軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

熱湯

セパンス王国に、他国の騎士が大勢入り始めた。

目的のほとんどは、王妃や姫に命じられて、温泉ダンジョンの下見に来た女騎士達である。

命じられた女騎士達も、ウキウキした様子で温泉ダンジョン資料館の説明文を読んでいた。

読めば読むほどに夢のような効果だ、読んでいるだけで頬が緩んでしまう、早く入りたい。

女騎士達は任務を忘れそうだと思わずにはいられない。

資料館に置かれている、凄まじくよく映る鏡で、自分の姿を確認している女騎士達はみんな、1階層の湯が張られた浴槽で旅の汚れを落としたときに、その恐るべき効果を実感しているからだ。

この1階層の湯だけでも十分に驚異だと言うのに、地下に潜ればこんなものは比べ物にならないほどの効果が待っているという。

これは王妃や姫から命じられた重大な任務なのはわかってはいるのだが、それでも頬がゆるんでしまう。

女騎士の遠征ついでに、男騎士達も多少やってきており、飯困らずダンジョンの方も一応探索をしていく予定だそうだ。

「でも、この資料館の説明文に書いてある通りの内容だったら、まだ騎士を動かす予算でドロップ品を直接買ったほうがお得そうよね」

他国の騎士が入り込む前に、すでに資料館の説明文は、アウフがほとんどすべて書き直していた。

そのためか現状確定している情報の殆どは、あらかた丁寧に記されていたため。

飯困らずダンジョンに潜ってやるべきことは、資料館に書かれた情報の正確さを実際に確認してくる作業のようなものだろう。

そうして、他国の騎士たちも交えて、ダンジョンがさらに賑やかになってきた頃。

飯困らずダンジョンと温泉ダンジョンに新しい階層が出現した。

♨♨♨♨♨

「はあー、石鹸の掘り出し、鏡の運び出しを他国の騎士さんがやってくれることで、今後私達が楽になればいいんですけどね~」

ナウサ公爵邸で、はちみつべったりの食パンと、たっぷりのチョコをたしなみながら。

日々これ石鹸と鏡の運び出しをさせられて、いい加減うんざりしているヴィヒタがアウフにそう漏らす。

「鏡はともかく石鹸は消耗品だから、無尽蔵に需要が続いちゃうのが厳しいわね……」

そんな事を話していると、早馬に乗った女騎士が公爵邸に入ってきた。

「ヴィヒタ副隊長! ダンジョンに新規階層が出現したとの報告が!」

「……どちらのダンジョン?」

アウフがそう問う。

「……両方です、アウフ様は資料館の情報管理を一任されておりますし、発見者の方からのお話を聞きにいらっしゃいますか?」

「行きます! ヴィヒタ! 馬車の用意よろしく」

「……………はい」

お嬢様の目がキラキラと興奮しているのを見たヴィヒタは、お出かけが回避不可能な事を悟り、ゆっくりと返事をする。

久しぶりの休みをゆっくり味わっていた所に、またもや仕事です。

有益なダンジョンが国に出来たって忙しくなるだけで、公務員の私達にはあまりいいことありませんよ~と。

温泉ダンジョンができる前から、よく言ってた部下の子がいましたが。

あの子の言っていたことはどうやら正しかったようです……、そうヴィヒタは思った。

♨♨♨♨♨

「こちらが発見者の、えー、どちらもマーポンウエア王国からお越しになられている騎士の方ですね」

一人は目つき鋭いいかにも堅物そうな女騎士、もう一人は強面でゴツい体格の中年男性騎士。

「お初にお目にかかります、ナウサ公爵家のご令嬢アウフ様。

私はマーポンウエア王国の女騎士団長シルドと申します、以後お見知り置きを。

こちらは、マーポンウェア王国、見習い騎士教官のカタール」

温泉ダンジョンを探索する女騎士のほうは団長さんで、飯困らずの方を探索する男騎士は見習い騎士を引き連れた教官ですか。

温泉ダンジョンの探索には、テタ王妃の命令でマーポンウエアが持てる女騎士の戦力を限界まで投入してきているようですが。

飯困らずの方はさほど力は入っておらず、とりあえず探索をしてみているだけのようですね。

とはいえ見習い騎士のレベルでありながら、慣れていない他国のダンジョンの10階層以下を探索できる力があるということですか。

さすがは世界一の軍事国家ですね。と、アウフは思う。

「どうぞアウフ様、飯困らずダンジョンから新たに出てきたドロップ品はこちらになります」

