作品タイトル不明
一歩を踏み出すために 4
あっけない。
あまりにあっけなさ過ぎて、余計にこわい。
風が砂を巻き上げるから、足跡ひとつないんだよ。
「あ! カミル、第三王子を倒したかったんじゃないの?!」
ここまで何も残ってないってことは、カミルは何もしなかったってことだよね。
私のこと抱きしめてたもんね。
「いいんだ。なにも自分の手で始末しなくてもかまわない。それより、ディアに怖い思いをさせたら、あとでクリスに何を言われるかわからないだろう?」
ぐはっ! 心臓にダメージ来るからやめてください。
カミルって、私に笑いかける時にそんなやさしい目をしてたっけ?
今まで私、何を見ていたんだろう。なんで気付かなかったんだろう。
「お嬢、大丈夫ですか?」
「……精霊王……やっぱりすごいですね」
すぐ横にブラッドとジェマが突然現れたので、うわっと驚いて顔をあげたら、彼らの後ろに蘇芳が立っていた。
「蘇芳も来てくれたの?!」
『当然。瑠璃ばかりに活躍させるか』
『ふん。おとなしく留守番していればいいものを』
尊い。背筋が凍るという体験をしたばかりだから、ふたりが横に並んでいてくれるだけで癒されるよ。
ブラッドもジェマも私と違って目撃してしまっているはずだけど、さすが元冒険者と元軍人。顔色が若干悪いだけだ。
キースやファースも無事だったようで、すぐに集まってきた。
『モアナ、どうした?』
作戦が無事に終わり、ほっとした空気が漂い始めている人間達とは違い、モアナは肩を落として俯いて、ぼんやりと砂浜を見ている。モアナより背が低いマカニは、心配そうに顔を覗き込んでいる。
『何も変わらないのね』
ぽつりと呟かれた声は、聞き逃しそうなほど小さかった。
『彼らを倒しても、寂しいまま。悲しいまま。少しは気が晴れると思ったのに、何も変わらない。もっといたぶってから殺せばよかったの?』
『おい、精霊王が何を言っている』
『でも……』
『今回は俺達にも責任があるから仕方ないけど、おまえは人間に深入りしすぎだ。だからそうなるんだ』
そうか。人間に干渉してはいけない理由のひとつは、生きる時間の違いか。
親しくしても、相手はたかだか百年に満たない時間で死んでしまうもんね。
だとしても、暗いよ!
「なーに当たり前のことを言っているのよ」
腰に手を当て、モアナの前に立って見上げた。
「そんなの誰だってそうよ。むしろ、犯人をやっつけたから気分すっきり。もう悲しくも寂しくもないわなんて言われたら、第二王子……ゾル様がかわいそうよ」
『かわいそう?』
「賢王が死んだときだってみんな悲しくて、それで引き篭もっちゃったんでしょ? 今だって思い出話になっても寂しいことに変わりはないでしょ?」
『え? じゃあこれからずっと悲しいままなの?』
親しい人との死に別れを経験したことのない精霊王にとっては、喪失感ってしんどいのかな。
精霊の森を壊された琥珀も、きっと初めて味わう喪失感で苦しんだんだろうな。
「人間の場合は、時間がたてば徐々に悲しみは薄れていくの。それでも時にはすっごく会いたくなっちゃったり、悲しくなっちゃったりするものよ。そういう時は思い切って泣いた方がいいんじゃないのかしら」
『そうか。じゃあ泣く?』
マカニに首を傾げながら聞かれて、モアナはうっと息を呑みながら周囲を見回した。
注目の的よ。この場にいる全員、モアナを見ているよ。
瑠璃は心配そうだし、蘇芳はにやにやしてるわよ。
ここで泣けと言われても困るよな。
「モアナ、兄上の死を悲しんでくれるのは嬉しいけど、生きている兄上の心配をしてほしいな」
カミルが砂を踏みしめてモアナに近づいた。
「僕達兄弟もルフタネンも、これでようやく本当に前に向かって歩き出せる。それを精霊王には見守ってもらいたいんだ。それに今日は、王太子殿下の結婚式が行われているんだよ?」
『……あ』
ようやくモアナの表情が明るくなった。
『そうだったわ。ラデクがお嫁さんをもらうのよね。それは見に……行きたい……な?』
なんでそこで私を見るのかしら?
『王太子の結婚式だからな。精霊王が顔を出しても干渉しすぎではないだろう』
『そうそう。それに、無事に事が済んだことも報告した方がいいんじゃないか?』
報告はカミルがすればいいとは思うけど、瑠璃達だって皇太子の成人式に顔を出したじゃない。さすがに結婚式に顔を出すななんて言わないわよ。
「いいんじゃないかしら? 早く行かないと終わっちゃうわよ。カミル、あなたも急いで行きなさいよ」
「それはそうなんだけど、ディアはどうするんだ」
「瑠璃に迎賓館まで送ってもらうわよ」
『いっそ、ベリサリオに帰るか?』
『ディアの執事を迎えに行く必要があるだろう』
『いや、あっちには琥珀がいるぞ』
瑠璃と蘇芳で勝手に決めないで。
特に蘇芳は、ちゃんと翡翠に断って来たんでしょうね。黙って来たら、留守番になった翡翠が切れるわよ。
「きっとディアの両親も無事な顔を見たがるだろうし、南島に行くんだろう? まだ帰らないよな」
カミルに勢い込んで言われて、思わず仰け反った。
ちょっと今、アップはやめてもらえないかな。だいぶ心臓が疲れているのよ。
「そうね。だから迎賓館に戻るってば」
「みんなにそう報告するからな」
「え、ええ」
カミル達がモアナとマカニと一緒に転移してしまうと、すっかり静かになっちゃって、まるで最初から何もなかったみたい。
砂浜の砂は穏やかに寄せて返す波に流されて、少しずつ海に還っていくんだろうか。
「なんてしんみりしているのは私らしくないわよ。私、たった今、おなかがすいていたことを思い出したわ」
くるりと後ろにいたブラッドとジェマを振り返ると、意外にもふたりは呆れた顔ではなく、心から同意して頷いていた。
「まったくですよ。私達は朝から何も食べていませんからね」
「お嬢は歩くの早すぎです。御令嬢が人混みをすいすいとすり抜けて、すたすた歩いちゃ駄目でしょう」
え? 駄目なの?
