軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

溶けないアイス

「あれ? マーポンウエアのシルド団長じゃないか、なんでまた温泉ダンジョンに?」

ポイントが貯まるまで特にやることもないので、ぼんやりと色々な階層の温泉を眺めていたら。

結構な規模の女騎士集団を見かけた。

よく見ればそれは、過去に見たマーポンウエアの女騎士団長だった。

「いいか、10階層の温泉の湯を飯困らずダンジョンに運び出し続けるんだ!」

シルド団長はそんな事を部下に言っている。

10階層の湯……ってトレーニング強化湯か?

つまり、テタ王妃が自前の女騎士でも事足りるようにシルド団長の部隊を鍛錬によこした、ということなのかな。

石鹸やチョコや酒がほしいだけなら、騎士団を動かすより金だけ出したほうがまだ安いだろうからな。

それともトルマリン宝石なら騎士団を動かしても採算が取れると踏んだのか?

そんな事を思って、すっかり隅々まで見慣れたセパンスの女騎士ではなく、シルド団長の部隊の様子を眺める事にした。

そして1週間もしたあたりで、本当の目的を察する。

「ただの団長の酒好きが原因かよ……」

俺は会話を聞いてその状況を察したわけではない。

5階層の情報収集の湯に、7回ほどシルド団長が浸かったあたりで、今回の遠征の裏事情まで読めるようになっただけである。

なにしろつきあわされている部下も、そのあたりの事情は知らないみたいだからだ。

とにかく騎士団を辞めようとしてでも、酒を求めたシルド団長にすり合わせた折衷案が、セパンス王国のダンジョンへの滞在と修行なのである。

「こんなものがそんなにいいの? ……わかんないなぁ。何度飲んでもわかんない」

ウイスキーのボトルを手に持ちながらペタちゃんがそんな事を言う。

「うん、俺にもわからん」

酒が桁違いの人気を誇っているのを見るにつけ、現世で酒を飲んでこなかったことを後悔する。

……いや、飲んでいた所で自分の身体がそれを好きにならなければ理解はできないのだが。

俺が職場で勉強してきた酒の情報は、仕事帰りのお客様が多い駅前の店なら酒類を充実させるべきであり。

車を運転してやってくるサービスエリアや道路沿いの店舗なら、酒類はほどほどにガッツリとした食事やファミリー層を意識した商品展開をしろといったコンサル理論しかない。

その理論で考えるのならば、命がけの戦いの場に酒を出すなんて、車の運転している奴に酒を提供するよりずっと駄目なのかもしれないが。

まあ、盛況なのだからいいだろう。

なあに、昭和よりずっと古い倫理感で動いてる世界だから大丈夫大丈夫。

シルド団長たちは10階層のトレーニングの湯を飯困らずダンジョンへと運びこんでいた。

運び込む先は、ウイスキーが採れる12階層に設置されている移動拠点だ。

シルド団長たちは寝泊まりする事のできる移動拠点を一つ借りて、基本はそこに住み着く予定らしい。

ニワトリやランチョンミート缶も採れる13階層のほうが住むにはよくないか? と最初は思っていたが、今の移動拠点を13階層以下に配置するとモンスターに壊される可能性が極めて高いらしい。

温泉ダンジョンの17階層にも、広い草原エリアを作っておいてはいるが、そこに移動式拠点の設置はしてくれなさそうだ。

なにしろ17階層あたりのモンスターは、岩を投げつけてくるゴリラみたいなモンスターや。

トゲをすり抜けて来そうな大蛇みたいなものも出てくるから。

トゲ付きの鉄の小屋程度の防衛では、あっという間に壊されてしまうことだろう。

あと変わった事といえば、シルド団長たちが、調理中にものすごく見慣れたナイフを使っているのをちょくちょく見かける。

ブグくんに渡したバタフライナイフだな、早速武具ダンジョンから発掘されて、騎士団の装備に採用されているらしい。

「あんな、お安いナイフが世界最強の騎士団の装備品にあっさりと採用されてしまうのか……現代文明怖いな」

ぼーっと、シルド団長の訓練や、訓練後の水浴びや、酒集めの様子や、酒収集のあとのご入浴の様子などを眺めていると。

ペタちゃんが、新しい食べ物を作って持って来た。

「マスタ~、新しいダンジョン料理作ったわよ、ずっと溶けないアイスクリーム」

ペタちゃんは、ダンジョンでしか作り得ない創作料理の真っ最中だ。

「……あの、いくら舐めても溶けないんだけど? なにこれ」

「だから! 溶けないアイスクリームだって言ってるじゃない!」

……ここ最近はずっとこんな感じだ。

カステラのザラメ部分の塊だの、こんにゃく食感の大根のおでんだの、ろくな物を出してこなくなってしまった。

連載準備中でボツ続きの新人漫画家のように、今、自分が何を作っているのかよくわからなくなってきている気がする。

この変なアイスは、噛みちぎっても、口の中でずっと冷たくて溶けず、甘くやわらかなガムのような物体がいつまでもくちゃくちゃと口の中から消えてくれない。

「なんなんだよこれ……噛めば噛むほど口の中が際限なくずっと冷え続けていく」

……ん?