硬い紙で出来た、縦長の箱のようなモノを見習い騎士教官の男が取り出す。

それは日本酒の紙パックであったが、異世界人にとっては、見慣れない珍奇な物体でしかない。

「なんですか、これは?」

「いくつか手に入りましたので、一つ開けてみた所、中身はどうやら酒のようですな」

「へー? お酒ですか。なるほど、今度はそうきましたか、味の方はいかがでしたか?」

「……残念ですが、任務中に酒は流石に」「私も同じく……香りからして極上の酒だということは感じますが、任務中はちょっと」

ふたりとも、飲みたいという欲求を鉄の意志で我慢しているのがわかる。

どちらかといえば、女騎士団長さんの方が無理をしているような表情なのが印象的だ。

「………じゃあ、ヴィヒタが飲んでみてよ」

「駄目に決まっているでしょうお嬢様!? 私だって任務中ですよ?」

「ヴィヒタは今日非番でしょ?」

「お嬢様の警護に外出している以上、もはや任務中ですよ!」

「え? あれ? じゃあなに? 今ここにいる人で飲めるのは私だけなの?」

ヴィヒタ、シルド団長、カタール教官の3人は無言で顔を見合わせたあと。

「いえ、公爵のご令嬢がダンジョンのドロップ品を毒見もなくいきなり飲むなんて、それもありえない話でしょう?」

と、ごもっともなことをいう。

「………でしたら、これは後回しにして、温泉ダンジョンの方のお話を聞かせていただけますか?」

「はい、まず手前の階層の鏡に関しましては、私達がたどり着いた時には、すべて貴方がたが持ち帰っておられていたようで、何もありませんでした」

シルド団長がヴィヒタを恨めしそうに見る。

ヴィヒタは、私をそんな目で見ないでくださいよ、ユーザ陛下がよそに取られる前に事前に剥いでこいって言うから~といった面持ちで、その非難の目から顔をそむけていた。

「まあ、部下を大半残してきておりますので、鏡はしばらくすれば再生する、という資料館の情報が確かならば、もうじき持ち帰ってくる手筈にはなっておりますが」

アウフは、納得した。

ああ、鏡が再生するのを待っている間、暇つぶしがてら13階層を広く巡った結果、新しい階層を発見したというわけですか。

そして新しい14階層には持ち帰れるものは特にないわけですね、何かいいものがあるのなら、大半の部下を13階層に残していくわけがないのですから。

「14階層の温泉は熱湯でした、とても人間が入れる温度ではありません」

「熱湯?」

「無論、穴をほり、水を混ぜ込んで入ってはみましたが、効果は特に何も感じませんでした」

アウフは、温泉ダンジョンがそんな面倒くさい内容の温泉にしているとは思えなかった。

温泉ダンジョンの意思は、あきらかに何かしらの意味を持ったものを作る思考をしている。

つまり熱湯なら熱湯である意味が何かあるはずなのだ。

……考えられるのは、サウナ? 源泉の熱で蒸し釜? 何かを煮込ませて食べさせたい? それともお茶を煮出して温泉そのものを飲ませたい?

サウナの可能性は低い、最初から高温の蒸気に満ちた部屋が用意してあるならばともかく。

自前で革のテントを用意して、熱湯の熱をいれるなんて面倒な手順を踏ませるとは考えにくい。

やはり熱湯を使った調理をさせる事が一番可能性としては考えられる。

「わかりました、ありがとうございます、大変参考になりました。

こちらのお酒は、カタールさんを第一発見者として登録させて頂き、一本は展示サンプルとして、開けられた一本は当資料館での検証用として買い取らせていただきますね」

アウフはそう言って手早く話を切り上げ、帰宅の準備を始めた。

ヴィヒタはそんなアウフの様子をみて、お嬢様がダンジョンの話をこんなにシンプルに切り上げるなんてどうして? 熱でもあるんですか? と、不思議に思ったが

この時アウフの頭の中は、14階層の熱湯でヴィヒタにどのような料理をさせてみるかの候補を考えることでいっぱいであった。

帰り際、馬車の中で開いた紙の箱から漏れ出る日本酒の香りを嗅ぎ、アウフが言う。

「ねえヴィヒタ、このお酒で作る酒蒸しって美味しそうね」

「ん? ああ、なるほど、お屋敷に戻れば私も非番ですから今度はそのお酒も飲めますね」

なるほど。

お酒の味や、その紙の箱の構造などを検証する事のほうがお嬢様の中では優先事項でしたか、とヴィヒタは納得したが。

アウフのその言葉は、温泉ダンジョンの方に考えを巡らせた結果出てきた発言だということには、さすがに気がつかなかった。