軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

無限地獄

簡単なコショウがけ卵焼きとパンを食べながら、よく冷やした果物の朝食をとっていると、ドンドンと扉を叩く音がしました。

「はい、なんでしょうか」

扉を開けると、第1部隊の伝令やら輸送担当の若手の人がいました、嫌な予感しかいたしません。

「ヴィヒタか、第1部隊のタシュだ、一旦、飯困らずダンジョンでのドロップ品集めを切り上げて、温泉ダンジョンの方に第2部隊を連れて来いとの事だ」

「え? はい、それはわかりましたが、なぜ私達を?」

「向こうに新しい階層が出来た、温泉も見つかった、だが効能がよくわからん。だからお前たちも来て調べろとの事だ。

その他の細かいことはお前の護衛している公爵令嬢様に聞いてくれ……私じゃなくてな」

……おそらくアウフお嬢様に根掘り葉掘り聞かれたんでしょうね。

すごく、たっぷりと、事細かく、うんざりするくらいに。

第1部隊の方が、こんな疲れたような顔をしているのを見るのは初めてかもしれません。

……もしかして、検証結果報告をアウフお嬢様にするのがしんどいというのが第2部隊を呼び出す最大の理由なんじゃないですか?

久しぶりにナウサ公爵邸のお屋敷に戻り、即、自室に入って、休暇中がんばって戦って手に入れた、私物のお酒をお部屋に隠します。

トルマリン宝石は残念ながら非番中にはドロップできませんでしたが、お酒は十分な量を確保できました、結構ホクホクです。

さて、アウフお嬢様に会いに行きましょう。

会いに行った途端、そこで手に入る布の吸水性がどうとか、温泉の仕組みや内装がどうとか、水が吹き出す部分の作りはどうなっているのかもっと詳しく調べて来てと激しくまくしたてられました。

その例の布は温泉と関係があるかもしれないから数枚私にくださるのですね? ありがとうございます。

くれるのでなくて貸すだけなのですか、はい、そうですよね……。

あ、ほんとにふかふかで肌触りがいいですね、ユーザ陛下がお使いになられている、糸ダンジョン産の薄布と綿を薄く層にして束ねられた、特注の湯浴み用の布より性能が良さそうです。

一枚個人的に欲しいです。

ただ石鹸のように取り放題ならばともかく、鏡と同じようにダンジョンから時間で一定量が生えてくる仕組みだと、他所の国の誰にも取られないよう常に騎士が張りこみますので、自分のものにするタイミングがないんですよね。

資料館で売りに出される頃にはとんでもない値段になっているんでしょうね……これ。

「それじゃあ、頼んだわねヴィヒタ」

アウフお嬢様にいろいろな可能性の予測や、調べてほしいことを細かく言われていざ出発です。

水や泡が噴出し続けている温泉など、意味がよくわからなくてお嬢様にも効能の見当はつかないようです。

温泉ダンジョンに潜り、最新階層の18階層までたどり着きました。

報告で聞いていた通り、真っ赤なクマみたいな怪物が出てきました、深層の魔物ですのでまずは安全のため身体が硬質化する薬を食べます。

そんな事をしていたら、クマは想像よりずっと速い速度で向かって来て私に襲いかかってきました。

クマの素人丸出しのテレフォンパンチをあわてて手甲で防御します。

ガードごと身体をふっとばされて、思いっきり背中から壁に叩きつけられてしまいました。

「ごっぶぁ!」

「副隊長!?」「ちょ、待……み、みんなで対処しろ! 早く薬を飲め!」

めちゃめちゃに痛いです、しかし痛いで済んでいるだけありがたいです。

硬質化するバフ食事を食べていなければ、今頃何箇所も骨折、あるいは死んでいたかもしれません。

他の前衛が慌てて硬質化や筋力アップの薬を慌てて飲んで対応してくれています。

数人がかりで取り囲んで切り刻み、どうにか赤いクマを倒したかと思ったら、奥からまた2匹出てきました。

「待って待って、二匹も!?」「落ち着いて! 落ち着いて対処を、ぎゃあああ!!」

思いっきり全速力で突撃してきたクマに数人轢かれて吹っ飛びました。

特にリーロは子どものような小さな体格になっているため、とても遠くまで吹っ飛びました。

陣形が乱れてしまい乱戦状態になってしまいましたが、頭数では大幅に勝っているため逆に有利です、こちらはモンスターの横から後ろから容赦なく弓と斬撃を加えることで勝利しました。

硬質化の薬のおかげで、私も轢かれた娘たちも全員無事です。

「はあはあ、敵が、敵が……強い」「大丈夫ですか? 副隊長、リーロ」「痛い、めっちゃ痛い」「骨は……大丈夫そうです」

トウジ隊長は私達のことを、多分20階層くらいまでなら通用するとか言っていましたが、本当にこれで通用するんですか??

