作品タイトル不明
知られた秘密
その後、大人達はお酒を飲み始めて宴会モードへ移行。まだ成人していないカミルと私は、皆さんより先に休むことになって部屋に引っ込んだ。
これでやっと今日の予定は終わり。
化粧を落として湯浴みして、楽な寝巻用のドレスに着替えてひとりで寝室に引っ込み、ずっと精霊の姿だった精霊獣を顕現させた。
「窮屈だったでしょ。ここにいる間はその姿でいいよ」
『当然だ。この姿のほうが護衛しやすい』
イフリーは扉の前にドンと陣取り、窓辺にはガイアが向かった。
小型化した時に小さいリヴァとジンは、私の傍にいるようだ。
『ディア、蹴るなよ』
「えー、蹴ったことないでしょ」
『踏まれたことはある』
『寝相が悪い』
そ、そんなことないわよ。普通に寝返りを打っただけよ。
私の上に寝ていたジンが悪いのよ。
リヴァは空中をふよふよと浮かんでいるほうが好きで、寝る時はイフリーの背中に乗っていることが多い。どうやら私に蹴られるのを警戒していたようだ。
私がベッドに潜り込む時、ついて来てくれたのはジンだけだったよ。枕元に寝れば蹴られないと学習したらしい。
普段通りにしていたつもりだけど、異国のVIPと会って緊張していたのかな。
いつもより早い時間に横になったのに、すぐに眠くなってきてうとうとしていたら、遠慮がちに扉をノックする音が聞こえてきた。
「ディア様、よろしいですか?」
寝室はベッド横の明かり以外消していたので、扉を開くと居間の明かりが光の線になって差し込んできた。
逆光で顔は見えないけど、声で誰かはわかる。
「ネリー?! まだ起きていたの? まさかあなたまで夜勤をするつもり?」
慌てて身を起こして問いかけた。
「当然ですよ。留守番組は、昼間に順番に寝ればいいんです。ジェマさんや護衛の方を寝させて……ぎゃ!」
胸を張って部屋に入ってきたネリーは、床に寝そべっていたイフリーに躓き、彼の上にぼふっと倒れ込んだ。
扉の真正面にいるイフリーに気付かないってどうなの。
「寝た方がよくない?」
「大丈夫です! それより、カミル様がいらしてます」
はあ? こんな時間に? 何を考えているんだ。
私の部屋に出入りしているのなんて見られたら、変な噂が立つだろうが。
「転移魔法でいらっしゃいました。ちゃんと控えの間のほうにいらしたんですよ」
「突然現れたなら、びっくりしたでしょう?」
「ディア様のおかげで、たいていのことではもう驚きません」
誤解を生む発言はやめていただきたいわ。
私が非常識な行動をしているみたいじゃないの。
「いつまでイフリーに懐いてるの?」
ネリーは倒れ込んだままの体勢で、毛並みの手触りを楽しんでいる。イフリーのほうも撫でられるのが気持ちいいようで、寝転がったままだ。
ネリーの精霊達が焼きもちを妬いて、彼女とイフリーの間に割り込もうとしてるよ。
「あ、申し訳ありません。つい」
ネリーはすくっと立ち上がり、メイド服を整えた。
「ガウンを着ますか? それとも……」
「こんな時間に独身の令嬢を訪ねるなんて非常識よ。会う必要はないんじゃないかしら」
「レックスもブラッドも、同じように言って断ったんです。でもディア様にだけ内密にお話したいことがあるそうで、王太子殿下もいらっしゃるとおっしゃって」
「はあ?!」
王子がふたりして、私にだけ話したいことですって。
この時間に転移で来るってことは、うちの両親にも知られたくないってことよね。
「……わかったわ」
私の返事を聞いてすぐ、ネリーは扉から顔だけ出して誰かと短い会話をして戻ってきた。
レックスかブラッドが待っていたのかな。
「ガウンよりショールが可愛いかしら」
「異国の王族に寝巻で会えないでしょう?」
いくら私でも恥じらいってもんがあるわよ。
飾り気のない機能優先の寝巻でも、独身令嬢が若い男に見せていい姿じゃないわ。
がばっと寝巻を脱ぎ捨て、訓練場で走る時に着ているドレスをさっさと着込んだ。
「もう少しこう、可愛いドレスがいいのでは?」
「非常識な男相手に、着飾る必要はないわ」
その上からブランケットを頭まで被り、ずるずる引きずって居間に出て行った。
窓辺近くの籐椅子に腰を下ろすと、ぞろぞろと後ろをついてきた精霊獣達が、私を取り囲んだ。
「ええええ?! 本当にその姿でいいんですか?」
「うん」
「相手は王族ですよ」
こんな時間に突然やってきたのに、奇麗に着飾って出迎えられた方がびっくりだろ。
