作品タイトル不明
一歩を踏み出すために 1
囮で相手をおびき寄せるのって、本当なら一週間とか十日とか、時には何か月もかけてやることなのかもしれない。
でも、私達にも相手にも時間がないのよ。
彼らは、私が北島にいるうちに接触したいはず。
私達は、ベジャイアのニコデムス教とつるんでいた残党と合流されては面倒だし、いくら精霊王の依頼だとしても、他国のためにこんなことを何日も続けてはいられない。
精霊王は人間には干渉しない。
だから、やつらがどこにいるか調べて教えてもらうわけにいかないし、彼らが人間に何をしようと精霊王は手出ししない。だけど私だけは別だ。
だから、おっしゃー! さあ来い!! って、ひとりで野原の真ん中に立っていてもいいんだけど、それは周りがやめてくれと必死に頼むし、やっても罠だと思ってきっと相手も来ないだろう。来たらアホだ。
いまだに王になれると思っているんだから、第三王子も第四王子もアホか。
今日は王太子の婚礼の日。
式が挙げられているのは東島だけど、北島だってお祝いの飾りつけがされて盛り上がっている。
前夜祭というのはこの国にはないそうで、当日と翌日が祝典の本番だ。
広いバルコニーの手摺に花を飾ったり、バルコニーとバルコニーの間にロープを伸ばして、風で揺れると日光を反射してきらきら光る飾りをつけている。たぶん夜には魔道灯がそこに灯るんじゃないかな。ツリーの飾りに似たようなのがあった気がする。
街には明るい音楽が流れ、民族衣装やアロハを着た人達が飲んで食べて歌って踊って、いつもよりも通りに大勢の人が溢れていた。
相手にとっても私達にとっても、今日は絶好の機会のはず。
「いいか。絶対に俺の手の届く範囲にいるんだぞ」
「はい」
「ディアが迷子になりそうになったり、攫われそうになったら、すぐに俺に教えてくれよ」
『まかせろ』
『わかった』
私より精霊獣のほうが信用されてるって、どうなのさ。
今日はカミルとふたりだけで行動しているように見せるため、護衛は人込みに紛れて、少し離れてついてくることにした。
ふたりとも普段はルフタネン人に紛れるなんて無理だけど、今日ばかりは港の関係者や商人達、観光客も大勢街に繰り出しているから問題なし。
ジェマがそこはかとなく上品でお金持ちのお嬢様風になってしまうのはしょうがない。
ブラッドはアロハが似合いすぎてびっくりよ。
こういう人、前世でパチンコ屋にいたイメージあるわ。
「やっぱり、俺とお嬢で歩けばいいんじゃないですか?」
ブラッドはお父様にカミルにも注意しろと言われているからか、ふたりきりにするのは反対みたい。
「第三王子はカミルを逆恨みしているんだって。カミルも餌なのよ」
「土地勘のない者にまかせるわけにいかない」
でも囮の私の傍にルフタネン側の人間が誰もいなかったなんて、うちの家族や皇太子に知られたら大変よ。
それにカミルは私の傍を離れないと決めていて一歩も引かないし、確かに地理に詳しいかどうかって重要だから、しぶしぶブラッドが引き下がった。
「迷子にならないように手を繋いでいくぞ」
「迷子迷子ってね、ちっちゃな子供じゃないんだから……きゃ」
カミルとふたりで行動を始めて早々、人混みに押されて流されそうになって、精霊状態になっていた精霊獣達が空中でぐるぐる回って周囲の人達を追い払おうとして、あわや大混乱になりそうになってしまった。
「……ディア」
「わかりました。手を繋ぎます」
「よろしい」
だってさ、手を繋ぐってハードル高くない?
家族以外と手を繋ぐ機会なんてそうそうないよ。
「手、小さいな」
「女の子ですから!」
「わかってるよ」
繋いでいる手は見ないようにして、カミルを引っ張って歩き出す。
でも、また人に流されそうになってしまって、今度は手を繋ぐんじゃなくて、カミルに腕を掴まれてしまった。
連行されている犯人みたいじゃない?