20階層で通用する、じゃなくて、多大な犠牲を払えば20階層までたどり着ける、の間違いなんじゃありませんか??

さきほどのモンスター、おそらくパワーアップ関連の薬を使っていなければ、確実に数名の死者が出ていましたよ?

たしかに、16階層の装備強化温泉を守っているボスは20階層相当の強さの敵らしいですし、私達でも対応できますよ?

あんなふうに、敵の強さや数や特性をしっかりと見極めたうえで、これから戦うぞと心構えをしたうえで正しく対応させてもらえるなら、私達でもどうにかなる程度の強さだとは思いますけど!

初見で不意をつかれて突然襲いかかられた場合は、18階層でも普通に死にかねませんよね、これ?

第1部隊の事前の報告ですと先程の赤いクマは、あっさり倒せたから強さがよくわからん、というとても素晴らしい報告でしたからね!?

無いと同じじゃないですか、そんな報告!

「ちょっと待って、みんな慌てて薬を飲んだから、次また硬質化の効果が出せるまで結構時間が……」

「まだ硬質化を飲んでない後ろの娘、前衛を数時間交代してください」

「え、あのモンスターを前衛で抑えるんですか?」「ちょ、ちょっと私には厳しいかも」

「速度を上げる薬でも何でも使っていいですから! なんとか頑張ってしのいでください」

そんなこんなで次々と来る、対応を見誤ったら死がちらつくレベルのモンスターをどうにかこうにか対処しながら。

やっと温泉がある場所までたどり着きました。

そこにはすごく不自然な部屋がありました、全く見覚えのない内装の部屋というか、異文化の外装というか……とにかく見慣れない雰囲気の部屋です。

アウフお嬢様には、不自然な箇所は全部絵にして描き記してきてね、と言われていましたが、今はそんな気力も体力もありません、とりあえず後にしましょう。

「ようヴィヒタ、ずいぶん遅かったな。ここの棚にはこの布がびっしりと並んでいたんだが、今はないぞ」

部屋にはユネブ副隊長を含む第1部隊の方が3人立っていました、このふかふかの布が鏡のように日数で復活するのか、はたまた、もう二度と取れないのかどうか見極めるためここに駐在させられているのでしょう。

こんなやばい所に、3人の見張りでいいという判断をしているとか正直どうかしています。

「トウジ隊長たちはどちらに?」

「17階層の広い草原をとりあえず一周、ダンジョン穀物の種をばら撒きつつ探索してくるそうだ、下層への階段は見つかったとは言え、全体捜索で周囲の壁と、全体の広さをちゃんと調べないわけにもいかんからな」

