにぶつかったガンッという音が私の元まで聞こえるほどだ。
「は?」
ガイオが驚くのも当然だ。
私も先程までクリスお兄様が座っていたはずの隣の席と、スザンナの横に立ち肩を抱きよせているお兄様を、三度見くらいはしてしまった。
「同じ部屋の中なら転移魔法って出来るんですか?」
「……精霊王はベリサリオを特別扱いしすぎだな」
うひゃー、クリスお兄様は何をやっているんじゃ。
カミルが皇宮に直接転移出来たのは、私のバングルに勝手に宿ったシロのおかげよ。
今回はひとつ間違ったら地下牢に転移してしまうところだったのよ。
「見ろよ、あの顔。あのクリスが、慌てるところなんてなかなか見られないぞ」
でも皇太子が楽しそうだから、今回はいいのだろうか。
「きみは妖精姫の隣に座っていたな。誰だ?」
「は?」
「え?」
英雄脳筋説浮上。
帝国に来る前に、そこの主要メンバーくらいは勉強して来いよ。
「ガイオ。彼はベリサリオの嫡男のクリス殿だ。妖精姫の兄上でもある」
かわいそうに子爵家の子息は真っ青になってしまっている。
彼はちゃんと帝国について学んでいるし、礼儀も 弁(わきま) えていそうだ。
「あー、なるほど。彼が神童と言われているクリス殿か。……意外だな。ベリサリオは軍の強さで有名なのに、こんな優男だとは。それで戦えるのか?」
戦争続きのベジャイアでは、男は強くなくてはモテない。
筋肉量が男の魅力に比例すると言ってもいい。
女性は胸と尻が大きい女性がモテるらしい。
可愛らしいタイプよりも色っぽい綺麗な顔がモテる。
ガイオは細身だけど、それは無駄な肉がないからであって、胸板は厚いし肩も筋肉でしっかりと盛り上がっている。
しかも英雄だ。女性は選び放題だろう。
でも国が変われば価値観も変わる。
ベジャイアの英雄は、帝国ではただの伯爵子息だ。
戦場での立ち居振る舞いと茶会での礼儀は違うんだと理解しないと。
「少なくとも、戦闘であなたには負けないと思うが?」
クリスお兄様が怒っているせいで、精霊獣達がテーブルの上に小型化して顕現している。
背を丸めて毛を逆立てて怒っているけど、四属性共に見た目が子猫だからめっちゃかわいい。
どうやら、リルバーンとデュシャンの人達もそう思ったようで、ほんわかした顔でテーブルの猫を眺めている。
たぶんこの場にいる人のほとんどが、猫の可愛さでお兄様の味方になっただろうな。
それに、争いの原因になっているスザンナが、
「まあ! まあ、クリス」
転移魔法まで使ってクリスお兄様が助けに来てくれたことに感激して、ベジャイアの英雄なんてそっちのけで、うっとりとお兄様を見上げているのだから、ガイオはただのお邪魔虫だ。
「まさか、ここまで転移して来てくれるなんて」
「来るだろう。婚約者に絡む馬鹿を放置出来るか」
「馬鹿って……失礼だな」
「失礼なのはそちらだ。伯爵子息風情が、他国の侯爵令嬢にあの態度。ましてや皇太子殿下の御前での態度は、国際問題にしてもおかしくないひどさだぞ」
「私はこれでも特別待遇なんでな」
「それはベジャイア国内でしか通用しない」
「なに!」
たぶん、ベジャイア宮廷ではあの態度でいいんだろうね。
脳筋の集いで、剣を交えて親しくなるような、王族相手でも筋肉見せればわかりあえるみたいな。
じゃなかったら、まずいでしょ。
他国の令嬢を、どれにしようかなって選別したのよ。
「意外とおとなしいな」
「は?」
「ベジャイアもシュタルクも、もっと騒ぐと思っていたんだが」
皇太子の言葉に、私は目が点になった。
まさか、ここで取っ組み合いを始めるとでも思っていたの?
「帝国とベジャイアの友好関係を考えれば、彼女を私に譲るべきだとは思わないか」
「今、友好関係が崩れつつあると理解しろ。だいたいベジャイアもシュタルクも、帝国に助力を頼む側だという自覚はないのか」
「ほお。つまりおまえは友好関係が崩れてもかまわないと言うんだな」
「礼儀をわきまえない相手に譲歩しなくてはいけない理由は全くないな」
クリスお兄様とガイオのやりとりが静まり返った広間に響いている。
私も大人になったなあ。
呆れてはいるけど、怒りはなくなってきたわ。
ベジャイアもシュタルクも、国際的な場での対応を学ばないと駄目よねー。
困っちゃうわ。
『何をしているんだ! 縁組の相手は妖精姫だと話しただろう!』
不意に空中に緑色の髪の男性が姿を現した。
細いくせに筋肉バキバキの姿はよく覚えている。ベジャイアの風の精霊王だ。
「彼女はまだ子供だ。我が国に来ても何も出来ない」
『おまえは彼女の価値がわかっていないんだ!』
まあ、本当に困ってしまうわ。
ヒトがせっかくおしとやかに、穏便に過ごしているというのに。
一気に怒りのバロメーターがあがったわ。
「皇太子殿下、私、ちょっと行ってきますわね」
「ああ。やりすぎるなよ」
「もちろんですわ」
この場合のやりすぎるって、精霊王をグーでぶん殴ることくらいよね。