軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

真相に近づく

温泉ダンジョンの悪魔が立ち去ってから数分、湯の外から響く戦争のような音が鳴りやみ、途端にシーンと静かになる。

第2部隊の面々も緊張で声ひとつ出せずに、温泉の部屋の出入り口を凝視する。

誰かの生唾を飲むゴクリとした音が聞こえる。

「結構すごかったな、こういう合戦場のような入り乱れての乱戦は思えば初体験かもしれん」

「温泉ダンジョンならともかく、他所のダンジョンで同じ事態がおこったらと思うとさすがに怖いですね」

トウジ隊長がのんきそうな雰囲気で、ほかの隊員と雑談をしながら戻ってきた。

それを見た第2部隊の緊張の糸が切れ、息を吐きだしへなへなと崩れ落ちる。

この戦いが、もし第1部隊が負けるほどの異常事態であり、敵がなだれ込んできたならば全滅は確実だったからだ。

そのくらい、大量のモンスターの群れが突撃してくる振動音はすさまじく、生きた心地がしなかった。

「トウジ隊長、ご無事でしたか!」

「お、どうやらアウフお嬢様もご無事のようだな。

なあに、速度を上げたり、身体を固くできる薬が使える温泉ダンジョンで負ける要素などない」

トウジ隊長は、元気そうに立っているアウフを見ながらそう言う。

速度を上げたり、身体を固くする謎の薬を使用できる温泉ダンジョンなら、あの程度のモンスターの群れは何も問題はないのであった。

「強化薬が使えるから面白かったで済みましたけどね。速度上げてても2発ほど食らいましたから、他所のダンジョンなら下手すれば全員死んでますよ隊長」

「23階層くらいで同じ事態が発生したら、温泉ダンジョンでも全員死んでたかもな」

物騒で恐ろしい会話をしながら第1部隊の集団が、ガハハと笑う。

「ヴィヒタも30階層まで頑張るんだろ? こういう事態も起こりうることは常に想定しておけよ」

ニヤニヤと笑いながら、トウジ隊長が言う。

それを聞いた第2部隊の面々が、私たちは関係ありませんとばかりにヴィヒタからゆっくり離れて距離を取る。

「み……皆さん? なんで私から離れるんですかっ?」

そんな気の抜けたやり取りをしている間、アウフはひたすら壁や床に書かれている文字を読み込んでいた。

ずっとお尻丸出しで床を見続ける姿はさすがにどうかと、あの戦闘の中でもヴィヒタは思ったため、でっかいタオルを今は身体に巻き付けられている。

タオルを巻き付ける前、温泉ダンジョンの悪魔に何かを言われて、少し泣いていたのが気にはなったが。

好意を伝えたら否定気味な態度を取られたので、ちょっとショックだったのだろう程度にヴィヒタや第2部隊達は考えていた。

手間をかけさせやがって、とか、二度と温泉の効能を指定してくるな、とかそういう意味のことでも言われたのだろう、と。

「お、お嬢様。めでたく病気が治られましたことですし、ここはお祝いに、なるべく美味しいものをお作りして~……」

ヴィヒタは30階層まで頑張るという宣言のことをなるべく忘れるために、とりあえず話題をそらそうとする。

「ヴィヒタ、いいえ、みなさんもです。この床や壁に書かれている内容……読んでください」

床や壁の文字のことなど、死にかけていたアウフの心配や直後のモンスターの群れの大音響で、それどころではなかったため誰も気にしていなかった。

アウフに言われて、周囲の騎士たちも壁や床の文字を読み始める。

そして、読み込み始めて数分で、全員押し黙って真顔になる。

「え? これって……本当なんですか?」

「これが本当だとすると……これまで習ってきた医療知識の大半は間違ってることにならない?」

「神聖な物質で邪気を払う方法は、この細菌とかいうのを止めてたってことになるのかしら……」

「この免疫機能とかいうのが落ちた状態って、気のバランスが壊れた状態ってこと?」

「め、名称が違うだけで概ね同じじゃない? 同じよ同じ……うん、同じよね?」

「一部はどうしようもないくらい間違ってることになりそうだけど……」

「教会とか認めるかしらこれ?」

「あ、ここが文字の始まりみたいよ、医療の湯で治せる病状一覧って書いてあるし」

