軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1部隊の帰還

王宮近くの広場のアスレチック場では、いまだ汗を流す娘もいたのだが、反面余裕そうに肌を見せ合って談笑している娘もいた。

11階層を見事に制覇してきた貴族の娘たちである。

「いや~、本ッ当にすごいわね、11階層の湯!」

「ほんとほんと、これまでの湯とは次元が違うって感じですわ~~」

これみよがしに、周りに聞こえるように自慢げに話す娘たちを、11階層に参加不可の判断をくだされた貴族の娘たちが、内心穏やかではない様子で聞いている。

その体力不足と言われた者の中には、これまで何度も6階層の湯に入り、肌を自慢していた娘たちもいた。

これまでは金の力で、非力でもどうにか6階層までなら連れて行ってもらえていたのに、急に自身の体力を要求されたことにより明暗が分かれてしまった。

むかつくからと武力行使に打って出るわけにもいかない、なにしろ今マウントを取ってきている奴らは11階層を越えてきた奴らしかいない、体力でも完全に負けている。

それに彼女たちはこれまでのように肌が綺麗になっただけではない、運動の成果でスタイルそのものまで美しくなっているのだ、これまで「肌」だけを自慢してきた娘はすっかり打ちのめされてしまった。

そんな悔しさをバネに、アスレチック場では大勢の貴族の娘が、次の女王様の遠征日に向けて今日も汗を流していた。

「ほう? 非戦闘員の貴族のお嬢様方が、随分熱心に運動をしているようだな?」

「それもずいぶんと鬼気迫る感じに気合が入ってるな、何があったというのだ?」

「こんなヘンテコな運動場、今までなかっただろ? なんなのだこれは」

急に響いてきたドスの利いた声に、貴族の娘たちが一斉に振り返る。

「だ……第1部隊の方々? お戻りになられていたのですか?」

振り返った先にいた、女騎士第1部隊の面々に対し、たまたま近くにいた伯爵家の娘が敬語でそう語りかける。

第1部隊は貧民や平民出の者が多く、ただ戦闘に優れたものを集めた戦闘特化の集団だが、その地位は大貴族並に高い。

貴族出身者で構成された女王側近の第2部隊より、はっきりと立場が上の存在だとセパンス王国では位置づけられているほどである。

彼女たちの任務の大半は、他所の国のダンジョンに篭って戦闘を続け戦利品を持ち帰ること、そんな過酷極まる任務を繰り返しているのだ。

たまに戻ってきた時の王国での扱いは凱旋した英雄扱いであり、貴族ですら敬語で話し敬い、その立場を保証して過酷な任務の労をねぎらっている。

まあ……。

一応、建前上そうなってはいるのだが。

たとえ身分通りに平民扱いであったとしても、彼女たちは第1部隊に対して敬語で話すだろう。

なにしろ怖いのだ。見た目が。

あまりにも過酷な環境に身をおいている立場のせいか、その人相は全員、凶悪極まりない凶相という他ない。

目つきは同じ人間とは思えないほどに鋭く、発している空気も猛獣より恐ろしい緊迫感を感じる、顔には怪物の爪痕のような傷が全員に深く彫り込まれている。

少しでも機嫌を損ねた瞬間、一瞬で刎ね飛ばされた自分の首が地面に転がっていそうに思える、そんな異常な雰囲気を醸し出しているのだ。

この人達に比べると、実家にいる強面のボディーガード達が、かわいい子犬の顔に思えるくらいである。

「ああ、戻らせてもらったよ、陛下は王宮にいるかい?」

「は……はいっ! 本日ユーザ陛下は王宮の中におられるはずです!」

「そうかい、ところで……この運動場は何だい? みんな真剣にここで運動してるみたいだけど」