人混みをすり抜ける時はね、肩から入るのよ。すっと横向きになるのがコツよ。
「もうこんな仕事はごめんですよ。ディア様みたいにかわいい子が子供だけで歩いていたら、攫って行こうとする悪党だっているんですよ。どう見たってお金持ちのお嬢様なんですから、身代金だって取れると思うでしょう」
「まったくです。お嬢なら大丈夫とわかっていてもハラハラしました」
私をさらう? チャレンジャーだな。
でも、こんなに心配させてたんだね。危ないことはしないようにしよう。
◇◇◇◆◇◇◇
式が終わった後に舞踏会があるので、両親に会うのは明日になるだろう。
私のほうは迎賓館に帰ってすぐ、留守番していたレックスとネリーに無事に依頼完了したことを伝えた。
やっぱり気を張っていたんだろうね。
ネリーなんて半泣きになって喜んでくれたよ。
少し早めの時間ではあるけど、お腹がすいていたので夕食の準備を頼み、さすがに疲れたから少し休むわと、部屋に戻った。
閉めた扉に寄りかかって、思わず大きく息を吐く。誰も怪我することなく、無事に終わってよかった。
ルフタネン側では、まだまだ処理しなくてはいけない問題があるんだろうけど、それは私が関与することじゃないもんね。あとは南島に観光に行くだけよ。
ようやくひとりになって気が抜けて、のろのろとベッドに近づいてぽふんと俯せにダイブした。
今日は、気持ちの浮き沈みが激しくて疲れた。
……沈んでいないか。浮きっぱなしか。
前世の年齢を合わせたらもうすっかりおばさんの私が、十三歳の男の子相手にドキドキしているっておかしいよね。おかしいけど、でもディアドラは十一歳なんだ。
ついついなんでも前世と比べたり、判断の基準にしたり、ずるずると引きずってしまって、気持ち的にも子供みたいにはしゃいだり怖いもの知らずな言動をする時と、慎重になって周囲の友人を子供として見ている時の両方がある。
一度死んで、別の人間として生まれたってこと、もっとちゃんと自覚しないといけないんじゃないかな。
そうじゃないと一生、心と体の年齢差に振り回されてしまいそう。
内面の私に合う年齢の男性は、お父様と同世代でしょ?
そういう結婚もあるよ。貴族社会では。
でもさ、ただでさえ寿命がそんなに長くはないこの世界で、旦那さんと歳の差があるってことは、先に旦那さんが死んでしまって残される時間が長いってことじゃん。
うわ。それはヤダ。
モアナに偉そうに言ったけど、残されるのはつらいわ。
じゃあ、ディアの年齢に合う相手っていったら、カミルくらいの年齢なんだよ。
そう考えれば、あのくらいの年の子にときめくことが出来たって良かったんじゃないの?
まだ少年っていう年齢だけど、きっとこれからどんどん成長して、男性に変わっていくんだよ。
その狭間の年齢が魅力的だっていう人もいるよね。
私はどうなんだろう。
私は頭がいいわけじゃなくて、記憶があるせいで子供らしくなかっただけだ。
みんなの成長にちゃんと追いついていけるかな。
ちゃんと魅力的な女性になれるのかな。
『ディア、具合が悪いのか?』
『足がバタバタしてるぞ』
『回復するか? 浄化か?』
『ディア、どこか痛い?』
ふっと顔をあげたら、精霊獣に取り囲まれていた。
俯せのままじたばたしていたのを見られていたのか。恥ずかしい。
「どこも痛くないよ。ちょっと考え事」
カミルにもさ、打算があるのはわかってるよ。
国のためにも自分のためにも、妖精姫には価値があるんだろう。
言ってたもんね。よその国に行くならうちにしとけって。
私もさ、打算だらけではある。
条件があっているの、カミルしかいないし。
カミルなら私の置かれている立場がわかっているし、商会の仕事もやれて、ベリサリオにも帰りやすい。
それにさ、初めてなんだよ。もう前世のことも知られたから、お兄様達と同じように何も隠さないで話せて、でも女の子として扱ってくれて、口説いてきた男の子って。
ダグラスやジュードはお兄様達のお友達で、ヘンリーはエセルの弟で同級生。
お友達の男の子はたくさんいても、そこから踏み込んでくる子はいなかったんだもん。
……いなかったよね?
カミルが異性だと意識したのも今日だし、あんな甘い雰囲気で私を見ている時があったんだって知ったのも今日だ。今まで何を見て来たのか自信がなくなってきたぞ。