騎士団は、遠征中に病気やケガをした仲間の応急処置が必要になるケースが多いため、最低限の医療知識は全員習得している。

そして、これらの壁に書かれている概念は、これまで習ってきた概念とは似て非なるものであった。

そして温泉ダンジョンに書き込まれた異なる知識で考えた方が、納得がいく事柄が多いという事も同時に理解していく。

「とりあえず、ここの壁や床に書かれている内容は一言一句残さず書き写して帰らないといけませんね」

とりあえず、で済ませないでください。そう全騎士団員が、心の中でツッこんだ。

みんなで手分けして書き写しても何日かかるかわからないほどの文字量があるのである。

「同時にこの階層の公表……どうしたものでしょうか」

「冷静に考えるととんでもないことになりますね……世界中がパニックになるんじゃないでしょうか?」

「間違いなく奪いにかかる輩が出てくるな、絶対にだ。これはこれまでの湯と違って、金を払って平和的に入りに来た方が安く済むというモノではない」

「問題は秘匿しようにも、秘匿すればその日数の分だけ恨まれる可能性が高いと思うんです、この温泉。

なんでもっと早く教えてくれなかった? 早く公表してくれたらあの人は死なずに済んだ、助けられたのにって。

国外からの侵略を警戒して秘匿した結果、国内に憎しみの芽を作ってしまうような結果も避けたいところです」

それを聞いて全員無言になってしまう。

ヴィヒタも、お嬢様がもし今回の病気で亡くなった後で。

実はあらゆる病気を治す方法は昔からありましたけど、パニックを抑えるために隠していましたとか言われたら。到底納得できるとは思えなかった。

「……私がダンジョンの外に出なければその間は秘匿できます、今はまだ18階層の湯で長期療養しているという扱いですから。

しかし私が外に出たら、隠しようがなくなってしまいます。

もし隠せば18階層の湯で療養していれば結核は治せることになってしまい、それを真似しようとした貴族が現れたらよけいややこしくなってしまいます」

「お嬢様? もしかしてずっとお嬢様は、ダンジョンにこもり続けることでこの温泉を隠し続けるおつもりなのですか?」

「……ユーザ陛下にはありのままをお伝えしてください。

世間には、私の病状は現状安定しており、18階層で療養しながら報告や相談の受付程度はできるようになりました。といった報告をして、仕事の進捗状況をまとめてきてもらえないかしら?

……その中で、蒸気の投石機が計算通りの性能を発揮しているようであれば、すぐに地上に帰ってこの湯のことを公表しても、たぶん大丈夫だとは思うんだけど……」

その言葉を聞いて、少しトウジ隊長は複雑な気持ちになる。

それはつまり、その兵器をもちいれば、第1部隊に匹敵する力を持った騎士団が軍勢を率いてきても、簡単に壊滅させる自信があると言っているに等しいからだ。

アウフが作り上げた、第1部隊がどう頑張っても敵わないほどの運搬力を誇る蒸気の車。

その存在を直に見ている以上、アウフの言っていることは妄言でも自信過剰でもなく、純然たる事実なのだろうということもわかるからだ。

先ほどまでは、今にも死にそうであったか弱く儚い少女。

しかし、このか弱く守られる存在は、何十万という兵力を瞬く間に壊滅させうるほどの力を作り出す可能性を秘めた怪物でもあるのだ。

「それはそうと……。

皆様! 申し遅れましたがこの度は、私の回復へ尽力してくれた惜しみなき協力、誠に感謝いたします」

そう言ってアウフは深々と頭を下げる。

それを見て、ああ、そうだ、そうだった。まずは回復したことをお祝いしなくてはいけないといった雰囲気へと戻っていく。

とりあえず、重苦しい未来の予想はさておいて。

お嬢様の回復祝いの料理の準備だ、みんなも温泉に浸かって体の隠れた病気を治しておこうといった行動を始めた。

「は……はは、そうですよ、そうですよね! もっと今のめでたい状況を喜ばないといけませんね!

はは、なんだか感激する暇もないほどあわただしかったとはいえ、もっと激しく取り乱して感動するかと思っていましたよ」

「あ、それはたぶん温泉の効果よヴィヒタ。

身内を失いそうになって、正常な精神状態じゃなくなっている状況も病状として扱われていたんじゃないかしら?