「は、はいっ! 新しくセパンス王国に産まれたダンジョンの奥に入る資格を得るために! 皆この運動場で訓練をいたしております!」

伯爵家のご令嬢が、鬼軍曹に語りかけられた新兵のように背筋を伸ばし、サー!イエス!サー!と言い出しそうな勢いで声を張り上げ、ハキハキと質問に答える。

別に、軍と無関係な貴族のご令嬢がそこまで敬意を払う必要は全く無いのだが、第1部隊のあまりに怖い威圧感に流され自然とそうなってしまう。

「新しいダンジョン……? 前に戻ってきた時そんなものはなかった……産まれて2年もたってないようなダンジョンに入るための資格?」

「ふむ、まあいいでしょうトウジ隊長、詳しいことは陛下に今回の戦利品をご報告してからにいたしましょう」

「そうだね、邪魔したね。 運動はいいことだ、しっかり続けな、可愛いらしいお嬢さん達」

そういうと、第1部隊の面々は王宮に向かって大荷物を運びながら行ってしまった。

貴族の娘たちの間から、緊張が抜ける。

「はあああああ~~、怖かった。 襲ってこないとはわかってるけど、檻からでてきた猛獣と対面してたような気分よ……うう……怖」

「というかさ」

「何?」

「……ここの温泉に入る前の人間の肌を久々に見たなって」

「……だね、それもあって怖かった」

そうだ、人の肌というものは、あんなにも荒れるものだったのだ。

ここ半年で、セパンス国の民はきれいな肌をした人ばかりになっていたのですっかり忘れていた。

何しろ今では、1階層の湯は平民でも入ることができるのだから。

可愛いらしいお嬢さんたち、と、去り際にトウジ隊長が私達に言ったのは、肌荒れもしない苦労知らずの生活をしているようだね、というある種の皮肉みたいなものだろう。

いや、すいませんねトウジ隊長、今セパンス国にいる娘、みんなこんな感じなんですよ。

そう貴族の娘たちは思った。

「厳しい任務を果たした事、まことに大儀である、今宵、無事の帰還を果たした祝いの席を設けるゆえ存分に楽しんでくれ」

「ハッ、ユーザ陛下! もったいなき御言葉ありがとうございます」

これまで、女騎士第1部隊はドルピンス王国の糸ダンジョンの最深部へと向かわせていた。

今回の戦利品では、地上では存在し得ない強靭な糸と布が大量に手に入ったことであろう。

今後のダンジョン探索において絶対に役に立つ品々である、ユーザ女王はご満悦で第1部隊の帰還を歓迎した。

「して、ユーザ陛下、何やら新しいダンジョンがこの国に産まれたと聞きましたが?」

「うむ、すでに他国にも話は流れておるはずだが、ダンジョンの奥底にいては噂は届いておらぬか?」

「はい、ダンジョンから出た後は、ドルピンスの王に規定のドロップ品の納品を済ませ、まっすぐ戻って参りましたもので……」

糸ダンジョンほどの巨大ダンジョンともなれば、地下深くまで食料を売りに来る商人が存在しているくらいだ。

地上にわざわざ帰還せずとも、ドロップ品を通貨にして食料を買い、延々と探索を続けることができるのである。

ずっと地下ぐらしでは世情に疎くなるのも無理はない。

「うむ、そのまえに風呂を用意してあるゆえ、一度全員で旅の埃を払ってまいれ、つもる話はそれからにしようではないか?」

ユーザ陛下はなんだか面白そうにニヤニヤしながら、我々に入浴を勧めてくる。

……たしかに、陛下の手前、この薄汚れた格好のまま雑談に入るのはよろしくはないだろう、ここはお言葉に甘えることとしよう。

……しかし、なんだか陛下の態度が気になるな。なぜあんなに面白そうにニヤニヤしておられるのだ?

湯船にいたずらでも仕掛けておられるのであろうか?