ソファーの端に座り、背凭れと肘掛けがぶつかる部分に寄りかかる。足も座面に乗せてブランケットでくるみ込み、むすっと座っていると、すぐに客の到着が知らされた。
まだ少し眠くて、あまり機嫌がよろしくない自覚がある。
これも外交の重要な場と言えるのかもしれないけど、相手が非常識なんだから、知ったこっちゃない。
ブラッドが先に部屋にはいり、その後に続いて、カミルと王太子が入ってきた。その後ろにレックスが続いている。
側近さえ連れずに、マジでふたりだけで来たのか。
「こんな時間に押しかけてすまない。あ、そのままで」
立ち上がろうとしたら、王太子が掌をこちらに向けて止めた。
ふたりとも食事会の時の服装のままだ。
精霊を顕現しないでいるのは、私への気配りなのかもしれない。
でも私は堂々と精霊獣達を顕現させたまま、警戒状態にさせている。
テーブルの向こう側の席にふたりが腰を下ろすとすぐに、外に会話の内容が漏れないように私が結界を張った。
「きみにはカミルが何度も助けられているそうだね」
「私個人で助けたことはありませんわ。……私、寝ていたんです。出来れば用件だけさくっと話していただけませんか?」
姿勢よく少し緊張した面持ちで座っている王太子と、目を細めて私の様子を観察しているカミル。
異母兄弟だけど全く似ていない。
薄暗い部屋の中でも、明かりの光を受けて王太子の瞳はガラス玉のようで感情が読めない。
カミルのほうは、食事会の時には整えられていた髪がくしゃくしゃになっている。イラつくと髪をかきあげる癖があるからだな。
何か起こったのかな? 嫌な話?
「じゃあ、そうさせてもらうね。百年ほど前、ルフタネンにも精霊王が後ろ盾になった王がいたことは知っているかな?」
「賢王と呼ばれている方ですね。知っています」
「彼が何者なのか。精霊王はなぜ彼の後ろ盾になったのか。代々の王にだけ伝えられているんだ」
すーっと内臓が冷たくなった気がした。
この人は、私の秘密を知っている。
「きみも同じなんだろう?」
「何がですか?」
「記憶を持ったままこの世界に生まれた転生者なんだよね?」
この人は、なぜこの話をしに来たの? 脅迫するつもり?
他国に知られたら、多くの人がどんな手段を使っても私の知識を得ようとするだろう。
私はもう、実績を作りすぎている。
私の緊張と警戒を感じ取って、精霊獣が結界を強化した。
彼らを逃がさないように。
転移魔法も使えないように。
「ディア、落ち着いてくれ」
「いいんだ。そのままで」
カミルが腰を浮かせて私に話しかけ、王太子は自分の精霊に指示を出している。
そしてまた、リンリンと鈴の鳴る音が聞こえてきた。
「モアナ、干渉しないで」
王太子を睨んだまま低い声で呟いたら、また鈴の音がぴたりとやんだ。
「誤解しないでほしいな。きみを脅迫する気も、他所で話す気もないんだよ。もともとこの話は、代々国王にだけ伝えられている話で、他言無用なんだ」
「だったら私に話す必要はないんじゃないかしら?」
「でも僕は聞いてしまっていた。だからそれを内緒にするより、きみに打ち明けた方がいいと思ったんだ」
「カミルは国王でも次期王でもないんじゃないの?」
「きみと結婚したいって言い出したから、話さないわけにはいかないよ」
…………へ? 結婚?
え? これはどういう状況なの?
「カミル?」
「立候補したんだから、王太子殿下に報告するのは当然だろう」
「でもねカミル。彼女は転生する前の記憶があるんだ。心は子供じゃないんだよ。僕達よりずっと年上なんだ」
うっ……。
思っていたのと違う方向からダメージが。
「経験豊富で男の扱い方だってよくわかっているだろう。きみが対処出来る相手じゃないんじゃないかな」
ああ、私がカミルを騙していると思っているのか。
手玉に取っていると。
「もしかしたら僕達の祖母くらいの年の人なのかもしれないよ?」
「あ?」
思わずひっくい声が出た時に、テーブルの上にすっと私に背を向けた人が現れ、王太子のおでこをデコピンした。
「いった!」
『あなた、女性に対して失礼すぎるわよ』
うわ。琥珀先生だ。
ふと横を見たら、いつの間にか瑠璃が座っていた。
『ごめんねごめんね。この兄弟、ふたりとも女性に対しての態度がよくわかっていないのよ』
顔の前で両手を合わせてアイナが謝り、その背後では両手で顔を隠して正座して、
『うう……うう……』
モアナがしくしく泣いていた。
「だからさ、人間に干渉しては駄目なんでしょう?」
あんた達、そんなにしょっちゅう顔を出していると、ありがたみが減るわよ。