この温泉に浸かった時に、精神の大きな揺らぎはすでに大きく解消されていたから過剰な感激を生まなかったのだと推測できるわ」

「……左様でございますか」

あまりにもいつも通りなアウフとのやりとりに、ヴィヒタも苦笑いするしかない。

アウフ自身、あの悪魔から温泉ダンジョンの意思に対する好意を拒絶された時に、激しい心の痛みにさいなまれた。

さいなまれたが、温泉に浸かると同時に今にも張り裂けそうな心の痛みはあっという間に消えて。

まあ……私は温泉ダンジョンの意思のことを好きになってもどうしようもないのよね……。という、長い時間が癒してくれた後のような気持ちにまでは回復した。

なので、ヴィヒタもそういった感じの精神状態になっていたのだろうと推測できたのだ。

「そうよね、ダンジョンに恋した所で実らないのは当然よね。

それでも、私は恩人の温泉ダンジョンの発展のために、これからも一生懸命技術を磨かないとね」

食事の準備をしている騎士や、温泉に浸かる騎士たちを眺めながら、ほんのりと残る恋心を秘めつつアウフは思う。

あの悪魔が好きになっているであろう相手は、一体どんな存在でどんな外見なのだろうと。

その存在は、これまで私のことをどう思って、どう見ていてくれていたのだろうと。

そこまで考えた瞬間、アウフの顔が突如引きつった。

そうだ、私は何をしていた?

あの悪魔が怒って乗り込んでくる前に、私は何をしていた??

体力回復の湯に漬かって療養していたのは別にいい、これは仕方がない。問題は病気が治った後の行動だ。

全裸で床を四つん這いで這いまわって文字を読み込んでいるみっともない自分の姿を、温泉ダンジョンの意思はずっと見ていた?

そのまま感極まって、おっぴろげた裸で告白するような公女にあるまじき破廉恥極まりない行動を、温泉ダンジョンの意思は、見て……いた。

その時の自分のあまりにもあんまりな姿を思い直したアウフの顔が、みるみると青くなる。

そして、あの少女の悪魔が突然怒り狂って姿を現したということは。

温泉ダンジョンの意思はその時、デレデレしたいやらしい目で……自分のそんな姿を見ていた男性の可能性が高……?

「ああああああああああああああぁぁぁっっ!!!」

アウフの青くなった顔が、一瞬で真っ赤に染まり悲鳴を上げる。

悲鳴を聞いた周囲が、何事だと警戒して臨戦態勢に入る。

「お、お嬢様!? どうしました?」

ヴィヒタに心配されるが、声が出てこない。

頭の中は羞恥で満たされ心臓が激しく動悸し、今にも脳が沸騰しそうであった。

アウフはとっさに走りだし、温泉の中に飛び込んだ。

温泉の中に入って数回深呼吸した瞬間、真っ赤に染まった顔は通常に戻り、激しい動悸も正常化し、あっという間に心が落ち着いた。

「……あはは、すごい。この温泉すごいわ、こんな状況でも冷静になれちゃう……」

精神的に冷静になれるとはいえ、自分のとった恥ずかしい行動の数々の記憶が消えるわけでもない。

冷静な頭で、恥ずかしすぎて死にたい。といった思考が真顔でできてしまうだけでなんの解決にもなっていない。

「あ、あの? アウフ様、大丈夫ですか、一体何が」

「う、うん、過去の恥ずかしい体験を思い出して……温泉効果でどう解消されるかを少しね……」

嘘は言っていない。

その過去がつい最近すぎるだけだ。

温泉の中にいる裸の女騎士たちは半ば呆れたような感じに、そうですか……。と対応する。

おそらく温泉ダンジョンの意思は男性で、きっとエッチな目でこちらを見てますよなどとは、たとえ仮説レベルでもとても口に出せない。

温泉ダンジョンの繁盛を邪魔することは、恩人である温泉ダンジョンの意思に対する反逆に近い行為であると同時に。

セパンス王国の温泉産業にも大ダメージを与える結果にしかならない。

アウフも、あの少女の悪魔がきっと温泉ダンジョンの意思なのだろうといった周囲の認識に同調しておくしかない。

温泉に浸かった女騎士たちの裸を見ながらアウフは思う。

温泉ダンジョンの意思は、こうして彼女たちの裸もずーっと見てきているのですよね? ヴィヒタの身体も……。

ああ、そうですかそうですか。

アウフは冷静な頭で、真相へと近づいた想像をしながら、ジト目で天井を見つめた。