「お前たち、陛下のご厚意である、浴場に行くぞ、身を清めてくるのだ」

「はいっ!」

これまでのダンジョン生活では、身体を洗うというのは水で拭いていただけだったので、風呂など年単位ぶりの事である。

全員喜び勇んで、浴場へと向かっていった。

水浴び場で身体を洗いながら騎士たちが話す。

「魔法レベルの化粧水でも出るダンジョンなのですかね……」

「……肌や髪がどいつもおかしかったからな、陛下のみならず第2部隊の連中も、どこの深窓のご令嬢様だお前らは? といった感じの様相になっていたぞ」

「なら、あの王宮の広場にいた貴族の娘たちも、それを求めてあんな運動をしていたというのか?」

「全く、だとしたら、くだらんことこの上ないダンジョンが出来たものだな」

そして、彼女たちは用意されていた湯船に浸かった、もちろんこれは温泉ダンジョン1階層の湯で満たされている浴槽である。

湯船に浸かったとたんボロボロに固まっていた彼女たちの肌がみるみるうちに柔らかく改善されていった。

「え?」「は?」「な……なんだこれは?」

明らかにおかしい入浴の効果に、第1部隊の面々も目を丸くして驚く他なかった。

みるみるうちに綺麗になっていく自分たちの肌に、みな無言になってしまった。

そして、みんな示し合わせたかのように肩深くまで浴槽に身を沈め、顔にもしきりにお湯をかけて洗い始めた。

「くだらんことこの上ないダンジョンが出来たものだな」と30秒前までは言っていた女騎士も同様である、必死に手を擦り合わせ、象のようになった皮膚を柔肌に戻そうとしている。

我々は戦いの為に生きる戦闘特化部隊、女を捨て、武に生き、戦いの果て散る事こそ我らが誉れであり矜持である。

そんな事を普段言っている第1部隊の面々の心の中に、あっという間に眠っていたはずの乙女の心が目を覚まし始めた。

そうか、これが新しいダンジョンの効果というわけか……。

ユーザ陛下が面白そうに我々を浴場に送り出した理由を、トウジ隊長は理解した。

「ふはははは、見違えたなトウジ隊長、どうじゃ? 面白かろう」

先程までの近寄りがたい雰囲気の、凶暴な猛獣の群れのようであった第1部隊の面々の様子が、今はシャンプーとブラッシングをされた小綺麗な猛獣の群れのようになっていた。

「陛下……なんなのでしょうか? これは?」

「温泉ダンジョンじゃ、1年たらずほど前に突然この国に発生しおった。効果は実感しての通りじゃ、肌が綺麗になる湯が湧き出ておる、深い階層になればなるほどな」

面白そうにクツクツと笑いながら、陛下が我々にそう言う。

「あっという間に11階層まで育ちおったぞこのダンジョンは。お主たちも一度、最深階層まで潜ってすべての湯船を経験して来るがよい」

「陛下、お言葉ですが我々の肌を綺麗にして一体どうしようというのですか?」

第1騎士団のうちの一部、いや半数以上が、えっ!?入りに行かないんですか?行きましょうよ? という雰囲気を発したので睨みつけた。

早くもこやつら、ダンジョンの誘惑に飲まれているではないか。

「トウジよ、お主、左手の小指が怪我の後遺症で動かなくなっておったよな?」

「……はい」

隊長が、動かなくなった左手の小指を見ながら答える。

実は左手の小指だけではない、近頃では体の節々が歪み、壊れかけている感覚がある。

だましだましで動かしてきたが、このままではあと数年も持つまい。死か、引退の日は近いだろう。

「それも治るぞ、9階層の湯船でな」

隊長の目が驚きに見開いた。

「年も若返るぞ? 一度限りで3歳程度ではあるがな」

騎士団員全員が驚き、どよめき始める。

第1騎士団は年齢層がかなり高い、隊長に至っては40歳を超えた年齢だ、3年分も若い力を取り戻せるなどあまりにもその恩恵は大きいだろう。

「どうじゃ? 一度、最深部まで行ってみる気にはなったかの?」

戦いを旨とし、美貌の誘惑には屈することのないトウジ隊長でも、これにはさすがに頷くほかなかった。