「はいはい! ボツでしょ! どーせボツなんでしょ! マスターの世界の既存の製品は凄いからしょうがないんだもんね~! ふんだ!」

いいかげんイライラし始めているペタちゃんが癇癪を起こし始めたが、俺はとうとう活路を見つけてしまったかもしれない。

このアイスは、もの凄い品のような気がする。

「ねえペタちゃん、これって実際にダンジョンでも再現可能な品なの? マスタールームでしか再現できないとかじゃなくてさ」

マスタールームで作れるものが、なんでもダンジョンの方に実装できるわけではない。

温泉ダンジョンの俺が、鉄素材を好き勝手に取り出せることからもわかるように、ルーム内限定でいいのならほぼ万能だからだ。

「え? できるけど? ただ溶けないだけの効果だから。

あれ? もしかして、もしかすると、これものすごく美味しかったの!?」

ペタちゃんが突然すごい笑顔になる。

絶対お前、俺に渡す前に食ってもいないだろ? 食ってたらこんなもんを美味いと思うわけがない。

「いや、ちっとも美味しくはないぞ。

でも、この溶けないままずっと冷たさを保っているっていう事にはもの凄い価値がある」

そう、この物質は、口の中でいくら噛んでいてもずっと冷たいまま口の中の温度を奪い続けるのだ。

それは言い換えれば、永久に持つ保冷剤に等しい物体である。

そんな物は現代日本にも存在しない。

アイスクリームでこれを作る必要性はまったくない、ただの氷でこれを作ればいいのだ。

永久に溶けず、物の温度を奪い続ける氷。

その氷を集めれば冷蔵庫として使えるのである。

よく考えれば、これは最初からできて当然だったのだ。

温泉ダンジョンの温泉のお湯や、水風呂の温度は、浴槽内に入っている限り設定した温度に保たれるなどという、熱力学法則を無視した動作をしているからだ。

つまり、溶けない氷を出すくらいの設定はできるのだ。

「これ、本当に凄いよ、材質はアイスクリームじゃなくてただの氷で作った方がいいと思うけど。

ダンジョンの外までこの溶けない氷を持ち帰ることは可能なのかい?」

「……ずっと溶けないなら5階層までね、4階層からでも溶けにくいくらいの効果はあると思うけど。

さすがにダンジョンの外じゃ、ただの氷になっちゃうんじゃない?」

ペタちゃんが残念そうに言うが、十分だ。

地上に持ち帰れないのであれば、これまでならばそれほど重宝はされなかっただろうが。

ダンジョンに住み着く計画が立っている今ならば、ほぼ永久に持つであろう保冷剤の役割は計り知れない。

移動拠点に冷蔵庫が設置されるようなものである。

「でもさマスター、氷じゃなくてアイスクリームじゃ駄目なの? そっちでも十分冷たいじゃない」

ペタちゃんが意味不明なことを言う。

腐敗や冷凍保存といった概念を理解していないであろうペタちゃんは、冷蔵庫という物の有用性をあまり深く理解していないのかな?

「食べてほしいわけじゃないからね、逆になんでアイスクリームじゃないと駄目なの……」

「だって、氷なんて自然の物質を出すより、食材を出したほうが私のダンジョンだと再現コストが安くなるからよ」

……ペタちゃんにとって、氷は自然現象が作り出す物質であって、食材扱いではないらしい。

しかし、氷じゃないと困るのだ。

溶けないアイスクリームなんて変なものを出してしまうと、みんなが冷蔵庫として使ってくれない可能性が高いからである。

そもそもあのアイスクリームは人間が食べてはいけない物質な気がしてならない。

あんなものを食べたら、腹の中から体温を際限なく吸い取られ続けて死んでしまいそうである。

さっきあの不思議アイスを無理やり一口飲み込んだのだが、腹の中がキンキンに冷え続けているのを感じるのである。

いつまでも溶けない氷の場合、実際に作り出して口に含むとキンキンに冷えたガラスを口の中に含んだかのような異常な食感しかしない。

これは口に入れた瞬間、あきらかに食べてはいけない物だと脳が判断する物体だ、さすがにこんなものを間違えて食べるとは思えない。

ゆえに、出すならば氷で出してもらわないと困る。

そこで俺は昔ながらのかき氷マシンを取り出し、真四角の大きな氷も取り出して機械にセットする。

そしてかき氷マシンをぐるぐるとかき回して、氷を削り。

できあがったかき氷にいちごシロップを大量にかけ、ペタちゃんに手渡す。

「はい、ペタちゃん、これを食べてみて」

「おお? アイスクリームとはまた違った感じの食べ物ね? ただ氷を削っただけなのに、これはこれで結構美味しいわ」

「うん、美味しいよね、つまり氷は食材! いいね?」

「……あ、はい」

ペタちゃんはかき氷マシンを自分でも回し、数杯のかき氷を作り上げ、色々な味のシロップでかき氷を作って食べると。

そのうち、普通の氷を安いコストで取り出せるようになった。

どういう理屈かはわからないが、とにかく氷は食材であると心の底から認識できたらちゃんと安くなるらしい。

画面の向こうでは、ようやく休みの日になったシルド団長が、移動拠点の中でウイスキーを飲み感涙していた。

「これが……これがあの時ユーザ陛下が一気に飲んで噎せ、会場をパニックにしたあの時の酒なのか……。

これは……ダンジョンの魔力で作り上げた濃い酒に、燻製のような独特のスモークの薫りを加えているのか……?

ありえない……あの日本酒という酒も極限まで研ぎ澄まされた米酒だった……。

しかし、これほどの濃さと、それに負けない味の深みを持ち合わせた酒もあっただなんて……。

私がこれまで、どれほど苦労をしてでも手に入れては飲んできた数々の酒。

海の向こうからしか手に入らぬ伝説の酒、王家秘蔵の酒と言われ嗜んできたものは……一体なんだったのだ?」

心の底から感動しながら、大粒の涙を流し、シルド団長は酒を飲んでいた。

うんうん、これからの飯困らずダンジョンでは、溶けない氷の冷蔵庫が登場する予定だからな。

これからはよく冷えた酒も作って楽しんでいくといいぞ。

温泉にでもつかりながらな。

俺はそんなふうに思いながらシルド団長の様子を見ていた。