軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

酒集め

「おかえりなさい、ヴィヒタ」

「ハイ、ただいま戻りましたお嬢様……」

私はそう言うと、大量の書物を机の上に置きます。

この何十冊にもなる冊子が、今回の調合の結果をまとめたものです。

次から次へと、新しい調合アイデアとともに、新しい紙やインクまでご丁寧に送ってくださったのですごい量になっています。

「うわ~、すごい量の研究調査、いいな~楽しそうだな~」

お嬢様がそれを見て言う言葉は「楽しそう」です。

お嬢様はこれを見ても「大変だったでしょう?」というお言葉が出ないようです。

何しろ、私も行けるなら行きたい、そこで引きこもって何ヶ月でも研究を続けたい、と心の底から思っているお方です。

だから、この人は、一切の遠慮も悪意もなく滞在が延び続ける指令を出せるのです。

お嬢様は、聡明ですが、人の上に立たせていい人物ではありません……。

「ところでお嬢様、伝令によれば第1部隊の方々が戻ってきているという話ですが……」

「ええ、ユーザ陛下とテタ王妃を連れて13階層まで行ってたはずだけど、会わなかった?

……まあ、14階層の特殊効果食はしばらく秘匿扱いになるみたいだから、陛下があえて会わさなかったのかしら。

今トウジ隊長達は、飯困らずダンジョンの新しい最下層で自由に戦ってるみたいよ」

「一応話には聞いています、ものすごく強烈なお酒が出てきたとかなんとか」

飲んでみたいです、飲んでもいいですよね?