「はは……それも、そうですよね」

私と第2部隊のみなさんの顔色が悪くなります。

それというのも9階層の広い草原は、気球で目視した状況から大まかに計算してもらって、適当にこのくらいのサイズだろうで報告を済ませているためです。

周囲の壁には洞窟があって、そこにはこんなものが置いてあったぞ、9階層には同じようなものはなかったのか? などと言われたあと。

お前たち本当に回ったのか? などと問い詰められる最悪の未来を想像してしまい、胃が千切れそうに痛みます。

「そ、それでは失礼して、我々は入浴に向かわせていただきますね」

逃げるように浴室の方へ避難します。

温泉です、ここは温泉に癒やしてもらいましょう。

何の解決にもなりませんが、温泉に癒やしてもらうしかありません。

浴槽は報告で聞いた通り、水が吹き出している、きっちりとした大理石の石やタイルで舗装されたダンジョンに似つかわしくない浴槽がありました。

「効果がわからない湯という話ですので、怪我をしている私やリーロたちから先に入りますか……」

もし怪我がすぐに治る湯なら、無傷で踏破する第1部隊の方々は気づけないからです。

アウフお嬢様も可能性の1つとしてそんな事を言っていましたし。

「ふう、下からポコポコ湧き上がる泡が結構気持ちいいですね、こちらの水圧の方はあああああがががっ!!」

「ど、どうしました副隊長?」

「せ、背中がっ、さきほど強く打ち付けた背中に水圧がああぁあ……」

ピンポイントで打ち身になっている部分を鋭く水で押しこまれて、めちゃくちゃに痛かったです。

これではっきりしました、少なくともこれは怪我が治るお湯ではありません。

「ヴィヒタ副隊長~、これって体力回復のお湯じゃありませんか? 疲れが不自然なくらい取れていきますよ?」

え? ……ああ、言われてみれば確かに。

ずっと背中がビリビリと痛くてそれどころではありませんでしたが、よくよく感じると体力が不自然なほどに回復しています。

先程の水圧を足の裏に当てると、足の疲れが吹き飛ぶように消えていきます、あと単純にこの水圧で足を刺激するのが気持ちいいです。

つまり、自分自身が強すぎて、あの赤いクマの強さがよくわからないという、虚無の報告をしていたように。

自分自身が疲れていなさすぎて、この温泉の効果がよくわからないと言っていたわけですね。

……はあ。

強すぎるというのはダンジョンの攻略には向いていても、調査には向いていないのかもしれません。

体力の回復湯だとわかるとみんなこぞって入りました。

普通に入っても体力は回復するようですが、泡に当てるとなおさら回復が早いみたいです。

とりあえず、下からポコポコと吹き出ている泡を背中の打ち身に当て続けます。

怪我は治りませんが、治りが早くなるかもしれませんからね。

「おう、お前ら今きたのか? 遅いな」

「トウジ隊長!?」

トウジ隊長ら第1部隊本隊が全裸で浴槽にやってきました。

もう周回してきたのですか?

「走れば一周2日といったところか、9階層も一周走って回ったことは何度かあるが、距離はあそことたいして変わらないな。

17階層も周囲にはなにもなかったぞ、全く、せっかくあんな広さの場所を用意するのなら何か面白いものくらい置いておいて欲しいものだ」

あの距離を走って回るとか、何を考えているのですかねこの人……。

まあそんなことより9階層の周囲には特に何も無いということがわかってホッとしました。手抜き調査がバレずにすみます。

「それではお疲れでしょうからどうぞ、トウジ隊長。

あと、流石に今回はこちらの温泉の効果は皆様にもわかるかと思います」

トウジ隊長は、一瞬「?」といった顔をしましたが、浴槽に入ったらその体力の回復効果を実感したようです。

「あー、こういう効果だったのか? なるほど、体力を大幅に使っていないと実感できなかったわけか……」

トウジ隊長は目を閉じながら、何かを考えるような顔で、水流を腰や太ももに当てながらその効果を実感しているようです。

そうです、何かを考えているのです、これは……危険です。

「あ、効果も判明いたしましたし、それでは私達は急いで報告に戻らせていただきますね……」

「おい、待て」

そそくさと立ち去ろうとすると、呼び止められました、とても悪い予感しかしません。

「お前ら、体力の限界まで少しここで運動していけ」

ほらきた。

勘弁してください、私は背中が痛いのです。

そんな事を言っても、今元気に動けているじゃないか、そんなのは怪我とは言わん、と無視されるのはわかっていますけどね。

「一人ずつ背負って限界までスクワットと腕立てだ、ほら始めろ」

「あの、隊長、私達全裸なのですが?」「せ、せめて胸を支える何かを……」

「いちいち体力回復のたびに脱いだり着たりする気かお前は? いいから早くしろ、乳なんかいくら垂れた所で9階層の湯で治るだろ」

第1部隊の80キロはありそうな筋肉の塊のような身体が背中に乗っかってきます。

あああああ、痛いです痛いです、ただ痛いだけで我慢すれば動作には特に問題はないこの状態が逆に終わっています。

あの時、骨が折れてしまい、絶対安静状態になっていたほうがまだ幸せだった可能性がありますっ!

体力の限界まで運動をさせられ、カエルのように潰れてビクビクと痙攣していると、私の背中に乗っていた方が無情にも私を温泉に投げ込みます。

……ああ、なんということでしょう、体力がどんどん回復してしまいます。

「よし、じゃあもう一丁いこうか」

トウジ隊長は巨体の部下を背中に乗せ、汗を流し腕立てを続けながら笑顔でそう言いました。

これは地獄です、無限地獄です。

私はなにか悪いことをしましたか?

「あ、あの、これはいつまでやれば……?」

「んん? まあ、体力回復が永遠ならキリがないな……じゃあ、あの布の在庫が再生したらお前たちはあれを持って帰ってくれ、私達はしばらくここで訓練を続けるから」

そうですか、あの布が再生したらですか……。

何日ですか!? あと何日であれは再生するんですか?

いや、そもそもあれって再生するんですかあああああ!!!????

地獄です、ここからは地獄の日々です。

食事時間のたびに木の棚を地獄の亡者のように見つめて、布の在庫が復活しているのを今か今かと待ちわびるしかありません。

布が補充されたのは、それから3日後のことでした。