国王が病に倒れて、王子同士が政権争いして暗殺まであって、それが内乱になってと、ルフタネンはここ何年かずっと暗いニュースしかなかったでしょ? それがようやく精霊王が姿を現してくれて、これでルフタネンも平和に豊かになると期待が膨らんだところで、王太子の結婚だもん。そりゃあ騒ぎたくなるのもわかるよ。わかるけど、危ないから前を見てくれ。
私の身長、そんなに低くないだろう。精霊が光っているのも見えるだろう。
避けて。巻き込まないで。
「可愛い子がいるから、どさくさに紛れてぶつかって気を引こうとしているんだ」
「ぶつかられたらむかつくだけで、ナンパにならないから」
「ナンパ?」
「えーと、気を引いてお近づきになろうとすること」
「ほー。それをナンパっていうのか」
カミルに連行されつつ、人混みの中をうろうろすること一時間。
メインの通りは人が多すぎるので場所を変えようということになって、ようやく少しは人が少ない通りに移動出来た。
こっちは店の雰囲気も、落ち着いて少しお高そう。
私は昨日と同じくこちらの平民の女の子の服装で、カミルは今日は民族衣装だ。
「私の服で、この辺の店は入れるの?」
「どう見ても外国のお嬢様がお忍びで歩いているようにしか見えないから、どの店にだって入れるよ」
「そんなもん……」
あれ? 通りの向こうにいるあの人……。
「どうした?」
「え? ああうん。あそこ……」
声をかけられてカミルを見上げ、話しながら視線を戻した時には、もうそこにいた人物は消えていた。
「いない」
「誰かいたのか?」
「さっきの場所でも私を見ていた人が、ここでもまたこっちを見ていたの」
「なに?! どんなやつだ?」
「たぶんルフタネン人じゃないわ。顔はベジャイアとかシュタルクっぽいのに黒髪なの。瞳は灰色」
「もしかするとペンデルス人かもしれない」
それは別におかしくはない。
ペンデルスは砂漠化して共和国になった時に、多くの人がばらばらになっていろんな国に住み着いて、混血が増えている。ベリサリオにだっていたもんね。
長く他国で暮らして精霊に対する考えが変われば、手の甲の痣が消えて、元ペンデルス人でも精霊を持てるようになるそうだし、ニコデムス教の信者じゃなくて、新しい国で平和に暮らしている人なら全く問題ないのよ。
「ストーカー?」
「え?」
「離れていたのに視線を感じるくらいにじーっと見てたの。顔は整っているんだけど冷たい感じで」
「クリスみたいなやつか」
「違うわよ。冷ややかーな感じなのよ」
「クリスみたいじゃないか」
「だから違うって。印象としては蛇みたいな感じの目だった」
「それは違うな」
「でしょう?」
でも私達が今回捜しているのはルフタネン人だから、彼は関係ないよなあ。
「あっちにも行ってみない? 人が少ない裏路地なんかどう?」
「この状況で裏路地に行ったら、俺がディアを連れ込んでいるように見えないか?」
「おまわりさん、この人です」
「おまわ……よくわからない言葉が多いな」
「ああ、ごめん。もうばれていると思って、油断しまくっていたわ」
「そういう油断はいいけど、気を緩めるのはやめてくれ」
いつもよりおしゃべりになってしまうのは、やっぱり怖いからだろう。
だから、こちらを見ている男にも気付いたんだと思う。
初めて来た場所でここがどこかわからなくて、カミルとはぐれたら戻れる気がしない。
周囲は黒髪のルフタネン人ばかりで、私だけが異質だ。
すれ違った後に振り返ったり、わざわざ引き返してくるやつもいるのよ。
そういうやつらはみんな、私の精霊の大きさに驚くか、仲間にやめろと引きずられていく。
耳に届く異国の音楽と、風が運んでくる異国の匂い。
わっと背後で歓声があがって驚いて、私からもカミルの腕を掴んだ。
「大丈夫。そこで曲がろう」
私は大丈夫。
危ないのはあなただから。
彼らは利用価値のある私は殺さない。
でもカミルは邪魔な存在だ。
すれ違う相手が武器を持っていて、カミルに攻撃してくるんじゃないかとハラハラしてしまう。
そうだ。私の精霊は魔精だから、アランお兄様のような身体強化は出来ないけど、バリアーなら張れるはず。
薄くていいのよ。ううん。周囲に知られたくないからむしろ薄い方がいい。
ストッキングみたいに薄くて、でも刃を通さないバリアー。
どう、ガイア? 出来るんじゃない?
「これ……きみが?」
おお、出来てしまった。
これで少しは安心。
「そんなに怖かったか」
「これで刺されないでしょ?」
「……俺のため?」
意外だったのか目を見開いて驚いたカミルは、すぐに笑顔になった。
「心配してくれたんだ。ありがとう」
うっ。アップで見るイケメンの笑顔は破壊力がすげえぜ。