調合中、紙と一緒に日本酒も送られてきましたが、任務中飲めるはずもなく、全部調合に使いましたからね。

下手に味を知っている分、理性を保つのが大変でしたよ。

「今、新しく出てくるお酒は……ちょっと私にはキツくて、いらないかしら……。

大酒飲みの冒険者は、俺はこれを飲むために生まれてきたんだ、とか言ってるみたいだけど」

「冒険者の方々も、すでに口にできるほどの量が産出されているのですか?」

「ユーザ陛下が、10階層以降を探索できるランクの冒険者に日本酒もウイスキーも一口ずつ振る舞うよう命令したから。

結果、酒飲みの冒険者はこぞって飯困らずダンジョンに行っちゃって。

テタ王妃がお帰りになった今は、温泉ダンジョンより、飯困らずダンジョンのほうが人気になってるわよ」

「へー、じゃあ飯困らずダンジョンのほうが大きく成長する未来もありますね」

「一時的にそうなる可能性は十分あるわ。

でも飯困らずダンジョンはずっと目先の人気を追っている感じだけど。

温泉ダンジョンは、初めから未来を見ているのよね……今回の一時強化の食事を作れる階層にしてもそう。

おそらくは前人未到の28階層以下……そこまでの階層にあなた達を連れて行きたがってる」

「……勘弁してください」

本当に勘弁してほしいです。

24,25階層あたりからは、あの第1部隊でも一戦一戦が命がけになり、26階層だと普通に死ぬと聞いています。

27階層に至っては何十年も昔の話ですが、マーポンウエアの数万の精鋭がほとんど全滅したと聞いています。

27階層以下は人間がどうこうできる領域ではないのです。

それをどうこうできるように、温泉ダンジョンの効果で私達を強化する気なのであれば。

つまりそれは、私達が人間を超えた存在に改造されるということです。

まあ、自分自身が強化させられることは百歩譲っていいとしても。

そこまで長期的にダンジョン滞在させられるという事がとても嫌なのです。

「でも、それを全力で望んでいる人もいるでしょ?」

「トウジ隊長ですね……あの人は間違いなく美容の湯より強化の湯を求めていますよ」

「じゃあ、温泉ダンジョンの前に私の出番ね。

このヴィヒタ達が調べてきた、特殊効果の食材や。

10階層の訓練強化の湯の効果を使って、効率的な訓練方法を考えてみるわ」

そう言うと、お嬢様はすごく楽しそうな笑みを浮かべて、私達が調べてきた調合効果のメモに目を通しだします。

なんでしょうか、とんでもなく悪い予感しかいたしません。

その、一時的強化の薬を使った訓練方法とかいうモノを、トウジ隊長達が行ってお強くなられる分にはご結構なのですが。

間違いなく、私達も巻き込まれる気がしてなりません。

前に、半年間、地獄の訓練を強いられたあの時を思い出してぞっとします、少し悪寒がしてきました。

私は、ひっそりとチョコとはちみつを固めた破片を、ひと欠片食べます。

……全然気分がスッキリしません。

地上だとほとんど効果がないみたいです。

助けてください。

♨♨♨♨♨

飯困らずダンジョン12階層。

そこでは槍のように長い牙を突き刺そうと、イノシシのようなモンスターが全力で突っ走ってくる。

その突進をトウジ隊長はギリギリのタイミングで流すように躱し、そのままゲンコツでイノシシの頭を叩き潰す。

頭を潰されて死んだ牙イノシシが魔素の霧となり飛散して消えると、そこにウイスキーの瓶が現れた。

「おお、久々に出たね、これで何本目だ?」

「ウイスキーは6本です、日本酒が12パック、宝石は1つです」

あとは数え切れないほどのパンとはちみつとチョコとコショウだ。

チョコとコショウはいまだに結構な価値があるが。

パンとはちみつに関してはもう、毎日低レベルな駆け出し冒険者がこぞって集めているので大した価値はない。

今では無理に持ち帰る必要もなく、適当にそのあたりに生えている果実を挟んで弁当代わりに食べている。

食パンに、野菜や果実を挟み、コショウをぶっかけたモノをかじりながらトウジ隊長が言う。

「他所のダンジョンと比べたら天国みたいな環境だけど、やっぱり12階層じゃ物足りないね、敵がぬるい」

武器が摩耗するという理由で、わざわざゲンコツで戦っているくらいである、ぬるいにもほどがある。

「あと、食料はいらないかと思って、食料をほとんど何も持ってこずに入ってきましたが失敗しましたね、肉類がなさすぎます」

「だね、せめて動物油くらいは持ってくるんだったよ」

あのはちみつの瓶に、動物油と干し肉を詰め込んだ保存食を、ひと瓶持ってくればよかった。と、隊長は思った。

ふわふわのパンに甘い果実など、まるでお屋敷のお嬢様のお食事だ。

「トウジ隊長、そろそろ集合の時間です、一度12階層入口まで戻りましょう」

こんな弱い敵しか出てこない階層で、ゾロゾロと大人数が固まって動く意味は殆どないため。

部隊を3人一組の小分けにして、自由行動させているのだ。

別行動開始から3日後には、12階層の入口に集合する予定となっていた。

集合場所まで戻ると、部隊の8割ほどがすでに待機していた。

「どうだいみんな、酒の集まりは?」

「あ、隊長、お疲れ様です、我々の集めた酒を合計すると95本と170パックです」

「そうかい、じゃあ私のを合わせると目標の100本をすでに超えるね、全員戻り次第、一度王宮に帰還するとしよう」

「ところが、隊長……どうやらさらに奥の階層を発見したとの話です」

「へえ? この階層ができたのがつい最近なのに早いねえ?

……よし、このあと酒を地上まで持ち帰る部隊と、13階層を探索する部隊に分ける

持ち帰り組は酒の回収率が悪かった下位3グループだ、いいね!?」

新しい階層を探索することもできずに、重たい酒を大量に抱えて、地上まで戻るだけの貧乏くじだ。

そっちの部隊に組み込まれたい奴はいないだろう。

そう思って、酒の回収率が悪かった奴らという理由をトウジ隊長は添えた。

それから数時間後。

「それではトウジ隊長、行ってまいります」

「うむ……、任せるぞ、ユネブ副隊長……」

トウジ隊長は、大量の酒を抱えて地上へと戻ることになった。

なんだろうか、この程度の重さなど、いつもはどうということはないはずなのに。

なぜだか今日はとても重く感じた。